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私の一番古い記憶は2年前
視界いっぱいに広がる古めかしい天井だった
ナチャーロの村近くの森の中で倒れていた私を、狩りに出ていた村人が見つけ
村まで連れ帰りわざわざ看病までしてくれたのだ
しかし目覚めた私は自分の名前以外の全てを忘れており
そんな私を哀れに思って今日まで面倒見てくれたのが村長のテオさんだ
「イア、そろそろお昼にしようか」
イアと呼ばれた私ことエリュテイアは銀色の髪を揺らしながら声の主へと振り返る
「テオさん!ここの畑だけ終わらせちゃいますね」
持っていた鍬を軽く振りながら、立派な髭を蓄えた老人へ微笑む
この2年間私はナチャーロ村の何でも屋として色々な手伝いをしながら暮らしていた
狩りの手伝いから屋根の修理まで、店番や子守でも頼まれればなんでも喜んでこなした、今日は畑仕事の手伝いだ
この畑が最後なのでさっさと耕してテオさんとお昼ご飯を食べよう
それが終わったら種まきをして、その頃には狩り当番の皆が帰って来るだろうから捌くのを手伝って…
今日の予定を頭の中で考えながら鍬を振り下ろした時
「誰か!!司祭を呼んできてくれ!」
村の入り口から怒号にも似た叫び声が聞こえてきた
何事かとテオさんと顔を見合わせ慌てて入口へと向かうと、そこは既に人だかりができていた
村人をかき分け先へ進むと、狩り当番の皆が血まみれで座り込んでいるが目に入った
想像していたよりもずっと大事で私は思わず口元を手で覆う
「な…なんで……、アラン!」
一人、ひと際青白い顔で倒れこんでいる人物を見つけ
その名前を呼びながら駆け寄る
アランは村長の孫で、自分の名前以外何もわからない私に色々教えてくれた恩人だ
その彼が今にも死にそうな、変わり果てた姿で目の前にいた
いつもどおり狩りに行っていつもどおり獲物を背負って帰って来るはずだったのに
「アラン!いや…目を開けて!」
真っ青な唇に力の入っていない腕
苦しそうにヒューヒューと細い息をしている
腹部の衣服が裂けその部分を中心に真っ赤なシミが広がっていた
「ご、ごめんなさい…!アランさんはぼ…っ僕をかばって…!」
狩りリーダーであるドーガの話では、今日狩りデビューだったロロタが猪に驚き動けなくなったところをアランが庇い、その際に負傷してしまったらしい
「はやく司祭様を…!早馬を走らせろ!!」
テオさんが大声で指示を出す
この村に回復魔法が使える司祭は居ない為、近くの町から連れてこなければならない
しかし一番近い町でも往復で5時間はかかる
目の前で今にも命の灯が消えかかっているこの優しい男がもつとは思えなかった
「アラン!きっと司祭様が来てくれるから…お願い……!」
私は恐ろしかったのだ
記憶を失いこの村で目を覚ましてから、こんな風に誰かを失った経験など無いのだから
どんどん冷たくなる彼の手に私の熱まで奪われそうで
嫌だ、死なないで、助けたい、もう一度笑って
彼の名前を小さく漏らしながら握りこんだ冷たい手を自分の額に押し当てる
ギュッときつく目を閉じ心の中で何度も何度も死なないでと強く叫ぶ
ふと握っていた手からぬくもりを感じゆっくりと瞼を持ち上げる
それと同時に周りの村人たちからざわめきが起こった
何事かと顔を上げると
私の両の手から真っ白い光が煌々と放たれていた