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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第3章
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09 嘘つきは平然と

「そいつらはもともと、リダールをさらった一派なんだ。すったもんだがあって、ミヴェルって女は奴らからこっちについたと見えたんだが、アトラフって奴にさらわれた。俺ぁリダールとミヴェルと、どっちも助け出さなけりゃならんはずだった」

「何と……」

 キルヴンは目をしばたたいた。

「では、リダールとは偶然出会っただけだなどというのは大嘘ということになる。謝礼を断る謙虚な態度に騙されたか」

「――俺を嘘つきだとは、思わないのか?」

「嘘つきは平然と嘘をつくものだ」

 伯爵は苦々しく、彼らのようにとつけ加えた。

「貴殿は、自分の話がどんなに突拍子もないことか判っていて、いつ私に怒鳴られるかとはらはらしている。それを見せるようでは、詐欺師にはなれないな」

「はは」

 タイオスは乾いた笑いを洩らした。その通りだ。

 彼も必要とあらばさらりと嘘をつくが、つくならば信憑性のある嘘にする。人間の中身が入れ替わったなどという話をするくらいだったら、リダールは死んだとでも言う方がどれだけ楽か知れない。

「それに、貴殿は〈白鷲〉と呼ばれる男だ」

「有難いがね。そこを無条件に信頼するのは、危なかないか」

「私はそうは思わない」

 サナース・ジュトンの親友は、あくまでもその後継者を信じると言った。

「女のことだが、さらわれたと言ったか?」

「ああ。俺が見ていた訳じゃないが、間違いない」

「しかし、無理に言うことを聞かせられているようには見えなかった。おとなしい妻のように、アトラフに従っていたが」

「妻だって?」

 タイオスは顔をしかめた。

「たとえだ」

 キルヴンは返した。

「夫婦ものだとは言わなかった。そう見えたというだけだ」

「ふん、それじゃやっぱり、自分の一族は裏切れないと考え直しちまったのか」

 ジョードへの同情だけでは、彼女の価値観を突き崩すことができなかった。エククシアのために、ソディのためにという、ミヴェルの根底にあるものは、再び彼女を向こうに返した。そういうことか。

(ジョードには気の毒だが、あの女のことは諦めろと言ってやるしかないか)

 彼はそう考えてから、待てよと思った。

(伝聞だけじゃ、判らんこともある)

「閣下、そいつらはどこに行ったか判るか」

「リダールが引き留めたので、ここに滞在している」

「――は」

 タイオスは口を開けた。いけ図々しい連中だと言うのか、それともリダールは何を考えていると言うべきか。

「会わせてもらえるか」

「どちらにだ?」

「あ?……ああ、そうだな」

 彼は考えた。

「ミヴェルと話すより、リダールが先だな」

 本当にそれはリダール・キルヴンなのか。父親が容易に騙されるとも考えづらいが、向こうには魔術師もいる。何かの魔術で、伯爵が出鱈目を信じ込まされている可能性も。

(信じ込ませるなら、俺を嘘つきだと信じ込ませることもできそうだが)

(とにかく、リダールと会って話をしよう)

 彼は伯爵に、ミヴェルらにタイオスのことは伏せておくよう頼んだ。どういうつもりにせよ、逃げられたくない。キルヴンは了承し、追及はあとにすると答えた。

 それからタイオスは、使用人のあとについてリダールの部屋へ向かった。

「――リダール」

 咳払いをしてからタイオスは戸を叩き、少年の名を呼びながらそれを開けた。

「……ん?」

 そこで彼は、まばたきをした。

「おい」

 立ち去ろうとしていた使用人に声をかける。

「いないじゃないか」

「は?……おや、本当だ。いらっしゃいませんね」

「……おい」

「お客人のところかもしれません。お呼びして参りますので、お待ちください」

「何? いや、それなら俺も行く」

 どうせならまとめて話を聞くか、と彼は指針を立て直した。アトラフやミヴェルが、素直に話に応じるものかはともかくとして。

(それにしても、妙なことが重なっていくもんだ)

(いったい何を考えてる?)

(ライサイ……それに)

(エククシア)

 ミヴェルたちが彼らの指示に従っているのは間違いないだろう。宗主や〈青竜の騎士〉に逆らってリダールを助け出してきたとは、いくら何でも考えづらい。

(そうであってくれれば、俺は楽だが)

(ないだろうな)

 タイオスはそんなことを考えながら、使用人が今度は客人の部屋を叩くのを見ていた。

「失礼いたします。リダール坊ちゃまはこちらにいらっしゃいますか」

 先ほどはタイオスに任せて去ろうとした使用人だったが、今度はきちんと確認をすべく、扉を開けた。

「おや」

「何だ」

「いらっしゃいませんね」

「何だと?」

 またしても、部屋には誰の姿もなかった。

「おい、この部屋で合ってるんだろうな」

「ええ。私が支度をしましたから、間違えやしません」

「なら、何でいない」

「お出かけになったのでは」

「なったのでは、って、お前な」

「確認してまいりましょう」

 素早く使用人は踵を返した。文句を言われる前に、というところかもしれない。

(まあ、閣下の不在ならともかく、息子のそれを把握してなきゃならんってこともないよな)

 タイオスは何も使用人を責めるつもりではなかったが、確認をしてもらえるなら悪くないとその場で待った。

(しかし、奴らと出かけたのか?)

(どこへ行ったんだ)

「――お客人に街をご案内すると、仰っておりました」

「ハシン」

 久しぶりの顔に、タイオスは片手を上げた。初老の使用人は頭を下げた。

「案内? 客ってのはミヴェルとアトラフのことだな?」

「ええ」

「何でまた、そんなことを」

 タイオスは顔をしかめた。

「誰もつけなかったのか」

「は。私がお供しますと申し上げたのですが、もう誘拐事件は起きないし、自分もちゃんと帰ってくると笑って応じられまして、それ以上のことは」

「どこへ行くという話は」

「ただ、案内とだけ」

「ううん」

 戦士はうなった。

「リダールの行きそうなところ……俺の知ってるのは、何とか言う軽食処くらいだな」

 念のために訪れてみようかと思い、あまり意味がなさそうだとも思った。

(待ってりゃ、戻ってくる訳だ)

(ただしそれは、何ごともなければ)

 くそ、と彼は罵りの言葉を発した。

(リダールにせよフェルナーにせよ、勝手なことばっかりしやがって)

「探してくる」

 彼は言った。

「見つけたら、お仕置きだ」

 ガキのように尻を叩いてやる、と思いながら、中年戦士はキルヴン邸を出た。


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