06 親心
「嫌がらせですね」
「そうなりそうだな」
中年戦士は「認めるが反省しない」という態度を選んだ。
「私の協力が必要なくせに」
ぼそりとイズランは言った。
「お前じゃなくたっていい」
素早くタイオスは返した。
「ラドーを当てにしても駄目ですよ」
「それならほかを探す」
「お忘れですか。協会はライサイを放っておきたいと思っている」
「いいから黙れよ」
戦士は手を振り、口の端を上げた。
「つまりお前は、協力したくてたまらんのだろうが」
いくらタイオスが嫌がらせをしても、どうせついてくるのだろうということだ。
「仕方ないですね」
認めざるを得ません、とイズランは嘆息した。
「ではタイオス殿の考えとしては、相手が『してやった』と思っているところにすぐさま殴り込みをかける、つまり、不意をつけばふたりを奪還できるだろうということですね」
「頭が悪くて悪かったな」
「何も言っていませんよ」
「だが『馬鹿じゃないかこいつ』と思ったろう。声色に出たぞ」
タイオスが顔をしかめれば、イズランは首を振った。
「最善とは思えませんが、最善を尽くすには協会の助力や、もしかしたら神殿の助力だって要ります。陛下にもお願いして、アル・フェイルの兵とばれないように偽装した精鋭を用意するのも悪くない」
「それが最善か? 国を挙げた戦争の準備にしか見えんが」
「たとえば、の話ですよ。私が言いたいのはつまり」
イズランは肩をすくめた。
「最善を尽くすとして支度に力を入れたって、どこかでは見切るしかないということ。最善の案を模索しても時間がかかるだけで少なくとも現状には向かないということです」
「ややこしい」
「要約すれば、タイオス殿の意見でいいと思いますということです」
「なら、それだけでいいじゃねえか」
この喋りたがりめ、と戦士は魔術師を糾弾した。
「俺は支度なんてあってなきが如し。お前も杖だけありゃいいんだろう」
「なくてもいいですよ」
その発言は魔術師の自信を表したが、戦士たちにはあまり通じなかった。
「で、ルー=フィン」
「聞けない」
「……何?」
「『残れ』との指示であれば」
「はっ」
タイオスは笑った。
「言わないさ、お前にはな。むしろ、怪我を押しても頼むと言いたいくらいだ」
「怪我の内に入らない」
「新作はそうらしいが、お前、今日の立ち回りでこれまでのもんが開かなかったのは単なる運だぞ」
「〈峠〉の神のご加護だ」
「お前、それは、どこまで本気で言ってんだ」
戦士はうなった。おそらく、九割以上は本気なのだろう。守りをくれたのは幸運神ではなく〈峠〉の神だと言っていることは判るのだが、「幸運神の加護」というのはあくまでも一般的な表現であり――。
「ええい」
彼は首を振った。
「加護がある割には、怪我が多い。〈峠〉の神が善処した結果なのかもしれんが、神様にはもう少し頑張ってもらおう」
「何を」
不遜な物言いにルー=フィンは顔をしかめた。その彼に、何かが投げつけられる。剣士は反射的にそれを受け止めた。
「今度こそ、お前が持ってろ」
「――馬鹿なことを言うな」
銀髪の剣士は、〈白鷲〉の護符を〈白鷲〉に返すべく、差し出した。
「私が手にしてよいものではない」
「そうかねえ?」
タイオスは肩をすくめた。
「神様もお前を守る方が重要案件だと、そろそろ気づくだろう」
「ふざけるな」
「いいじゃねえか。何もお前に〈白鷲〉をやれとは言ってないだろう」
言ってやりたいが、と戦士はこっそり呟いた。
「年長者が、傷だらけの年少者を連れ出すことに気が引けて、せめてお守りでも持っていてほしいという、何だ、その、親心の一種だ」
「何とも美しい、親子愛と言うのですかね。親子ではないのですから、親子愛風味とでも言えばよいでしょうか?」
イズランは言い、タイオスは無視した。
「持ってろ。さもなきゃ同行は許さん」
「そんな出鱈目があるか」
