1話 初動命!
1話 初動命!
俺としては過ぎたことなのでどうでもいいのだけれど、いきなりなんのこっちゃとなりそうな方達のために一応軽く説明するな。
俺の名前は青山 博士、18歳だ。
日本のとある地方の山奥にある私立高校で勉学に励んでいたある日、俺を含む3-1組の生徒全員と教師が教室に突如出現した魔法陣の影響でやんごとなき生活を送ってそうな見た目の外国人だらけの広間に転移させられた。
最初は彼らの話す言葉すら理解できなかったが白い宗教服を着たおっさんが何事か叫ぶと彼らの言語が理解できるようになり、俺らの話す言葉も彼らの言語に変換されるようになった。
彼らはマーシャル王国という国のお偉方で、魔王と戦っているから助けて欲しいとのことで女神様とやらにお願いして俺たちを異世界に召喚したそうだ。
とまあここまでが前提ね。
(不味いな…、このタイプの始まり方をするのは良く無い流れな気がする)
最初は俺も戸惑って他のクラスメイトと同様に狼狽えていたが、言葉が理解できるようになり心を落ち着けることに成功してから改めて周囲の観察を行ったところで不穏な気配を感じた。
愛読書のなろう世界で異世界クラス転移の場合3通りの始まり方があると俺は思っている。
1、魔王討伐を主目標に転移者たちに協力的な現地民。
2、魔王討伐が主目標だが転移者たちを使い潰す気満々の現地民。
3、転移者たちが主目的で使い潰す気満々の現地民。
その中で白い宗教服を着たおっさんもそうだが、後ろに鎮座する王冠を被り悪趣味な指輪を両手の指に嵌めたおっさんの下品な笑みを見て俺はこの転移に希望が持てなくなった。
「異世界の方々!あなた方には女神様より特別な力が与えられているはずです!【ステータス・オープン】と声に出してみてください!」
宗教服のおっさんが声高々に言うとクラスメイトでオタク気質の数人がテンション高めに【ステータス・オープン】と叫び出した。
するとオタク達の眼前に石膏ボードのようなものが浮かび上がった。
(まさかこの世界ステータスある系なのか…じゃあレベルやスキルなんてある。夢の世界じゃないか!……ん?あいつら何してんだ?)
俺が内心で歓喜に包まれていると怪しい動きをする人達を見つけた。
そいつらは宗教服を着ているが手には筆と紙を所持している。
そしてオタク達のステータスが見える位置に移動して筆を走らせ始めた。
(さっそく情報抜き取られてんじゃねぇか!どうする…?大人しくステータス見させるしかないのか?)
すでに俺の中ではこの王国から脱出することを決めているので出来る限り情報を抜き取られたくないと言う思いがある。
(ステータス・オープンか…)
俺はどうにか出来ないかと思考を巡らせる。
(ステータス・オープンってことは直訳するなら身分開示ってことだよな…、開示じゃなくて自分が見るだけとか出来ないのか?例えばなろう書籍だったらどんなのがあったか…)
青春をドブに捨てるくらいになろう作品に触れてきた灰色の10代。
その中で触れてきた作品達を走馬灯のように思い出していた。
(例えば心中で思うだけとかどうだろう)
(「ステータス・オープン」)
目の前に石膏ボードは現れない。
強く念じてみたりさまざまな方法を試してみたがどれも美味くいかない。
オタク達は自分のステータスをみてぶひょひょと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
宗教服のおっさんがさらに促すことで他のクラスメイト達も戸惑いながらもステータス・オープンと唱えていく。
それは俺の番が近づいていることを意味している。
(糞!早く見つけないと!)
