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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第3章
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10 剣を抜きたいと

 思いがけないことにと言うのか、当然のことにと言うべきなのか、戦士と少年の行く手を阻む者は誰ひとりとしていなかった。

 タイオスは警戒しながらきた道を戻ったが、屋敷のなかは死んだように静まりかえったままで、鼠一匹、彼の前を通らなかった。

 正面の扉は再び開け放たれており、外に出たタイオスは呆然とした。

 砕けた石段、えぐれた地面、折れた木々。それから、膨大な量の血痕。

「何が……あった」

 彼は周囲を見回した。

「ルー=フィン! ジョード!」

 返事はない。

「まさか、屋敷に入って、行き違いに?」

 屋敷を振り返ったが、彼らが入ってきたのであれば、何かしらの物音がしたはずだ。そうとは思えなかった。

「死体が、あるでもなし。血痕も、続いてない」

 戦士はうなった。

「何が、あったんだ」

 起きたことをずばりと当てるのは、彼には不可能だった。考え得るのは、どちらかが酷い傷を負って、もう片方がそれを担ぐなり何なりして逃げた、というようなこと。

 それだけでは説明がつけられないこともある。だが、それくらいしか考えられなかった。

(何にせよ、ふたりともここにはもういない)

(無事で……いるといいが)

 タイオスは少年を振り返った。青い顔をしているのは聞かされた話のためか、おびただしい血痕のためか。

「ほら、行くぞ」

 彼は手を差し出した。少年はその手を見つめ、首を振った。

「僕は姫君ではない。男に手を引かれるなど、まっぴらだ」

「は、そうかい」

 リダールの口から、リダールらしくない言葉が出てくる。納得いかないが、認めざるを得ない、奇態な現実。

「しかし、気味が悪いな」

 静かなままの館。静かなままの村。

「いつ、エククシアが湧いて出るのかと思ったが」

 〈青竜の騎士〉は、彼の前に姿を見せない。

(それに、ヨアティアもな……)

 ルー=フィンらと流血の戦闘をやらかしたのはヨアティアだろうか。タイオスは正しく推測したが、彼にはそれが正しいかどうかなど判らない。

 何が起きているのかつかめぬまま、戦士は念のために警戒を怠らないようにしながら、少年を連れて山道を下るしかなかった。

「ん……?」

「どうした」

 足を止めたタイオスに、少年が尋ねた。

「それがな、ここにくる前に、馬車と馬を隠したんだが」

「あれか?」

「ああ」

 タイオスはうなずいた。

「何か不審な点があるのか」

 少年は首をかしげる。

「ない」

 戦士は答えた。

「ないから、おかしい」

 ルー=フィンとジョードが逃げたのならば、馬は減っていなくてはおかしい。ジョードは馬に乗れないから、ルー=フィンに同乗するだろう。ルー=フィンが負傷をしたのならば、ジョードは馬車を使うだろう。タイオスの帰りの足を気遣って馬を残すにしたって一頭。丸ごと残っているというのは、腑に落ちなかった。

「あいつら、どうしたんだ。まじで」

 タイオスは急に不安になった。

「俺は、またしても判断を誤ったか? あいつら、捕まりでもしたんじゃ」

 うう、と彼はうなった。救出には行けない。少年が一緒なのだ。

「いやあ、お疲れさん」

 呑気な声がした。タイオスははっとして剣に手をかける。

「俺だよ、おっさん。物騒な真似すんな」

「判ってる」

 タイオスは呟いた。

「判ったから、剣を抜きたいと思ってるんだ。……ティージ」

 馬車の裏から、灰色の帽子を目深にかぶった男が現れる。タイオスは警戒の視線で、それを見た。

「今度は、何だ」

「今度も、伝書鳩」

 ティージは両手を羽ばたかせるようにした。

「安心しな。ルー=フィンとジョードは無事に保護し……」

「ふざけるな!」

 前触れなく与えられた吉報に、戦士は喜ぶよりも怒鳴った。

「お前でも、お前の雇い主でも、人を馬鹿にするのはいい加減にしろ。何なんだ、俺の行く先々で、あれやこれやと」

「助かってるだろ?」

 ティージは肩をすくめた。

「厄介を招いたのなら、俺のせいじゃなくても、謝るさ。だがそうじゃないはずだ。三度が三度とも、ね」

 にやりとして男は帽子をかぶり直した。

「四度目も信じろよ」

「タイオス、それは誰だ」

 じろじろと少年は、不審者を見る目つきでティージを見ていた。

「馴れ馴れしくて嫌な感じの男だな」

「そりゃないぜ、リダール坊ちゃん」

 ティージは苦笑した。

「それとも、フェルナー坊ちゃんかな?」

「てめえ」

 素早くタイオスは、ティージの胸ぐらを掴んだ。

「何で、そのことを。何者なんだ、てめえの主人はよ! いい加減、洗いざらい吐きやがれ!」

「『ご主人様』の許可が出れば、話すさ」

 ティージはにやにやと、タイオスの手を押しやるようにした。

「乱暴な真似はやめな。俺も素人じゃないと、そう言ったろ?」

「んなこたあ、最初から判ってる」

 戦士は言った。

「見た瞬間、同業かと思ったもんだ」

「へえ?」

 男は片眉を上げた。

「さすがだね。やるもんだ」

「だがな」

 世辞を無視して、タイオスは続けた。

「同業同士で喧嘩するのも、時には仕事よ」


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