04 休憩時間だとでも
じりじりと時間は流れ、タイオスは耐えるしかなかった。
町憲兵隊には事実に近い主張をした。即ち、自分はリダール・キルヴンの護衛としてキルヴン伯爵に雇われており、むしろ誘拐犯を追う立場である、というようなことだ。
以前にタイオスがその情報を求めて詰め所にやってきたことを知っている町憲兵もいるはずだ、と言った。だがそれは誰だと問われると、タイオスは答えられなかった。名前など訊かなかったのだ。そうあれば、出任せと判定された。
連続誘拐事件とフェルナー少年の件は関係がない――少なくとも表面的には――が、タイオスがそれを知っているのはおかしな話である。彼はあくまでもただの雇われ戦士であるという位置を貫いた。実際、それ以上のものでもないが。
キルヴン伯爵に確認を取れ、彼は自分の身分を保障してくれるし、必要なら保釈金も出す、というような話もしたが、誘拐魔が何をほざく、とばかりに町憲兵は相手にしなかった。
(くそう、いまに見てろよ)
本当にタイオスがキルヴンの依頼を受けているのだと知ったときの町憲兵の顔が見ものである。
だが胸のすく想像をしても事態の解決にはならず、タイオスはひたすら弁明に追われた。フェルナーは死んだはずだとは言わなかった。この調子では、タイオスが殺害したことになりかねない気がしたからである。
とにかく彼は、誤解だ間違いだ自分は善良なる一戦士だと繰り返し、町憲兵をうんざりとさせた。向こうとしては、さっさと観念すればいいのにというところだろう。本物の戦士相手では町憲兵隊お得意の凄みを利かせる戦法が巧くいかず、彼らの脅しは労働所だ処刑だというものが専らであったが、ただの街びとを怖れさせるようにはいかない。
「いい加減にしろ、この腐れ戦士めが」
タイオスと同年代ほどの町憲兵は、たいていの人間が怯むであろう厳しい声で彼を呼んだ。
「フェルナー・ロスムの居場所を吐かんか。いつまでも強情を張ると、子供を殺害したと解釈して、本当に処刑だぞ」
牢から出され、尋問のための小部屋に連れられて益のない数刻を送ったあと、懲りもせずに町憲兵はそんなことを言った。
「誘拐監禁を認めなかったら殺害だと? そんな馬鹿な話が」
タイオスは噛みつこうとして、はたとなった。
「……ちょっと待て」
彼は目をしばたたいた。
「子供?」
「知らなかった、と言うんじゃあるまいな」
力のない女子供を成人男性、殊にタイオスのような職業戦士が殺害すれば、喧嘩で相手を死なせてしまったよりも罪は重い。詳細は街町によって異なるが、たいていは「強者が弱者を殺害にまで至らしめること」は、単なる殺害の罪に加えて、罰が課せられるものだ。
「いや、その」
ここは賭けだ、と戦士は思った。
「フェルナーってのはリダールの友人と聞いてるぞ。同い年だと」
十八歳だ、とタイオスは言った。町憲兵は鼻で笑った。
「そんな言い訳が通ると思うのか? 十八だと思ったから連れ去ったと? ふざけるなよ」
「んなこた、言っとらん。ただ、ほら、あれだ」
タイオスは考え、続けた。
「キルヴン閣下にでも、ほかの誰にでも訊いてくれ。フェルナーは十八だ」
「父親が子供の年齢を七つも間違えると思うのかっ」
町憲兵は怒りに眉をつり上げた。
「ロスムがキルヴン閣下をはめるために彼の雇い戦士を捕らえさせた、くらいの想像してみたらどうだ」
苛々とタイオスは言った。
「俺を捕らえてどうこうするのは、貴族間の対立を煽ることになるんだぞ。王陛下の耳に入ったらどうなるか、考えてみやがれ」
「何が陛下だ!」
町憲兵も怒った。
「陛下がお前ごときの虫けらを気になさるものか、恥を知れ」
「そりゃ俺の台詞だ。首都の町憲兵隊は王の犬だって評判はよく聞くがな、一伯爵の腰巾着だってのよりましだぜ!」
「何をう!」
典型的な、売り言葉に買い言葉である。だが現状、彼と町憲兵は対等ではない。明らかに向こうの機嫌を損ねるのは、馬鹿げたやり方だった。
(やっちまった)
(つい、苛立って)
彼は普段、特に町憲兵隊に敬意も反感も抱いていない。感謝と言うより挨拶の意味合いで「いつもご苦労さん」と口にする程度だ。コミンならば知った顔も多いからもう少し愛想よくするが、カル・ディアの町憲兵隊には何の感慨も持っていない。
彼らが「王の犬」と呼ばれることは知っているが、王の言葉に従わない町憲兵隊もない。ただ膝元の組織であるというだけで、王直々の指令が目立つというだけのことだと考えている。
そう、普段のタイオスなら何もいちいちカル・ディア町憲兵隊を貶めない。わざわざ喧嘩を売るような真似は、若い時分に散々やって飽きた。
ただ、苛立ったのだ。だが愚策だった。もしかしたら町憲兵が、少しはキルヴンに連絡を取る気になっていたとしても、いまのでご破算だ。
「――ボード! こいつを牢に戻しておけ。餌もやらんでいい!」
「ちょ、ちょっと待った、そりゃねえだろ旦那!」
