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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第2章
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12 手遅れというもの

 それから十数分ほど歩いただろうか。

 引き返すことを本格的に検討しだしたルー=フィンの目に、何かが飛び込んできた。

「あれは……」

 丈の高い草が途絶え、痩せた木や低木がそこここに勝手気ままに生えている荒れた草原の一角に、土がむき出しになっている部分があった。

 大まかに直径三、四ラクトというところだろうか。大人数名が余裕で立っていられるほどのその中心付近には、不自然に丸みを帯びた、大きな――岩が。

「あれか」

「あ……」

 少年は息を呑んだ。ルー=フィンは片眉を上げる。

「思い出した通りなのだろう? 何を驚く。それとも、出鱈目がたまたま現況に似通ったので驚いているのか」

「で、出鱈目ではない!」

 久しぶりにフェルナーはフェルナーらしく叫んだ。

「出鱈目ではないが、きたことはなかった。その通りであれば、驚くだろう」

「そうかもしれないな」

 ルー=フィンは半端に同意した。少年が半信半疑でいたならともかく、絶対に本当だから証明してタイオスに認めさせるのだと、そう意気込んでいたのだ。

「もう少し、思い出してもらおうか」

 彼は言って、フェルナーを岩の方へ促した。ふたりは草一本生えぬむき出しの土を踏み、丸い岩まで手が届くほどの距離に近づいた。

 そこで――ルー=フィンはフェルナーの肩を掴んだ。

「待て」

 剣士は言った。

「おかしい」

「な、何がだ」

「人の気配がする。誰の姿も見えないのに」

「何を……意味の判らないことを」

 弱々しくフェルナーは笑った

「誰もいない。見えなければ、いないに決まっている」

 少年が返したときである。

 不意に、日が陰った。

 空神たちの機嫌を読み間違えたか、とルー=フィンは一(リア)思った。

 一瞬だけ。

「ようこそ――ラスカルト〈第二十二の境界〉へ」

 声が、した。

「誰だ」

 剣士は素早く、剣の柄に手をかけた。

「姿を見せろ」

 誰もいない。いないように見える。

 しかし、いる。確実に。

「魔術師か。イズラン……ではないようだが」

 アル・フェイル宮廷魔術師の声とは違う。それよりももっと高い。

 サングの声はそれほど聞いておらず、「彼だ」ととっさに気づきそうにはなかったが、違うことは判る。

 ヨアティアでもない。ルー=フィンが、あの男の声を聞き誤るはずはない。

 昨夜のアトラフでもない。あれほど若くなさそうだ。

 では、これは誰だ。

「何者だ。姿を見せろ」

 彼は繰り返した。

「ル、ルー=フィン……」

 フェルナーが不安そうに彼を呼んだ。

「これは、何だ。太陽(リィキア)は見えるのに、どうして曇りの日のように薄暗いんだ」

「奇妙だ」

 剣士は少年に囁いた。

「ここから、逃げろ」

「何だって?」

「すぐに引き返せ。街道まで走って、馬車を見つけろ」

「何を言っている?」

「奇妙だ。これは――」

「罠、だと?」

 姿を見せぬ声が言って、くく、と笑った。

「賢いのか、賢くないのか。銀髪の剣士よ、お前はとうに気づいていなければならなかった。だと言うのにうかうかとここまでやってきては境界に近寄り、結界の内側に入り込んだ。それから不審に思ったところで、もう手遅れというもの」

「行け、フェルナー」

 彼は少年を押しやった。だがフェルナーは、動かなかった。

「ルー=フィン……」

 フェルナーは戸惑ったような声を出す。

「戻れ、ない」

「何」

「ここ」

 フェルナーの手は何もないと見える空間に触れ、ぶつかった。

「馬鹿な」

 ルー=フィンも同様にした。少年の様子はもちろん演技などではなく、彼の手もまた、何もない空間にぶつかった。

 魔術の防壁というようなものを彼は知らない。だが、見えない壁のようなものがここにあるのだと、認めざるを得なかった。

「進んで鳥かごに入ったという訳だな、銀の鳥よ」

「――は」

 ルー=フィンは乾いた笑いを洩らした。

「近頃、動物にたとえられる機会が多いようだ」

 彼はそこで、剣を抜いた。

「何者か知らないが、いい加減に出てこい。いつまでもお喋りをするのか? それが望みか?」

「我が望みの、何を知る?」

 く――と声は笑った。その、瞬間。

 鈍い光の球が、丸い岩の上に浮かんだ。剣士は少年を背後にかばい、何だか判らぬものを警戒した。

「ルー=フィン・シリンドラス。お前に、神秘の気配はないな。エククシアが気に留めぬも道理か」

 光はゆっくりと拡散した。かと思うと、岩の上には、違うものが浮いていた。

 それは、黒に見えるほどの濃緑のローブを身にまとい、フードを深くかぶった、何者かだった。

 長いローブは宙に浮いた足の先まで完全に覆い、地面に降りれば引きずるのではないかと見えた。袖も同様で、指先すら見えなかった。ぱっと見には、まるで人の形をしたローブだけが宙に浮いているかのようだった。

 顔は見えない。小柄な人物であるようには見えるが、身体の線は判らない。先ほどの鈍い光が凝縮したかのように光る瞳だけが、不気味に目に付いた。

「エククシアの勧める鷲と再びまみえるはずが、異なる鳥がかかったようだ」

「何の話だ」

 ルー=フィンはローブのなかの人物に問いかけた。

「エククシアだと?〈青竜の騎士〉と言われる男のことだな。その名を口にする、お前は、何者だ」

「我が名を尋ねるか」

 ふふ、とローブの奥から声が笑った。

「身の程知らずもよいところだ。だが、特別に、許そう」

「何を……」

「我はソディの宗主。ライサイと、彼らは呼ぶ」

 薄闇はその暗さを増し、ルー=フィンは緊張を覚えて、魔術師ライサイを睨み据えた。


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