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オカルト・ホラー・ミステリー

中身の無いパン屋の女。

作者: 静夏夜


 俺は今むしゃくしゃしてんだよ!


 小さな不幸の連続に。



 それは、一昨日の夜から始まってんだけどな。



 今朝、トースターにパンを入れ、焼こうと目盛りを回した途端にそれは取れた。



 ……取れたんだ。




 普通ココが取れるか?


 目盛りだぞ?


 回す所だぞ?



 そこは、頑丈にしとけよっ!




 まあ、取れたものは仕方がない。


 そう思って諦めて、元に戻そうとハメたんだ。



 回るんだよ。


 くるくるくるくる回るんだよ。



 何度やっても同じさ。


 くるくるくるくる

 くるくるくるくる

 くるくると……



 焼きが始まんねえんだよっ!


 いや、焼きが回ったのか?




 目盛りが在った部分のトースター側に付いてる金属の飛び出た棒。


 ココは普通、マイナス型か電源マークみたいに引っ掛かりを作るだろ?


 ○丸を丸出し、丸削り?


 いや、よく見たら丸の中に凹の隙間があって、そこにプラスチックが挟まってんだわ。


 で、目盛りの書かれた持ち手プラスチックの裏側に、切っ掛けの凸が在ったのが折れてんだよ。



 お前ら、これの意味が解るか?




 ……直せねえって事なんだよ!





 え?

 パンなんか焼かなくたって食べれるだろ?


 普通のパンならな!


 始めてマフィンってやつを買ったんだよ!



 帰り、駅から少し離れたいつものパン屋に見た事ねえ店員が居てよ、俺の顔見て近付いて来て。



「このマフィンなんですけど、朝トースターで焼くと部屋が芳醇なパンの香りに包まれて、何だか西欧のホテルにでも居るような気にさせてくれるんでオススメですよ!」



 て、言われてな……



 トングで挟んで持ってんだよ!


 俺のトレーに置く気満々に!



 いや、お前らコレ断れるか?


 そもそも何て返せば良いんだコレ!


 菓子パンしか買わない常連客にイキナリ話しかけて来て、オススメとかすんじゃねえよ!




 俺はいつも居る何も言わねえで仕事して、俺の顔見ると残ってるサラダに割引シール貼ってくれる四十代位のおばちゃんに癒やされてんのに……



 何を勘違いしてんのか知らねえが、これみよがしに若さアピールで近寄って来て、若い女に勧められたら買っちゃうんでしょ? みたいな感じで話しかけて来んじゃねえよ!


 買っちまったのは断る方法が分からんかったからだし。



 何を見てもキーキーうるせえ他人批判と、カワイイカワイイ言ってる自分がカワイイアピール女に疲れてんだよ!



 何が西欧風だ!


 てか、西欧って何処の国だかを言ってくれ!


 そうだ、今度言われたら聞いてやるか……



 いや、何で話ししなきゃいけねえんだよ!




 で、急いでたしとりあえず焼かずに食ったよ。



 粉がスゲーこぼれてスーツのパンツが微妙に白くなってんだけど。

 


 これ、焼いたらこぼれないのか?



 てか、中身無いじゃん。


 俺、惣菜買ってないから菓子パン買ってんのによ。



 おばちゃん居なくてサラダも無くて……





 でな、今帰りに寄ったんだよ。


 今日はおばちゃん居てさ、良かったあと思ったらあの女も居てよ。



 今日こそは菓子パンを買うつもりだったんだよ。



 焼かずに美味しく食えるやつを!



 なのに店に入った途端、あの女がまた来やがったんだ。



「この生食パンなんですけど、私もコレ凄い好きで毎朝食べてて全然飽きないんですよ! 今、生食パン人気が薄れてるとかってよく見るじゃないですか、コレは全然違うんです! 一回買ってみて下さいよ。解るから! ね!」



 何なんだ、この押し売りショップ店員みたいなウザさ……



 そもそもお前に何も聞いてねえし!


