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3.

「おや、早いですね。ジン君おはようございます」

「おはようございます。ノマ先生。これ良かったらみんなで食べて下さい」

「いつもすいませんね。美味しくいただきます」


 今日の授業の準備を進めていると、村の外れに住む男の子ジン君が大きな袋を担いでやって来た。


 黒髪の短髪に、健康的に焼けた肌に白い歯が映えていていかにも活発な少年といった見た目だが、意外と落ち着きがある印象だ。

 日々の畑の世話で自然と鍛えられているのかなかなか逞しい身体つきをしている。


 単純に力比べでしたら、大人の私より彼の方があるでしょうね。

 現に彼が今担いでいる荷物を私が持ち上げれる自信は正直ない。


「君達の最終試験の日がそろそろ近づいてきていますね。調子は大丈夫そうですか?」

「まあ…何とか」

「そうですか、ジン君はそこまで心配はしていませんが気は抜かないようにお願いしますね。ではいただいたこちらをしまって来ますので」

「あ、じゃあ持って行きますよ。それかなり重たいと思うんで」

「おや、ありがとうございます。でも私もこれでも男なんでね。大丈夫ですよ。よっと!」


 勢いよく持ち上げようとするが、やはり担ぐところまで持ち上げることが出来ない。


「無理しない方がいいですって。持っていきますよ」

「すいません。ありがとうございます。それにしてもよくあんな軽々と持って来られましたね。やはり若いっていいですね〜」


 教室を出て少し廊下を歩き食堂に向かっていると、ちらほらとほかの村の子たちも集まって来ているようだ。

 みんな今日も元気そうで何よりだ。



 ーーーーーーーーーー


「皆さん気をつけて帰ってくださいね。あまり寄り道し過ぎてはいけませんよ」


 今日の授業が終わりぞろぞろと子供たちが帰っていく。

 この子達はあと一月程で最終試験を受けることになるので、そろそろ私の授業からは卒業になる。


 皆授業には真剣に取り組んでくれているので、心配をする必要な子はいなくとても助かります。

 ただ1イルを除いて。




 イルは私が元々働いていた聖都護衛隊の先輩夫婦の子供だ。

 2人には入隊時からずっとお世話になっていて、どんな無理難題をどれだけ押し付けられても断らないと思えるほどに良くしていただいていた。

 だけど2人が私に頼んだ事はたった1つだけだった。

 それがイルのことだ。


「1つだけ頼まれてくれないか。俺たちの子はきっと俺達に似て活発でじっとしていられない様な子になるだろう。時に叱り時に褒めて立派な子にしてあげたいと思っていたがどうも無理そうだ。俺たちの代わりに面倒を見てやってくれないか。そしてお前があの子を一人前になったと思えたその時は、どうかできる限りあの子の夢を叶えさせてやってくれ。」


 そう言って亡くなった。


 同じ戦場にいながら助けることが出来なかった私は、二人の願いをせめて叶えるため、必死に生き残り帰還するなり護衛隊を辞職した。

 そして、害獣被害や戦争の影響の少ない田舎にイルと共に引越し今の生活を始めたのだ。



 最終試験の話をし出しているところですし、みなこれからの事を考え出すでしょう。

 出来ることをと始めたこの仕事ですが、今となっては生徒達はみな自分の子の様に可愛く思えます。

 その中でも贔屓になってしまいますが、イルはやはり特別気にはなってしまいますね。


 先輩達の予想通り、昔から生き物であったり土地や物、外の世界に強い関心を示す活発な子になりましたし、この前は調査員の求人広告をもらってきていました。

 今イルは何を思い悩んでいるのか、それとももう決断しているのか。


 先輩達の子という責任だけで無く、これまで一緒に暮らしてきた愛情もあります。

 あまり危険な事はさせたく無いのですがね。





 ーーーーーーーーー


 教室を出て自室で片付けをしていると、


「ノマさん。ちょっといいですか?」

「どうしました?イル。出かけるなら夕飯までには帰って来てくださいね」

「いや、そういう事では無くて」

「では何でしょう?改まって」


 イルは珍しく深妙な顔立ちをしている。


「そろそろこちらから切り出すか、イルから話があるかと思っていましたが、これからの事ですか?」



 この子が私のことを先生呼びで無く、さん付けで呼ぶ時は教師としてでは無く、親代わりとしての私に話す時だ。

 教師の意見でなく親としての意見を聞きたいと言ったところだろうか。


「うん。ちょっと迷ってて」

「いったい何に迷っているのでしょう?」


 何となくイルが何に迷っているかは分かりますがね。


「この前商団が来た時に配ってた広告を見たんだ。それにはいろんなことを見て探って調査する事が仕事になるって書いてあった。とても興味を惹かれたよ。正直なってみたい気持ちが強いんだ。でもこれから先ここをノマさん一人では難しくなるでしょう?今まで育ててくれた恩返しをしたいし村に残ろうかと思って。」