飯を食いたければ自白しろ、など、冤罪を作り出すようなものだ。もちろん判っているのだろう。彼らにとって大事なのは「罪人を捕らえた」ということで、「真実」などは二の次なのだ。
本当にフェルナーを助け出したいのであれば、タイオスが罪を認めたって何にもならない。仮に、起きている事件が幽霊の蘇りなどではなく、町憲兵隊の考える通りのものであったとしても、だ。
「キルヴン伯爵に連絡を取ってくれりゃ、ロスムがおかしなことを言っているとすぐに判るって!」
繰り返す主張は耳を貸されなかった。タイオスは水すらもらえず、牢に戻されることになる。
「ええい」
彼は呪いの言葉を呟いた。町憲兵、ロスム、エククシア、ライサイ宛だ。
「連中は俺に何をさせたいんだ」
閉じ込めておきたいのか。だがそれならば、彼らの監視下でそうすることも容易だったはずだ。カヌハの館で、気味の悪い招きに応じてうかうかと入り込んだとき、彼らにはタイオスをどうとでもできたはずなのだ。
殺すことについても、同じ。カヌハで、殺せた。少なくともやろうとできた。だが、彼らはそうしなかった。連中はタイオスがリダールの身体とフェルナーの魂を連れ去るに任せた。
三日と言い、護符だのミヴェルだのを要求し、他国の首都に閉じ込める。ヨアティアやエククシアが魔術で好きに出入りできることは先ほどの通り――悪夢でなければ――だが、たとえば〈青竜の騎士〉ではカル・ディア町憲兵隊長に命令はできない。それもまた魔術で操ることは不可能ではなかろうが、そこまでやれば協会も黙っていないはずだ。
他国の力で、彼を足止めしている。
これはどういうことなのか。
目的は、ミヴェルか。それとも。
(イズラン、サング)
彼はアル・フェイルの魔術師たちを思い浮かべた。
(いい加減、俺の帰りが遅いと気づけ!)
身勝手な苦情を心で述べ、タイオスは冷たい床の上にごろりと横になった。
叫び、暴れてもどうしようもない。孤軍奮闘であればそうせざるを得ないが、いまはイズランやサングがいる。彼らは、何らかの手を必ず打ってくる。それはタイオスのためではなく彼ら自身のためだろうが、動機はこの際、どうでもいいのだ。
打開策は外からやってくる。
そう判断すると、中年戦士は待機を決め込んだ。
(どうせアル・フェイル城にいたところで、やることはないんだ)
(――休憩時間だとでも思うさ)
焦る気持ちを抑え、タイオスは目を閉じた。
(気にかかるのはミヴェルのことだが……)
(たとえ俺が居場所を吐いちまったんだとしても、イズランやサングがあれだけ豪語してるんだ。みすみす膝元からさらわせるってこともないだろう)
そう考えることにした。ここで苛々しても、何にもならないのである。
(もう一度、俺にできることを考えてみるか)
(そもそも……俺の仕事はリダールを無事に父親のもとへ帰すことだが、いまやそれだけじゃない)
(ヨアティア)
(「そもそも」と言うんなら、あいつが関わってるからこそ、あのガキは俺を関わらせた訳だ)
ライサイ。エククシア。ヨアティア。これらが諸悪の根源だ。ミヴェルは命令に従っただけということでいいだろう。手を踏みつけられたことは忘れてやってもいい、とタイオスは考えた。
確実な味方は、ルー=フィン。ジョードも数えていいかもしれないが、もともとろくな戦力にならない上に負傷をした。これ以上は何もさせられない。イズランとサングは強力な助け手だが、全面的に信頼はできない。
(この頼りない手札で、魔術師と騎士と魔術師もどきと、もしかしたらそれ以外も含めて、どうやって戦うか)
(……いや、ライサイとは巧くすりゃ、衝突しないで済むかもしれんな)
ソディの宗主らしき人物とは一度言葉を交わしたが、特に敵意は感じられなかった。何もできないだろうと嘲笑う感じはあったものの、リダール・フェルナーとタイオスを帰したのだ。
(エククシアは俺をライサイに認めさせるとか訳の判らんことを言ってるが、それはつまり、ライサイとエククシアの考えは一本じゃないってことでもある)
(これは)
隙かもしれない、とタイオスは考えた。
(ライサイを味方に……は、つけられんだろうが、敵に回さなければ)
(ヨアティアだけなら、イズランとサング、片方だけでもどうにかなる)
そんなふうに淡い期待を抱いた戦士だったが、すぐに無理だなと落胆した。
(神秘がどうとか言う、あれがあったな。連中にとって、リダールの身体にフェルナーの心があることが「神秘」だとすれば)
(それを元に戻したら、ライサイも俺を敵視するよなあ)
かと言って、元に戻さないという選択肢はないのだ。考えたくはないが、「戻せない」はあるかもしれない。だがそれは結果であって手段ではない。
(魔術。神秘。くそう、もうご免だ!)
ただの護衛のはずだったのに、どうしてこんなことになっているのか。
(俺は剣を振るうだけだ。それしか、できんってのに)