俺は幾通りの「ステータス・オープン」を試すがそのいずれもが成功しない。
(発想を変えよう、オープンにしたくないんだから文言削るか。【ステータス】うをっ)
オープンという文言を削除したところでどうやら成功したようだ。
諦めていたのだが目を瞑った所で成功に気がついた。
眼前に石膏ボードは現れていないが、目を瞑ると瞼の裏側に白い文字で内容が表示されている。
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【ステータス】
名前:青山 博士
レベル:1
JOB1:戦士
JOB2:
JOB3:
体力:100
魔力:100
攻撃力:1
防御力:1
運:100
SP:0
スキル:
ギフト:【オプション】
スロット:●●●●●◎◎◎◎◎○○○○○
状態:健康・【言語理解:共通語】23:55:24
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周囲でステータスをオープンしている他のクラスメイトを見て自分の瞼裏に表示されているステータスと見比べる。
(女神様の特別な力とやらはどれのことを指しているのか…、他の奴らよりスロットとかいう項目は倍以上あるがステータスの値はひ弱で有名な今帰仁よりも低いな。【ギフト:オプション】とやらは気になるがどうやって使うんだ?)
見比べつつも気になった項目に意識を向けた瞬間、騒々しかった広間から音が消えた。
(な?!…!!なんで声が出ないんだ?!)
突然の出来事に驚きが勝ちつい声を上げてしまったと思ったが声は出ておらず、咄嗟に口を抑えようと思っていたのに腕も動かなかった。
どういうことだと周囲を見ようとするが目の前以外の情報もなく全身が金縛りにあったように動かなくなった。
眼前には俺と同様に動かなくなった皆の姿がある。
どういうことなのか分からないが突然動かなくなった世界に内心動揺していると視界の上部にゲーム画面でいうところのタブがあることに気がついた。
そこに視線を向けるといくもの項目が出現した。
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【オプション】
セッティング
コントロール
カメラ
オーディオ
グラフィック
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(セッティングで俺のステータス非表示にできたりするんか?)
なんせ俺は俺自身の情報をできる限り隠したい。
どうせなら「役に立たないから追放コース」がいいとさえ思っているのでステータスの値が暫定的にクラス最低値な事を全面に押し出し、スロットやギフトなんかは非表示にしたいと思っている。
セッティングの項目のタブに視線を向けると狩猟ゲームにありがちなHUD設定やショートカットなんかの便利機能がある事を知れた。
(これなら非表示くらいあるだろ…!ビンゴ!)
目当ての設定を見つけた俺はさっそくステータスに反映されるように設定した。
それから他の項目についても設定を見つめ直した。
どうせ時間が動かないのだからと細部まで確認を行い現状満足できるだけの設定変更を行った。
オプションの解除方法が分からず心の中で悲鳴をあげたりしたが試行錯誤の末、心の中で【オプション解除】と念じたら時が動き出した。
「なぁなぁ青山はどうだった?俺は召喚術師だった!これアタリかなぁ?」
時が戻り、俺もみんなに習ってステータス・オープンと唱えて石膏ボードを眼前に表示させる。
するとクラスメイトの田中が下卑た笑みを浮かべながら俺のステータスを見てくる。
(こいつやけに馴れ馴れしいな…あいにく召喚術師は扱いが二分される事で有名な職業だからな。この世界ではどうか知らんがまぁ頑張れ)
俺は内心でどう思ってるかを隠しつつ「まぁいいんじゃないか?」と答えるが田中は俺のステータスから目を離さない。
「ん?どうかしたか?」
一向に動こうとしない田中を押しやるように話すと呆けた表情だった田中が突然大声で笑い始めた。
そのことに俺はギョッとした表情を浮かべるが田中はそれに気づかないらしく腹を抱え始めた。
周りにいるクラスメイトやこの世界の人間達も突然の田中の凶行に戸惑いの表情を浮かべている。
「あっひゃっひゃ!なんだよ青山のステータス!?ゴミじゃん!アッヒャッヒャ!ヒーヒー」
ひとしきり笑った後にそう宣った田中は思い出し笑いのように吹き出したかと思うと地面転げ回りながら再度笑った。
「えー?青山のステータスぷひゅ!ひっくぅ!」
「攻撃力と防御力1って貧弱というかデコピンで死ぬんじゃねぇのお前?(笑)」
クラスメイトの数人が田中の言葉で興味を持ったのか俺のステータスをこちらに確認も取らず勝手に閲覧しバカにしてくる。
俺は後ろを振り返ると宗教服を着た筆を走らせる集団が俺に気づくと首を横に振った。
(落第ってところか?)
