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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第3章
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02 その括り

 戦士稼業を長くやる者は、独り身であることが多い。命の危険がいつでも伴うし、収入も安定しなければ、ひとつところにもとどまらない。家庭には不向きだ。

 一定箇所を行き来する街道警備隊などであれば家庭持ちの戦士もいるが、三十の声を聞きはじめるともっと安全な仕事を探す。身体が言うことを聞かなくなってくることもあれば、長生きして子供の成長が見たいという望みを抱くようになるためだ。

 タイオスが最も長くつき合っている女は、コミンの踊り子ティエだ。若い頃は彼女も肌を露出した卑猥な踊りをやらされることが多かったが、最近はおとなしい衣装を身につけ、裏では新人を指導したりもしている。しっかりした女だが、結婚だの身請けだのという話は出たことがない。タイオスとの間にというのではなく、誰との間にも。

 タイオス自身、ティエと家庭を持とうと考えたことはなかった。付き合いが長い分、肌を合わせていても完全に友人という認識なのだ。

 ただ、最近はたまに思う。もし家庭を持つとすればどこかの村の若い美人と、と妄想するよりもティエがいいのかもしれないな、などと。向こうがどう思っているのかは知らないが。

 もっとも、仮に一緒になったとしても、彼女が子供を授かるのは年齢的なものや環境的なことからも難しいだろう。自分が父親になることは、ないのではないかと思った。

 だからこそ――ハルディールやリダールのような、自分の子供であってもおかしくない年代の少年たちに肩入れするのかもしれない。死なせたくないと。

 そしてルー=フィンとて、その括りに入る。

「……何だ?」

 視線を感じたか、若者は振り返った。

「いいや、何でもない」

 子供扱いは彼の気に召さなかったことを思い出し、タイオスは手を振った。

「次の町で少し休むか。揺られっぱなしじゃ身体も痛くなる」

「俺は」

「私は」

 大丈夫だ――と声が揃った。やれやれ、とタイオスは肩をすくめる。

「俺の身体が痛いんだよ。お前らより年寄りなんだ、いたわれ」

 もちろん、彼だって先を急ぎたい。だが、休息も重要である。時間はないが、たどり着いてへろへろでも、目的には適わない。

 彼らには言って聞かせても納得しないだろう。使命に、女。どちらの動機も強力で厄介だ。だから彼は、自分を休ませろと言った。

「そうか」

「なら、仕方ないな」

「少しだな」

「これだから、おっさんは」

「……調子に乗るなよ、てめえら」

 むっつりと言ってタイオスは、どうやらひと息つけそうなことに――つかせてやれそうなことに、内心でほっとした。


 逸る若手たちの手綱をどうにかさばきながら、中年戦士は北上を続けた。

 満月。

 日ごとに、月は満ちる。女神は日ごとに振り向いて、もうすぐ全身を見せる。そのあとはまた、ゆっくり後ろを見せていく。何の変哲もない、それは毎月の出来事。

「タイオス」

 ジョードが戦士を呼んだ。

「その地図はちょっと、大雑把すぎるみたいだ。聞いてきたが、カヌハに行くには、街道沿いを歩いていても駄目らしい」

「そうなのか」

 タイオスはよれよれになってきた紙切れを取り出して開いた。

「これ沿いじゃないんだな?」

「そうそう。こっちを見てくれ」

 ジョードは丸められた紙を開いた。

「国境は地図師(ラフォン)の溜まり場なんだな。行く地方ごとに担当がいて、巧いこと買わされちまったよ」

「盗賊が、購入したのか」

 ルー=フィンが面白そうに言った。ジョードは顔をしかめる。

「何でもかんでも盗む訳じゃねえよ。なかには日用品もみんな盗品って奴もいるが、俺は金目のもんしか狙わない。基本的には、やっぱ財布だな。物でもいいが、確実かつ簡単に売れないと面倒臭いから」

「盗賊に腕を磨かれても困るが」

 やはり剣士は笑っていた。

「努力という言葉を知っているか?」

「クソ食らえ」

 ジョードは品のない言葉に品のない仕草を続けた。

「下品だ」

(何だかずいぶん)

(仲がよくなったようだ)

