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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第1章
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13 よい響きだ

 乱暴に開かれた扉に、〈青竜の騎士〉はゆっくりと振り返った。

「――戸を叩くことも知らぬ野蛮な国なのか? シリンドルというのは」

「ふざけるな」

 訪問者は、その金属製の仮面の奥から、金目銀目の騎士を睨みつけた。

「何故、タイオスを殺らせない。ルー=フィンは殺れた。俺の力はもう充分だ。この手に宿る力は」

 ヨアティアは両手を前に突き出すようにした。

「もう、俺のものだ」

「そうかもしれないな」

 エククシアは肩をすくめた。

「正直、危ぶんでいた。使いこなすまでどれだけかかるものかと。だがお前はその危惧をはねのけた。恨み辛みの力というのは、強いものだな」

「正当な怒りだ。俺は父を殺され、国を追い出された」

 死んだ神殿長の息子は主張した。

「お前の怒りが何に由来するものでもかまわない。私は〈白鷲〉の示す神秘が気に入った。それ故に、お前を拾った」

 エククシアは座るよう、促した。ヨアティアが音を立てて椅子を引けば、騎士の方は静かに腰を下ろした。

「ヴォース・タイオスは殺す。だが、お前は手を出すな」

「何だと」

 ヨアティアは不満をあらわに、がたんと立ち上がった。

「俺は奴に復讐を果たす動機がある!」

「駄目だ」

 エククシアは首を振った。

「――白き鷲は、青き竜が仕留める」

 静かな台詞だった。だがそこに秘められた迫力に、ヨアティアは勢いを弱めた。

「何が……〈白鷲〉だ」

 苦々しく、ヨアティアは言った。

「伝説の〈白鷲〉は、確かに神秘だ。だが、あれはそんなものではない」

「それを決めるのは、お前ではない」

 淡々とした騎士の口調に、仮面の男は反駁できなかった。

「お前が確実に殺ると言うのなら、任せてもいい」

 渋々と、彼は呟いた。

「だが、いつだ。いつ、タイオスを殺る」

「急くな。〈白鷲〉がやってきてからだ」

「それが判らない」

 ヨアティアは首を振った。

「何故、カヌハまで呼び寄せる必要がある」

「レダクには、判るまい」

 エククシアは言った。

「ことが済めば、お前にはシリンドルへ帰ってもらうのが、互いのためになろうな」

「力が手に入ったいま、復讐はたやすい」

 男は両手を握った。

「あのルー=フィンでさえ簡単だったのだからな」

「それだが」

 エククシアは長い指で卓をとんと叩いた。

「その剣士は生きている」

「……何」

「お前は巧くやった。その〈魔術師の腕〉を見事に操り、術を呼び出し、命中させた。だが死ななかったのだ、お前の目標は」

「馬鹿な。俺は、あいつが動かなくなるまで見ていた。流した血の量だけでも、死んだとしか」

「だが、生きているのだ」

 騎士は繰り返した。

「これも〈峠〉の神の加護か? お前には、ないようだな」

「何を」

 ヨアティアは立ち上がりかけたが、耐えるようにそのまま少しじっとして、また座った。

そうだな(アレイス)。シリンドルの神は、俺を守らない。父を守らなかったように。だがいまに見ていろ。ボウリスから神殿は取り戻す」

「神殿」

 エククシアは面白そうに、仮面の奥の瞳と目を合わせた。

「神殿、だけか?」

「――いや」

 ヨアティアは首を振った。

「俺に楯突いた者は、みんな殺してやる。ルー=フィンが死ななかったのならば、次こそは。タイオスも。ハルディールも。そして」

「そう。そして」

 騎士はうなずいた。

「お前が、シリンドルの王になる」

「シリンドル国王ヨアティア・シリンドレン……いや、ヨアティア・シリンドルか」

 彼は笑った。

「よい響きだ」

「問題はやはり、〈白鷲〉だろう」

 エククシアは言った。

「タイオスはいまも〈白鷲〉だ。お前は認めたくないようだが、その力、私もお前も、目にしたな」

