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3/11

AM11:00

 死に方について考えている内に、いつのまにか2時間も経っていたらしい。しかし今までの人生の20万を有に超える時間を考えると、その結末をたった2時間で決めてしまうというのは、いかがなものか。

 だが今日という日があと13時間しか無いことに変わりはない。ゆっくりしている訳には、行かないのだ。


 次にすることは――部屋の掃除、だろう。


 わたしは部屋をぐるりと見回す。特別散らかってはいないが、完璧、理想的とは言い難い。ある程度の整頓は必要だろう。わたしは手始めに棚の中を片付けることにした。

 棚には、友人と旅行に行った先で衝動買いしたガラスの小物入れ。学生時代のアルバイト先で付けていた名札。そんなどうでも良い、大切な思い出が並べられている。その薄ぼけた陳腐な一つ一つは、どこまでも誇らしげな顔をしていた。


 わたしはそれらを一つ一つ手にとって、その下に積もった埃をティッシュで拭き取っていく。威張りん坊たちは、埃が無くなると急に勢いを無くし、よそよそしく、新品同然の顔になった。


 次はベッド下の書籍ケースだ。

 会社で推奨された自己啓発本、学校で配布された参考書、台風の日に遅延している電車を待つ間、暇つぶしに買った小説本。それから、小学生の時に母に買ってもらった昆虫図鑑。これは一時通院していた病院の待合室で、静かにしていることを条件に買ってもらったものだ。大層立派な図鑑で、分厚く読み応えがあり、虫の写真がとても綺麗でお気に入りだった。だからこうして、昆虫採集などとうに卒業した今もまだ、何度かの取捨選択をくぐり抜けてここにある。


 わたしは懐かしくなってページを捲ってみた。アリ、テントウムシ、チョウチョ。蝶の種類と比較にならないほど蛾の種類が多いと知ったのも、この図鑑からだった……。一番好きなページは、クワガタのページだ。インクをふんだんに使って再現された艶やかな甲は、本当にその場にいるように感じられるものなのだ。


 ……気付くと、また時間が経っている。30分程、見入ってしまっていたようだ。

 本の整理はこれだから進まない。掃除“あるある”というやつだ。わたしは、アフリカ大陸最大のクワガタであるタランドゥスオオツヤクワガタの、エナメルのように艶やかな甲冑から視線を引き剥がし、図鑑をケースに戻した。

 それから本をサイズごとに並べ直し、ケースにフタをする。思っていた以上に利口な書籍しか入っておらず、見られたくないものは無かった。これで書籍ケースの整理は完了としよう。


 自殺の為の掃除で、特に悩むものが二つある。


 一つはパソコンのハードディスクだ。これは先ほど決めたように、本当に最後に破壊することにしよう。だがもう一つは、まだ処分方法を決めかねている。それは下着類だ。

 誰かの手で処分されるのは嫌だが、ゴミとしてゴミ置き場に出すにも抵抗がある。だからといって自分で燃やせるような手段も思いつかない。

 致し方なく、黒いポリ袋に詰めることにした。これを更に透明のゴミ袋に入れて、外側から紙ゴミなどで誤魔化し、ゴミ置き場に置いておこう。最近は中身が見えないゴミは、回収してもらえないのだ。


 あれ、と袋に下着を詰める手が止まる。わたしの手に握られているのは、白地に淡い水色のリボンがあしらわれた、乙女チックな下着だった。確か……かなり前に一目惚れして買ったものだった気がする。しかし使うのがもったいなく、こうして箪笥の肥やしにしてしまっていたのだ。


 わたしはその下着を暫く見つめ、人生最期の日のパートナーに選ぶ。「勝負下着か!」と自分でツッコミを入れて、虚しく笑った。


 さて、もう一頑張りだ。スピードアップしよう。

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