PM7:00
すっかり夜になってしまった。わたし達は閉園時間を迎えた遊園地に追い出されてしまう。
夕食時かもしれないが、先程おやつを食べたばかりだからか、まだ空腹は感じていない。それは彼も同じなのか、どちらも食事の提案をすることはなかった。直感的に、二人の間に“今日の終わり”の予感が訪れる。足は自然と駅に向かっていた。もしかすると駅がこちらに向かってきたのかもしれない。二人の帰り道は何もままならないほど、一瞬だった。
「今日は楽しかったです。有り難う」
わたしは彼にそう言ったが、彼はどこか心ここにあらずの様子で、目を合わせてくれもしない。互いに中々楽しい時間を過ごせた気でいたが、気のせいだったのだろうか。わたしは少し寂しく思いつつも、それはそれで仕方ないと思う。
「あの……あなたは一緒にいて面白い人だから、やっぱり居なくなってしまうのは勿体無いと思います。……ごめんなさい、最後まで余計な事を言って。じゃあ、さようなら」
さようならと言いつつも、わたしは自分から背を向ける気にはなれず、彼が去るのを待つ。しかし、彼はいつまでもその様子を見せない。どうしていいか分からず疑問符を浮かべるわたしに、彼は少し怖い顔をして、心を取り戻したかのような様子で口を開いた。(意を決した、という表現が合っているのかもしれない)
「おい」
「え?」
「お前、仕事は」
「普通の会社員ですが」
「いや、そうじゃない。休みはいつだ」
「土日……と祝日は」
「じゃあ、来週の土曜日だ」
「え?」
「ボート。乗るんだろ」
彼の怖い顔は、怒りからくるものではなかった。照れ隠しや、緊張からくるものだったのだ。それに気付いたわたしは、一気に血が沸き立ち汗ばむのを感じた。
「あ」
「なんだよ。都合でも悪いのか。それとも一緒にいて楽しいっていうのは嘘か?」
「いえ」
「よし、じゃあ、土曜日11時。またここに。分かったな」
彼は早口でそう告げると、逃げるように去ろうとする。わたしは自分より足の長い彼の早足を必死で追いかけ、改札の一歩手前でそのコートを掴むことに成功した。振り返った彼の顔は赤く、それでいて青く、怒っているような、不安そうな、ごちゃまぜの表情を浮かべている。
「連絡先くらい、教えてください」
しかしわたしがそう言うと、その顔はたちまち安堵に満ちた。彼はホッと眉を下げて、いそいそとポケットから携帯電話を取り出す。
双方の携帯端末に、新たに情報が追加された。
わたしは自分の画面に表示された名前に、首を傾げる。
「これ、本名ですか?」
「ああ」
「でも、ハカセって」
「ヒロシだ。博士と書いてヒロシ」
「じゃあな」と、既に電子を介してわたしの名前を知っているであろう彼、博士は、最後までわたしの名を呼ばず、去っていった。わたしは改札に吸い込まれていく人々の中で、エスカレーターを上る彼が見えなくなる本当に最後まで、その後ろ姿を見失わなかった。