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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第3章

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01 穴だらけ

 燦々と、太陽(リィキア)は照っている。

 しかしその空間だけは、日の光の恩恵から逃れていた。

「よくやった」

 男と聞こえる声――ライサイと名乗ったローブ姿は、ルー=フィンのきつい目線を無視するかのように、言った。

「フェルナー・ロスムよ」

「何……」

 剣士は眉をひそめた。

「成程。岩がどうのと、どうも奇妙なことを言うと思っていたが、フェルナーは出鱈目を口にしていたのではなく、お前に何かしら吹き込まれていたということか」

 少年の曖昧な態度は、ルー=フィンを騙しているという罪悪感、それとも見抜かれないだろうかという緊張感からきていたのか。彼はそう判定した。

「待て!」

 フェルナーが叫んだ。

「僕が、お前を騙したとでも思っているのか!?」

「責めはしない」

 ルー=フィンは言った。

「宗主と言った。事実かは私には判らない。だがエククシアの名も出た。ソディの一派であることは間違いないだろう」

 剣士は宙に浮く魔術師を油断なく見据えた。

「彼らはお前を蘇らせた側であり、一方でタイオスは、それを否定する側だ。彼がお前を助けるつもりだと言っても信じることができず、タイオスか私をおびき出すよう、指示でも」

「――僕を馬鹿にするな」

 フェルナーはルー=フィンを睨んだ。

「確かに、僕はタイオスのこと、全面的には信頼していない。だからと言って、どうして僕が彼やお前を騙す必要がある?」

「タイオスがいなければ、お前をその身体から追い出そうとする者はいなくなる。私はタイオスを手伝う立場だ」

「違う!」

 少年は叫んだ。

「ロスム伯爵家の名にかけて誓う。僕はお前を騙すつもりなどなかった」

「では、この男のいまの台詞は何だ?」

 ルー=フィンは肩をすくめた。

「責めぬ、と言った通り。お前が自分を蘇らせた者たちを味方と考えても、何もおかしくはない」

「そんなことは、考えていない!」

 フェルナーは主張した。

「蘇るという言い方は気に入らないが、彼らの術で僕が帰ってこられたのはおそらく事実なのだろう。だが僕は、リダールの身体を奪うことなど、望んでいない」

 少年は友人の手で拳を握った。

「戻ってこられたことは嬉しいが、リダールを犠牲にして喜ばしいはずがない!」

 癇癪を起こしたように少年は叫んだ。

「ライサイと、言ったか! 何故、僕がお前の指示を受けたかのような物言いをする」

「それは無論、お前が我の指示を受けたからだ」

 嘲笑うように、ライサイはのどの奥を鳴らした。

「お前はエククシアから月岩の話など聞いておらぬ」

「何だと」

「お前は思い出したのではない、聞いたと、思い込んだのだ」

「何、だと」

 フェルナーは顔色を青くした。

「僕の記憶が、偽物だと言うのか」

「なかなか、賢いようだ」

 ライサイは肯定した。

「色なき世界、あれは本物。エククシアがお前に声をかけたことも事実だ。しかし月岩の話などは何ひとつ」

 していない、とライサイは繰り返した。

「お前はいまだ、穴だらけなのだ、フェルナー・ロスム。アル・フェイルの宮廷魔術師とやらは、何も気づかぬだろうがな」

「穴……だと。何を、意味の、判らない、ことを」

 弱々しい声で、フェルナーは反論を試みた。

「僕は……僕の記憶……」

「聞くな、フェルナー」

 ルー=フィンは忠告した。

「私を(いざな)ったがお前の企みではなかったこと、認めよう。侮辱への謝罪もする。だが、このライサイとやらの企みだったことは知れた」

 剣をかまえて、剣士は続けた。

「魔術の理屈は知らない。ただ、このことは判る。お前をリダールの身体のなかへ入れた術を行ったこの魔術師は、それだけで術を終えたのではない。お前の記憶や意志までを操る技を持っており、それを……試した」

 彼は考えを口に上せた。

 曖昧な記憶と強固な主張。フェルナーの態度は、ライサイの術に起因したのではないかと。

「判るか、フェルナー。目的はともかく、この男はお前を操ろうとしている。だからこそ」

 聞くな、と彼は繰り返した。

見事だ(アレイス)

 ローブは答えた。

「たかが剣士の分際で、頭の回ることだ。〈白鷲〉は容易にエククシアに騙されたと聞くが、かの男にはない要素を補助しているのか」

「彼を侮辱するか?」

 ルー=フィンは口の端を上げた。

「――我が神の騎士を愚弄するのであれば、許さぬ」

 タイオスが聞けば、苦笑するか、呆れるか。狂信と言うのか、自分はそんな大した存在ではなく、確かに頭も悪いとでも言うのか。

 どうであれ、〈峠〉の神を崇める若者は、緑の瞳に強い光を宿らせた。

「我は〈白鷲〉に大して興味はない」

 その怒りを気にもとめぬように、ライサイは変わらぬ口調で告げた。

「エククシアはあれを神秘と見、我に認めさせようと懸命でいるが、我にはシリンディンの手駒としか映らぬ故」

 シリンディン――〈峠〉の神の名。シリンドル国の者は、滅多なことではその名を口にしない。〈シリンディンの騎士〉とは言うが、それはあくまでも「騎士」の呼称であり、神の名をはっきりと口にするのは儀式や誓いのときくらいだ。無闇に名を呼ぶは不敬である、という風潮もある。

 ライサイはもちろん、シリンドル人ではない。その風潮と(たが)う言動をしたとて、責められる謂われはない。

 ルー=フィンもそのことは判っている。

 だが、若者の内には憤りが浮かんだ。


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