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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第3章
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13 約束できるか

(二十歳を回ってるルー=フィンでさえそうなんだから)

(まあ、あいつの場合は、ガキだと言うより「青臭い」というところなんだがね)

 それだってルー=フィンが聞けば嬉しくはないだろう。タイオスは若者の反応を想像して苦笑した。

「何が可笑しい」

「いやいや、お前を笑った訳じゃない」

 慌ててタイオスは手を振った。

「ルー=フィンの……と、あいつの話をするなら、笑ってはいられないんだが」

 タイオスは笑みを消してティージを見た。

「ここなら、もう話せるか?」

「いくらかはね」

 ティージはうなずいた。

「だが、まずは魔術師協会に行かないか」

「それには賛同だ」

「僕は、行かな」

「行くんだよ」

 タイオスはまたしてもフェルナーを担ぎ上げた。

「よ、よせ! 町なかでこんな、恥ずかしいじゃないか!」

 逆さになったまま、少年は抗議した。

「なら、素直に歩いてくるか?」

「誰か! 誘拐」

「同じネタを二度使うな」

 タイオスはぴしゃりとフェルナーの尻を打った。逆さにされて頭に血が上ったのか、それとも怒りや恥ずかしさのためなのか、少年の顔は赤くなった。

「絶対……父上に、言いつけてやる……」

「いくらでも言え」

 対ロスムだろうと対キルヴンだろうと、タイオスは痛くもかゆくもない。

「なあ、坊ちゃんよ」

 ティージはタイオスの背後に回り込んで、少年の顔をのぞき込んだ。

「魔術師協会ってのはな、コレさえ出せば」

 と、彼は金を示す仕草をした。

「たいていのことはやるんだ。お前さんが助かり、お友だちも助かる方法を探せばいいだろう?」

「友だち……これが本当にリダールなら、だが……」

 どうにもフェルナーは胡乱そうだった。

「僕だって、こんな状態はご免だ」

 彼は呟く。

「これが僕の身体じゃないことくらいは、判る。顔だけじゃない、手も足も、何もかもが違う」

 自分の手というものは、顔よりもずっと見る機会の多いものだ。指の長さや掌のしわが、記憶と明らかに異なっていたら、それはなかなかぞっとすることだろう。

「一歩譲って、仮にこれがリダールの身体だとしよう。どうしてそんなことになっているのかはともかく、僕がリダールの身体のなかにいると仮定する」

「いいぞ」

 認めたという感じではないが、前進だとタイオスは思った。

「……それなら、僕の身体はどうなってしまったんだ」

 谷底か、はたまたきちんと拾われて弔われたのならば墓の下、どちらにせよもうとっくに分解して――というような答えをタイオスは飲み込んだ。少年は「正解」を知りたいのではない。

「僕は、僕の身体を取り戻せるならば、もちろんそれでかまわない。どうなんだ、できるのか、タイオス」

「俺に訊くなよ」

 戦士は顔をしかめた。

「そういうことを知ってるのは魔術師だ、魔術師」

「魔術師か……」

「友だちの身体を乗っ取っていたくはないだろ?」

「幽霊みたいな言い方を……しないでくれ」

 いくらか、勢いが弱まった。幽霊同然なんだよとタイオスは心で思ったが、口に出して――幽霊であろうと――子供を苛めるのはやめておいた。

「本当に魔術師なら、どうにかしてくれるのか」

「それは」

 タイオスは迷った。「本当に」どうにかしてくれると保証はできない。もしかしたらそういう可能性も少しくらいはあるかもしれない、くらいの曖昧なものだ。魔術師に言わせれば「どんなことにも可能性はある」ということだが、タイオスは正直なところ「ない」のではないかと思っていた。

「ああ、もちろん、してくれるとも」

 さらりと言ったのはティージだった。

「だよな、おっさん」

「あ、ああ」

 乗せられて、タイオスは同意した。ティージは戦士の前に回ると、片目をつむってみせる。

(この野郎、確証がないと判って言ってんな)

(だがまあ……助かったが)

 少年から抵抗の気配は消えたのだ。

「判った。逃げないから。下ろせ」

「――よし」

 タイオスは何でもないふうを装って、フェルナーを地面に下ろした。

「おとなしくついてくること、おとなしく話を聞くこと、約束できるか」

「仕方ない」

 仏頂面で少年は答えた。

「約束しよう」

「それから、俺の言うことは親父に命じられたんだと思って、ちゃんと聞くこと」

「お前は父上じゃない」

「当たり前だ。お前みたいな生意気なガキなんざ要らん」

 十二歳くらいの子供ならいてもおかしくないタイオスだが、幸か不幸か、子供はいない。ただ、理想はハルディール少年のような、素直で善良な子供だ。フェルナーにも素直なところはあるようだが、何かと父親の権威を持ち出すような性格は腹立たしいだけだ。実際に父親に権力があるだけに、微笑ましいとは言ってやれないものがある。

「返事は」

「理不尽な命令には、従わないぞ」

「それでいい。ただ、何でもかんでも逆らわずに、俺の話を聞いて考えるんだぞ。子供だと言われたくなかったらな」

 ぴしゃりと彼が言ってやれば、またしてもフェルナーはむっつりとした。

「返事は」

「……った」

「聞こえん」

「判った!」

「よし」

 タイオスはまた言った。

「それじゃ協会だ。……ったく」

(無駄な時間を送っちまった気がする)

 時間は決して、多くないのだ。

(だが、本当に逃げられたり、下手にへそを曲げられたりすれば、いま以上の時間を食っただろうからな)

(言うなれば必要経費だ)

 そう考えることにすると、タイオスは足早にデルセルの魔術師協会を目指した。


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