第七十六話【四大部門準決勝、決着。】
このお話にて美鈴の決勝相手が決定します。
そしてこの試合、敗れた方も勝った方も消耗が激しい結果となります。
美鈴は解説席から観戦しか出来ない事を歯痒く思った。
これが実戦ならば直ちに応援に馳せ参じられるものを、と。
しかしこれは試合。
あくまで月夜自らの力量で勝って貰うしかないのだ。
(もっともその力量そのものは月夜先輩があの【X】に劣るとはとても思えませんけれど…。)
【つまり、いつの間にか相手のペースに呑み込まれているんだろう?】
【あの【X】はカウンター魔法ばかりが意識されがちだが、実のところ武術や魔法自体はそれなりに実力も高いのはさっきまでの月夜との戦いで判明しているからな。】
【でなきゃ依然が苦戦した挙げ句、例のカウンター魔法で倒されたりしなかっただろうからな?】
(そして一番警戒すべきなのはそのような試合運びに持っていける計算高さですわね。)
【つまりはそういう事だ美鈴、お前も警戒した方がいいぞ?今までみたいな力押しで何とかなる相手では…。】
(ご心配には及びませんわ、名尾君。)
(あんなのフレイムドラゴンと比べれば子供を相手にするようなモノですわ。)
確かにそうかも知れんが…。
(でも、どうせ勝った方と戦わなければならないなら、出来れば月夜先輩とは対戦したくありませんけどね…。)
美鈴は今まさに死力を尽くしてぶつかり合わんとする月夜と【X】を複雑な気持ちで見ていた。
向かい合う両者の頬から汗の雫が垂れる。
ワイバーンを出現させたものの、仕掛けるタイミングを見計らっているのかまだ月夜は攻撃をけしかけていない。
対する【X】もカウンター魔法狙いなのか、それとも他の意図があるのかは不明で槍を構えたまま相手の出方を伺っている。
実は月夜は逡巡していた。
(何を迷っているの…)
(もう、これで勝負に出るしかない…)
それは己の心配か、それとも相手への心配か。
はたまたワイバーンを案じるものなのか。
ふわぁっ、と月夜の杖が上に翳される。
そしてその杖が振り下ろされた。
「行け、ワイバーン!」
【ギシャアアアッ!】
ワイバーンは主人の命を受け、【X】に向かって飛んだ。
「来たわね!」
ワイバーンは炎を吐きながら【X】へと襲いかかる。
「如何にワイバーンと言えども!」
【X】は再び槍の咲きから空間魔法を発動させた。
「いけない!」
月夜が叫ぶとワイバーンは上昇して【X】の槍を避ける。
だがワイバーンの放った炎はそのまま【X】を直撃した。
『これは、さすがに【X】選手もひとたまりもないかあ?』
彩蜂が【X】の身を案じるように実況する。
『いえ、やられておりませんわ。』
美鈴の言う通りで、【X】の槍から発生させた空間の歪みがシールドとなりワイバーンの炎を防いでいた。
『な、なるほど!』
『しかしワイバーン、再度攻撃を仕掛けます!』
ワイバーンも多方向から炎を吐いて攻撃を繰り返すも、【X】はその全てを空間魔法で防いでしまう。
『あの…解説の美鈴さん、何故ワイバーンはその鋭いクチバシや爪が有るにも関わらず遠くからの火炎放射に拘るのでしょう?』
『実況の彩蜂さん、最初にワイバーンが【X】に飛び掛かって行った時に月夜先輩が「いけない!」と叫ばれたのが聞こえませんでしたか?』
『…あ、そう言えば確かに?』
『つまり、月夜先輩は【X】の発動させた空間魔法を見てそのままワイバーンが【X】に接近戦を仕掛けるのはリスクが大きいと気付かれたのですわ。』
『そして主人のその声を聞くや、咄嗟にあの敵に近づくのは危険と判断したためワイバーンは炎による遠距離攻撃しか行えないんですのよ。』
『なるほど…しかし空間魔法はあのような防御にしか使えないのでは?』
『なあーにをおっしゃいますか、空間魔法はれっきとした攻撃魔法ですわよ?』
『と、言われますと?』
「そらそら、それそれ!」
【X】はワイバーンが旋回行動に入る瞬間、槍の先から歪んだ空間をクリスタル状にして打ち出した。
続けざまに月夜にも同じ攻撃を見舞った。
ワイバーンは難なくこれを躱す。
そして月夜もまたシールドを発生させこれを防ぐ。
「私にも使えますのよ、それくらい!」
月夜もお返しとばかり空間魔法のクリスタルを発射する。
ハズレたクリスタルがそのまま地面にめり込む。
するとクリスタルの消滅と共に地面は大きく抉れていた。
『ご覧なさい、あのクリスタルそのものも脅威ですけどその魔法を攻撃に転じればそれに触れた物質部分だけでも消去出来るのですわ。』
『消去、ですか?』
『ええ…実際には他の空間や場所へ転移させられるのですが。』
『な、なるほど…それは確かに怖いかもですね。』
月夜とワイバーンがコンビで炎とクリスタルを発射、対する【X】は反撃も減り防戦一方となる。
が。
『【X】さんの口元、笑ってますわ。』
『本当ですか?つまりまだ余裕があると…?』
【残り時間、三分!】
『さあ大変です、これでタイムアウトとなれば今回は審判団による判定となります。』
『つまり、優勢と見られる場面の多かった方が勝ちとなります!』
『これまでの様子から見れ安月夜選手の判定勝ちとなりそうですが…?』
実況のその言葉が耳に入り、月夜は安堵した。
(このまま、このまま行けば私の…勝ち…!)