 中年戦士は彼らのやり取りを見てそう判断した。

「ところで、これまでにも話していたことだが」

 こほん、とタイオスは咳払いをした。

「できることなら、味方の魔術師がほしい。いや、ほしいどころか必須だ。ヨアティアが使う奇妙な術もだが、敵の親玉も魔術師らしいからな」

「しかし、魔術師協会が拒否しているという話ではなかったか」

「なかには報酬次第で引き受けるようなのもいるだろうけど、探す時間はかけられないってことだったろ」

「そうなんだが」

 うーむと戦士は両腕を組んだ。

「魔術師なしで魔術師に立ち向かうのは馬鹿げてる。だがそうしなきゃならんとなったら、せめて護符の類を持つくらいはしておきたい」

 相手の術を抑制することができれば、その間に飛びかかって斬り伏せることが可能になる。彼はそうしたことを言った。

「ほれ」

 と、二枚の守護符を取り出すと、タイオスは若手ふたりに渡した。

「効果があったかはどうかは術の発動まで判らんからな、結局危険な賭けをすることになるが、まあ、ないよりはましだ」

「いつの間にこんなものを買っていたんだ」

「俺だってずっと寝てた訳じゃないさ」

「有難くもらっとくけど、おっさんの分は?」

「あー、俺は手持ちがあるんでね」

 彼自身にも効果が定かではない〈白鷲〉の護符。ルー=フィンには何のことか伝わっただろう。ジョードは「何だか知らんが持ってるならいいか」とでも思ったようだった。

「協会で手に入れてきたから偽もんってことはないだろうが、かと言って効果が確かな訳じゃない。理想は正面切ってやり合わないこと。まあ、ヨアティアに関しちゃそうしない訳にもいかんが……」

 リダール救出に関してはたとえ「攫う」という形になってもかまわないだろう。だが対ヨアティアは、寝首をかき切るのでもない限り、あの奇妙な術と戦うことになるはずだ。

「……ルー=フィン。お前が持つか、これ」

 タイオスはちらりと彼の護符を示した。もちろん断られるのは判っていたが、少しでも効果のありそうなものを持たせてやりたかったのだ。

「ふざけているのか?」

 案の定、シリンドルの若者は気分を害した。「〈白鷲〉が護符を手放すなどとは」なのか、「自分にそれを持つ資格などない」なのか、それとも両方か。タイオスは肩をすくめて取り消さざるを得ない。

(まあ、護符がなくても加護はあるとは思うがね)

 銀髪の剣士の回復力は、「鍛えているから」では済まない。ルー=フィン自身も気づいているだろう。そしておそらく、こう考えている。

 ヨアティアを退けることは〈峠〉の神の御意志であると。

(そういうのは狂信と言う、と前には考えたもんだが)

(あの神さんに関しちゃ、俺もだいぶシリンドル寄りだからなあ)


 まともな国境越えの経験があるのはタイオスだけだった。ジョードはカル・ディアルを出たことがない。ルー=フィンはシリンドルとカル・ディアルの国境を通過してきているが、あの境界はあってなきがごとしだ。

 もっとも、カル・ディアルとウラーズの間には何のいさかいもない。明らかに怪しいところがなければ厳しい取り調べなどはなく、簡単な自己申告で関門を通ることができる。

 彼らが国境にたどり着いたときは、満月まであと四日ほどあった。

「強行すれば、一日かからずに着けそうだな」

 ジョードの地図を見て、タイオスは判断した。

「よし。ここで少し休んで、あとは一直線だ。ルー=フィン、包帯を変えるぞ」

「不要だ」

 若者は首を振った。戦士は顔をしかめる。

「強がるな。確かに、驚異的な回復力だ、それは認める」

 もともと、身体を鍛えているせいもあるだろう。はじめの一日、二日は顔色も青く、横になりがちだったルー=フィンだが、すぐに起きていられるようになり、見た目にはせいぜい「少し疲れているかな」という程度になった。死にかけた男とはとても思えない、目覚ましい回復力だ。

「神の加護もおまけ(・・・)についてるかもしれん」

 タイオスにはいちいち茶化すつもりはないのだが、つい余計な一語がつく。「おまけ」の部分にルー=フィンは片眉を上げた。

「そうではない」

「ただの軽口だ、怒るなよ。俺はただ、たとえ神様が守ってくれたとしても包帯は換えなきゃならんと、そういうことを」

「そうではない」

 ルー=フィンは繰り返した。

「包帯ならば、先ほどジョードが取り替えたから、不要だと言った」

 強がりではない、と剣士は言った。

「あ、そう」

 本当に仲良くなったな、と改めてタイオスは思った。


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