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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第2章
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06 屈辱

「無いと言ったら無いんだ! 馬鹿なことを――」

「それがお前のしるしだと言い張るんなら、ほかにないことを見せてみな」

 ゴセアの言うことは、全く理屈になっていなかった。だが男たちは、にやにやと同意した。アトラフは黙っていたが、とめなかった。

「そんなことをする必要は……ないはずだ」

「ならお前にはやっぱり、しるしなんかないんだな」

「だから、これが」

「認めないね」

 いやらしい笑い。男たちはみな、判っているのだ。きっと、納得しただろう。たったあれっぽっちのしるし。役立たずでも仕方ない。

 しかしゴセアの提案に、みな乗った。自分たちの目を楽しませるくらいならば、この女でも役に立つ、と。

「私は……」

 ミヴェルは唇を噛んだ。エククシア以外の者に肌を見せたことなどない。肩をさらけ出すだけだって、恥辱に感じた。

 なのに、脱げと言うのだ。理屈にならない理屈で。ただの男の、下卑た心を満たすために。

「嫌ならいいんだぜ。お前にはしるしがない、俺たちはそう解釈する」

「……ほかになければ、肩のものがしるしだと認めるか」

「そうだなあ、ほかになければ、仕方ないなあ」

 理屈にならない。全く。最終的に肩のものを認めるのであれば、ほかを探す必要などないはずだ。

 判っていて、言っている。

 女の裸を見たいだけ。否、彼女に屈辱を与えたいだけ。

 それとも、制裁という気持ちだろうか。これまで一度も、何の役にも立ったことのない、彼女への。

「――判った」

 ミヴェルは残りの留め具をひとつずつ外した。指が震える。

「見るがいい」

 上衣を脱ぎ捨てて、女は言った。男たちの視線がまとわりつく。

「それだけで済むと思うのか?」

「下は」

「くそ……」

 そうなるだろうとは判っていた。仕方なくミヴェルは、腰の留め具を外して、膝丈の下衣を床に落とした。しなやかな二本の脚が欲望の目にさらされる。

「満足、したか」

「いいや」

 ゴセアは首を振った。

「まだ、隠れてる部分があるじゃないか」

 鱗に覆われた手が、彼女の乳房を覆う布に伸びた。

「全部脱ぐってことは、下着も全部ってことだ」

「触れるな!」

 ミヴェルは下がった。とん、と背が壁についた。

「お前たち、こんなことをしてどうなるか判って……」

「俺たちが、何をしたって?」

 心外だとばかりにゴセアは肩をすくめた。

「お前にしるしがあるかと尋ね、お前が、全身をくまなく見せると言ったんじゃないか」

「そんなことは言っていな」

「早くしな。手伝ってほしければ、言えよ」

 何という、恥辱か。異性にはエククシアにしか、見せたことがないのに。

 のろのろと、彼女の手は乳を押さえる布に伸びた。身を震わせながら、取り払う。豊満とは言えないが、形のよいふたつの乳房が空気に触れた。両手で乳首を隠そうとするのは、無駄な抵抗とも言えた。

「あと一枚だな」

 ゴセアが口を中途半端に開けたみっともない顔で促した。それを取り去るには、乳房から手を放さなければならない。彼女は片手でどうにかしようとしたが、それは男たちの興奮を煽ったようだった。

「焦らしやがって」

「見せろよ、全部」

「脚も開いてもらうぞ」

「そうだな、どこにあるか判ったもんじゃない」

「お前たち……」

 屈辱に涙が浮かびそうだった。だが、逆らえない。ここで逆らえば、無理に脱がされるかもしれない。まさかそれ以上の行為には及ばないだろうが、案じるのはそのことではない。

(――しるしを)

(認められない)

 これは罰なのだ、と彼女は思った。役に立たない女への罰。甘んじて、受けなければならない。ミヴェルを〈しるしある者〉と認めると、彼らにそう言わせるために。

「――もういいだろう」

 声がした。

「ミヴェル、もういい。服を着ろ」

「アトラフ殿……」

「おい、アトラフ、てめえ。いい顔するんじゃねえぞ」

 ゴセアが凄んだ。アトラフは息を吐いて首を振った。

「女の裸が見たければ、村娘でも捕まえてこい。禁じられているが、こっそりやっている者がいることは知っている」

 幾人かがぎくりとした。

「俺はミヴェルの肩のものをしるしと認める。同意見の者は」

 その声に男たちは目を見交わし、気まずそうにうなずいた。ゴセアは不満げな顔をしたが、踵を返してミヴェルから離れた。

「ち、面白くねえ」

「どこに行くんだ」

「外に、魔物退治にでも行ってくらあ」

 鬱憤を晴らす、ということだろう。アトラフは見送り、ついていく者も、その場に残る者もいた。ミヴェルはその間に、素早く衣服を身につける。

「ミヴェル」

「な、何だ」

 留め具をはめながら、ミヴェルはちらりとアトラフを見た。

「お前……」

「何だ。まだ、何かやれと言うのか」

「いや」

 アトラフは首を振った。

「ただ、ひとつだけ。お前はもっと、堂々としていてもいいんだぞ」

「何……?」

「あんな出鱈目な要求は、毅然とはねつけていいんだ。次なる〈月岩の子〉の母なんだから」

「それは」

 ミヴェルは視線を落とした。

「まだだ」

「そうだな」

 アトラフも同意した。

「いまのことは、俺が報告をしておく」

「エ……エククシア様には、言わないでくれ!」

 はっとなってミヴェルは叫ぶように頼んだ。アトラフは目を見開いた。

「――そんな、墓穴を掘るような真似はしないさ。最初に煽るようなことを言ったのは俺なんだし、しばらく黙って見ていた以上は同罪だからな」

「あ、いや……」

「神女様にお話しするつもりだ。再発することのないよう、取りはからってくださるだろう」

 アトラフも踵を返した。追従するように、残りも従った。

「あ……有難う!」

 ようやくミヴェルは、そこで礼を言った。

「有難う、アトラフ殿。あなたが、とめてくれたおかげで」

 アトラフは足を止め、向こうを見たままで首を振った。

「言ったろう。俺も同罪だ。――ミヴェル」

「何だ?」

「早く、エククシア様のお子を産めよ」

「あ、ああ」

 こくりとミヴェルは、アトラフの背中にうなずいた。

(もちろん……産みたいとも)

(でも)

 徴候が現れない。

 医師や産婆の助言を受けて、懐妊しやすくなると言われるありとあらゆることをやっている――やらされているけれど、月のものは年に一度のそのあとも、いつも規則正しくやってくる。彼女は落胆したが、誰もが同じだった。

 彼女に、みんなが苛立っているのだ。

 そのことは理解できた。屈辱的な要求に屈したのは、彼らの憤りが理解できたからだ。

(役に立たなければ)

(ソディのため、ライサイ様のため)

(エククシア様のために)

 ミヴェルの内にあるのは、その思いだけだった。


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