12 悪いようにはせん
国境とカヌハの間にあるのは、デルセルという町だった。
往路は寄りもせず、脇を抜けた。急いだからだ。
だが帰路は、急ぐ故に、デルセルに寄らなければならない。
「この町に、魔術師協会はあるか」
外壁を越える際に簡単な検査を受けると、タイオスは門兵に尋ねた。兵士は片眉を上げる。
「あるとも。忌まわしいことにな」
「そりゃ」
よかったとか助かったとか言いかけたタイオスだが、そこで言葉をとめた。兵士の返答は、明らかに魔術師嫌いのそれだ。余計なことを言って目をつけられても困る。
「そりゃどうも」
彼はそう言い換えて、少しだけ胡乱な視線を向けられてから、デルセルの町に入った。
「ティージ。この馬車をどっかに預けておけ。言っておくが、他人に使わせるなよ。特にこの〈銀白〉はな」
「俺は馬を転売して稼いでる訳じゃない」
帽子をかぶった男はそう言って笑ったが、タイオスは笑えない。
「フェルナー、行くぞ」
「どこへ行くと言うんだ」
「聞いてなかったのか。魔術師協会だ」
「そんな不吉なところ、僕は行かない」
「うるさい。行くんだよ。引きずってでも連れて行く」
「やめろ。誰か、誰か! 助けてくれ、誘拐される――」
「このクソガキ」
タイオスはぺちりと少年の頭をはたいた。
「本気にされたらどうするんだ!」
通りすがりの町びとは、一瞬ぎょっとした顔を見せていたが、何だ子供の悪ふざけかと通り過ぎていった。
「お前な。俺が町憲兵隊に連れていかれたらどうするんだ。ひとりで帰るのか?」
「馬にくらい、乗れる」
「道は判るのか、道は」
「辺境へ向かう訳じゃない。首都へ行くんだ。判るに決まっている」
「街道は安全じゃないぞ。山賊に襲われたら?」
「――それは」
少年はうつむいた。しまった、とタイオスは思った。「フェルナー」は、山賊から逃げる途中で、崖下に転落したという話だ。
「あー、すまん」
仕方なく彼は謝った。どうして幽霊に気を遣わなければならないのかという理不尽な気持ちもあったが、目の前でしょんぼりとされれば、気まずくも思う。
「ともあれ、協会に」
「行かない」
彼は言い張った。
「お前は……僕を追い払うつもりだろう」
「何?」
「お前は僕を殺す気なんだ」
「物騒なことを言うな」
またしても誰かに聞き咎められてはかなわない。タイオスは渋面を作った。
「昨夜は、父上の用意した護衛だと言うのを信じた。だが話していたことを思い返せば、それは嘘だな。お前はリダールを取り戻したいんだ」
「嘘をついちゃいない」
タイオスは誓うように片手を上げた。
「本当に、俺は、お前の父親から依頼を受けた」
タイオスはそう言った。ロスムではなくキルヴンだとは、とりあえず言わないことにした。
(危ない、危ない)
(こいつは馬鹿じゃない。俺が何を言ったかちゃんと覚えてやがる)
(どうにかごまかさんと……また逃げられたら、えらいことだ)
彼から逃げたのは「リダール」だったが、同じことだ。また探す羽目になったら目も当てられない。
「信じろ。悪いようにはせん」
嘘と言えば嘘だ。大嘘である。
だが、死んだのだ。フェルナー・ロスムは。いいようになど、しようがない。
「どうするつもりなんだ」
不審そのものの目つきで、フェルナーはタイオスを見た。
「それは、そうだな」
タイオスは考えた。
「ええと、お前な、それはリダールの身体なんだが、友人を乗っ取るようにしてそれを使っていることに何か躊躇いはないのか」
「……本当にリダールなのか?」
「何?」
「似ていることは確かだが、僕の知っているリダールとは違う」
「だから、お前の知るあいつは十二で、それは十八の」
「十八にも見えない。せいぜい、十四、五だ」
「……確かにな」
がっくりとタイオスは肩を落とした。
「お前は嘘をついている、タイオス。これが僕の身体ではないことは事実だが、これがリダールだの、僕が死んだだの、お前は嘘ばかりだ。父上の依頼というのも嘘ではないのか」
「本当だ、全部」
少しだけ心が痛む。「お前の父親の依頼」は、あくまでも「リダールの父の」であって、タイオスはごまかして騙している訳だ。かろうじて嘘ではない、少なくともタイオスはそのつもりだが、胸を張って真実だとも言えないところである。
「二、三年前を六年前だと言い換える必要があるか? リダールは外見上、あんまり成長しなかったんだよ」
中身の方も、という思いは心に秘めた。
「もしかしたら、親友の死が衝撃的すぎたためかもしれないな」
ふっと思いついて、戦士は言った。言ってから、有り得ることだなと思った。リダールが精神上幼いのも、「友人を置いて自分だけ成長していく」ことへの抵抗なのかもしれない。
(有り得るが……ううむ)
タイオスは頭をかきむしった。
(「死んだ人間は帰らないんだ」という定番の説得が嘘臭く感じられる)
幽霊であったとしても、フェルナーはここにいるのだ。
(もっとも)
(リダールを説得するには、こいつを追い払わないとならんわな)
「うおおい、どうすんだよ、おっさん」
ティージが声をかけた。
「いつまでこんなところで。日が暮れちまうぜ」
「やめろ」
タイオスはうなった。
「洒落にならん」
三日。それしかないのだ。たったそれだけで、戦士に何ができるだろうか。
「それで、馬は。無事に預けられたのか」
「ああ。あの黄色い屋根の厩舎だ。丁寧な馬番がいた。信頼できそうだぜ」
「本当ならいいがな」
「いちいち突っかかるなよ」
「慎重にならざるを得んさ、お前の正体が判らないままじゃ」
「だから、あんたの不利になることはしてないはずなんだが」
「物事には、どんなことにでも、最初の一回ってのがあるんだ」
ふん、と戦士は鼻を鳴らした。男は肩をすくめる。
「まあいいさ。それで? 坊ちゃんが駄々をこねている理由は?」
「子供のように言うな」
フェルナーはむっとした。十二であるならば充分すぎるほど子供だと中年戦士は思ったが、十代というのは往々にして「子供扱いされたくない」年代である。