 いや、良く思い出せ!


 今コイツ、毎朝食べてて全然飽きないって言ったよな?



 なら、昨日言ってたマフィンを朝トースターで焼いた事も無いだろ!



 生食パンの匂いは、焼いたパンの匂いと混ざったら微妙だからな。




 てか、コレ一度だけ買った事あるんだよ。


 残業で遅くて、菓子パン売り切れてて……



 そうだ、そん時からだ。


 おばちゃんが俺の顔見てサラダに割引シール貼ってくれるようになったの。



 そん時も菓子パン類が売り切れてて……


 いつでも残ってるような気がするフランスパンとか焼き菓子系のマドレーヌとか、朝まで保ちそうにない夜食に向かないサラダやフルーツのサンドウィッチとかで……



 そしたらおばちゃんが俺の前を横切って、戻って行った後にふと見たら生食パンとカップサラダに割引シールが貼ってあって、考える俺の頭に


〈あ! これなら朝まで保つのか!〉


 と、気付かされたんだ。



 まるで自分で思い付いたかのような心地良さまで演出してくれてるかの如くに。



 その後も俺の身体を気遣ってか、野菜を摂れとばかりにカップサラダに割引シールを貼ってくれてたんだよなぁ……


 俺の勘違いかもしれねえけど!



 それでも、俺にとっては縁の下の力持ちって感じがしてたんだよ。



 だから毎日この店に寄ってたんだ。




 生食パンの味も知ってる。


 けど、今日はカップサラダが無えんだわ。



 おばちゃんも、今日は何処か申し訳無さ気に見えるんだよな。



 まあ、店的には売り切れた方が良いんだろけど……




「店長! 私今日サラダもマフィンもオススメしたら全部売れちゃいましたよ。今まで何でオススメしなかったんですか?」


「うぅん、黒田さんみたいな若い子が売ると何でも売れちゃうんだね。私みたいのがやったらお客さん帰っちゃうから」




「店長! 私が入ったらお店の売り上げがアップするって言ったの覚えてます?」


「ああ、ITとかよく解んないけどこれが続くなら契約してもいいかもね」




 何の話をしてるのか、俺と他にもよく見る数名の客の存在を無視するかのように十二畳程の店内で、裏で話すような会話をする店員と店長か……



 いや、あれ店長だったのか。


 レジで暇そうにしてるから雇われかと思ってた。



 なら、裏で焼いてるのは店員か?


 え、おばちゃんは?



 この店、どういう雇用形態なんだ?




「もしウチと契約結んだらオススメしてもらいますからね。そんな言い訳してられませんよ」


「え、うぅん、お客さん嫌がらないか心配だなぁ……」


「いえ、そうじゃなくて嫌がられないようにオススメしてもらわないと困りますから!」


「……それは、教えてもらえるの?」


「ええ、ウチはそういう研修制度もあるんで大丈夫ですよ」


「そ、なら、まぁ頑張りますよ」


「一緒に頑張りましょ!」




 何だこの茶番、ノリも何処かで観たような……



 これ、共生だの何だののアレか?


 グローバル化の波に溺れない為にと謳って近寄り、共生社会に対応しましょうと強制的に矯正される……

 


 アレか?


 最近、大卒の子は学校のカリキュラムに含まれているのかこんな感じの事を平然と言うが、自分で言ってて気持ち悪さは感じないのか?



 いや、大卒の子より会社に入ってから学んだ子の方が酷いけどな。


 長い物には巻かれろ的な子程如実に気持ち悪さを出してるし。



 そうだ、この女ウチのウチの言って店長がITどうのに契約の話をしてたよな……


 

 経営コンサルか?



 IT、売上、契約、研修……



 間違いねえ!



 こんな個人店のパン屋にまで……




 経営コンサルが、隙間産業かよっ!