「ああ。あれには……正直、驚いた」

 言いたくなさそうに彼は言った。

「護符にあんな力があるとは」

「神殿長の息子という地位にいても、大して物事を知らぬと見えるな」

「父上とて、ご存知ではなかったはずだ」

 むっつりとヨアティアは返した。

「ご存知でいらしたら、何か利用法を考えられたはずだからな」

「王家はどうだ? 王家は、知っていたと思うか」

「判らないが……ああしたことが起こるなどとは、伝承でも聞いたことがなかった」

「そうか。では、少なくとも喧伝しなかった。護符はあくまでも名誉のしるしとして伝わり、〈白鷲〉に渡されてきた。過去にも……」

 エククシアはふっと笑った。

「そう、五年前に発動したという力も、シリンドルの外で、だ。これは、興味深い事例だな」

「何を言っているんだ?」

「シリンドルの神が、シリンドルで力を振るわず、余所で〈白鷲〉を守る。これは、何だろうな、ヨアティア」

「余所で、余所者を?」

 ヨアティアは〈白鷲〉を余所者と置き換えた。

「神がそのようなことをする理由は思いつかない。ただ、あのような男を守っているのであれば、それは俺の神ではない」

「ほう」

 エククシアは片眉を上げた。

「お前は、シリンドルの神を崇拝していないのか。ならば、何故シリンドルが欲しい」

「故郷だからだ、というだけではいかんのか?」

 ヨアティアは鼻を鳴らした。

「シリンドルは俺が生まれ育ち、父上が守ろうとした土地だ。ハルディールの一族に任せておいては廃れるだけ。俺ならば、巧くやる」

「それにはライサイも手を貸すだろう」

「頼みたいところだ。ひとりでは手が回らないこともあるだろうからな」

 シリンドル国王や騎士たちが聞けば、憤然とするよりも唖然としそうな台詞を平然と吐いて、ヨアティアは足を組んだ。

「まずはとにかく、現〈白鷲〉を消すことだ。俺が護符と奴の首を手にシリンドルへ帰ったら、連中はどんな顔をするか」

「しばし待て。満月の夜まで」

「満月か」

 ヨアティアは、天井に遮られて見えない空を見た。

「仕方がない。もどかしいが、従おう。この腕も、ライサイに従ったことで得られたものだ」

 両腕を撫でながら、彼はうなずいた。

「タイオスは仕方ない、お前にやる。だがルー=フィンは、俺が必ず殺る。手を出すなよ」

「いいだろう」

 騎士もまたうなずいた。

「それまで〈魔術師の腕〉を磨くがいい」

「望むところだ」

 だが、とヨアティアは呟き、ちらりとエククシアを見た。

「標的が、要るな」

「成程」

 騎士は腕を組んだ。

「動かぬ的では、訓練にならぬな。しかしソディの民を殺させる気はない。東の街道へ行け」

「東の?」

「西からはカヌハに荷を入れる隊商がくるが、東は街道警備隊も滅多に通らず、山賊の住処になっている」

「俺が山賊退治でもするのか?」

「やりたければ、それでもよいが」

 エククシアは肩をすくめた。

「街道で誰かが死んでいても何も奇怪ではない、というだけだ」

「成程」

 今度は仮面がそう答えた。

「警戒を知らぬ、愚かな旅人が相手か。練習にはよさそうだ」

「腕が上がったと感じたら、本番だ」

「本番というのはつまり」

「ルー=フィンとやらは殺してかまわない。それから」

 〈青竜の騎士〉は、南を見た。

「愚かな盗賊も」

「何?」

「連中は、タイオスとともに北上をしてくるつもりでいる。あれらは何の役にも立たん。〈白鷲〉の目の前で殺してやれば、お前も力を見せつけることができて気分がよかろう」

「ルー=フィンと……ジョードか」

 いいだろう、とヨアティアは応じた。

「あの盗賊は、俺の顔を見た」

 ヨアティアは仮面に触れた。

「見ていないと言ったが、顔が引きつっていた。腹立たしく思っていた」

「ライサイが神秘を食って力を得れば、それも治してやれる」

 エククシアは囁いた。

「全ては――ソディと、ライサイのために」

「ライサイのために」

 ヨアティアは唱和した。エククシアは、満足そうに笑った。


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