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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第1章

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05 やれるものなら

 オルディウスが「イズランはまだか」と不満を言うのであれば、フェルナーは「タイオスはまだか」とやった。

 気の毒にもアル・フェイル城の使用人たちは、国王のいつものわがままにつき合うことに加えて、小さな賓客の癇癪をもなだめなければならなかった。

 ミヴェルはフェルナーに遠慮する立場ではなかったから、率先して少年に注意をした。だが、他人の――それも女の言葉におとなしく従うようなフェルナーでもない。見かねたジョードが相手をしようとしたが、貴族のお坊ちゃまと盗賊ではどうにも話が通じなかった。リダール少年は通じないなりに楽しんで話を続けたが、フェルナーはそもそも、ジョードと話す気がなかった。

「まあ、ただの生意気なガキだ。いちいち腹を立てたりはしないさ」

 盗賊は唇を歪めてそんなことを言った。

「不安でたまらんのだろうな、という想像はつく。ただ、ああやって突っ張るより、不安なんだと素直に言った方が助けようとする手は増えるってもんだ。もっとも、計算づくでやられたら腹が立つが」

「リダールと同じ顔をしているというのが、とても奇妙だ。あの少年は全く違う性格だったから、なおさら」

「あれはあれでよく判らんかったがなあ、少なくとも腹は立たなかった」

 顔をしかめてジョードが言えば、ミヴェルは片眉を上げた。

「お前はいま、フェルナーにも腹を立ててはいない、と言わなかったか?」

「そりゃあ、お前」

 ジョードは肩をすくめた。

「本音と建て前は違うもんだ」

 余裕があるのか大人気ないのか判定しかねる彼の台詞に、ミヴェルは呆れた顔をした。

「ところで、ミヴェル。イズラン()は?」

 彼が魔術師に敬称を付けたのは、あながち冗談でもない。失われたはずの腕がくっついているのはイズランのおかげであると聞いたからだ。

 腕は相変わらず、石のように重く動かない。魔術師は、効く可能性のある薬や術がいくつかあるから試してみるなどとジョードに話したが、そのあと彼を訪れていなかった。

 ジョードにとってイズランは、恩人であると同時に専属の医者のような相手に感じられ、早く次の治療を施してくれないかと願うのだ。実際に彼の面倒を見ている医師は別にいたが、それはまた違う話なのである。

「何しろ宮廷魔術師殿だからな。仕事は多いのだろう」

「宮廷魔術師なんて、王様の隣で威張ってりゃいいだけだろ」

「そんなふうに思っているのか?」

「いや、知らんけどさ」

 盗賊は無責任に言い放った。

「それより、食事の続きだ」

 言うとミヴェルは、卓の上から盆を取った。

「もういい」

「何だって? ほとんど食べていないじゃないか」

 糾弾するようにミヴェルはきつい声音で言った。

「食べなくては体力が戻らない。失われた血を作り直すのによい献立だと、イズラン殿もおっしゃっていた」

「それは俺も聞いたよ。でも」

 もういい、とジョードは動く方の手を振った。

「どうしてもと言うなら、自分でやる」

「左手だけでは巧くできないじゃないか。ほら、口を開けろ」

 ミヴェルは銀匙にスープをすくうと、ジョードの顔に向けて突き出した。盗賊は複雑な顔をする。

「……そういうのは、もっと、何て言うか、いちゃいちゃできる関係になってから」

「何を言っているんだ?」

 女は顔をしかめた。

「熱でもあるのか。それで、食欲がないのか」

「うわごとじゃないんだがねえ」

 ジョードは口の端を上げた。

 彼女は、彼を殺せという命令に逆らって、彼とともにここにいる。だがそれは、ミヴェルが「レダク」に惚れたことを必ずしも意味しなかった。彼女はいまでもエククシアに未練があり、裏切りの制裁を怖れている。

(いや……)

(罰を期待してるとこも、あるみたいだ)

 制裁を受けるということは、それだけの価値がある存在だということ。少なくともミヴェルはそう考えている。ソディ一族にとって。宗主にとって。〈青竜の騎士〉にとって。

 無視を決め込まれることの方が、彼女には怖ろしいのかもしれない。

 ミヴェルの言動から、ジョードが感じたのはそうしたことであった。

「まだだなあ、と思うんだよ」

「何がだ」

「だからな」

 ジョードはちょいちょいとミヴェルを手招いた。首を傾げながら、女は盆を置き、顔を近づける。

 と、唇が合わされた。

「なっ……何をする!」

 女は慌てて身を引いた。

「ほらな」

 彼は息を吐いた。

「変わらない」

「当然だ! 私はお前を気の毒だとは思ったが、それ以上のことはないんだぞ。勘違いをするな!」

「はいはい」

 ジョードにしてみれば進展は充分あると思うが、ミヴェルの側で認めないのであれば仕方ない。

「まあ、何にせよ、飯くらいひとりで食えるって」

「やれるものならやってみろ」

 怒りだか戸惑いだかに顔を赤くしながら――照れているのではないようだった――ミヴェルはナイフのように匙を突きつけた。

「皿と匙と、どちらかを選ばねばならない時点で、お前の負けだと思うが」

「工夫のしようはあるだろ。だいたい、そうだ、俺は起きて食卓につけばいいだけのこと」

「起き上がれると? ひとりで厠にも行けないくせに」

「む……」

 指摘された事実にジョードは反論できなかった。

その(・・)世話はさせないと、三人にも手を借りて厠まで行っているな。食事は私ひとりでどうにかなることだ。有難く思え」

「感謝はしてるさ。ただ」

「いいから」

 口を開けろ、とミヴェルは次の皿を取った。仕方なく、ジョードは従った。

(ま、半月前に比べりゃ大した進歩だ)

(最低でも「下賤なレダク」から「患者」に昇格したようだし)

 色恋の入る隙はまだなさそうだが、これはこれでいいかとジョードは自分を納得させることにした。

 もっとも、次には接吻に答えてもらいたいものである。

「なあ、ミヴェル」

「うん?」

「――タイオスはまだか!」

 そのときである。

 まるで、役者が「苛立ち」を大げさに表現したかのような声音で、フェルナーが飛び込んできた。ジョードはがっかりする。

 邪魔をされたという思いもあれば、ミヴェルはフェルナーの世話をタイオスに頼まれたからと言って、瀕死に至った怪我人よりも生意気な子供にかまけるのだ。


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