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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第2章
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09 嫌いだ

「それで、ほかと結ばれ合ってるってのは何だ。まさか、ほかの〈月岩〉のところへ行けばカヌハに簡単に侵入できるなんて美味い話じゃないだろうな」

「エククシアがそう言ったんだ。詳しくは知らない」

 少年は肩をすくめた。

「裏から侵入しろとでも?」

「それは、僕の決めることではない」

「お前……当事者ならもう少しだな……」

 思わずタイオスは呟いた。フェルナーは、情報は与えるが責任の生じる決断はもとより、提案も嫌だと言っているのである。

「まあ、いい」

 中年戦士はまた言った。そもそも子供に責任を取らせるつもりはないし、情報はないよりある方がいい。

「ううむ」

 しかし、そんな美味い話が。

(美味い話にゃ、裏があるもんだ)

(だがフェルナーがこの時節を掴んで俺に話すことまで連中の計画だ、なんてことが有り得るか?)

 否、と彼は考えた。

(カヌハの裏口から一気に入り込めるとしたら、やりようはずっと増える)

(だがほかの岩とやらはどこにある? 場所が判ったとして、そこでどうすればいいんだ? お祈りでもすんのか?)

(くそ、結局はイズランの頭を借りんことにはどうしようもない)

「満月の」

「ん?」

「満月の日にだけ、移動が可能になると。そうした話を聞いた。使うのであれば、確認を急ぐ必要がある、タイオス」

「な」

 戦士はまばたきをした。

「何だと? まじか?」

「知るものか」

「何でそんな話まで知ってる」

「言っただろう。聞いたんだ。本当にそんな場所があって、あの場所から出られたなら……リダールを誘って冒険に行けるかな、と思った」

 事故に遭って死んだ少年は、ぽつぽつと語った。

「成程……」

 信憑性があるような、ないような。

(少なくともフェルナーがこんな嘘をつく理由はないだろう)

(エククシアがガキの喜ぶ話を作り出してやる義理もなし)

(となると)

 真実なのか。

「ええい」

 考えてみたところで答えは出ない。

「場所は、聞いたのか。リダールを誘おうとしたってことは、カル・ディアルのどこかか」

「これを」

 少年は胸元から何かを取り出した。

「僕はお前を待つ間、ただうろうろしていた訳ではない。そのことを思い出して、使用人に地図を持ってこさせて、しるしをつけた」

「でかした」

 指を弾いてタイオスは折りたたまれた紙片を受け取った。

(どこまで信じられる話かはともかく、どんな場所かくらい知っておいても損はないだろう)

 戦士は地図を広げ、場所を把握しようとして――ほんの少し、混乱した。

「おい、こりゃ……アル・フェイルの地図じゃないか」

「そうだが」

「『そうだが』ってお前、アル・フェイルまで冒険にこようとしたのか?」

「まさか」

 フェルナーは顔をしかめた。

「お前は僕の話を聞いていなかったのか。『いくつも』あると言ったんだ。僕が考えたのはロスムの町から何日かという場所だが、ここからは遠い。知らせても意味はないだろう」

「確かに……このしるしの場所なら、ここからでも歩いて数刻とかからずに行けるが」

 おかしい。タイオスは首をひねった。

「お前、自分が訪れるはずもなさそうなところまでご丁寧に聞いたのか? 縁もゆかりもないような場所を正確に覚えてると?」

「聞いたんだし、思い出したんだと言ってるだろう。お前は頭が悪いのか」

「思い出したというのは判ってる。自分に関係のない話まで覚えているのかと訊いてるんだ」

「やっぱりお前は頭が悪いんだな」

 ふんとフェルナーは鼻を鳴らした。

「当座は関係のないことのようであっても、いずれどこかで関係が生じるかもしれない。他人の話は、二度は聞けない覚悟で聞くものだ」

「……いいこと言うじゃねえか」

 誰かの受け売りなのかもしれないが、その通りではある。「あいつ、あのとき何か言ってた気がするが何だったっけかなあ」と悩むような状況というのは、訪れがちだ。当座関係のない世間話などは、聞き流してしまう。後悔してもどうしようもない。

