中-2:一角獣の巡り合わせ
幻獣祭まで残り1日。ワイワイと活気に満ちた王都を、1人の男がフラフラと歩いていた。その気分の重さに、行き交う人は皆ギョッと二度見してしまうくらい。
(はぁ・・・何で俺だけコッチなんだ。パルが王都に行くまでの護衛を希望したってのに、何でコッチに飛ばされた!?)
王都での見回りが足りないと本家から言われたため、マティウスは父と既に王都にいた。急な配置換えだと言われても納得できない。だが国からのお達しだと言われれば、一族は黙って従うしか無かった。
気晴らしに携帯食を囓りつつ、幻獣祭の準備に励む城下町をジッと見つめる。夜通し行われる祭りともあって、人々の準備も念入りだ。
(あ、あそこ色々焼き菓子売るのか。パルが好きなチーズ味もある)
(あれは、木彫りの馬?可愛いじゃん、パルが好きそうだな)
(夜にフィナーレで花火やるのか、祈りが終わったパルと見たいなぁ)
いつでも考えるのはパルフィのこと。どれだけ拗らせてるんだと呆れつつも、こうしている時間が幸せなのだ。
色々ほっつき歩き、マティウスは王城近くにやって来た。ふと入り口近くに、豪華な馬車が停まっている。シルデット辺境伯一行を乗せた馬車が到着したようだ。だがそこからは、喜びとはうってかわりどよめきのような声が聞こえてきた。
「そんな、パルフィが乗る馬車だけまだ来てないのですか!?」
エリザの言葉に、遠くにいたマティウスはピタリと動きを止める。彼女の話曰く、途中までは前後ピッタリ走っていたが、山中に入ってかなり距離が出来てしまったとのこと。先に着いていると思い進んでいたが、今現在、彼女たちが先に辿り着いてしまったことで不安になっているようだ。
「落ち着いてエリザ、きっと遅れてるだけよ」
「母さんの言うとおりだ。私たちの道中では、何か事故があったような痕跡など無かったぞ」
「で、ですが・・・もし間に合わなかったら?それこそ、幻獣祭を待つ皆様を不安にさせてしまいます!」
エリザが言うことも確かだ、祈祷の儀式は選ばれた魔法使いがいなければ始まらない。とりわけ重要な祭事とあり、必ず行わなければいけない。期限は明日の午後、それまでに見つからなければ・・・。使者がうんうん唸っているところに、エリザが声をかける。
「・・・準備をしておきます、私が祈りをする役を。パルフィがいない以上、私がやるしかありません!国王とも掛け合ってみますわ」
涙ぐんで声を上げたエリザだが・・・マティウスにはふと、彼女の横顔から悦を感じ取った。まるで己の思い通りに事が運んで、ほくそ笑んでいるかのように。
(アイツ・・・まさか!)
可能性は浮かんだが、そんなことよりパルフィだ。道中の山で行方不明になったのなら、その辺りを探すべきか。持っている情報も少ないまま、マティウスは軽い準備だけして、羽織り物を纏った直後に飛び出していた。周囲からの制止など、一切聞き入れず。
そして王都から出た瞬間・・・彼の目の前に現れた、見慣れた黒い馬。木々や茂みをかき分けたのか、全身に枝や葉っぱがまとわりついている。所々に擦り傷もあった。
「シュバ!?お前、馬小屋にいるんじゃ・・・」
マティウスの驚きなど気にせず、興奮気味に息を切らし、ザッザッと足踏みをしている。あたかも「乗れ」と言わんばかりの体勢を取ったのだ。シュバは無邪気な割に随分賢い。こちらの言葉を理解しているようで、パルフィの魔法無しでも意思疎通できているような気がするのだ。
「良いのか?ありがとな」とマティウスが乗った瞬間、急ぐ心に合わせるように急発進。振り飛ばされないようにバランスを取り、シュバの行くままを任せる。
コイツは導いてくれる、パルフィの元に連れて行ってくれる。そう信じて、疑わなかった。
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「・・・ん、ぅ」
パルフィは目が覚めた。意識が戻れば襲ってくる、全身の痛み。ボンヤリとした視界は、遠い空を捉えた。
(ここは・・・?あれ、僕・・・どうしたんだっけ?)
