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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第3章
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14 代理の者

 カル・ディアのサング術師といますぐ話したい、というタイオスの要望は、しかしすぐには叶えられなかった。

「どういうことだ」

「ですから」

 入り口の部屋で、依頼人の話を聞く受付役の魔術師は、丁寧に繰り返した。

「サングという魔術師は、カル・ディア協会に在籍しておりません」

「嘘を言うな、嘘を」

 タイオスは長い木卓をばんばんと叩いた。

「俺は、あいつとカル・ディアの協会で話を」

「カル・ディアの協会で話をしたからと言って、カル・ディアの術師とは限らないんですよ、セル」

 魔術師は、名を知らぬ相手にも使える敬称でタイオスに呼びかけ、説明をした。

「だが、カル・ディアの協会で依頼をしたら、そいつが出てきたんだぞ」

「そうであれば通常はカル・ディアの術師であることが多いでしょうが、例外もあります」

「わざわざ、俺の依頼を受けにどっかからやってきたとでも?」

「協会の情報網は大陸中に渡っています。大まかなものであれば、他大陸までも」

「そりゃ大きく出たもんだ」

 戦士は鼻を鳴らした。魔術師は「本当です」と言ったが、戦士が信じていなくてもかまわないという様子だった。

「依頼の達成に適した魔術師が余所の街にいれば、呼び寄せることも有り得るでしょう。珍しいことではありますけれどね」

「何だか知らんが」

 タイオスは身を乗り出した。

「じゃあその情報網で、見つけてもらおうじゃないか。サングだよ、サング」

「世界中を探すのですか? いささか、時間がかかりますよ」

「時間はない」

 彼はうなった。

「二(ティム)でやれ」

「無茶です」

「仕方ないなあ」

 背後で傍観していたティージが声を出した。

「魔術師さん。アル・フェイドでよろしく」

「……何?」

「だから。アル・フェイドのサング術師」

「承知しました」

「待て」

「はい?」

「いや、そっちは待たなくていい」

 タイオスは魔術師に手を振って、ティージを睨んだ。

「アル・フェイドだと?」

 隣国アル・フェイルの首都。名前だけは知っているが、タイオスは訪れたことがない。距離的には、カル・ディアルの首都カル・ディアからシリンドルまでと同じくらいあったはずだ、と戦士は地図を思い出した。ずいぶん、遠い。

「あいつ、そんなところから?」

そうさ(アレイス)。言えとは言われなかったが、言うなとも言われなかったから、話してもたぶん、いいだろう」

「お前な。知ってたなら、俺が『カル・ディアの魔術師』と言ったときにすぐ訂正しろ」

「それでも通じるかと思ったんだよ」

 男は肩をすくめた。

「何しろ、協会の情報網は凄いようだから」

 先ほどの魔術師の言葉を皮肉った――ようであるが、違うなとタイオスは気づいた。

(皮肉じゃない)

(言い訳、それともごまかしだ)

 「情報網」の話が出たのは「カル・ディアのサング」がいないと判ったあとである。ティージが黙っていたのは、ほかに理由があるのだ。

「――返答がありました」

 タイオスがティージに何かしら追及をする前に、魔術師が言った。

「おう、どうだ」

「伝言です。『お話ししました通り、介入はできません』と」

「……おい」

 戦士は魔術師を睨みつけた。

「そんな返答で、満足すると思って」

「まだ続きがあります」

 魔術師は片手を上げて彼を制したか、或いは、飛んだつばを避けた。

「『代理の者を送ります。奥の部屋で待っていてください』」

「何?」

「これはつまり、私への伝言でもありますね。そちらの扉から、奥へどうぞ。右へ進んで、いちばん奥の部屋でお待ちください」

「いや、その……」

 タイオスは戸惑った。

「どうしたんだよ、おっさん。協会の奥に入ったこと、ないのか?」

「確かに、ない。言っておくが、それにびびってる訳じゃないぞ」

 彼が言えば、ティージは笑った。それこそ、言い訳だとでも思ったのだろう。

(妙だな)

(サングが「介入できない」のはライサイ云々の事情で、それも、「協会の指針」のはずだ)

(代理を送るから、協会内で待てってのは、何だ?)

 何だかおかしいと、タイオスは思った。だが、ここで拒否するのも馬鹿げている。疑問点は、やってくると言うサングの代理人に突きつければいい。そう判断すると、タイオスは魔術師にうなずき、ティージとフェルナーを促して、奥へと向かった。

 言われた通りの場所に向かって扉を開ければ、そこは思ったよりも広い部屋だった。せいぜい、広くても安宿の泊まり部屋くらいだろうと思っていたタイオスは、その倍以上ありそうな空間に少し面食らった。

 見たところ、調度品もよいものが使われており、ちょっとした応接室という感じだ。

(おいおい)

 彼は思った。

(サングの言ってた、協会の維持費とかってのは、こういうことに使われてるのか?)

 彼にはどうでもいいと言えばどうでもいいことだが、馬鹿らしい気もした。

「まあ、のんびり待とうぜ。お、いいもんがある」

 ティージは戸棚に駆け寄ると、酒瓶を取り出した。

「おっさん、一杯行くか?」

「阿呆」

 タイオスは顔をしかめた。

「浮かれてる場合じゃない」

「んじゃ、坊っちゃん」

 呼びかけられてフェルナーは片眉を上げた。

「酒か。よいものでなければ、飲まないぞ」

「一級品だ」

 男は瓶を振ってみせた。フェルナーは偉そうにうなずく。

「なら、もらおう」

「阿呆」

 タイオスはまた言った。

「ガキが生意気言うな! 香り水で充分だ」

「何を」

「まあ、やめとくか。俺も自重するよ」

 笑ってティージは瓶を置き、適当な場所に腰かけた。

「緊張するこた、ない。取って食われる訳でもなし」

「――お前は緊張感がなさ過ぎるようだ」

 苦笑混じりの声がした。タイオスははっとした。フェルナーは目をしばたたく。

「ご苦労だった、ティージ。今日はもう、戻っていい」

「はいよ、術師」

 男はぱっと立ち上がると、敬礼の真似事をした。それからタイオスとフェルナーに手を振って、とっとと部屋を出て行ったが――タイオスはそれを見送ってはいなかった。

「お前……」

 戦士の視線は、現れた魔術師にだけ、向いていた。

「ご無沙汰しておりました、〈白鷲〉タイオス殿」

 四十歳前ほどと見える、黒ローブ姿。灰色の髪に、夜蒼の瞳をしている。

「イズラン……」

 呆然と呟くタイオスに、アル・フェイドの魔術師はにっこりと笑った。


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