7.
「母さん、ちょっと出かけてくる」
「あらそうなの?ちょっとだけその前に話したい事があるんだけど急ぎの用事?」
「別に大丈夫だけど。どうしたの?」
席に座るように促してくる。
床板張り替える相談だろうか。
だとしたらもうこのままで行くのに俺は一票なんだけどな。
「ちょっと前にね、ジン宛に手紙と小包が届いたのよ」
「えっ俺宛に?村の外に知り合いなんか居ないし、村の誰かがなんか驚かせようとしてんのか?」
「そうじゃないの。送り主は……お父さんからよ」
「は?父さん?何の音沙汰も無かったのに」
父さんと会ったのは顔も覚えてないくらい前だし、手紙なんかもらった事もない。
母さん宛に届いているのも見たことがないしな。
「そうね。この手紙もあなたが卒業試験を受ける年に送られてくるように、頼んであったみたいね」
「そういう事か…。」
「けっこう前に届いてたんだけどね。いつ渡そうか考えてたらずるずる来ちゃってね。そろそろ試験も近いしいい時期かなって思って」
母さんから渡されたのは手の平くらいの大きさの封筒と、その半分くらいの正方形の小さな箱だった。どちらもそんなに重さは無い。
「ちょっと開けてみてよ、私もまだ読んでないのよ。宛名もジン宛になってるから」
「うん」
まずは封筒から開けてみるか。
中には二つに折られた紙が二枚入っていて、男の字というかお世辞にも綺麗とは言えない字で文章が書かれていた。
“突然手紙を送ってすまない。
困惑しているだろう。
もしかしたら怒ってるかもしれないな。
もう俺の顔なんてとっくに忘れてしまっているか、そもそも覚えてもいないかもしれないのに、いきなり手紙と訳の分からない箱を送りつけられちゃな。
本当は自分で渡しに行くつもりだったんだ。
もしそれが出来ない場合は送ってもらうように頼んでおいた。
これを読んでいるという事は、予定が変わってしまったという事だな。
申し訳ない。
母さんとは仲良くやってるか?急に父親面するつもりもないが、時には喧嘩する事もあるだろうが、決して男が手を上げるんじゃないぞ。
と、そろそろ本題に入らないとな。
もう一つの箱には父さんの調査員人生で一番の発見と言っても過言じゃないものが入ってる。
それをジン、お前に託す。
きっといつかお前を助けてくれるはずだ。
お前は生まれながらに他の人とは違う力を持っているが、その力を恐れてはいけない。
慢心してもいけない。
ただ誠実に真っ直ぐ向き合え。
そしてその力で誰かの支えになるんだ。
じゃあな。
母さんによろしく頼む。”
手紙の書き出しの部分はかなり紙に擦った跡が残っていた。
何度か書き直したのだろう。
「どう?なんて書いてあるの?私が見ても大丈夫そう?」
母さんはかなり気になってるみたいだ。
とりあえず大丈夫だろうと思い手紙を渡した。
真剣な表情で読んでいる。
俺に向けての手紙と贈り物みたいだが、どうせ送ってくるなら母さん宛にも近況とか書いて送れば良かったんじゃねえのか?
もともと自分で持ってくるつもりだったみたいだし、この手紙を書いてる時とだいぶ状況が変わってんのかな。
読み終えた母さんもこれだけかって感じで難しい顔してるし。
とりあえず、もう一つの箱の方も開けてみるか。
簡単にだけ封がしてある。
一番の発見をこんな感じで大丈夫なのか。
「これは?首飾りか?」
丈夫そうな革の紐の先に一つだけ装飾が付いている。
親指くらいの大きさで細かい彫刻の掘られた、小さな楕円状の飾りだ。
首に下げてみると、そこまで重さは無い。
紐の長さも丁度いい。
「それってあの人が昔から付けてたものじゃない。ただの飾りかと思ってたら意外と価値のあるものだったのね」
「そうなんだ。じゃあお気に入りの物って意味なのかもしれないな」
「いいじゃない。似合ってるわよ」
そういう母さんは、どこか遠くを見ている様な表情だ。
父さんの姿を俺に重ねて思い出しているのかもしれないな。
「それとね、もう一つだけ」
「まだ何かあるの?」
「ジン、これからどうするの?さっきイルちゃん来てたでしょ。何話してたの?もうすぐ最終試験なんだからこれからどうするとか話したりしてたんじゃないの?」
「うん…まぁあいつは村出て調査員目指すみたいだけど」
「そう……。じゃああんたも一緒に着いて行くのね?」
「え?何でそうなるんだよ。だから前も……」
「まさか村に残るなんて言わないでしょうね。しかも母さんの為にとか言って。こんな危険も何も無い所でいったい何から母さんを守るって言うのよ。もっと守るべきものは他にあるんじゃ無いの?」
「そんなこと……」
「お父さんだって手紙で書いてるでしょ?あなたの力で支えてあげろって。母さんはね、それは私でも他の誰でなくイルちゃんの事だと思うな。母さんの事なら気にしなくていいんだから。まだあんたに体の心配される程老いちゃいないわよ!」
そう言って胸を張る母さんはいつもより逞しく見えた。
体の心配よりも、父さんが居なくなって、俺まで家を出ちゃったら寂しくなってしまわないかと思って言ってたんだけどな。
「それに、あんなに昔はどこどこにいるナンタラを見てみたい〜とか、どこどこのナンタラはどんな味なの〜とか言ってたじゃない。私はもう引退したけど、親が二人とも調査員だし血は争えないわねって思ってたのよ。まあもっとも、その発端はイルちゃんなんだろうなとも思ってたけどね。あんなにずっと一緒に居たのに本当に調査員の事もイルちゃんの事もそんな気はないって言うの?」
「いや……」
「ならもうちょっとよく考えてみたら?もちろん母さんの事を思ってくれてるのは凄く嬉しいわよ?でもね、あんたが本当にやりたい事に進んでくれた方がもっと嬉しいわ」
「うん…」
「はい、じゃあ終わり!出掛けるんだっけ?気をつけてね」
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母さんは母さんでいろいろ俺の事を考えてくれてたんだな。
俺自身は正直なところ、これからどうしたいのか決めかねていたんだ。
別に自分の気持ちに蓋をしてたつもりもないが、ただ何となくこのままここで父さんの帰りを待ちながら、母さんと二人でのんびり暮らしていくもんだと思ってた。
平和で特別問題もないこの村に住んでたらそんなのは普通だろ?
でも急に送られて来た十何年ぶりかの手紙では、父さんが今どこで何してるのか生きてるのかさえ分からなかった。
父さんが想定していた状況と今の状況は変わってしまっていることだけは確かだけど、このまま待ってて本当に帰ってくるかも分からない。
そもそも顔もしっかり覚えていない様な俺とは違って、母さんは父さんの事を信じてずっと帰りを待っているのに、それじゃああんまり過ぎないか。
そうか。
母さんは俺に心配や不安なんかを全く見せて来なかったけど、信じて待つ事しか出来ないことに当然悩んで辛かったに違いない。
それを息子にまでさせたくなかったってのもあるんだろう。
うんうん悩みながらとりあえず、最初の目的地だった場所に向かっていると、特徴的な二人組が向こうから歩いて来た。