 いや、経営コンサルは正しく隙間産業か。



 て事はコレ、店長が契約したらこの店この女みたいなのばっかになんのか?




 ……他の店探すか。



 でも、おばちゃんにはお世話になったしな……


 でも、おばちゃんが変貌していく姿なんか見たくもねえ!




 ああ、クソっ!




 もやもやする上に、この店の雇用形態が分からな過ぎて訳分からん!





 あ、さっきの何処かで観た事ある感じは教習ビデオか?

 安い演技に金に絡む裏の意図が見え見えな感じの演出……



 そうだ、入って二日かそこらで毎日食べてるとか平然と噓を吐くあの女の声には裏付けられたる金の臭いを感じるからか!




 コンサルめ!



 パン屋なのにイースト菌より金の臭いをプンプンさせやがる!



 てかな!


 カップサラダどころか菓子パンが無えから、買うもんが無いんじゃボケぇ!





 店を出た俺に何の声も掛けてこない。



 日本に住んでてあまりないこの感じ……


 買わない客は客じゃないか?


 いや、だったら買う物が無い店も店じゃねえよ!



 ……違う。

 俺は別にありがとうございましたを求めてる訳じゃねえ。


 いや、あのおばちゃんに期待していた気はするが、いつも有る物が無い事に対する物悲しさのようなものだ。



 この店で買わずに出た事は何度かあったけど、大抵は時間が遅過ぎて売り切れてて、そんな時には決まって

「ごめんなさいね。またの来店お待ちしてまぁす」

 それに俺も、こちらこそすいません! て感じにごめんの手を返して、スーパーで夕飯と一緒に朝食になりそうな物を探して。




 ……スーパー行くか。



 パン食もやめるかな……






 そんな思いにスーパーで買った弁当と、朝食用に既製品の菓子パンを買ったが、パン屋と比べる安さにいつもより多く買ってしまった。


 当たり前に焼かなくても食えるパン。





 けれどそれも暫くすると、やっぱり物足りなさが襲って来る。




 あのトースター、何度か金属の棒をペンチで挟んで回してたんだ。


 でも、目盛り無えじゃん。


 スゲー焦げたり、ヤベーと思って戻したりしてたんだけど……



 ……折れた。


 俺の心と同じように。




 で、休みに新しいトースターを買って来た。


 目盛りが取れなそうなやつ。


 店員に聞いたら、判らないけど多分大丈夫と言われた。


 本当か?

 怪しいが信じる他にない。



 既製品の菓子パンを焼いてもみたが、やっぱりパン屋の少し多めの塩味には敵わない。



 少し焦げの入ったパリッとした食感が恋しくなるように、おばちゃんの優しさに触れたくなった。






 少し早く終わった帰宅時間に、久々に向かう回り道のパン屋への道すがら、もう百メートルも無い先の横断歩道の奥に店が見えて来た折、俺の前を歩道いっぱいに歩く熟練主婦の井戸端会議にパン屋の話が漏れ届く。



 あれから二ヶ月、やっぱり何かの違和感に噂も飛び交う頃だろう。


 そんな気がして聞き耳を立てていた俺だったが、まさかの話に耳を疑う他にない。





「ほら、あそこのパン屋に居た白川さん覚えてない?」


「ああ、元の店長の娘さん?」


「そお、去年あの子が亡くなった後もお店がやってるから私も親族だと思ってたのよ」


「え、何、違うの? 私もそうだと思ってたけど」



「アレ、奥でパン焼いてるパートの旦那さんなんだって」


「お店貰ったって事?」


「ちょっと違うみたい、その旦那さんが白川さんに借金してたんだって!」


「……よく分かんないんだけど」


「いえ、私もよくは知らないんだけどね」




 熟練主婦はループする説明話になり始めたが、俺には解る。


 つまりは奥で焼いてるパートさんの旦那が借金するのに必要な信用で白川さんを立てたものの、白川さんが亡くなり必要な条件が崩れた事で、店を担保に返済するか、店を引き継ぎ返済するかに……



 奥で焼いてるパートの奥さんが義理に引き継ぐ事を決めたんだろう。




 いや、待ってくれ。



 娘さんが昨年亡くなってただなんて俺は全く知らない話だが、亡くなった娘さんはどの人だ?


