PM3:30
「本当にタメになる自殺講座~!」
人がまばらな電車の中で、それでも僅かばかり居た乗客達がぎょっとした顔でわたしを見る。しかし目が合うと、おかしな奴とは関わり合いたくないとばかりに、皆一様に寝たふりを始めた。
唯一寝たふりをせず、呆れた半目でわたしを見ている男は、先ほどわたしによって自殺を邪魔されたハカセだ。わたしは何を思ったのか……恐らく最期の気まぐれで、彼を連れまわすことにしたのだった。折角お洒落をしたのだからデートなんかをしてみても良いと思ったのかもしれないし、準備不足の彼に簡単に死なれることが、朝から努力しているわたしとしては許せなかったのかもしれない。
「遊園地に行きましょう」という突拍子もないわたしの提案に、彼は意外にも乗ってきた。断る気力さえ無かったのだろうか。
と、いうことでわたし達は今、電車に揺られているのだが、先程会ったばかりの人間との話題などそうそうありもせず、自然とこのような話になってしまった。(彼は知る由もないが、現時点でのわたし達の唯一共通の話題である)
「まずは定番の首吊り。これは安上りですぐ死ねる簡単な方法。けれど死に様がちょっと……色々なものが身体から出てしまうようです。そして、一番恐ろしいのは失敗した時。脳に後遺症が残ることもあるそうです。植物人間状態で自分の意志とは関係なく延命され続けるなんて、死にたい方からしたら悲劇ですよね」
「じゃあ、飛び降りはどうだ」
「飛び降りは、意外と失敗率が高いんです。それに、やっぱり後遺症が残る可能性が高いらしいですよ」
その後ずっと意識なく寝たきりになるなら、今抱えている生の悩みからは解放されるかもしれませんがね。と言うと、彼は全く納得していない顔をした。彼の理想の死とは、きっとわたしと同じ。完全なる終わりなのだろう。わたしはこっそりと仲間意識を抱く。
「そして、線路への飛び込み。これは先程申し上げましたように、遺族に多額の賠償金が請求されることがあるそうです。また他人様に多大な迷惑がかかりますし、死体が原型を留めません。静かな最期とは程遠いと思いますよ」
彼は、黙って聞いている。
「オフィーリアの絵画の印象か、一見美しいようにも思われる入水自殺。……オフィーリア、ご存知ですか?ハムレットのヒロインです。……まあそれはさておき、この入水自殺ですが、相当苦しいようです。途中で耐え切れず水から上がってしまったり、そうでなくても浮いてきちゃったりするみたいですよ。そして死後の見た目は最悪だそうです。皮膚は腐敗し、膨れ上がって、髪は抜け落ち、頭蓋骨が露出したりと……。とても有名な絵画のようにはなれません」
具体的で生々しい内容に、彼は至極嫌そうな顔をした。線路の時と言い、今と言い、彼の想像力は中々に長けているようだ。そんな彼が電車への飛び込み自殺を選ぶなど、考え難い。するとやはり先程のあれは、突発的な行動だったのではないだろうか。
「苦痛のレベルでいえば、焼身自殺はかなりの高レベルです。ものすごい痛みが長い間続くとのこと。しかも、もしその場で死ぬことが出来なかったら……全身大火傷という恐ろしい現実が待っています。凍死は焼身自殺程ではないにしても、やっぱり全身を刺すような痛みはあるでしょうね」
「……じゃあ、毒物はどうだ!」
彼の言葉に、わたしは驚いて身を引いた。それが、今まで気力の欠片もない様子だった彼からは考えられないような、元気な声だったからだ。彼は言い負かされっぱなしの鬱憤を晴らすように、不謹慎な提案をする。しかしわたしも負ける気はない。
「毒物飲用は、まず致死量の薬物の入手が困難ですし、それだけの量を飲むことも大変です」
切り捨てるように言ったわたしに、彼は食いつくようにまた口を開きかけた。だが、わたしはそれを許さない。
「手軽に思えるリストカットは、成功率が低いです。そこで瀉血という方法もあります。あまり有名ではないかもしれませんが、採血用の注射針とチューブを用意して、献血のように採血することでの失血死です。リストカットよりも成功率が高く効率的であると考えられますが、貧血に伴う頭痛や吐き気は激しいようです。また、生き延びてしまった後の重度貧血の症状はとても辛いようです」
謎の負けん気で早口で捲し立てるわたしに、彼は暫く黙ってから「嫌な女だ」と呟いた。
「じゃあ、お前の考える一番マシな自殺方法は?」
「……内緒です」
誰が教えてやるものか。自分で考えろ。




