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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第4章
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03 見捨てられない馬鹿

 何と申しますか、とイズランは肩をすくめた。

「私の(あるじ)が、ルー=フィン殿をいたく気に入りまして」

 豪華な一室のなかでは、三人が長方形の低い卓を挟み、タイオスの向かいにイズラン、隣に少年が腰かける形になっていた。

「どういう意味だ」

 タイオスは尋ねた。

「そのままの意味です」

 イズランは答えた。

「手出しはまかりならんと、主はそう言っていたのですが、ルー=フィン殿を見て気が変わったらしい」

「やっぱり、判らんが」

 戦士はううむとうなった。

「つまり、お前がルー=フィンとジョードを助けたのか?」

「そういうことになります」

「いったい、何でまた」

「助けない方がよろしかったんですか?」

「んなこたあ、言ってない。奴らが無事でいるのなら万々歳だ。だがどうしてお前が。何のために」

「私はシリンドルでの仕事を終えました。ただ、あなたのことは気になっていましてね」

「俺だと?」

「あなたと言いますか、〈白鷲〉と言いますか、現状では同じことですけれど」

「俺のでも〈白鷲〉のでも、何が気になる」

「魔術師には、そりゃあ、気になることが山積みです」

 イズランは肩をすくめた。

「サングから何か聞いて……いや」

 タイオスはそこで、はっとした。

「いや、その話はあと回しだ。サング。そうだ、お前はサングの代理なんだな。知り合いなのか?」

「ええ、まあ」

 イズランはうなずいた。

「私と彼が出会ったのは、そもそも」

「どうでもいい」

 ぴしゃりとタイオスは言った。

「話は通じてるんだな。これのことも」

 戦士は少年を指さした。

「どこまで知ってる」

「リダール殿の身体に、フェルナー君の魂が入っているようだ、ということまで」

「待て」

 と言ったのはフェルナーだった。

「どうしてリダールが『殿(セル)』で、僕が『(エル)』なんだ」

 つけられた敬称に、彼は苦情を言った。

「それは、彼は十八で、あなたは十二だからです、フェルナー君。いや、誕辰の直前でしたから、正確に言うなら、十一ですね」

「リダールと僕は同年だ。同じ日に生まれた」

「いまでは六年の差異があるんですよ」

 当然のように魔術師は言った。フェルナーはむすっとした。

「タイオスと同じ話をする。結局、お前たちは組んでいるんだな、知り合いのようだし。信頼した僕が馬鹿だった」

「おいおい」

 戦士は苦い顔をした。

「俺がいつ、こいつと相談をする暇があったというんだ? 確かに知った顔じゃあるが、これが現れて俺が驚いてたのはお前も見たろうが」

「そんなのはきっと演技だ」

「お前な。自分に都合のいい考えばかりが正解じゃないんだぞ」

「その言葉は、そっくりお前に返す」

 じろりと少年は戦士を睨んだ。

「お前が望むのは、僕が自分を六年前の幽霊だと認めて去り、お前が『十八歳の』リダールを取り戻すことだろう。だがそんな馬鹿げた話を信じるものか」

「まあ、馬鹿げた話だと思うわ。俺もな」

 思わず戦士は呟いた。

「それで、イズラン」

 タイオスはフェルナーを放っておくことにした。

「どうして知っているのか、その辺りは問わないことにする。どうせ、『魔術だ』というような答えなんだろうからな」

 戦士の決めつけに、魔術師は軽く頭を下げた。

「これだけを問いたい。手はあるのかと。時間は、三日しかないんだ」

「少し拝見しましたが」

 魔術師は少年を見た。

「『ユヴィケルス』という物語を知っていますか」

「……知っている」

 むっつりと少年は答えた。タイオスも聞いたことはあった。それは、有名な幽霊奇譚だ。

 死んだ老人がこの世に未練を持ってラファランの導きを退け、息子の身体に入り込む。彼は息子から私的な時間を奪い、息子はやつれていき、その息子、つまり老人の孫が真実を突き止めて幽霊から親を救う話である。

