04 信じたいところだ
「リダール……」
フェルナーはリダールの声で呟いた。
「どうしているんだろう。会いたいな」
「そうだ。どうしているんだ」
タイオスはイズランを見た。
「リダールがここにいないのなら、どこにいる。お前、探せないのか」
「無茶を言いますね。私はリダール殿を知りませんのに」
「じゃあサングだ。あいつは知ってる」
「彼はねえ、忙しいんですよ。私も暇な訳じゃないんですけれど、私は比較的、協会の禁忌を気にしなくていい立場ですし」
「何? どういう立場……ええい、そんなこともどうでもいい。余計な話をするな」
このイズランという魔術師がどういう地位にいるのか、タイオスは知らない。ただ、魔術師協会のなかで上層と言おうか、幹部とでも言える位置にいるのだろうかと何となく推測した。的外れでも別にかまわない。いまはどうでもいいことだと考えた。
「では簡潔にしましょう。サング導師は忙しく、あなたを手伝えるのは私だけです」
「……判った」
真偽は知らない。ただ、イズランが手を出す気であって、サングにもほかの誰にも代わる気はないのだということは判った。
「フェルナー殿にもですが、ミヴェル嬢。彼女の話も聞く必要があります」
「ああん? ミヴェルだと?」
想定していなかった名前にタイオスは顔をしかめた。ジョードの惚れた女。タイオスとしては、彼に薬を嗅がせ、彼の手を踏みつけた女という印象しかないが。
「ジョード殿を救ったのは、私よりもむしろ彼女です。私は正直、ルー=フィン殿さえ救出できればよかったのですが、彼女の必死な様子に彼をも救うことにしました」
(ルー=フィンを?)
(……こいつ)
イズランの望みの一端が見えたように思った。
「じゃあ、もしやお前はルー=フィンとジョードだけじゃない、ミヴェルまで救い出したって?」
だがタイオスはそれについては何も言わず、呆れたふりで――半ばは本当に、呆れていたが――そう言った。それはどうでしょうねと魔術師は返した。
「私は彼女を連れました。しかし、助けるのは私の役目ではないと考えています」
「連れたんだろ。それってのは助けたってことじゃ……ああ」
タイオスは呟いた。
「そういう、意味合いでか」
「ええ」
イズランはうなずいた。
「そういう意味合いでです」
「……何の話をしているんだ」
苛ついたようにフェルナーが口を挟んだ。
「僕にも判るように話せ」
「イズラン、お前」
戦士は少年の要求を無視し、魔術師を睨んだ。
「お前、さっき、判らないと言ったな」
「はい、言いました」
「判らないってことは、『手段はない』という答えとは違う訳だ」
「ない可能性もありますが、その確信にも至っていないということです、あしからず」
「その辺りの言い方はサングと同じだな」
「ある程度の学を修めた魔術師なら十人が十人、そう言いますよ。そうですね、戦士殿の世界でたとえれば」
「いちいちたとえんでいい」
タイオスは片手を上げて制した。
「たとえを考える間に、手段を探せ」
「あのですね、タイオス殿」
「何だ」
「私はサング導師の代理ですが、私も彼も、あなたと何らかの契約を結んだ訳じゃないんですよ」
「命令に従う謂われはないと?」
「ご名答です」
イズランはにっこりと拍手などした。タイオスはじろりと睨む。
「ふざけるな」
戦士は言ったが、怒鳴るという様子ではなかった。
「俺は大して頭がよかないが、馬鹿でもない。お前が俺の前に再び現れたこと、『これは偶然ですね』なんてこたあ思ってないし、『おお、何と運命的な再会だ』なんてことも言わんぞ」
「運命や宿命というものは、意外と作為的と見える形で現れるものですよ」
「語るに落ちるってやつだな」
タイオスは指を差した。
「作為的だと」
「ですから、そう見える形で」
「うるさい。ごたくはいいんだよ、お前の目的もあと回しだ。だがのこのことやってきた、それは俺に協力する意志がある、ないしは何らかの利得を確信してるってことだ」
戦士は早口で続けた。
「お前には、当てがあるんだ。勝率がどの程度だとしてもな」
彼はそれを確信していた。
「やり方は任せる。だが、『ありませんでした』だけは許さん」
「やれやれ」
イズランは困ったように笑った。
「仕方ない。興味深いことは事実ですからね。私は主に仕える身ですからあなたと契約は結べないのですが、私の立場でできるだけの協力をすると誓いましょう」
「それでけっこうだ。急げ」
「気ばかり焦っても何にもなりませ」
「イズラン」
のらりくらりとした調子のアル・フェイル人に、タイオスは苛立ちを隠せなかった。または、隠さなかった。
「フェルナーと話せ。必要ならミヴェルとも。とにかく」
時間はない、と彼は呟いた。仮に何らかの手段が見つかったとしても、それが容易に成せることであるのかは判らない。
否、おそらく、困難なのだろう。だからこそライサイと思しき声は、彼に三日の猶予を与えたのだ。
(困難、という段階だと信じたいところだな)
(――不可能、じゃないことを)
こっそり戦士は、そんなことを考えた。
「言ったように、お前の好奇心はあと回し。場合によっちゃ、つき合ってやらんでもない。とにかくいまはリダールを戻し、それから」
戦士は両腕を組んだ。
「フェルナーをも留められる手段を見つけろ」
いますぐだ、とタイオスは言った。少年は驚いたように戦士を見た。それを尻目に魔術師は、いますぐは無茶です、ともっともなことを言った。
さて、と魔術師は言った。
「フェルナー君」
「……何だ」
緊張した様子で、少年は魔術師を見た。
「あなた」
じっとイズランは、視線を返す。
「――お腹が空いていませんか」
「おいっ」
ばん、と卓を叩いたのは戦士である。
「真面目な顔で、何を言い出すかと思えば」
「重要なことですよ。〈大事の前に腹を空かすな〉。二、三分話して済むような内容じゃないんですし、まず腹ごしらえをしましょうという提案は、そんなに無茶苦茶なものでもないと思いますけれど」
「時間を取って作戦を練ろうって考えか」
「まあ、そんなふうに言えなくもないですね。ですがタイオス殿、私は敵じゃないんですから、私が作戦を練ることはあなたにとっても重要なことのはずですよ」
「敵じゃないかもしれん。だが味方とも思えん」
「こんなに助けて差し上げているのに、つれないお方だ」
「はん。無償の手助けなんざ、俺は信じないんだよ」
「戦士殿らしいですね。いいでしょう」
イズランはうなずいた。
「お食事につき合っていただければ、私の立場の一端はお判りいただけるかと思います。あなたを助けることで私が何を得るか、それを知りたければ、どうぞご一緒に」
「……ごまかしだったら、ただじゃおかんぞ」
「やれやれ」
戦士の胡乱そうな目つきに、魔術師はため息をついた。
「それならもう少し、タイオス殿の気を引けそうなことを言いますよ。――我が主について」
「何」
「我が主について、知りたくはありませんか」
主。イズランの。
それは確かに、タイオスの気を引いた。
その人物が許可をしたことでイズランが「参戦」をしてきたと言う。それから、ルー=フィンを「気に入った」とも。
「彼が、おふたりを食事にご招待したいと」
ご案内いたします、と応諾を確信して、イズランは彼らに手を差し出した。