01 穴だらけ
燦々と、太陽は照っている。
しかしその空間だけは、日の光の恩恵から逃れていた。
「よくやった」
男と聞こえる声――ライサイと名乗ったローブ姿は、ルー=フィンのきつい目線を無視するかのように、言った。
「フェルナー・ロスムよ」
「何……」
剣士は眉をひそめた。
「成程。岩がどうのと、どうも奇妙なことを言うと思っていたが、フェルナーは出鱈目を口にしていたのではなく、お前に何かしら吹き込まれていたということか」
少年の曖昧な態度は、ルー=フィンを騙しているという罪悪感、それとも見抜かれないだろうかという緊張感からきていたのか。彼はそう判定した。
「待て!」
フェルナーが叫んだ。
「僕が、お前を騙したとでも思っているのか!?」
「責めはしない」
ルー=フィンは言った。
「宗主と言った。事実かは私には判らない。だがエククシアの名も出た。ソディの一派であることは間違いないだろう」
剣士は宙に浮く魔術師を油断なく見据えた。
「彼らはお前を蘇らせた側であり、一方でタイオスは、それを否定する側だ。彼がお前を助けるつもりだと言っても信じることができず、タイオスか私をおびき出すよう、指示でも」
「――僕を馬鹿にするな」
フェルナーはルー=フィンを睨んだ。
「確かに、僕はタイオスのこと、全面的には信頼していない。だからと言って、どうして僕が彼やお前を騙す必要がある?」
「タイオスがいなければ、お前をその身体から追い出そうとする者はいなくなる。私はタイオスを手伝う立場だ」
「違う!」
少年は叫んだ。
「ロスム伯爵家の名にかけて誓う。僕はお前を騙すつもりなどなかった」
「では、この男のいまの台詞は何だ?」
ルー=フィンは肩をすくめた。
「責めぬ、と言った通り。お前が自分を蘇らせた者たちを味方と考えても、何もおかしくはない」
「そんなことは、考えていない!」
フェルナーは主張した。
「蘇るという言い方は気に入らないが、彼らの術で僕が帰ってこられたのはおそらく事実なのだろう。だが僕は、リダールの身体を奪うことなど、望んでいない」
少年は友人の手で拳を握った。
「戻ってこられたことは嬉しいが、リダールを犠牲にして喜ばしいはずがない!」
癇癪を起こしたように少年は叫んだ。
「ライサイと、言ったか! 何故、僕がお前の指示を受けたかのような物言いをする」
「それは無論、お前が我の指示を受けたからだ」
嘲笑うように、ライサイはのどの奥を鳴らした。
「お前はエククシアから月岩の話など聞いておらぬ」
「何だと」
「お前は思い出したのではない、聞いたと、思い込んだのだ」
「何、だと」
フェルナーは顔色を青くした。
「僕の記憶が、偽物だと言うのか」
「なかなか、賢いようだ」
ライサイは肯定した。
「色なき世界、あれは本物。エククシアがお前に声をかけたことも事実だ。しかし月岩の話などは何ひとつ」
していない、とライサイは繰り返した。
「お前はいまだ、穴だらけなのだ、フェルナー・ロスム。アル・フェイルの宮廷魔術師とやらは、何も気づかぬだろうがな」
「穴……だと。何を、意味の、判らない、ことを」
弱々しい声で、フェルナーは反論を試みた。
「僕は……僕の記憶……」
「聞くな、フェルナー」
ルー=フィンは忠告した。
「私を誘ったがお前の企みではなかったこと、認めよう。侮辱への謝罪もする。だが、このライサイとやらの企みだったことは知れた」
剣をかまえて、剣士は続けた。
「魔術の理屈は知らない。ただ、このことは判る。お前をリダールの身体のなかへ入れた術を行ったこの魔術師は、それだけで術を終えたのではない。お前の記憶や意志までを操る技を持っており、それを……試した」
彼は考えを口に上せた。
曖昧な記憶と強固な主張。フェルナーの態度は、ライサイの術に起因したのではないかと。
「判るか、フェルナー。目的はともかく、この男はお前を操ろうとしている。だからこそ」
聞くな、と彼は繰り返した。
「見事だ」
ローブは答えた。
「たかが剣士の分際で、頭の回ることだ。〈白鷲〉は容易にエククシアに騙されたと聞くが、かの男にはない要素を補助しているのか」
「彼を侮辱するか?」
ルー=フィンは口の端を上げた。
「――我が神の騎士を愚弄するのであれば、許さぬ」
タイオスが聞けば、苦笑するか、呆れるか。狂信と言うのか、自分はそんな大した存在ではなく、確かに頭も悪いとでも言うのか。
どうであれ、〈峠〉の神を崇める若者は、緑の瞳に強い光を宿らせた。
「我は〈白鷲〉に大して興味はない」
その怒りを気にもとめぬように、ライサイは変わらぬ口調で告げた。
「エククシアはあれを神秘と見、我に認めさせようと懸命でいるが、我にはシリンディンの手駒としか映らぬ故」
シリンディン――〈峠〉の神の名。シリンドル国の者は、滅多なことではその名を口にしない。〈シリンディンの騎士〉とは言うが、それはあくまでも「騎士」の呼称であり、神の名をはっきりと口にするのは儀式や誓いのときくらいだ。無闇に名を呼ぶは不敬である、という風潮もある。
ライサイはもちろん、シリンドル人ではない。その風潮と違う言動をしたとて、責められる謂われはない。
ルー=フィンもそのことは判っている。
だが、若者の内には憤りが浮かんだ。




