09 嘘つきは平然と
「そいつらはもともと、リダールをさらった一派なんだ。すったもんだがあって、ミヴェルって女は奴らからこっちについたと見えたんだが、アトラフって奴にさらわれた。俺ぁリダールとミヴェルと、どっちも助け出さなけりゃならんはずだった」
「何と……」
キルヴンは目をしばたたいた。
「では、リダールとは偶然出会っただけだなどというのは大嘘ということになる。謝礼を断る謙虚な態度に騙されたか」
「――俺を嘘つきだとは、思わないのか?」
「嘘つきは平然と嘘をつくものだ」
伯爵は苦々しく、彼らのようにとつけ加えた。
「貴殿は、自分の話がどんなに突拍子もないことか判っていて、いつ私に怒鳴られるかとはらはらしている。それを見せるようでは、詐欺師にはなれないな」
「はは」
タイオスは乾いた笑いを洩らした。その通りだ。
彼も必要とあらばさらりと嘘をつくが、つくならば信憑性のある嘘にする。人間の中身が入れ替わったなどという話をするくらいだったら、リダールは死んだとでも言う方がどれだけ楽か知れない。
「それに、貴殿は〈白鷲〉と呼ばれる男だ」
「有難いがね。そこを無条件に信頼するのは、危なかないか」
「私はそうは思わない」
サナース・ジュトンの親友は、あくまでもその後継者を信じると言った。
「女のことだが、さらわれたと言ったか?」
「ああ。俺が見ていた訳じゃないが、間違いない」
「しかし、無理に言うことを聞かせられているようには見えなかった。おとなしい妻のように、アトラフに従っていたが」
「妻だって?」
タイオスは顔をしかめた。
「たとえだ」
キルヴンは返した。
「夫婦ものだとは言わなかった。そう見えたというだけだ」
「ふん、それじゃやっぱり、自分の一族は裏切れないと考え直しちまったのか」
ジョードへの同情だけでは、彼女の価値観を突き崩すことができなかった。エククシアのために、ソディのためにという、ミヴェルの根底にあるものは、再び彼女を向こうに返した。そういうことか。
(ジョードには気の毒だが、あの女のことは諦めろと言ってやるしかないか)
彼はそう考えてから、待てよと思った。
(伝聞だけじゃ、判らんこともある)
「閣下、そいつらはどこに行ったか判るか」
「リダールが引き留めたので、ここに滞在している」
「――は」
タイオスは口を開けた。いけ図々しい連中だと言うのか、それともリダールは何を考えていると言うべきか。
「会わせてもらえるか」
「どちらにだ?」
「あ?……ああ、そうだな」
彼は考えた。
「ミヴェルと話すより、リダールが先だな」
本当にそれはリダール・キルヴンなのか。父親が容易に騙されるとも考えづらいが、向こうには魔術師もいる。何かの魔術で、伯爵が出鱈目を信じ込まされている可能性も。
(信じ込ませるなら、俺を嘘つきだと信じ込ませることもできそうだが)
(とにかく、リダールと会って話をしよう)
彼は伯爵に、ミヴェルらにタイオスのことは伏せておくよう頼んだ。どういうつもりにせよ、逃げられたくない。キルヴンは了承し、追及はあとにすると答えた。
それからタイオスは、使用人のあとについてリダールの部屋へ向かった。
「――リダール」
咳払いをしてからタイオスは戸を叩き、少年の名を呼びながらそれを開けた。
「……ん?」
そこで彼は、まばたきをした。
「おい」
立ち去ろうとしていた使用人に声をかける。
「いないじゃないか」
「は?……おや、本当だ。いらっしゃいませんね」
「……おい」
「お客人のところかもしれません。お呼びして参りますので、お待ちください」
「何? いや、それなら俺も行く」
どうせならまとめて話を聞くか、と彼は指針を立て直した。アトラフやミヴェルが、素直に話に応じるものかはともかくとして。
(それにしても、妙なことが重なっていくもんだ)
(いったい何を考えてる?)
(ライサイ……それに)
(エククシア)
ミヴェルたちが彼らの指示に従っているのは間違いないだろう。宗主や〈青竜の騎士〉に逆らってリダールを助け出してきたとは、いくら何でも考えづらい。
(そうであってくれれば、俺は楽だが)
(ないだろうな)
タイオスはそんなことを考えながら、使用人が今度は客人の部屋を叩くのを見ていた。
「失礼いたします。リダール坊ちゃまはこちらにいらっしゃいますか」
先ほどはタイオスに任せて去ろうとした使用人だったが、今度はきちんと確認をすべく、扉を開けた。
「おや」
「何だ」
「いらっしゃいませんね」
「何だと?」
またしても、部屋には誰の姿もなかった。
「おい、この部屋で合ってるんだろうな」
「ええ。私が支度をしましたから、間違えやしません」
「なら、何でいない」
「お出かけになったのでは」
「なったのでは、って、お前な」
「確認してまいりましょう」
素早く使用人は踵を返した。文句を言われる前に、というところかもしれない。
(まあ、閣下の不在ならともかく、息子のそれを把握してなきゃならんってこともないよな)
タイオスは何も使用人を責めるつもりではなかったが、確認をしてもらえるなら悪くないとその場で待った。
(しかし、奴らと出かけたのか?)
(どこへ行ったんだ)
「――お客人に街をご案内すると、仰っておりました」
「ハシン」
久しぶりの顔に、タイオスは片手を上げた。初老の使用人は頭を下げた。
「案内? 客ってのはミヴェルとアトラフのことだな?」
「ええ」
「何でまた、そんなことを」
タイオスは顔をしかめた。
「誰もつけなかったのか」
「は。私がお供しますと申し上げたのですが、もう誘拐事件は起きないし、自分もちゃんと帰ってくると笑って応じられまして、それ以上のことは」
「どこへ行くという話は」
「ただ、案内とだけ」
「ううん」
戦士はうなった。
「リダールの行きそうなところ……俺の知ってるのは、何とか言う軽食処くらいだな」
念のために訪れてみようかと思い、あまり意味がなさそうだとも思った。
(待ってりゃ、戻ってくる訳だ)
(ただしそれは、何ごともなければ)
くそ、と彼は罵りの言葉を発した。
(リダールにせよフェルナーにせよ、勝手なことばっかりしやがって)
「探してくる」
彼は言った。
「見つけたら、お仕置きだ」
ガキのように尻を叩いてやる、と思いながら、中年戦士はキルヴン邸を出た。