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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第2章
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07 夢

 タイオス――タイオス。

 誰かが彼を呼んでいる。

 夢を見ているのだな、と戦士はぼんやりと考えた。

 あのあと、彼とリダールは何ごともなくキルヴン邸に戻り、戦士は伯爵に〈青竜の騎士〉と行き会ったことを告げた。

 キルヴンは驚いたようだったが、何があった訳でもない。互いに名乗り合った、否、相手の名前を言い当て合っただけである。だが情報の共有は必要だろうと、報告をしたのだ。

 それから風呂を借り、夕刻に食事をもらって、ハシンたち使用人と少し話をし、休んだ。

 記憶ははっきりとあった。彼は眠っている。だからこれは夢だと判った。

『タイオス』

「誰だ」

 夢なのだから放っておいてもいいのだが、つい、彼は問うていた。

「何の用だ」

 夢なのだから用も何もないはずなのだが、つい。

『――タイオス』

 ぼんやりした声は次第にはっきりとしてきた。それと同時に、誰かが目の前に立っているのが判った。

 誰だろう。知っている人物のように思える。

「タイオス」

「……ハル?」

 半年ほど前に関わり合った少年王子が、そこにいた。

「何だ、お前。元気でやってるか」

 夢のなかの虚像に問いかけたところで、意味などない。しかし懐かしい顔に、言葉は自然と出ていた。

「助けて」

「何?」

「助けてください、タイオス」

「お前、どうした。シリンドルに何か……」

 そこで彼は、はっとした。

 不安そうな顔で立っているのはハルディールではない。

「リダール」

 それはキルヴン伯爵の息子だった。

「助けて」

 同じように、リダールは言った。

「どうしたんだ」

 ハルディールに対するのと同じように、タイオスは尋ねた。

「助けてください」

「大丈夫だ、心配するな。怖いことは何もないから」

「守ると……言ったのに」

「ああ、言った」

「言ったのに、どうして」

 リダール少年の顔が歪んだ。

「おい……」

 タイオスはぎくりとした。リダールの口から、つうっと赤いものが洩れだしたのだ。

「どうして、ぼくを、守って、くれなかったん」

 少年の口調は怪しくなったかと思うと、そのまま大量の血を吐いて、彼は糸の切れた操り人形のように力を失った。

「リダール!」

 とっさにタイオスは、彼を支えた。腕に重みがかかる。

 軽い。十八歳とは思えぬほど。

(いや)

(軽すぎる。人間の重さじゃない)

 タイオスはリダール、或いはリダールの形をしたものの顔をのぞき込んだ。

 その目は、髑髏(どくろ)のように、空洞だった。

「うわあああ!」

 豪胆な戦士もこれには叫び、手を放した。するとそれ(・・)は再びくずおれ、かしゃん、と軽い音がした。

 かと思うと、それ(・・)は服を着た骸骨となり――ゆっくりと顔を上げた。

「タイ……オス……」

 戦士は血の気が引くのを覚え、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「ええい」

 彼は呟いた。

「これは夢だ、びびるこたあ、ない」

 当然だ、と自分に言い聞かせた。骨が喋るはずはない。

「タイオ……スうううう」

 骨の手が伸びて、彼の足首を掴んだ。妙に生々しい感触がある。タイオスはぞっとした。

「放せっ、この、化けもんがっ」

 そのまま彼は足を持ち上げて骨を蹴り飛ばした。かしゃん、と手首から先がどこかへ飛んでいった。

「酷い……どうして、そんなことを」

 リダールの声。何と、嫌な夢か。

「ええい。夢だ、夢だぞこれは」

 彼は呟いた。

「助けて……ぼくを助けてください……」

 それは涙声になった。骸骨がどうやって泣くものか、と彼は顔をしかめた。

「リダールのことは、助ける。だがお前はリダールじゃない。いや、これは夢だ。俺はちゃんと判ってる」

「判っている? ならばどうして」

 骸骨ははいつくばったままで上体を起こし、首をかしげた。気味が悪かった。

「どうして、そんなに怖れているんですか?」

「そりゃ、不気味だからだ!」

 きっぱりと彼は答えた。くくく、と声が笑った。

「何が〈白鷲〉。大したことのない」

 囁くような、高めの声。

「……何だと」

「伝説の騎士と言うからどのようなものかと思ったが。ささいな手柄を立てて、大げさに称えられただけの、ただの戦士か」

 右の眼窩の奥に、何かが見えた。

 黄色く、丸いものが燃えていた。それは、薄闇に浮かぶ満月のように。

「〈青竜の騎士〉の敵ではない」

「てめえ……エククシア!」

 反射的に、タイオスは左腰に手をやった。

(剣が)

(――無い)

 化け物を前にしていても、剣さえあればどうにかなると思う。骸骨を斬れるものかどうかは判らなかったが、少なくともばらばらにしてやるくらいはできるだろう。

 だが、頼りの得物がなければ。

 踏みしめた足元が、波にさらわれる砂のように覚束なくなった。

 くくく、と骸骨が笑った。

「ここまでだな、ヴォース・タイオス」

 声は続けた。

それ(・・)は、いただいていこう」

「何」

 今度は骨の左手が伸びた。再び足首が掴まれ、タイオスは同じように蹴り飛ばそうとしたが、同じようには足が動かなかった。

 戦士の足首を支えにして、骸骨がゆっくりと起き上がる。それは彼の目前に立ち、手を――。

「タイオス!」

「わあっ!」

 叫んで、戦士は飛び起きた。とっさに、枕元の剣を掴む。

「ぼ、ぼくです、ごめんなさい、おどかして」

「ああ……ああ、何だ、リダールか」

 目を覚ましたタイオスは、剣を放すと深く息を吐いた。

「リダール」

「は、はい」

「元気か」

「は……はい?」

「そうだよな。よかった」

 うー、とうなって彼は白髪混じりの黒髪をかきむしった。


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