14 代理の者
カル・ディアのサング術師といますぐ話したい、というタイオスの要望は、しかしすぐには叶えられなかった。
「どういうことだ」
「ですから」
入り口の部屋で、依頼人の話を聞く受付役の魔術師は、丁寧に繰り返した。
「サングという魔術師は、カル・ディア協会に在籍しておりません」
「嘘を言うな、嘘を」
タイオスは長い木卓をばんばんと叩いた。
「俺は、あいつとカル・ディアの協会で話を」
「カル・ディアの協会で話をしたからと言って、カル・ディアの術師とは限らないんですよ、セル」
魔術師は、名を知らぬ相手にも使える敬称でタイオスに呼びかけ、説明をした。
「だが、カル・ディアの協会で依頼をしたら、そいつが出てきたんだぞ」
「そうであれば通常はカル・ディアの術師であることが多いでしょうが、例外もあります」
「わざわざ、俺の依頼を受けにどっかからやってきたとでも?」
「協会の情報網は大陸中に渡っています。大まかなものであれば、他大陸までも」
「そりゃ大きく出たもんだ」
戦士は鼻を鳴らした。魔術師は「本当です」と言ったが、戦士が信じていなくてもかまわないという様子だった。
「依頼の達成に適した魔術師が余所の街にいれば、呼び寄せることも有り得るでしょう。珍しいことではありますけれどね」
「何だか知らんが」
タイオスは身を乗り出した。
「じゃあその情報網で、見つけてもらおうじゃないか。サングだよ、サング」
「世界中を探すのですか? いささか、時間がかかりますよ」
「時間はない」
彼はうなった。
「二分でやれ」
「無茶です」
「仕方ないなあ」
背後で傍観していたティージが声を出した。
「魔術師さん。アル・フェイドでよろしく」
「……何?」
「だから。アル・フェイドのサング術師」
「承知しました」
「待て」
「はい?」
「いや、そっちは待たなくていい」
タイオスは魔術師に手を振って、ティージを睨んだ。
「アル・フェイドだと?」
隣国アル・フェイルの首都。名前だけは知っているが、タイオスは訪れたことがない。距離的には、カル・ディアルの首都カル・ディアからシリンドルまでと同じくらいあったはずだ、と戦士は地図を思い出した。ずいぶん、遠い。
「あいつ、そんなところから?」
「そうさ。言えとは言われなかったが、言うなとも言われなかったから、話してもたぶん、いいだろう」
「お前な。知ってたなら、俺が『カル・ディアの魔術師』と言ったときにすぐ訂正しろ」
「それでも通じるかと思ったんだよ」
男は肩をすくめた。
「何しろ、協会の情報網は凄いようだから」
先ほどの魔術師の言葉を皮肉った――ようであるが、違うなとタイオスは気づいた。
(皮肉じゃない)
(言い訳、それともごまかしだ)
「情報網」の話が出たのは「カル・ディアのサング」がいないと判ったあとである。ティージが黙っていたのは、ほかに理由があるのだ。
「――返答がありました」
タイオスがティージに何かしら追及をする前に、魔術師が言った。
「おう、どうだ」
「伝言です。『お話ししました通り、介入はできません』と」
「……おい」
戦士は魔術師を睨みつけた。
「そんな返答で、満足すると思って」
「まだ続きがあります」
魔術師は片手を上げて彼を制したか、或いは、飛んだつばを避けた。
「『代理の者を送ります。奥の部屋で待っていてください』」
「何?」
「これはつまり、私への伝言でもありますね。そちらの扉から、奥へどうぞ。右へ進んで、いちばん奥の部屋でお待ちください」
「いや、その……」
タイオスは戸惑った。
「どうしたんだよ、おっさん。協会の奥に入ったこと、ないのか?」
「確かに、ない。言っておくが、それにびびってる訳じゃないぞ」
彼が言えば、ティージは笑った。それこそ、言い訳だとでも思ったのだろう。
(妙だな)
(サングが「介入できない」のはライサイ云々の事情で、それも、「協会の指針」のはずだ)
(代理を送るから、協会内で待てってのは、何だ?)
何だかおかしいと、タイオスは思った。だが、ここで拒否するのも馬鹿げている。疑問点は、やってくると言うサングの代理人に突きつければいい。そう判断すると、タイオスは魔術師にうなずき、ティージとフェルナーを促して、奥へと向かった。
言われた通りの場所に向かって扉を開ければ、そこは思ったよりも広い部屋だった。せいぜい、広くても安宿の泊まり部屋くらいだろうと思っていたタイオスは、その倍以上ありそうな空間に少し面食らった。
見たところ、調度品もよいものが使われており、ちょっとした応接室という感じだ。
(おいおい)
彼は思った。
(サングの言ってた、協会の維持費とかってのは、こういうことに使われてるのか?)
彼にはどうでもいいと言えばどうでもいいことだが、馬鹿らしい気もした。
「まあ、のんびり待とうぜ。お、いいもんがある」
ティージは戸棚に駆け寄ると、酒瓶を取り出した。
「おっさん、一杯行くか?」
「阿呆」
タイオスは顔をしかめた。
「浮かれてる場合じゃない」
「んじゃ、坊っちゃん」
呼びかけられてフェルナーは片眉を上げた。
「酒か。よいものでなければ、飲まないぞ」
「一級品だ」
男は瓶を振ってみせた。フェルナーは偉そうにうなずく。
「なら、もらおう」
「阿呆」
タイオスはまた言った。
「ガキが生意気言うな! 香り水で充分だ」
「何を」
「まあ、やめとくか。俺も自重するよ」
笑ってティージは瓶を置き、適当な場所に腰かけた。
「緊張するこた、ない。取って食われる訳でもなし」
「――お前は緊張感がなさ過ぎるようだ」
苦笑混じりの声がした。タイオスははっとした。フェルナーは目をしばたたく。
「ご苦労だった、ティージ。今日はもう、戻っていい」
「はいよ、術師」
男はぱっと立ち上がると、敬礼の真似事をした。それからタイオスとフェルナーに手を振って、とっとと部屋を出て行ったが――タイオスはそれを見送ってはいなかった。
「お前……」
戦士の視線は、現れた魔術師にだけ、向いていた。
「ご無沙汰しておりました、〈白鷲〉タイオス殿」
四十歳前ほどと見える、黒ローブ姿。灰色の髪に、夜蒼の瞳をしている。
「イズラン……」
呆然と呟くタイオスに、アル・フェイドの魔術師はにっこりと笑った。