 俺もなんだかんだで三年は通ってるんだが……



「すいません!」



 何故に俺は聞いてしまったのか……






 正しく彼女こそが白川さんだった。


 話を聞いて尚更に居ても立っても居られず、そのまま店に入ったが姿はなく。



 経営コンサルは何を根拠に変えたのか、たがか二ヶ月で店の外観から何から何まで変わっていた。



 長いままのフランスパンは切られて半分程の物がビニールに入れられ、カップサラダは無くなり生食パンは小さくなって価格も半分。


 菓子パンの値段は上がりこだわりを見せるような文言の書かれたポップが並ぶ。




 俺が食べてた総菜パンは見事に無くなり、カレーパンすら何か違う物へと変貌を遂げている。


 むしろ俺が食べなかったエピパンとか生クリームだらけのパンがやたらと増えて……




「今、調度この粗挽き仕立てのフランクが焼きたてでオススメですよ! カリッとジューシーな皮身にふっくらとしたモチモチのパンが凄い合うんです! スグに売り切れちゃうんで今買っといた方がいいですよ!」




 誰だお前?


 あのコンサル女でもねえ、学生みたいな若さでその喋り……



 研修の成果か?




 客も何だか、近くに出来た高層マンションの住民か?


 知らねえ顔がいっぱいだ。



 地元民を見下すように幼稚園繋がりの若い主婦がオッサンが来る所じゃねえよ! と、横目に睨んで邪魔そうにして来るこの感じ。



 恰も論者が蔓延る感じ、値段も随分と上がってるが高層マンションの住民には割引クーポンが配布されているらしく、これまでの常連客より以前を知らない新規客を取ったようだ。


 ……ボッタクリのやり口だな。



 保ってあと三年がいい所か。


 契約満期と共に客も消え、暫くすると終わりを迎える感じだろうな。




 いや、終わったのは俺の中に在った優しいパン屋か……


 このパン屋はあのパン屋じゃねえ!




 このパン屋は続くんだろうよ、常に客のニーズに合わせて店も人も味も変わって行きこだわる割に(あるじ)の目指す主張もなく、ただ売る為だけのパン。



 俺の知ってるあのパン屋も、俺が来た時にはこの町の舌に合わせたパン屋だった。



 あのパン屋だって町が変わるようにパンの味も変わって来たんだろうな。


 新作パンを出して売れれば残り売れ残れば消えてを繰り返し、町に住む者の味覚に合わせた品揃えが置かれていた町のパン屋だ。



 高層マンションで突如として大量に増えた住民の数に、町の味覚も一気に変わる。




 オラが村の味も高層マンションの云十名が一気に来ての変化じゃ追い付けねえわ。



 ……潮時だったのかもな。



 俺もいつの間にやらオラが村の一人になってたか……






 俺は何も買わずに店を出ると、スーパーに向け店前の横断歩道を渡っていた。




「ごめんなさいね。ありがとうございました」



 横断歩道を渡りきり、ふとそんな声が聞こえた気がして振り向くと、店の外に出されている前はレジ横に在った古いテーブルの脇にあの人が立ってるような淡い光が見えた気がした……


 けれど次の瞬間、曲がりに脇から来た車の強いハイビームが過ぎて見えなくなった。



 不意の強い光に瞑った目を開けた俺は、周りの目も気にせずに、これまでのありがとうを言いたくて店のテーブル脇に向かって深々とお辞儀した。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自営業の街のお店がフランチャイズ化されたんですね。 決して悪いことではないのですが、店独自の味がなくなるのは寂しいものです。 主人公は最後におばさんに『ありがとう』が伝えられてよかったです…
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