「どこが出鱈目だ、いいからそのままお前が」
「ご自分の意志で手放すのが最も問題だ、と私は申し上げましたが」
戦士と剣士――騎士たちのやり取りに口を挟んだのは、もうひとりの魔術師だった。
「サング」
タイオスは少したじろいだ。
イズランには強気に出られるタイオスだが、若いサングには何故だかいささか遠慮気味になる。イズランがにこにこと人当たりのいい「感じに見える」のと異なり、サングは典型的な魔術師、怒らせたら氷の柱にされてしまうのではないかというおとぎ話めいた怖れを浮かばせるのだ。
まさか本当にそうされると思うのではないが、イズランとサングを並べて「どちらが悪い魔法使いに見えるか」と問われれば、タイオスはサングだと答えるだろう。
(実際のところはともかく、な)
彼らは似ていない。同時に、よく似ている。
見せる反応は違っても、選んでいる方向はぶれていない。
彼らをいちばん突き動かすのは、好奇心だ。
サングは協会に従うと言いながら、タイオスに、と言うよりイズランに協力をしている。ふたりの間にどんな約束があるのか彼は知らないが、「友情」と言えるような感情で動いているのではないこと、タイオスは賭けてもいい。
「覚えてるさ。手放させようとする奴には気をつけろってんだろ。ルー=フィンはそうじゃない」
「彼はあなたよりもその護符の価値を知る人です。その彼が持つことはできないと言う、そのことを重視してみては?」
「こいつは、自分が神様に選ばれた訳でもないのに、と思ってるだけだ」
タイオスは顔をしかめた。
「俺だって選ばれたとは思っていないと言うか、思わざるを得ないときもあるが、納得して拝命してる訳じゃなくて……ええい、そのことはいい」
ぶつぶつ言って、彼は首を振った。
「とにかく、ルー=フィン」
中年戦士は若い剣士を見た。
「〈峠〉の神が俺を選んだんだとしても、俺は神様から護符をもらった訳じゃない。ハルからだ」
「それが、何だ」
「託された。借り物だ。普通にやってりゃ、俺の方がハルより先に死ぬだろう。つまり、いずれ、ハルの手元に帰るもの」
「だから、何だ」
「お前に託す。俺が死ねば、持って帰れ」
「ちっとも理屈になっていない」
「だから……ええい」
ルー=フィンに持っていてほしいのだ。それは何も、好まない〈白鷲〉の座を押しつけようという魂胆によるではないし、自分は相応しくないという謙虚な気持ちによるものでもない。
言った通り、「親心」がいちばん近い。神様が守ってくれるなら、自分よりもルー=フィンを。だがそれでは若者は納得しない。
どう言えばいいのか。
「ええい」
彼はまた言った。
「ルー=フィン・シリンドラス! 神の騎士が、お前に持ってろって命令してんだ。黙って従え!」
自棄になって叫べば、銀髪の剣士は怯んだ。
(……いいとこ、突いたみたいだな)
内心でタイオスは苦笑した。
「しかし、だが……」
言葉を探すようにルー=フィンは口を開いたが、サングが片手を上げた。
「状況を見ていたい気持ちはありますが、勝負はほぼついたようだ」
若い魔術師は言った。
「私がやってきた理由を述べましょう。ティージから協会に、イズラン術師宛ての伝言がありました」
「ティージだと?」
「聞こう」
イズランは驚く様子もなく言った。タイオスはちらりと魔術師たちを見る。
(さてはこいつら、もうとっくに連絡し合ってやがるな)
ティージの伝言とやらは、魔術でもって、既にイズランに伝わっている。戦士はそう踏んだ。
(だが、わざわざ俺たちにも聞かせようってんなら、ここは黙って聞くとするか)
「幸いにしてと言うのか、カヌハへ乗り込む必要はありません」
サングは告げ、タイオスは片眉を上げた。
「どういう意味だ」
「つまり」
魔術師は肩をすくめた。続いた言葉に、タイオスは口をあんぐりと開けた。
「リダール・キルヴンが、カル・ディアの邸宅に戻ってきたからです」