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2.

 この村では数十日に一度、商団キャラバンが訪れ、村で作られた農作物の買い取りや、他の村での特産物に生活雑貨や日用品、そして都市やその周辺での出来事をまとめた情報誌などの販売を行っている。

 他にも村や町で、作物の収穫の手伝いや獣の駆除依頼なんかをお願いしたい時や、滅多にないが都市からの求人なんかの広告を配ったりしている。


 そして、ある時やって来た商団が配っていた広告は、その滅多にない都市からの求人広告であり、これをひと目見た瞬間、()を引き止めていた理性はどこかに吹き飛んで行きそうなのだ。





 一つ、私の困った欲求(クセ)について話したいと思う。


 ()はこの村の生まれではない。

 物心つく前に両親を亡くした私は父の元仕事仲間だったノマさんに引き取られた。


 私を引き取ってすぐに前の仕事を辞めたノマさんは、私を連れてこの村にやって来たらしい。

 ノマさんはこの村では学校の先生をしながら、親を失った子供達を引き取って育てている。

 私と同じような境遇の子もいれば、両親が誰かも分からない子や、自ら親元を離れてやってきた子もいる。


 そんなみんなと集団生活を送りながら、ノマさんの授業を受けにやってくる村の子達と勉強したり、たわいもない会話をしたりする日々は忙しくとても楽しい。

 それだけで充分だと思っていた。


 だけど、それ以上に、ただただ単純に



 もっと知らないこと(せかい)が知りたい。



 と、気づいたら思っていた。

 いつから思い出したのか何がきっかけだったのかは、今になってはもう分からないが、それからの私は別人にでもなったかと周りには思われたかもしれない。


 暇があれば村の端から端まで歩いて回り、土や植物を見て回った。

 今まで何ともなしに歩いていた地面は、硬いところがあれば湿っているところがあったり、匂いが違っていたりもした。


 村で飼育している動物を触り、嗅ぎ、声を聴き、爪の先から鼻の先まで観察した。

 触らしてもらうと、思っていたより毛が硬いなと思ったり、食べるものが違うと歯の形が全然違う事に驚いたり、意志の疎通が出来るんじゃないかと鳴き声を真似てみたりした。


 村の人たちの仕事の様子を近くで見させてもらった。

 今まで私が使っていた道具や衣服は何人もの人達の努力の結晶である事を知った。


 学校に置いてある本は全て読んでしまったし、少しずつ貯めたお小遣いで買った何冊もの図鑑や辞典は、隅から隅まで読み漁り一言一句覚えてしまった。


 それでもまだ足りなかった。


 私の知りたいという欲求は尽きる事はなかった。

 日に日に成長していく体と一緒にその欲求も大きくなっていくような気さえする。


 この世界にはまだまだ私の知らない場所や生き物が数多く存在していてる。

 その生き物()達がどんな場所にいて何を食べて何を思って生きてるのか、その場所はどんな風が吹いてどんな香りがしてどんな音がするのか。

 その生き物()達の毛は、肌は、牙は、角は、目は、足は、爪は。

 とにかく考え出したら止まらなくなってしまう。

 その一つ一つ全てを、自分の五感を持ってして余すとこなく感じたいのだ。


 だが、そんな事をこれからも続けていっていい訳が無い事も分かっていた。

 この村では、今度学校で行われる最終試験が終われば私達も晴れて大人の仲間入りという事になる。

 村の子達は自分の家の仕事を手伝ったり、街に出て仕事を探すと言う子もいるかもしれない。

 私は、これまで育ててくれたノマさんへの感謝の気持ちももちろんある。

 小さい子達の面倒やこれからも増えるだろ子達をノマさん1人で相手をするのは難しくなるだろうし、手伝っていきたいとも思っている。


 今まで村の中で好き勝手しているのも黙認してくれていた。

 自分勝手にやりたい事だけやって生きていくのはもうこれまでにしないと。


 そう思っていた微かな理性が、なんとか理由付けして蓋をしていた気持ちはあの広告でまた飛び出してきてしまったのだ。




「おーい、イル。朝からご苦労様」


「ああ、おはよう。ジン」



 学校が始まる前に洗濯物を干していると、幼馴染のジンがやって来た。



「何やら凄いものを担いでるね」


「おう。朝一で採れた野菜。また良かったらみんなで食べてくれ」


「いつも済まないね。私達も育ててはいるけど、何せ人数が多いからね。助かるよ。それに、ジンのとこの野菜はとびきり栄養が詰まっているのか美味しいから、苦手な子も良く食べるんだ」


