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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第1章
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15 待ち切れぬか

「そう、なんだ」

 少し気圧されたように、リダールは返した。

「〈月岩〉は我らソディ一族の、聖なる象徴なんだ。その奥には何ぴとたりとも立ち入ることができない。ライサイ様を除いて」

「何があるの?」

「ライサイ様だけがご存知だ」

「ふうん……」

 リダールにはぴんとこなかった。

「エククシア殿は〈青竜の騎士〉でしょう。それは〈月岩〉と関係があるの?」

「もちろん、ある」

 ミヴェルはうなずいた。

「彼が〈月岩の子〉と呼ばれるのは、〈月岩〉が彼を生んだからだ」

「……岩が?」

 少年は口を開けた。

「ライサイ様が〈月岩〉に力を与え、エククシア様がお生まれになった」

 ミヴェルはジョードにしたのと同じ話をした。ジョードと同じように、リダールは理解しかねた。

「そのとき〈月岩〉は、満月の夜よりもずっと強い光を発して彼を祝福した。カヌハの誰もが、その青い光を目撃した。彼は〈青竜の騎士〉となるべく生まれたのだ」

「神話みたいだ」

 少年には、判らなかった。ただそんな感想を抱き、どこかうっとりと言った。

「事実だ」

 茶化されたとでも思うかのように、きっぱりとミヴェルは返した。

「あの方は、ソディに栄光をもたらす」

「栄光……」

 それはどんなものなのだろう。やはりリダールにはよく判らなかった。

「何か、飲むか」

 ふと、ミヴェルは立ち上がった。

「茶がよいか。酒を望むなら、持ってこさせるが」

「ミヴェルが飲みたいものがあれば、それがいいな」

「私が?」

「うん」

「そうか」

 女は考えるようにした。

「では、茶にしよう。酒もよいが、お前は寝てしまうからな」

 言われてリダールは、照れたように笑った。

 そうして女は席を外し、少ししてすぐに扉が開いた。

「あれ、早かっ……」

 早かったね、と気軽に声をかけようとした少年は、そこで固まった。

「――エククシア殿」

 リダールは目をぱちぱちとさせた。姿を見せたのは、金の髪をした、左右違う色の瞳を持つ〈青竜の騎士〉だった。騎士がカヌハで彼の前に姿を見せたのは、これが初めてだった。

「こ、こんにちは。お久しぶり、です」

 あまりにもごく普通すぎて、この状況にはどうにも相応しくない挨拶をしたリダールは、はっとしたようにぴょんと立ち上がった。

「あの、ご一緒にお茶をいかがですか!」

 これまた、あまりにも的を外したと言うのか、場の空気というものを無視した発言だ。タイオスがいれば、緊張感を維持できなくて困惑したかもしれない。

 だがタイオスはおらず、エククシアは黙って少年を見ていた。

「あの……」

「待ち切れぬか」

 不意に騎士は尋ねた。リダールは目をしばたたく。

「え?」

「フェルナーの戻る日が待ち切れぬかと、訊いた」

「ええと……」

 リダールは考えた。

「儀式は満月の日に決まっていると、聞きました。〈月岩〉の前で、やるんだって」

「そうしたことを話すのは、ミヴェルか」

「はい」

 ミヴェルはあまりお喋りではないが、リダールに釣られるようにいろいろなことを話していた。「レダク」への説明はジョードで慣れた、ということもあっただろう。

 だがそれだけでもない。

 ミヴェルははっきりと把握していなかったが、ライサイの許した雇い人とライサイの求める神秘の素材は、彼女に何の偏見、先入観なく接する数少ない人物だった。

 逆に言えば――リダールやジョードにとっても、ミヴェルはそうした相手であったと言える。ソディ一族という独特な生まれ育ちである故に、貴族の息子も盗賊も、ある意味、分け隔てなく。

 彼女は自ら知らぬ内に、彼らと話すことを心楽しく思っていた。

「あ、あの」

 はっとしてリダールは騎士を見上げた。

「言ってはいけないこと、だったりしませんよね?」

 自分と話したことで、また、自分がそれを伝えたことで、ミヴェルが咎められるようなことになってはいけない。慌てて少年は尋ねた。

「そのようなことはない」

 エククシアは答え、彼はほっとした。

「よかった」

「おかしな子供だ」

 〈青竜の騎士〉もやはり、ジョードやミヴェル、タイオスとも同じ感想を抱いたと見えた。

「自分のことは考えぬのか」

「考えます」

 少年はうなずいた。

「考えてばかりです。ぼくは、生きていても何の役にも立たない。フェルナーが生きていればって、ずっと考えていました。どうして彼が死んで、ぼくが生きているんだろうかと」

 繰り返し思っていたことを口にした。

「そうか」

 騎士は囁くと、手を差し出した。

「その悩み、早く終わらせてやることもできる」

「え?」

「お前が本心からフェルナーの帰還を望み、自らの死を厭わぬのであれば」

 黄色と青の瞳が、リダールの両眼を捉えた。

「あ……」

(目眩、が)

 吸い込まれるような、不思議な感覚。何かに似ているとリダールは思った。

(そうだ、あれだ)

(お酒に、酔ったときみたいな)

 ふうわりと身体が浮かぶ気がする。だが実際には、リダールの足は床をちゃんと踏みしめていた。

「リダール・キルヴンよ」

 エククシアは口の端をかすかに上げた。

「お前は、満月の夜を待たずともよい」


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