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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第4章
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04 信じたいところだ

「リダール……」

 フェルナーはリダールの声で呟いた。

「どうしているんだろう。会いたいな」

「そうだ。どうしているんだ」

 タイオスはイズランを見た。

「リダールがここにいないのなら、どこにいる。お前、探せないのか」

「無茶を言いますね。私はリダール殿を知りませんのに」

「じゃあサングだ。あいつは知ってる」

「彼はねえ、忙しいんですよ。私も暇な訳じゃないんですけれど、私は比較的、協会の禁忌を気にしなくていい立場ですし」

「何? どういう立場……ええい、そんなこともどうでもいい。余計な話をするな」

 このイズランという魔術師がどういう地位にいるのか、タイオスは知らない。ただ、魔術師協会のなかで上層と言おうか、幹部とでも言える位置にいるのだろうかと何となく推測した。的外れでも別にかまわない。いまはどうでもいいことだと考えた。

「では簡潔にしましょう。サング導師は忙しく、あなたを手伝えるのは私だけです」

「……判った」

 真偽は知らない。ただ、イズランが手を出す気であって、サングにもほかの誰にも代わる気はないのだということは判った。

「フェルナー殿にもですが、ミヴェル嬢。彼女の話も聞く必要があります」

「ああん? ミヴェルだと?」

 想定していなかった名前にタイオスは顔をしかめた。ジョードの惚れた女。タイオスとしては、彼に薬を嗅がせ、彼の手を踏みつけた女という印象しかないが。

「ジョード殿を救ったのは、私よりもむしろ彼女です。私は正直、ルー=フィン殿さえ救出できればよかったのですが、彼女の必死な様子に彼をも救うことにしました」

(ルー=フィンを?)

(……こいつ)

 イズランの望みの一端が見えたように思った。

「じゃあ、もしやお前はルー=フィンとジョードだけじゃない、ミヴェルまで救い出したって?」

 だがタイオスはそれについては何も言わず、呆れたふりで――半ばは本当に、呆れていたが――そう言った。それはどうでしょうねと魔術師は返した。

「私は彼女を連れました。しかし、助けるのは私の役目ではないと考えています」

「連れたんだろ。それってのは助けたってことじゃ……ああ」

 タイオスは呟いた。

「そういう、意味合いでか」

「ええ」

 イズランはうなずいた。

「そういう意味合いでです」

「……何の話をしているんだ」

 苛ついたようにフェルナーが口を挟んだ。

「僕にも判るように話せ」

「イズラン、お前」

 戦士は少年の要求を無視し、魔術師を睨んだ。

「お前、さっき、判らないと言ったな」

「はい、言いました」

「判らないってことは、『手段はない』という答えとは違う訳だ」

「ない可能性もありますが、その確信にも至っていないということです、あしからず」

「その辺りの言い方はサングと同じだな」

「ある程度の学を修めた魔術師なら十人が十人、そう言いますよ。そうですね、戦士殿の世界でたとえれば」

「いちいちたとえんでいい」

 タイオスは片手を上げて制した。

「たとえを考える間に、手段を探せ」

「あのですね、タイオス殿」

「何だ」

「私はサング導師の代理ですが、私も彼も、あなたと何らかの契約を結んだ訳じゃないんですよ」

「命令に従う謂われはないと?」

「ご名答です」

 イズランはにっこりと拍手などした。タイオスはじろりと睨む。

「ふざけるな」

 戦士は言ったが、怒鳴るという様子ではなかった。

「俺は大して頭がよかないが、馬鹿でもない。お前が俺の前に再び現れたこと、『これは偶然ですね』なんてこたあ思ってないし、『おお、何と運命的な再会だ』なんてことも言わんぞ」

「運命や宿命というものは、意外と作為的と見える形で現れるものですよ」

「語るに落ちるってやつだな」

 タイオスは指を差した。

「作為的だと」

「ですから、そう見える形で」

「うるさい。ごたくはいいんだよ、お前の目的もあと回しだ。だがのこのことやってきた、それは俺に協力する意志がある、ないしは何らかの利得を確信してるってことだ」

 戦士は早口で続けた。

「お前には、当てがあるんだ。勝率がどの程度だとしてもな」

 彼はそれを確信していた。

「やり方は任せる。だが、『ありませんでした』だけは許さん」

「やれやれ」

 イズランは困ったように笑った。

「仕方ない。興味深いことは事実ですからね。私は主に仕える身ですからあなたと契約は結べないのですが、私の立場でできるだけの協力をすると誓いましょう」

「それでけっこうだ。急げ」

「気ばかり焦っても何にもなりませ」

イズラン(・・・・)

 のらりくらりとした調子のアル・フェイル人に、タイオスは苛立ちを隠せなかった。または、隠さなかった。

「フェルナーと話せ。必要ならミヴェルとも。とにかく」

 時間はない、と彼は呟いた。仮に何らかの手段が見つかったとしても、それが容易に成せることであるのかは判らない。

 否、おそらく、困難なのだろう。だからこそライサイと思しき声は、彼に三日の猶予を与えたのだ。

(困難、という段階だと信じたいところだな)

(――不可能、じゃないことを)

 こっそり戦士は、そんなことを考えた。

「言ったように、お前の好奇心はあと回し。場合によっちゃ、つき合ってやらんでもない。とにかくいまはリダールを戻し、それから」

 戦士は両腕を組んだ。

「フェルナーをも留められる手段を見つけろ」

 いますぐだ、とタイオスは言った。少年は驚いたように戦士を見た。それを尻目に魔術師は、いますぐは無茶です、ともっともなことを言った。

 さて、と魔術師は言った。

「フェルナー君」

「……何だ」

 緊張した様子で、少年は魔術師を見た。

「あなた」

 じっとイズランは、視線を返す。

「――お腹が空いていませんか」

「おいっ」

 ばん、と卓を叩いたのは戦士である。

「真面目な顔で、何を言い出すかと思えば」

「重要なことですよ。〈大事の前に腹を空かすな〉。二、三(ティム)話して済むような内容じゃないんですし、まず腹ごしらえをしましょうという提案は、そんなに無茶苦茶なものでもないと思いますけれど」

「時間を取って作戦を練ろうって考えか」

「まあ、そんなふうに言えなくもないですね。ですがタイオス殿、私は敵じゃないんですから、私が作戦を練ることはあなたにとっても重要なことのはずですよ」

「敵じゃないかもしれん。だが味方とも思えん」

「こんなに助けて差し上げているのに、つれないお方だ」

「はん。無償の手助けなんざ、俺は信じないんだよ」

「戦士殿らしいですね。いいでしょう」

 イズランはうなずいた。

「お食事につき合っていただければ、私の立場の一端はお判りいただけるかと思います。あなたを助けることで私が何を得るか、それを知りたければ、どうぞご一緒に」

「……ごまかしだったら、ただじゃおかんぞ」

「やれやれ」

 戦士の胡乱そうな目つきに、魔術師はため息をついた。

「それならもう少し、タイオス殿の気を引けそうなことを言いますよ。――我が主について」

「何」

「我が主について、知りたくはありませんか」

 主。イズランの。

 それは確かに、タイオスの気を引いた。

 その人物が許可をしたことでイズランが「参戦」をしてきたと言う。それから、ルー=フィンを「気に入った」とも。

「彼が、おふたりを食事にご招待したいと」

 ご案内いたします、と応諾を確信して、イズランは彼らに手を差し出した。


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