02 質問が多いな
「助けて……くれたのか」
死んでいてもおかしくなかった。たとえヨアティアが死んだとしても、あれは敵陣で――。
「ここは?……タイオス! ジョードは!」
「動くなと言うに」
両手が、起き上がろうとする若者をまた押さえた。
緑色の瞳の焦点が合い、世界を映し出す。ルー=フィンのごく近くで彼をのぞき込んでいるのは、初老を越え、老人と言ってもよさそうな年代の人物だった。
髪の色は完全に真っ白でこそないが、総白髪と表現しても過剰ではない。深いしわは、重ねてきた年数を物語る。だがその青い瞳には力があり、口さがない者であっても「老いぼれ」などとは言えなかっただろう。たくわえた顎髭は白く、手入れがされていて、洒落者の雰囲気を漂わせた。
もしや医者だろうか、とルー=フィンはぼんやりと思った。
「これはなかなか、美しい」
「……何」
ぼうっとしたままの耳に、その台詞はよく聞こえなかった。
「銀の髪に、緑の瞳か。ルー=フィンだったな、ん?」
名を呼ばれ、彼は戸惑った。
「私の名を知るのか。何故」
「俺は何でも知っている」
にやりとして男は言った。
「どうだ? 小国の騎士なんぞは辞めて、俺に仕えんか? 何でも贅沢をさせてやるぞ」
その手が彼の髪を撫でた。ルー=フィンは、もう焦点は合っているにも関わらず、まばたきを繰り返す。
「いったい……何を言って」
「判らぬか。騎士だものなあ。だがもったいない。お前のようなきれいな若者が、剣を振って切ったはったと。顔に傷がついたらどうするのだ」
「いや……」
幸いにしてとでも言うのか、頭が働かない。どうやら医者ではなさそうだと、ルー=フィンが考えたのはそれくらいだった。
「全身の傷痕も酷いことになっている。だが、どうにかしてみんなきれいにしてやろう。傷は戦士の勲章だが、お前には似合わない」
男はとうとうと続けた。何を言われているものか、ルー=フィンにはさっぱり判らなかった。
「いい目を見させてやるぞ。だが返事は急がん。起きてしまって仕方がないくらい元気に……いや、つまり、起き上がれるようになってからでよい」
子供にするように、髪が撫でられ続けた。しかしながら、それが決して「子供にするように」ではないとルー=フィンが気づくことは、やはり幸いにして、なかった。
「いつまでも寝てはいられない」
ルー=フィンはただ、手を振り払った。
「お前は誰なんだ。ここは。どうやって私を助けたんだ。ジョードに、タイオスは」
「質問が多いな」
男は笑った。
「ジョード。あの濃い肌の痩せた青年か」
あごに手を当てて男は口の端を上げた。
「ラスカルト南方の出身と見えるな。彼もなかなか、異国的でよろしい」
にやっとして言葉は続いた。
「惜しむらくは、女連れであることだ」
「女?」
「もっとも、俺もお前と彼と両方の寝顔を眺めている訳にもいかんからな。彼は女に任せ、お前は俺が」
男はルー=フィンの銀髪をまたしても撫でさすったかと思うと、反応に迷っている若者に片目をつむった。ますます、ルー=フィンは対応に悩む。
「つまり、ジョードは無事なんだな。女というのは、もしやミヴェルか」
「そんな名前だったようだな」
「本当か。それはよかった」
盗賊は、ミヴェルを救うために彼らと同じ道を採ったのだ。彼女が彼といるということはつまり。
(つまり?)
ルー=フィンは考えた。
(いや、「よかった」と言える状況かどうかは、まだ判らないのだな)
彼はそう思った。
(いま、私はカヌハにいるのか、それとも、違うどこか)
それによって、ルー=フィンの境遇はあまりに違ってくるはずだ。ヨアティア側――ライサイ側に彼を救助する理由などないと思うが、判らない。ここは敵の手の内かもしれない。だからミヴェルがいる、との可能性もある。
そうではないなら。安心すべきことのようでありながら、容易に安心できない。彼を、ジョードを、ミヴェルを助けてくれた相手が味方だとは限らない。
「タイオスは」
彼は三度、男に尋ねた。男は肩をすくめた。
「さあ」
「何だって?」
「『さあ』」
律儀にも男は繰り返した。
「その男のことは、俺の知ったことではない」
けろりと相手は言う。
「だが彼は〈白鷲〉で、神の加護を受けているのだろう。お前が案じる必要もない」
「お前は、何故そのようなことを知るのか」
ルー=フィンはゆっくりと起き上がり、馴れ馴れしく彼に触れてくる男の顔をじっと見た。
「ここはどこだ。そしてお前は誰だ」
「そのようなささいなことはどうでもよいと、俺は思うが」
ふう、と彼は息を吐いて首を振った。
「聞かねば安心できぬと言うのであれば、言おう」
片手をすくめて、彼はさらりと続けた。
「俺はオルディウス三世と呼ばれる。生名はオルディウス・ロズ・アル・フェイル。そしてここは我が居城だ。お判りかな、可愛らしい銀兔君」