 昔から自分の欲求に素直ではありましたが、周りをよく見ていて考える事も出来る子でした。

 まさか私にも気を使ってくれているとは思っていませんでしたが。


「そんな事でしたか。言ってませんでしたが今度街の方からここを手伝いに来てくれるという方達が居ましてね。流石に私もこれ以上は1人では無理だと思い、商団に頼んで求人を出しておいたのですよ」

「えっ、そうだったんだ」

「それに親代わりではありますが、子供が立派に育ってくれるだけで充分恩返しなのですよ」


 イルの顔が少しだけ晴れましたが、


「ただ、うやむやにしても仕方ありませんからはっきり言いますと、調査員については反対です」


 また少し曇りだしました。


「あなたが昔から生き物であったり外の世界に強い興味を持っているのは分かってましたから、いつかこういう時が来るのではないかと思っていました。私としてもいろいろ考えたのですよ?親代わりとしてここにいる子供たちの夢は極力叶えてあげたいものですし。ただ、調査員になるというのはかなり危険も伴います。たまに都市に行ってみるとかでは駄目ですか」

「もちろん危険な仕事だとは分かってるつもり…。でも調査員なら行ったことのない所に行ったり、まだ誰も知らない生き物に出会えることだってあるかもしれない。こんな私にとって最適な仕事はこれ以上ないと思うんだ。」


 いつものイルなら欲求のままに走り出しているところでしょうが、今回はさすがに思い悩んだのでしょう。

 私にも気遣い相談してくれた訳ですし。


「イルの思いは分かりますが、簡単に賛成するわけにもいかないのでね。う〜ん、少し考えさせてください」





 ーーーーーーーーーー


 その日の夜、食事が終わり既に他の子たちは部屋に戻った頃。


「イル、少しいいですか。昼間のことですが」

「はい」

「今度君達は今まで受けてきた授業の最終試験を受けますね。あれにはどんな意味があるか分かりますか?」

「この世界で生きていく為に必要な知識を持っているか確認する為ですか?」

「そうですね。文字の読み書きや言葉の意味、時間の見方や社会での基本的な決まり、はたまた危険な生き物の生態といった一般教養をちゃんと身につけれているかを見る為です。これは昔から行われている事で、私が君達くらいの時に私も受けました」

「昔から変わらないんだね。」

「ただ、今と違うことがありました。それは、運動能力試験もあったという事です」

「運動能力?」

「二十数年前はそれぞれの村や町、そしてそれらを都につなげる街道は今程整備がされていなかったので、よく村の畑や町の中に凶暴な生き物が餌を求めてやって来ることや、街道が整備されてなかった分、都に向かうのに今の倍以上時間がかかっていたので襲われる事が多くありました」

「そうだったんだ」


 イルは真剣に話を聞いている。

 凶暴な生き物に襲われやすかったのは本当の事で、今でも全くなくなった訳では無いが、昔はその数が多かった。

 村や町の人だけではそういった時に対処しきれないので、その為に都市から派遣されて駐在している護衛隊がいたりもしました。

 私はもう引退した身ではありますが、被害の少ないこの村では時折その役割を担う事もあります。


「そこで、もし危険な生き物に襲われたり襲われそうになった時に、最低限自分の身は自分で守れるようにという名目で設けられたのが運動能力試験の方です。昔はこれに受からない人は外へ出てはいけなかったんです」

「なるほど。つまり私に運動能力試験も受けて合格しろということ?」

「そういう事です。ただこちらの試験は一筋縄ではいきませんよ。それでも受けますか?」


 イルは少しだけ考えて、


「うん。受けるよ」


 と、力強く応えた。


「分かりました。ではこれがその試験の内容です。次に商団が村を訪れてくれるのが学科試験が終わってから一ヶ月ほどの予定になっています。それまでにここに書いてある内容を達成出来ていれば、私から団長さんに都まで連れて行ってもらえるように話しましょう」

「ありがとう、ノマさん。頑張るよ」



 試験内容を書いた紙を渡し、「おやすみ」と交わしてイルが部屋に戻っていく。


 “夢を叶えさせてあげる”ことは先輩達の願いでもあり私として応援してあげたい気持ちはもちろんありますが、調査員は危険が付きもの。

 せめて自分の身を自分で守れるくらいの力と、危険の少ないこの村でこれぐらいの事が出来無ければ到底なし得ません。

 少々無理難題ですが、これで諦めるようならそれまでです。

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