曖昧な記憶のまま、よろよろと体を起こす。周囲は岩肌になっており、遠くにポッカリ空いた穴から空が見える。どこかの崖下のようだ。もしや、落下してしまった?乗っていた部分はボロボロになり、衣服もズタボロだ。かなり酷い事故に巻き込まれたのだろう。
(・・・そうだ、確か急に馬車が猛スピードをあげて・・・それから・・・?)
何が起きているか分からず呆然としていると、ズキンと足に痛みが走る。落ち着けようと回復魔法を使う・・・が、全く魔法が使えないことに気付いた。
「え、何で・・・何で!?」
簡易な初球魔法ですら使えない状況に、パルフィは焦る。魔法が使えないとなると、もうパルフィに何か出来る術は無い。パニックになった脳で、何かの言葉を発することも出来なくなった。ただ座り込んで、泣きじゃくることしか出来ない。邪魔者扱いされ、最初に馬小屋に押し込められた、あの日のように。
嗚咽を出す幼いパルフィに、そっと近寄ってくれたのは、やはり馬だった。涙を舐めて拭き取り、安心してくれるようにそっと隣に寄り添う。家族は皆、気味が悪いと距離を取っていたというのに。それがとても安心した、それから彼にとって馬たちが家族になった。
そんな感触を思い出していたからか、同じような温かさを感じる。こんな誰もいないような場所に、どうして幻覚なんか・・・。
「・・・パル、パル!しっかりしろ」
ふと目の前を見れば、本当に不安そうに見てくれているマティウスが、何故かそこにいた。隣には、どういうわけかシュバもいる。
「・・・マティ、ウス?」
「良かった・・・!」
彼は安堵のため息と共に、ギュウッと強く抱きしめてくれた。その感触と体温に、パルフィはやっと現実だと理解出来た。
「え、なん、で」
「シュバがここまで連れてきてくれたんだ。それより、急がねえと。このままじゃ祈りの儀式が・・・」
「・・・良いよ、今の僕は魔法が使えないから」
えっ、と驚くマティウスと対照的に、自嘲気味に笑うパルフィの顔。怪我をしたからか、初球魔法ですら出せないと正直に告げる。
「きっと儀式はエリザ姉さんがやってくれるだろうから。僕はこのまま、どこかに消えようと思うんだ」
「消える・・・」
「馬小屋の皆なら、僕がいなくても大丈夫だからさ。それに戻っても、家族は誰も歓迎してくれない。きっと“消えててくれた方がマシ”って思ってるだろうし」
そう言いながら、パルフィの頬を涙が伝う。今まで我慢していたものが、一気に溢れ出したかのように。
「本当は・・・寂しかったんだ。ずっとこのまま利用されるんじゃないかって、だからこうなったのはむしろ幸運なのかもね。例え、この事故自体が仕掛けられたモノだとしても・・・ね。
マティウスには感謝してる。僕のこと見捨てないで、大事にしてくれて。誰よりも、大好きで・・・でもだからこそ、これ以上迷惑かけたくないんだ。マティウスには幸せになって欲しいから」
いつの間にか告白しているが、今のパルフィにはそんなコトどうでもよかった。自分の気持ちを伝えたい、ただそれだけで必死だった。これで終わるから、そんな思いでよろよろと立ち上がろうとする。
だがマティウスは、ガシッとパルフィの腕を掴む。そして、そのままもう一度優しく抱き締めた。戸惑っているパルフィに、マティウスは唇を重ねる。
「ん・・・っ」
「お前は俺の大切な存在なんだ。どんな理由であれ、お前を離したくない。居場所が無いなら、俺がお前の居場所になってみせる」
好きな人から、そう言われるなんて。そんなわけないと振り払おうとした思考は、真っ直ぐ見つめてくる彼の瞳に打ち砕かれる。消えたくない、彼の隣にいたい。その思いがドンドン脳を支配し、パルフィはマティウスの胸にギュッと抱きついていた。
ーーーヒヒィーン!!
ふと取り残されていたシュバが、空に向けて咆哮を上げる。刹那、集まり始めた柔らかな光。それらは完全にシュバの体を包み込み・・・光から現れたのは、真っ黒な一角獣だった。
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「下」は明日夜に投稿します。