「そりゃ良かったぜ。特別な事はしてないはずなんだけどな、まあ美味いなら何でもいいか。ノマ先生は中にいる?」


「うん。きっと授業の準備をしていると思うよ」


「ありがと。じゃあ先行ってるわ」



 私もさっさと洗濯物を干してしまって向かわなくては。


 ーーーーーーーーーー


 今日の授業が終わりそれぞれが帰り支度を始めると。



「はい、皆さんいいですか?そろそろ私の授業から卒業の日が近づいています。だいたいひと月といったところですかね。やっとと思う人も早いと思う人もいるでしょうが、最終試験は一回で合格出来るようにお願いしますよ」


「「「はーい」」」



 今日の授業が終わり、各々が席を立ち教室から出て行く。



「なあ、イル。もう最終試験だな」


「そうだね、。ノマさんの授業も残すところあとひと月程、試験の方は特に心配は無いが、私としてはそれからの事の方で頭がいっぱいだね」



 隣に座っていたジンが、席に座りながら後ろに反って伸びながら話しかけてきた。



「そうか、お前は覚えがいいからな。羨ましいぜ」


「君も特別悪いわけではないだろ?私も人並みに努力はしているんだよ」


「ふーん。じゃあそれからってのは?」


「少し迷っていてね」


「何に迷ってるんだよ」



 以前商団から受け取った求人広告を取り出し、ジンに渡す。



「これは、この前の…」



 そこにはこのように書いてある。




 君も一緒に探求者になろう!

 年齢・経験問わず!

 初心者でも大丈夫!先輩達が手厚く手助けします!

 経験者も大歓迎!地域一番の高待遇!

 元気に楽しく私たちと未知の発見をしましょう!いつでもお待ちしております! 第一諜報社




「こんな仕事があるなんて驚いたよな。しかもそれ持って帰ったら父さんの仕事はそれだって初めて知ってよ。母さんも昔働いてたって言うしよ」


「あの時はジンから聞いて、君のお母さんに質問攻めしてしまったよ」


「これって都市の方から来た商団が持ってきたやつだし、とっくに締め切ってるかもしれないぜ」


「この求人がたとえ締め切られていても、都市に行けば似たような仕事があるのは間違いないだろうし、知ってしまった以上はもういつもの欲求が抑えられなくなりそうなんだ」


「いつもの病的な知りたい欲求か。ああなったお前は誰にも止められないのに、それを引き止めるほどの何と迷ってんだよ」


「これまで育ててくれたノマさんは親も同然だ。その恩を返したいんだよ。村を出てしまっては返せないだろう?」



 一瞬ジンの動きが止まった様に思えたが、気のせいか。

 いつも通りに帰り仕度をし始めながら



「親も同然ならノマさんに直接相談してみたらどうだ?案外親ってのは子供が気にしてるほど恩を返して欲しいわけじゃ無いみたいだぜ」



 と言って立ち上がった。



「そういうジンはどうするんだ?ジンも昔は一緒に木の枝持って走り回りながら、いつか世界を旅してやるんだって言ってたし、村を出るのか?」


「おいおい、いつの話だよ。そんなのガキの頃ならみんな言ってるような事だろ。俺は村に残るつもりだよ」



 てっきりジンも村を出るものだと思っていたけど違ったのか。



「じゃあな」



 そう言うと教室から出ていった。


 学校を卒業してからの事はこの村の人達だと大抵家業を継いでいく子たちが多いしな。

 ジンもお母さんの手伝いをする事にしたのだろうか。

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