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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第4章
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09 信用ならないんだよ

 タイオスはそれから、これまでの経緯をざっとフェルナーに話した。

 不穏なところもある話だったから、侍女を一旦追い払い、誘拐事件からエククシア、ライサイ、ソディの話も彼の知る限りで話した。

 リダールの顔をした少年を前にリダールの話をするのは、やはり奇妙な気分だった。

 だがやはり、浮かべる表情が違う。

 キルヴンとロスムに確執あり、というような話をしても、リダールが信じなかったのと違って、フェルナーはさもありなんとうなずいた。もっとも、これはフェルナーが世慣れていると言うより、父親の態度の違いだったのだろう。キルヴンは息子に何も言わなかったが、ロスムはキルヴンの息子とつき合うわないよう命じていたと聞く。

 リダールがフェルナーのためにタイオスの警護の手から逃げ出したのだと耳にすると、少年は何とも言えない表情を浮かべていた。

 満月の夜までにカヌハにこいと言われて行ったが、間に合ったと思ったにも関わらず、リダールは行方知れずでフェルナーがいたのだと、大まかにそんな話をした。

「確かに俺の立場は、あくまでもリダールを取り戻すことだ。身体があいつで中身がお前なんて、ライサイは気の利いた冗談でもかました(・・・・)つもりかもしれんが、こんなことにお前の親父『たち』が納得するはずもない」

「――もちろんだ」

 少年は同意した。

「正直に言えば、俺は最初、フェルナー、お前さえいなくなればリダールが戻ると思った」

 その言葉に、フェルナーはリダールの気弱な瞳に、リダールが見せたことのない、警戒の色を走らせた。

「最初は、と言ったろ。幸か不幸か、俺は無情な人間じゃなくてね。お前と話をしている内にお前も助けてやりたいと思うようになった。本当だぞ」

 本当に、本当だった。生意気なガキだとも思うが、所詮、ガキだ。子供なのだ。「父上に言いつける」などと聞けばむかっとするが、本気で腹を立てるほどでもない。

 十二になる直前に死んだ、気の毒な。

 世の中にはもっと不幸な子供も大人もいる。だが、それとこれとは別だ。訳の判らない状況に置かれ、見知らぬ大人に囲まれて、お前は死んだのだと言われる。客観的に考えれば、そんな現状でフェルナーはよくやっているとも思う。

 どうにかしてやれたらと思う、これは情だ。タイオスの心には、本当にそれがある。

「ただ、本当に助けてやれるかどうかは、別だ」

 戦士は、これまで口にしなかったことを口にした。少年は、じっと黙っていた。

「俺には何も判らない。手を見つけるとしたら、イズランなんだ。あいつぁ胡乱なところもあるが」

 何故、協力をしてくるのか。アル・フェイルで事件を起こしたライサイをどうにか裁きたいからか。それとも。

(あいつはティージを使って、ルー=フィンを俺の道行きに絡めてきた。そして、救いもしたと)

(……イズランはいまでも、シリンドルに興味を持ってる)

 だがそのことは、脇に置くしかない。宮廷魔術師という地位にいるからこそ、イズランは協会の指針に逆らえるのだ。そして、腕も確か。宮廷魔術師なら確かだろうと思うのではない。タイオスはその事実を知っているのだ。

「いまは、あいつに任せるのが最上なんだ。判ってくれ」

 釈然としない、という様子ではあった。だが、助けられないかもしれないと語ったタイオスに却って本気を見たか、最終的にフェルナーはこう言った。

「判った」

「判ってくれたか」

 タイオスはほっとした。

「言っておくが」

 フェルナーは続けた。

「お前が万事成功させねば、父上のみならずキルヴン閣下からもお咎めを受けるからな」

「何?」

 リダールが戻らなければ確かにその通りだが、フェルナーの言う「万事」は両者込みであろう。だが、たとえばリダールが帰ってフェルナーが帰らない事態になったとして、キルヴンがそれを咎めるとは?

