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8/11

PM4:30

 フードコートを出て

「さて、腹ごしらえも出来たし遊びつくしましょう!」

 と意気込むも、日曜日の遊園地はどのアトラクションも混んでいて、長蛇の列ができていた。比較的空いていたゴーカートに乗ると、何だか謎の達成感に包まれてしまい、もう並ぶ気が起きなかった。そこで二人は早々に、併設されている大きめの公園のベンチで休むことにする。


 男はベンチの背もたれに体重を預けて、夕空を仰いた。すっかり疲れていた。それほど動き回ったわけではないから、体力的には余裕がある。この疲労は精神的なものだろう。しかし嫌なものではなく心地よい。それは充足感に近かった。


 一体自分は何をしているのだろう、と、心底不思議に思う。


 人生に希望を見出せなくなった自分は、本来ならば先ほど、電車にひかれて一生を終えている筈だったのだ。だが何がどういうわけか、今の自分は出会ったばかりの女と子供の頃以来の遊園地なぞを訪れ、意外にも楽しくないわけではない時間を過ごしている。


「お前は一体、何のつもりなんだ」

 男は、望んでもいない命の恩人に問いかけた。見ず知らずの他人の自殺を食い止める偽善者。かと思えば、自殺の方法を饒舌に語る不謹慎でおかしな女。お前は一体何者でなんの魂胆があるのかと。

 しかし、質問に対しての回答も、少しの反応すら、いつまで待っても返って来ない。妙な静けさに、男が後ろに倒していた顔を上げると、ベンチの傍に女の姿はなかった。


 何故かひどく焦り、女の姿を探してしまう。だがその姿はすぐに見つかった。公園に設置されているアスレチックの、ターザンロープの開始地点に、女は立っている。そして、彼女はごく自然にロープにまたがり、出発した。


 ゴーッという音とともに、女が移動していく。

 終着点はすぐだった。最後に留め具にぶつかって、大きく揺れ、女は楽しそうな声を上げている。


「お前は、いくつなんだ」

 男はベンチから立ち上がり、女に歩み寄る。小馬鹿にしたように笑うが、女には何の効力もない。ケタケタとまるで子供のように、無邪気に笑っている。


「ふふ、ハカセも乗ってみませんか?楽しいですよ」

 女の言葉にその遊具に目をやるが、とても楽しそうには思えない。

 規模も見た目もスリルも、列を作っていたジェットコースターの足元にも及ばない、ちゃちなものだ。


「コートが汚れる」

 そう言うと、女ははっとした様子で自身のコートを見やる。淡い色には、ところどころにしっかりと土色のロープの跡が付いていた。女は一瞬だけ驚き、悲しそうな顔をしたが、すぐにまた笑みを浮かべる。そしてコートを脱いでベンチへと放り投げた。


「脱げばいいじゃないですか!」

 そう言って、二回目の出発準備を始めるのだ。


 男は頭を押さえて、深く大きな溜息を吐くと……女がそうしたように、コートを脱いで放り投げた。


 ターザンロープは地味な遊具だった。しかし体感速度は中々のもので、傍から見ていては分からないスリルがあった。想定外の面白さに体が熱くなる。女は男のあまりに純粋な反応に、茶々を入れることはできず、気づかないふりをしてこっそり微笑んだ。


 ――もう、何周しただろうか。

 ターザンロープだけでなく、ブランコにも、馬のスプリング遊具にも乗った。それから、少し行ったところにある人気のない寂れたゲームコーナーで、飛び出るワニをハンマーで殴るゲームを、十回は遊んだ。揚げたてのチュロスも食べた。


 気付けば辺りはもう、大分暗かった。

 湖のレンタルボート店は、既にCLOSEの看板を下げている。女はそれを見て「あーあ」と残念そうな声を上げた。


「また乗りに来ればいい」

 そう言うと女は驚いたような顔をしたが、すぐに気まずそうに、表情を濁らせる。


 女のその様子に男は少し苛々して「別に俺と、とは言っていないだろ」と付け加えたが、女は「そういうことじゃないですよ」と曖昧に笑うだけだった。

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