06 屈辱
「無いと言ったら無いんだ! 馬鹿なことを――」
「それがお前のしるしだと言い張るんなら、ほかにないことを見せてみな」
ゴセアの言うことは、全く理屈になっていなかった。だが男たちは、にやにやと同意した。アトラフは黙っていたが、とめなかった。
「そんなことをする必要は……ないはずだ」
「ならお前にはやっぱり、しるしなんかないんだな」
「だから、これが」
「認めないね」
いやらしい笑い。男たちはみな、判っているのだ。きっと、納得しただろう。たったあれっぽっちのしるし。役立たずでも仕方ない。
しかしゴセアの提案に、みな乗った。自分たちの目を楽しませるくらいならば、この女でも役に立つ、と。
「私は……」
ミヴェルは唇を噛んだ。エククシア以外の者に肌を見せたことなどない。肩をさらけ出すだけだって、恥辱に感じた。
なのに、脱げと言うのだ。理屈にならない理屈で。ただの男の、下卑た心を満たすために。
「嫌ならいいんだぜ。お前にはしるしがない、俺たちはそう解釈する」
「……ほかになければ、肩のものがしるしだと認めるか」
「そうだなあ、ほかになければ、仕方ないなあ」
理屈にならない。全く。最終的に肩のものを認めるのであれば、ほかを探す必要などないはずだ。
判っていて、言っている。
女の裸を見たいだけ。否、彼女に屈辱を与えたいだけ。
それとも、制裁という気持ちだろうか。これまで一度も、何の役にも立ったことのない、彼女への。
「――判った」
ミヴェルは残りの留め具をひとつずつ外した。指が震える。
「見るがいい」
上衣を脱ぎ捨てて、女は言った。男たちの視線がまとわりつく。
「それだけで済むと思うのか?」
「下は」
「くそ……」
そうなるだろうとは判っていた。仕方なくミヴェルは、腰の留め具を外して、膝丈の下衣を床に落とした。しなやかな二本の脚が欲望の目にさらされる。
「満足、したか」
「いいや」
ゴセアは首を振った。
「まだ、隠れてる部分があるじゃないか」
鱗に覆われた手が、彼女の乳房を覆う布に伸びた。
「全部脱ぐってことは、下着も全部ってことだ」
「触れるな!」
ミヴェルは下がった。とん、と背が壁についた。
「お前たち、こんなことをしてどうなるか判って……」
「俺たちが、何をしたって?」
心外だとばかりにゴセアは肩をすくめた。
「お前にしるしがあるかと尋ね、お前が、全身をくまなく見せると言ったんじゃないか」
「そんなことは言っていな」
「早くしな。手伝ってほしければ、言えよ」
何という、恥辱か。異性にはエククシアにしか、見せたことがないのに。
のろのろと、彼女の手は乳を押さえる布に伸びた。身を震わせながら、取り払う。豊満とは言えないが、形のよいふたつの乳房が空気に触れた。両手で乳首を隠そうとするのは、無駄な抵抗とも言えた。
「あと一枚だな」
ゴセアが口を中途半端に開けたみっともない顔で促した。それを取り去るには、乳房から手を放さなければならない。彼女は片手でどうにかしようとしたが、それは男たちの興奮を煽ったようだった。
「焦らしやがって」
「見せろよ、全部」
「脚も開いてもらうぞ」
「そうだな、どこにあるか判ったもんじゃない」
「お前たち……」
屈辱に涙が浮かびそうだった。だが、逆らえない。ここで逆らえば、無理に脱がされるかもしれない。まさかそれ以上の行為には及ばないだろうが、案じるのはそのことではない。
(――しるしを)
(認められない)
これは罰なのだ、と彼女は思った。役に立たない女への罰。甘んじて、受けなければならない。ミヴェルを〈しるしある者〉と認めると、彼らにそう言わせるために。
「――もういいだろう」
声がした。
「ミヴェル、もういい。服を着ろ」
「アトラフ殿……」
「おい、アトラフ、てめえ。いい顔するんじゃねえぞ」
ゴセアが凄んだ。アトラフは息を吐いて首を振った。
「女の裸が見たければ、村娘でも捕まえてこい。禁じられているが、こっそりやっている者がいることは知っている」
幾人かがぎくりとした。
「俺はミヴェルの肩のものをしるしと認める。同意見の者は」
その声に男たちは目を見交わし、気まずそうにうなずいた。ゴセアは不満げな顔をしたが、踵を返してミヴェルから離れた。
「ち、面白くねえ」
「どこに行くんだ」
「外に、魔物退治にでも行ってくらあ」
鬱憤を晴らす、ということだろう。アトラフは見送り、ついていく者も、その場に残る者もいた。ミヴェルはその間に、素早く衣服を身につける。
「ミヴェル」
「な、何だ」
留め具をはめながら、ミヴェルはちらりとアトラフを見た。
「お前……」
「何だ。まだ、何かやれと言うのか」
「いや」
アトラフは首を振った。
「ただ、ひとつだけ。お前はもっと、堂々としていてもいいんだぞ」
「何……?」
「あんな出鱈目な要求は、毅然とはねつけていいんだ。次なる〈月岩の子〉の母なんだから」
「それは」
ミヴェルは視線を落とした。
「まだだ」
「そうだな」
アトラフも同意した。
「いまのことは、俺が報告をしておく」
「エ……エククシア様には、言わないでくれ!」
はっとなってミヴェルは叫ぶように頼んだ。アトラフは目を見開いた。
「――そんな、墓穴を掘るような真似はしないさ。最初に煽るようなことを言ったのは俺なんだし、しばらく黙って見ていた以上は同罪だからな」
「あ、いや……」
「神女様にお話しするつもりだ。再発することのないよう、取りはからってくださるだろう」
アトラフも踵を返した。追従するように、残りも従った。
「あ……有難う!」
ようやくミヴェルは、そこで礼を言った。
「有難う、アトラフ殿。あなたが、とめてくれたおかげで」
アトラフは足を止め、向こうを見たままで首を振った。
「言ったろう。俺も同罪だ。――ミヴェル」
「何だ?」
「早く、エククシア様のお子を産めよ」
「あ、ああ」
こくりとミヴェルは、アトラフの背中にうなずいた。
(もちろん……産みたいとも)
(でも)
徴候が現れない。
医師や産婆の助言を受けて、懐妊しやすくなると言われるありとあらゆることをやっている――やらされているけれど、月のものは年に一度のそのあとも、いつも規則正しくやってくる。彼女は落胆したが、誰もが同じだった。
彼女に、みんなが苛立っているのだ。
そのことは理解できた。屈辱的な要求に屈したのは、彼らの憤りが理解できたからだ。
(役に立たなければ)
(ソディのため、ライサイ様のため)
(エククシア様のために)
ミヴェルの内にあるのは、その思いだけだった。