「仮にリダールだけ戻ったとしても、僕の父上は納得なさらない。父上はもう一度、リダールを狙うだろうからな」

「……お前な」

 またしても父親の権威を笠に着て、しかもとてもまともとは言えないロスムの選択肢に義憤を燃やすでもなく、またやられたくなかったら自分の生存――と言うのかどうか――も確保しろと、そういう訳か。

(やっぱりこいつは、むかつくガキだ)

(もっとも……よくも悪くも、世に出るのはこういう気質だがな)

(リダールみたいなのは、フェルナーみたいなのに押しのけられていくだけだ)

 ともあれ――。

 最大で半刻、フェルナーはタイオスが彼の目を離れることを許可した。タイオスはずいぶんたくさんのご主人様に仕えている気持ちになった。

 翌朝、簡素な朝食をもらったあと、タイオスは有用なる半刻の一部を気にかかっていることに使った。

「三度目は、ご免だぞ」

 彼はまずそう言った。

「血痕残して行方眩まして。屋根から診療所くらいならともかく、他国にまで探しにこさせるか、ああ?」

「私の意志でやってきたのでもない」

 寝台の上に半身を起こした状態で、銀髪の若者はもっともなことを言った。

「傷は」

「大したことではない」

「お前らのそれは信用ならないんだよ」

 シリンドル国の若い騎士たちは、死ぬような負傷をしても揃って言うのだ。「こんな傷は何でもない。明日には治る」。治る訳がない。

 旅の戦士たちにも、そうした強がり野郎どもはいる。むしろ珍しくない。だが、連中は強がりだと知って言うのだ。阿呆騎士どもと違って、本気で軽傷だと信じているのではない。

「状態は、医者からざっと聞いた。絶対安静だとな。はっ、宮廷医師だとよ」

「――ここは本当に、アル・フェイド王宮なのか」

 ルー=フィンは慎重に、それを尋ねた。タイオスはうなずいた。

「証拠がある訳じゃないが、そんな詐称もせんだろう。万一詐称だったとしても、これだけの大邸宅と使用人、高級調度品に、手掴みで食べていいのか迷うような芸術的な挟み麺麭(ワルホーロ)

 先ほどの「自称・簡単に食べられるもの」を思い出しながら戦士は肩をすくめた。

「最低でも上級貴族並みの金と力を持つ人物の屋敷であるこたあ、間違いない」

「にわかには信じ難いが」

 ルー=フィンは呟いた。

「王と名乗った人物は、実に堂々としていた。騙りであれだけの威厳を出せるのであれば、それは上級貴族ではなく一流の役者だ」

「……お前、変なことされなかったか?」

「変、とは?」

「いや、心当たらないならいいんだ」

 いくら好色王陛下でも、怪我人に何かすることもないだろう、とタイオスは手を振った。いくつかの不埒な物言い以外は、オルディウスは良識ある老人と見えるのだ。

 無論、ただの老人で片づけることはできなかったが。

「ここはおそらく、まじでアル・フェイド王宮なんだろう。あれはアル・フェイル王で、それから」

 タイオスは咳払いをした。

「宮廷……魔術師もいる」

「――イズランか」

 ルー=フィンもまた、かつて関わった魔術師の正体を知ることとなっていた。

「奴がどうしてお前を助けたのか、訊いたか?」

 今度はタイオスが尋ねた。ルー=フィンは顔をしかめた。

「ああ。『知った顔が死ぬのを見過ごしたくないからだ』などと、心にもないことをのらりくらりと」

 もとよりルー=フィンは、魔術師を好かない。当初、彼の尊敬する神殿長に雇われていたイズランに対しても、警戒心を見せていた。

 あのときルー=フィンの命を救ったのはタイオスでもあるが、魔術で出血をとめたイズランでもある。しかしルー=フィンは、タイオスに恩義に近いものを感じている風情なのと違い、イズランのことは相変わらず警戒しているようだ。

 もっともなことでもある。タイオスは〈峠〉の神が定めた騎士であり、イズランは他国の間諜だったのだ。いや、実際のところはただの密偵ですらない。国王オルディウスにほど近い重鎮。極端な話をすれば、シリンドルの侵略を王に提言できる立場にいる人間なのだ。

 それを怖れてかしずくだの平伏するだのということはないが、対応は慎重になって当然だ。もしもオルディウスが気まぐれを起こしてシリンドルを手にしようとしたら――たった三人の騎士と、農民に毛が生えた程度の自警団に、何ができると言うのか。


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