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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第1章
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07 先もあともない

 それから――。

 時間は二刻、三刻と経った。

 戦士は戻らず、少年の苛々は頂点をとうに突き抜け、噴火していた。

「イズラン!」

 ようやく現れた黒ローブの宮廷魔術師に、少年は勢いよく掴みかかった。

「タイオスが戻らない!」

「協会から帰還の連絡がないようなんですよ」

 魔術師は肩をすくめた。

「ついでに親しい女性と時間を過ごしてきたとしても、遅すぎますね」

「女? 女だと?」

 少年は顔を険しくした。イズランは手を振った。

「たとえ話ですよ。タイオス殿はあれで責任感が強いですから、そんな形で寄り道はしないと思います」

「それじゃどんな寄り道をしていると言うんだ」

「さあ、それはタイオス殿に訊いてみないと」

「イズラン!」

 フェルナーはばんばんと足を踏み鳴らした。

「タイオスが逃げたのだとしたら、僕だけじゃない、お前も裏切られたということだぞ!」

「まさか、彼は逃げたりしませんよ。こちらにはルー=フィン殿もいるんですし」

 イズランはさらりと――タイオスが聞けば苦い顔をしそうなことを言った。魔術師は、銀髪の剣士が彼への人質になり得ると、そう言ったのである。

「それは誰だ? 何度か名を聞いたようだが、彼の女か?」

「タイオス殿の嗜好がどうあれ、ルー=フィン殿は男性ですね」

 真面目に返してから、イズランは肩をすくめた。

「それにしてもフェルナー君。『彼の女』だなんて言い方は、ちょっとあれじゃないですか。『恋人』とか『よい女性』とか、そういった表現があるでしょう」

「どう言おうと同じではないか」

「まあ、その通りですけどね」

 うんうんとイズランはうなずいた。

「もっとも、『彼の女』ならコミンにいますけど」

「何?」

「独り言です」

 にっこりとイズランは笑みを浮かべた。

「ともあれ、ラドーに様子を見に行ってもらいましょう。もしかしたら道に迷っているのかもしれませんし」

「三刻もか?」

「冗談ですよ」

 この冗談はいささか性質(たち)の悪いものだった。イズランはかつてシリンドルでタイオスに、まさしく「道に迷わせる術」をかけたことがあるからだ。

「もう少しすると陛下の時間が空きますので、そこでお茶にしませんか、フェルナー君」

「陛下と?」

「ええ。話し相手がいなくて退屈しているんでしょう?」

「退屈しのぎにタイオスを待っているのではない! だいたい……陛下のお話し相手など、僕では務まらない」

「あー、いいんですよ、にこにこと茶杯持ってればそれで」

 イズランはひらひらと手を振った。

「ただ、陛下のお部屋には誘われてもお断りしてくださいね。タイオス殿と約束しましたから、私」

「約束? 意味がわからないようだ、魔術師」

「判らなくてもいいんです。お断りだけしてもらえれば」

「何か、政治的なことか?」

 少年は少年なりに考えたことを口にした。

「じゃあ、そういうことにしましょう」

 いい加減な答えだったが、イズランの顔が真面目だったため、フェルナーは納得した。

「ではお支度を。お菓子は手でつまめるものを出すように言いますから、心配しなくていいですよ」

 気遣ったかのようなイズランの言葉に、フェルナーはむっつりと黙り、判ったとだけ答えた。

「――やれやれ」

 にこにこしながら少年を侍女に預けた宮廷魔術師は、彼らが見えなくなってから呟いた。

「問題発生、と見るべきだろうな、これは」

「当然だろう」

 廊下にはいつしか、黒ローブ姿の影がふたつあった。

「イズラン、お前は呑気すぎる」

「何か判ったのか?」

 宮廷魔術師は、年下の兄弟子を見た。

「エククシアはタイオス殿が気になって仕方ない。それくらいのこと、私でも判っているというのに、恋敵のお前が鈍くてどうするんだ」

「うーん、〈白鷲〉殿には私の方が先に目をつけてるんだがねえ、恋の成就に先もあともないか」

 肩をすくめてイズランは応じた。

