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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第2章
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04 訓練所

 エククシアの不在は予定外だったが、それ以外はキルヴンの目論見通りに話は進行した。

 あのとき〈青竜の騎士〉がどこに行っていたにしろ、エククシアは結局のところ「ロスムの護衛」ではないということになりそうだった。実際の技術についてはいまだに不明ながらも、ロスムの見せびらかし人形というところが大きそうだ。

 リダールの「ひとり歩き」は学問のためということになっており、その日と翌日は相手先の都合で休日だった。タイオスは剣や鎧の手入れをし、街の訓練所に行って調子を保った。

 彼がキルヴン邸の護衛兵に手合わせを申し入れずに訓練所にまで出向いたのは、いささかばつが悪かった――以前に彼は、敵を欺くため、この館の門番を見殺しにしていた――からだ。

「うん? 何だ」

 汗を拭いながらタイオスは尋ねた。

「顔色が悪いぞ。気分でも悪いのか」

「お、お、驚きました」

 青い顔でどうにか答えたのは、同行したリダール少年である。

「こんな間近で、戦いを見たことは、なかったので」

「単なる訓練だ」

 タイオスは呆れた。

「ちょっとした運動の域を出ない。本物の戦闘はもっと激しいし、汚いぞ」

「き、汚い?」

「ああ。生き延びるためには手段を選ばない。後ろから襲いかかるなんてのは常識、土くれを蹴り上げて相手の目を潰そうとしたり、かするだけで目眩を起こすような猛毒を使ったり。まあ、汗やら血やら、弱虫がびびって洩らした小便やらで汚いってのもあるがな」

 別に脅かすつもりでも笑わすつもりでもなかったが、リダールはぱちぱちと目をしばたたいて、呆然としていた。

「大丈夫か?」

 戦士の訓練を見てみたいと言うから、手懐ける(・・・・)ことも兼ねて連れたが、少々刺激が強かったようである。

「タイオス」

「おう」

「――すごいです! 強いんですね!」

 次には少年は、濃い茶の瞳をきらきらと輝かせた。

「あー……いや、訓練だから」

 確かに彼は、同じように身体を動かしにやってきた年下の戦士たちを続けて下したが、これは決闘でも喧嘩でもない。本気を出す必要はない。

 タイオスは熟練ゆえの小手先の技で若者たちを翻弄したものの、向こうがむきになってやり返してきたら、彼の方がみっともないことになっていただろう。短気な相手がいなかったのは、たまたまだ。

「ぼく、感動しました!」

「言い過ぎだ」

 どうやらタイオスは、実に簡単にリダールの好意を得たようである。だが巧くいったなどと思うより、脱力感に襲われる。

「もし興味を持ったんなら、教えてやろうか」

 ふと思いついて戦士は言った。伯爵の子息は目を見開いて、とんでもないと首を振った。

「ぼくにあんなこと、できるはずがありません」

「そりゃ、一朝一夕にはできんよ。俺には二十年以上の経験が」

「二十年! すごいです」

「あー、そりゃ、それだけ生きてるんだから」

 どうにも調子が狂う。

 思えばハルディールも――「餌」で――タイオスに懐いたが、リダールは方向性が違う気がする。

「エククシア殿も格好いいですけど、彼は物語絵巻みたいに洗練された格好よさです。タイオスは、本物って感じで格好いいですね!」

「そりゃどうも」

 洗練はされていないという訳だ。彼としては、それでけっこうだが。

「だが努力次第でお前さんだって、本物っぽくなれるんだぞ。ほら、持ってみろ」

 タイオスは訓練所用の木剣を差し出した。リダールはおそるおそるといった風情で手を伸ばし、受け取って、悲鳴を上げた。

「お、重いっ」

「……あー、悪かった。俺が悪かった」

 十八歳の若者の背を子供にするようにぽんぽんと叩いて、戦士は木剣を取り返した。

「こ、こんなものを軽々と」

 ますますリダールは感動したようだった。

「あの。タイオス」

「何だ」

「腕を触ってもいいですか」

「……何?」

 今度はタイオスが目をしばたたいた。答えを待たずに、リダールは戦士の片腕を両手で掴む。

「うわあ、すごい。太い! キルヴンの町の警護隊長よりすごいです。ほら、この辺」

「判った、判ったから。もう帰ろう、な?」

 場違いな歓声に、周辺からの視線が痛くなってきた。

 先ほどまでの彼らは、一見したところ「戦士の父親と、その道を考えている息子」または「戦士の師匠と、入門したばかりの弟子」というところだったかもしれないが、いまではクジナの恋人同士とでも見えかねない。いや、見られている気がする。

「ほら。俺はお前の護衛なんだから、ちゃんと館まで送るからな」

 不自然なことをわざわざ口にして、タイオスは見知らぬ人間たち相手にしなくてもいい説明をした。通りすがりの他人からどう思われても気にしない彼だが、訓練所は今度どこで仕事を同じくするかも判らない戦士連中がたむろしている場所だ。男趣味があると思われると、組んだときに少々面倒なのである。

「護衛だなんて。それは、明日になってからのことでしょう」

「まあ、そうなんだけどな」

 予定されている「伯爵の息子の油断」は、確かに明日の夕刻から再開される予定だ。しかし誘拐犯が標的をリダール・キルヴンに絞っていれば、既に少年を見張っていることだって有り得る。

 だが、そんなことを言えばリダールを怖がらせることになりそうだ。

 タイオスは「お姫様」を気遣い、事前訓練だなどと適当なことを言ってリダールを促した。少年はすっかり戦士に感心して、素直に従った。

「ひと風呂浴びたいところだが、お前さんを置いて汗を流してくる訳にもいかんな」

 一緒に行くか、と言いかけたが周囲の誤解を助長させそうだと気づいてやめた。

「あとで館の風呂を借りるとするか」

 ロスムはキルヴンの提案を受けた。即ち、タイオスも護衛につくこと。タイオスの手柄はエククシアのものとすること。その結果としてタイオスはこれからしばらくキルヴン伯爵邸の食客だ。

 あのあとロスムは、ひとしきり嫌味を――ご子息はもう立派な成人男性なのだから、大事にしすぎるのも考えものではないか、などと――言ったが、了承を取り下げることはなかった。それどころか二日後の「予定」の前には、タイオスとの顔合わせとしてエククシアをキルヴン邸に行かせる約束をした。

 タイオスとしては〈青竜の騎士〉の人物像が判らないままだ。少なくとも評判は、〈シリンディンの騎士〉のようによいものだったが、実際に会って言葉を交わしてみないことには何とも言えない。

 しかし、どうあっても二日後にはまみえるのだ。それで問題ないだろう、と中年戦士は考えていた。

「お腹が空いていませんか、タイオス」

「うん? まあ、そうだな。それなりに」

 朝はキルヴン邸でもらったが、そろそろ昼過ぎだ。食べた分くらいは、動いたようにも思う。

「いいお店があるんです。お連れしますから、いろんなお話を聞かせてください」

 リダールからご招待がやってきた。タイオスは目をしばたたく。

(何だ何だ)

(ちょいとちゃんばら(・・・・・)ごっこを見せただけで、懐いたか)

「あ、もちろんぼくがおごります」

「馬鹿野郎。妙な気を使うんじゃない」

 金持ちの息子とは言え、自分の半分も生きていない子供に金を払わせる訳にもいかない。タイオスは苦笑した。

「それじゃ、案内してくれ」


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