13 約束できるか
(二十歳を回ってるルー=フィンでさえそうなんだから)
(まあ、あいつの場合は、ガキだと言うより「青臭い」というところなんだがね)
それだってルー=フィンが聞けば嬉しくはないだろう。タイオスは若者の反応を想像して苦笑した。
「何が可笑しい」
「いやいや、お前を笑った訳じゃない」
慌ててタイオスは手を振った。
「ルー=フィンの……と、あいつの話をするなら、笑ってはいられないんだが」
タイオスは笑みを消してティージを見た。
「ここなら、もう話せるか?」
「いくらかはね」
ティージはうなずいた。
「だが、まずは魔術師協会に行かないか」
「それには賛同だ」
「僕は、行かな」
「行くんだよ」
タイオスはまたしてもフェルナーを担ぎ上げた。
「よ、よせ! 町なかでこんな、恥ずかしいじゃないか!」
逆さになったまま、少年は抗議した。
「なら、素直に歩いてくるか?」
「誰か! 誘拐」
「同じネタを二度使うな」
タイオスはぴしゃりとフェルナーの尻を打った。逆さにされて頭に血が上ったのか、それとも怒りや恥ずかしさのためなのか、少年の顔は赤くなった。
「絶対……父上に、言いつけてやる……」
「いくらでも言え」
対ロスムだろうと対キルヴンだろうと、タイオスは痛くもかゆくもない。
「なあ、坊ちゃんよ」
ティージはタイオスの背後に回り込んで、少年の顔をのぞき込んだ。
「魔術師協会ってのはな、コレさえ出せば」
と、彼は金を示す仕草をした。
「たいていのことはやるんだ。お前さんが助かり、お友だちも助かる方法を探せばいいだろう?」
「友だち……これが本当にリダールなら、だが……」
どうにもフェルナーは胡乱そうだった。
「僕だって、こんな状態はご免だ」
彼は呟く。
「これが僕の身体じゃないことくらいは、判る。顔だけじゃない、手も足も、何もかもが違う」
自分の手というものは、顔よりもずっと見る機会の多いものだ。指の長さや掌のしわが、記憶と明らかに異なっていたら、それはなかなかぞっとすることだろう。
「一歩譲って、仮にこれがリダールの身体だとしよう。どうしてそんなことになっているのかはともかく、僕がリダールの身体のなかにいると仮定する」
「いいぞ」
認めたという感じではないが、前進だとタイオスは思った。
「……それなら、僕の身体はどうなってしまったんだ」
谷底か、はたまたきちんと拾われて弔われたのならば墓の下、どちらにせよもうとっくに分解して――というような答えをタイオスは飲み込んだ。少年は「正解」を知りたいのではない。
「僕は、僕の身体を取り戻せるならば、もちろんそれでかまわない。どうなんだ、できるのか、タイオス」
「俺に訊くなよ」
戦士は顔をしかめた。
「そういうことを知ってるのは魔術師だ、魔術師」
「魔術師か……」
「友だちの身体を乗っ取っていたくはないだろ?」
「幽霊みたいな言い方を……しないでくれ」
いくらか、勢いが弱まった。幽霊同然なんだよとタイオスは心で思ったが、口に出して――幽霊であろうと――子供を苛めるのはやめておいた。
「本当に魔術師なら、どうにかしてくれるのか」
「それは」
タイオスは迷った。「本当に」どうにかしてくれると保証はできない。もしかしたらそういう可能性も少しくらいはあるかもしれない、くらいの曖昧なものだ。魔術師に言わせれば「どんなことにも可能性はある」ということだが、タイオスは正直なところ「ない」のではないかと思っていた。
「ああ、もちろん、してくれるとも」
さらりと言ったのはティージだった。
「だよな、おっさん」
「あ、ああ」
乗せられて、タイオスは同意した。ティージは戦士の前に回ると、片目をつむってみせる。
(この野郎、確証がないと判って言ってんな)
(だがまあ……助かったが)
少年から抵抗の気配は消えたのだ。
「判った。逃げないから。下ろせ」
「――よし」
タイオスは何でもないふうを装って、フェルナーを地面に下ろした。
「おとなしくついてくること、おとなしく話を聞くこと、約束できるか」
「仕方ない」
仏頂面で少年は答えた。
「約束しよう」
「それから、俺の言うことは親父に命じられたんだと思って、ちゃんと聞くこと」
「お前は父上じゃない」
「当たり前だ。お前みたいな生意気なガキなんざ要らん」
十二歳くらいの子供ならいてもおかしくないタイオスだが、幸か不幸か、子供はいない。ただ、理想はハルディール少年のような、素直で善良な子供だ。フェルナーにも素直なところはあるようだが、何かと父親の権威を持ち出すような性格は腹立たしいだけだ。実際に父親に権力があるだけに、微笑ましいとは言ってやれないものがある。
「返事は」
「理不尽な命令には、従わないぞ」
「それでいい。ただ、何でもかんでも逆らわずに、俺の話を聞いて考えるんだぞ。子供だと言われたくなかったらな」
ぴしゃりと彼が言ってやれば、またしてもフェルナーはむっつりとした。
「返事は」
「……った」
「聞こえん」
「判った!」
「よし」
タイオスはまた言った。
「それじゃ協会だ。……ったく」
(無駄な時間を送っちまった気がする)
時間は決して、多くないのだ。
(だが、本当に逃げられたり、下手にへそを曲げられたりすれば、いま以上の時間を食っただろうからな)
(言うなれば必要経費だ)
そう考えることにすると、タイオスは足早にデルセルの魔術師協会を目指した。