「先かどうかは、判らない」

 サング――ラドーは淡々と言った。

「何?」

 イズランは片眉を上げた。

「サナース・ジュトン。前〈白鷲〉の話は聞いているのだろう」

「だいたいのところは」

「連中はジュトンが生きていたときから〈白鷲〉を見ている。タイオス殿にはお前が先でも、神の騎士には向こうが先だ」

「そういうことか」

 イズランは息を吐いた。

「成程ね。それでシリンドルにも手を配ってあり……ヨアティア殿を手助けた、か」

 タイオスに恨みを持ち、いくらかは〈白鷲〉の知識もある神殿長の息子は、ライサイ、それともエククシアにとってよい手駒だったと。

「その辺りだろう」

 ラドーも認めた。

「お前は魔力はあるのに、二手三手と遅いところがある。黒髪の子供とやらではなく、タイオス自身を気にして追っていれば、おそらくは何度も力の発現が見られたはずだ。彼自身が意識できぬような些細なものだが」

「あんたはそう言うがね、ラドー。私は〈峠〉の神が〈白鷲〉ヴォース・タイオスを守るかどうかには、あまり興味がないんだ。子供が彼を導く、そのことがシリンドル外でどのような影響をもたらすか、それを知りたいんだよ」

「そのためには、何らかの手段でタイオスを絡め取っておくべきだった。彼の頼みで僧兵の腕輪を外してやったとき、これは貸しだと、明確にしておけば」

「それは、警戒をさせただけだ。あのときの私は『善意の人』じゃなかったんだからね」

「打つ手はあったはずだ、と言っている」

 だが、とラドーは肩をすくめた。

「今更言ってもどうしようもないことだ。現在の話をしよう。町憲兵隊にどう話をつける?」

「町憲兵隊。つまり、捕まっているのか」

ああ(アレイス)。フェルナー誘拐容疑だ」

「は」

 イズランは乾いた笑いを浮かべた。

「成程。確かに彼らのやることは早い」

「向こうが早いとは言っていない。お前が呑気だと言ったんだ」

「はいはい、兄弟子たるサング導師殿。この後手後手の性分が、私をあんたの弟弟子にして、しち面倒臭い宮廷魔術師の座に縛りつけているんですよ」

 手を振ってイズランは言った。

「先に先にと動いてあんたに威張れる位置にいれば、こんな地位なんか、あんたに押しつけてやったのに」

「陛下のお気に入りはお前だ。たとえ宮廷魔術師でなかったとしても、陛下は何かとお前を呼んだだろう」

「国のどこにいても『イズランはまだか』と言われることを思えば、王宮にいた方がいいな」

 宮廷魔術師はそう結論づけた。

「しかし、カル・ディア町憲兵隊か。面倒なところに」

 術で連れ出せば協会に知れる。

 イズランのような地位にある人物は、協会の決まりを破ってもいくらかは黙認される。協会がアル・フェイルを怖れる訳ではなく、例外、特例に寛容な組織なのだ。通常の措置でまかなえない事象に行き会えば、ごり押しをせず、まかなえるように決まりごとを変える。各事例に柔軟なのである。

 だがそうは言っても、国の法律に基づいて行動している町憲兵隊が、罪を犯したとして捕らえた人物を自分勝手に連れ出すなどは認められない。事件に魔術が関わるときに協会が事件を町憲兵隊から奪ってしまうのとは違う話だ。

「ラドー、考えを聞きたい」

 イズランは両腕を組んだ。

「彼らがタイオス殿を足止めする目的は?」

「判っているじゃないか」

 ラドーは唇を歪めた。

「足止めだ」

「だから、何のためかと、その先の話をしてるんだ」

「三日の猶予を与えておきながら、動きを束縛する。タイオス殿は、焦るだろう」

「焦らせて、どうする?」

「選択肢を狭める」

 ラドーは答え、イズランは黙った。

「――判った」

「ほう?」

「今度は後手になりすぎぬよう、手を打つ。いくらか時間はかかるが、あれがいちばんいいだろう」

「私は入り用か?」

「当座、不要」

「判った」

 今度はラドーがそう答えた。

「では戻る」

「すまなかったな、わざわざ」

「何。例の土地神についての考察を著す約束を忘れていなければ、それでいい」

「協会には役立たんと思うがね、サング導師」

「協会には役立たない書物がいっぱいだ、宮廷魔術師殿」

 ふん、とラドーは鼻を鳴らすと、王宮の廊下から姿を消した。


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