 だが、そう、訪れがちなのだ。

 何故なら、人は忘れる生き物だからである。

 起きた出来事、聞いた話、全てを子細に渡って覚えている人間など、普通はいない。だからタイオスは奇妙に感じているのだが――。

(そう言えば、ガキの頃は俺も、何で大人はさっき俺がした話を忘れてるのか、自分でした話すら忘れてるってのはどういうことかと、不思議に思ったな)

(ガキってのは、記憶の絶対量が少ない分、どうでもいいことまで覚えてるもんなのかもしれん)

(それに……喜ばしかったと)

 久しぶりに聞いた声に喜びを覚えて、懸命に聞いたのか。またしてもタイオスは、胸の突かれるような感覚に陥った。

「まあ、聞いていて、覚えてるんなら、仕方ないな」

 彼は呟いた。

「何が『仕方ない』だ。まるで悪いことのように」

「気にするな。年寄りのひがみの一種だ」

 年を重ねると、忘れたくないことだって、忘れてしまうことがある。掴んだ砂が指の間からこぼれるように、とめられないこと。

(若い頃はよかったなあ、なんて)

(……俺ぁ言わねえぞ、意地でもな)

「僕は覚えている。きちんと思い出したんだ」

 フェルナーは胸を張った。

「その地図はお前にやる。必要ならば、使うといい」

「ああ……その、何だ。どうも有難うございますとでも言えばいいのか」

「うむ、苦しゅうない」

 少年は鷹揚にうなずいた。タイオスは少しむかついた。

「いまのが、お前のしたかった話か?」

そうだ(アレイス)

「ふむ」

 タイオスは地図を片手に両腕を組んだ。

「さっき言ったように、まず俺に言うのは重要だ。だが何故、イズランより俺にと思った?」

「僕の考えをお前にいちいち説明してやる義理はない」

「義理はなくても説明しろ。お前の発言によれば、イズランは信用ならんが俺も同じだということだ。ましてや俺は、不本意だったが約束を破って、大いに遅刻した」

「……別に、お前に言いたかっただけだ。それが悪いのか」

「ん?」

「お前の行動の、足しになるかと思った。だが不要なのであれば」

 フェルナーは手を伸ばした。

「地図は返してもらう」

「あ、おい」

 紙片を取り返されたタイオスは、どうしたものかと迷った。

「タイオス」

「何だ」

「僕は、お前が、嫌いだ」

「は?」

 何だこいつは、と戦士は口をぽかんと開けた。その間にフェルナーは踵を返し、走り去った。

「おい、フェルナー!」

 彼は呼んだが、少年はとまらなかった。

「嫌い?」

 何なんだ、とタイオスは顔をしかめた。

(好かれんでも、俺はけっこうだが)

(妙だな)

 態度がおかしい。一貫性がない。ほかに何か、言いたいことがあるのではないか。

「うーん」

 彼はうなった。追うか。放っておくか。

「どうした、タイオス。彼を怒らせたのか」

 風に乗って、声が聞こえた。

「何だ?」

 タイオスは辺りを見回す。誰もいない。

 だがいまのは、魔術の声ではない。確かに、この耳に届いた。

「こちらだ。上だ」

 言われて顔を上げた。タイオスは、げ、と思う。

「陛下」

 慌てて彼は頭を下げた。中庭を見下ろす露台の上に、オルディウスが立っていた。

「泣かせたのか? いかんな、ああした可愛らしい少年を哀しませては。どれ、俺が慰めてやるとするか」

「お戯れを」

 引きつった笑いを浮かべて、タイオスは言った。

「彼は、自分でも何を言ってるか、よく判ってないんでしょう。自分では賢いつもりだが、感情の赴くままに喋っているだけだ。中身は子供なんで仕方ないですし、こっちで汲んでやらなきゃいかんのですが、俺には子がないんで扱いかねてるんですよ」

 そう言ってから、タイオスははたと思った。

 先ほどのフェルナーの態度はまるで、父親にかまってほしくて頑張った子供だ。自分が思い出したのはすごい話だと思ったのに、予想よりタイオスが食いつかなかったので――。

(拗ねた?)

 それで「嫌い」などという発言が飛び出したのではないか。そう思うと戦士の顔に苦笑いが浮かんだ。

「もう少し、話してきます」

 彼は王に告げた。

「つまり、その」

「相判った」

 オルディウスはにやりとした。

「俺の出番はまだだな」

「はは……」

 タイオスは笑うしかなかった。


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