流石にその行動の意図までは図れなかった。
しかし彼らは俺のステータスに興味がなくなったのか他の人のステータスを覗ける位置に移動していった。
「青山殿、こちらの都合で呼び出しておいて申し訳ないが貴殿には幾許かの金銭を与えるゆえこの場を辞して貰えんか?もちろん勇者方が魔王を討伐した折には帰還の手筈を整えた上で呼び出す故それまで彼らの士気を下げないよう視界に入らないでほしい。」
丁寧な言葉遣いで罵ってくるってなかなか出来る事じゃないなと内心で思いながらもこちらとしてはありがたい提案だった。
ただ素直に受け取ると万が一が発生する可能性が考えられたので少し駄々を捏ねてみた。
「な、なんで俺だけが!一方的に召喚されて役に立たないからって路頭を彷徨わせるなんてどうかしてる!」
「はぁ、勿論青山殿には当面の生活費として金貨3枚を与えるし一般的な冒険者としてやっていけるだけの装備品も授けよう。それで手を打ってくれないのであれば仕方ない」
ため息を一つ吐き王様っぽい王冠を被ったおっさんの横にいるロマンスグレーの紳士が譲歩した条件を提示してくれる。
だが「仕方ない」と言った次の瞬間には広間の壁沿いにいた鎧を着た兵隊達が3歩ほど俺たちの方へと歩み出てきた。
「青山殿だけを排除するのも同郷としては悔やまれるだろうから数年後に再度別の世界から召喚するもの達に我らの命運を託そうじゃないか」
そう言った途端兵隊達が全員抜剣。
クラスメイト達から悲鳴が上がる。
「おい青山てめぇ!早くどっかへ行けよ俺たちを巻き込むじゃねぇ!」
クラスメイトの1人であり、陽キャグループに所属する立花が俺の背中を蹴り付ける。
俺はタタラをふむがなんとか転ばなかった。
「わ、わかった!だから殺さないでください!!」
内心で当然のことながらドキドキしつつ声を張り上げる。
ゲームや小説の主人公だったらとんでも理論と能力チートで乗り切ることができるのかもしれないが俺には無理だ。
その後は特筆するような展開も発生せず、俺だけが兵隊に囲まれて別室に連行。
なろう冒険者みたいな装備品を一通り渡され、だいぶ大きい巾着袋を渡された。
中には発色の良い五百円玉みたいな硬貨が入っており、金貨だと教えられた。
使い勝手がわからないので「あるなら銅貨と銀貨に両替して下さい」と伝えると「面倒だから」と返答があり兵隊の中でも偉そうな人が数十枚の銅貨と銀貨が入った巾着袋を自分の腰から取り外して俺にくれた。
兵隊の表情はとても哀れそうな視線だった。
哀れだと思っているのならこちらとしては好都合なので色々と話を聞きながら城の外を目指す。
「大変だろうが、城下町でそれだけの金額があれば3ヶ月はもつだろう。その間に生活基盤を整え自分で生活できるようにしておくことだ。」
「まずは冒険者ギルドに行って身分証を作るといいよ。それに訓練もつけてくれるはずだから」
「まぁ本当に困ったらあそこの宿舎に来い。お偉方の目に届かないように匿ってやる」
なんだかんだで優しい兵隊達と挨拶を交わし俺はこの何も知らない異世界の城下町に転移初日に放り出されることになったのだった。