「僕が、息子に取り憑いた老人の役どころだと言いたいのか」

「いいえ」

 イズランは首を振った。

「あなたは、タイオス殿が考えておいでのような『幽霊』とは違いますね」

「ほら見ろ」

 フェルナーは威張った。

「じゃあ、何だ」

 少年を無視して、タイオスは魔術師に尋ねた。

「『何』……と言えばいいのか。俗に言うところの『幽霊に取り憑かれる』というのは、死者の魂が生者の身体を乗っ取ることです」

「だから、その状態だろ」

「似ていますが、違います。そこにリダール殿はいないんです」

「ん?」

「幽霊が取り憑いた場合、生者の魂はそこにあります。『ユヴィケルス』でも、息子はのちに、取り憑かれていた間のことを思い出す。彼は、自分の身体のなかにいたからです」

 ですが、と魔術師は続けた。

「そこに、リダール殿の魂は、ありません」

「何が違うのかよく判らん」

「ひとつの身体にひとつの魂。正常な状態なんですよ」

「……んな、阿呆な」

 タイオスは顔をしかめた。

「どこをどうしたら、これが正常になる!」

「いったい、どこをどうしたんでしょうねえ。ライサイの術は、五大魔印の原則に基づいていない。戦士殿の世界にたとえてみれば、そうですね、斧で俊敏な攻撃を繰り返すだとか、小刀の一撃で首を切り落とすだとか、非常識としか思えない出来事を成し遂げてしまっているんです」

「判るような、判らんような」

 戦士はうなった。

「とにかく、理屈はいい。講義をしたかったら、あとで聞く。手段だ、手段」

「それなんですが」

 イズランは真剣な顔をした。

「よろしいですか、タイオス殿」

「おう、何でも言え」

「判りません」

「おいっ」

 タイオスは怒鳴った。イズランは耳をふさぐ。

「ふざけている訳じゃありませんよ。せっかく主から許可をいただいたんですし、私なりに最大限の努力をいたします。フェルナー君、おじさんと話をしませんか」

 にっこりと魔術師は少年に話しかけた。タイオスはどうしようかと思ったが、任せてみることにした。

「話……どんな話だ」

 警戒するように少年は尋ねた。

「事故のことについて」

 イズランが言えば、フェルナーは顔を青くした。

「――話したくない」

「すみません。嫌な思い出ですね。でも、よく覚えているようですね」

「つい……昨日のことのようだ。だけど判らない。あれから、長い時間が経ったような気も……」

 言って少年は、はっとした。

「そんなことのあるはずが、ない。僕は、事故に遭ったけれど、助けられたんだ」

「誰に?」

「それは……知らない。気がついたら、タイオスが」

「フェルナー君」

 魔術師は、あくまでも笑みをたたえていた。

「本当のことを言ってください。本当に、あなたは覚えていないんですか。事故で死ぬと思った瞬間から、タイオス殿と出会うまでの間に、何があったのか」

「何も、無い!」

 フェルナーは叫んだ。

「何を訳の判らないことを言っているんだ、魔術師!」

「わたくしは、イズラン・シャエンと申します」

「名前なんか訊いてない。お前は、お前も、僕を殺そうとしているんだな。誰も僕を助けてくれないのか、何て酷い!」

「――リダールは」

 つい、タイオスは口を挟んだ。

「リダールは、助けようとしたんだ。その結果が、こんなことになってるようだがな」

 彼の言うことには、いささか、矛盾がはらまれる。リダールの希望が、フェルナーに二度目の死を迫っていることになるのだ。だがリダールも、こういう形で友人が戻ると判っていた訳ではあるまい。

 フェルナーが戻るという話には「フェルナーの身体」も含まれると思って当然だ。自分が「生け贄」になることを理解していたのであれば、「リダールの身体」が意味を持つと考えることはないだろう。

 気の弱い少年は、自分の命で死んだ友人が戻るのであれば、それでいいと思っただけ。

(馬鹿だ)

 タイオスはそう評する。

(だが、見捨てられない馬鹿だ)

 もう一度、あのふんわりとつかみどころのない、弱く優しい少年の瞳をこの身体に取り戻してやりたい。

(それから)

(やっぱり一発くらいは、ぶん殴ってやらんとな)


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