(もう少し、あと少し…あと…す、少し…。)
が、徐々に月夜の表情が曇ってゆく。
『…そうですか、そういう戦法でしたか!』
『やはり侮れませんわね、【X】さんは…!』
美鈴は【X】のこれまでの月夜を相手にした戦い方と現在の状況から、これが【X】による今回の戦法だった事に気が付いた。
『おそらく初めから【X】選手はコレが狙いでしたのね。』
『狙い、ですか?』
『ええ。ご覧なさいな、月夜先輩の様子を。』
月夜が肩で息をしている。
ワイバーンも動きが鈍くなり、後方へと下がり始めた。
『こ、これは…まさか、魔力切れが近い…?』
『どう見たってそうでしょうね。』
そして遂にワイバーンを背後の空間へと仕舞い込んだ。
おそらく霊的にあの空間は月夜の体内と繋がっているのだろうな。
だが今はそんな事よりワイバーンを引き下がらせた事で圧倒的に月夜は不利となっていた。
「こう…なれば…!」
月夜は鞭を出して【X】に対抗する。
「そんなもので!」
【X】は高速で槍の連撃を行った。
鞭はその軌道の不規則さ、槍はリーチの長さがそれぞれの持ち味。
槍の長さにもよるが、ロングレンジになれば長さの長い槍ほど有利になる。
一瞬の隙を突いて槍が鞭をかいくぐった。
その槍の先は月夜のアミュレットを目指していた。
しかし。
ガキッ!
その槍の刃先を杖から生えた刃が防御していた。
「甘く…見ない事ね!」
鞭を避けるため【X】が距離を取る。
そして。
「それならこっちも!」
【X】は片手にもう一本の槍を出現させた。
「さあコレならどう?」
しかも両方の槍それぞれに空間魔法のクリスタルを発生させるのだった。
「ま…負けて、たまるものですか…!」
『いけませんわ、月夜先輩…!』
だが月夜もまた空間魔力を発生させてこれに対抗しようとする。
『確かに…魔力に余裕があるならまだしもこれでは…。』
『どう見ても安月夜選手の優勢でしたからあとは無難にやり過ごせば勝ちは動かないと思われるのですが…。』
『しかし試合は選手同士のもの、外部からどうこう言えませんものね。』
『はい。』
『私としても片方に肩入れは良く無いのですが、ですが月夜選手、これは失策か?何とかやり抜いて欲しいです!』
「生徒会長ー、頑張れー!」
「あと一押しー!」
圧倒的に月夜を応援する声が会場を満たしていた。
誰も【X】の事など応援していない。
月夜と【X】の空間魔法を交えた得物による攻防が続く。
しかし得物による戦いともなればやはり【X】の方に一日の長があるのは否めない。
しかも月夜は魔力切れ寸前。
(先輩…これ以上は…)
美鈴は唇を噛んだ。
そして。
槍を放った後で少し離れる【X】。
【残り一分!】
(あ…と…す、こ、し………。)
杖を前に向けて鞭を振りかぶる月夜。
だがそこまでが彼女の限界だった。
ポトリと鞭から手が離れる。
次にカランと杖が地面に転がる。
そしてガクッと膝を着く月夜。
『先輩!!』
美鈴絶叫する。
そのままフワッと柔らかな月夜の髪の毛が宙を舞った。
気が付いたら月夜はパタッと地面へと倒れ伏していた。
『担架を!担架を!』
美鈴は解説席から叫ぶなり、たちまちいなくなった。
…いや、実際には会場に散らばっている明花達を探しにいったのだ。
事実、担架に載せられた月夜が運ばれる前に美鈴が明花を月夜の側に連れてきて応急手当として魔力補充させた。
「明花さん、先輩の事をお願い致します。」
「かしこまりました、美鈴さん。」
「それと…貴女もあまりご無理は為さらないで下さいな?」
「美鈴さんこそ?」
軽くクスッと微笑む明花。
倒れたとはいえ月夜には意識があった。
「皆さん…すみません、私、勝てませんでした…。」
「先輩、惜しかったですわ…でも今はしっかりお休み下さいませ。」
「会長、良く頑張られた戸思います。さ、安静に。」
美鈴と明花に話しかけられ苦笑いする月夜。
「ありがと…貴女達からそう言って貰えるだけで気持ちが、救われるわ…。」
「さ、医務室へ行きましょう。」
明花が目で合図すると担架を運んできた生徒らは月夜を載せた担架を持ち上げ移動を開始する。
担架は前に二人、後ろに二人の計四人。
更に外には運搬労力軽減のためのリヤカーのような手押し車が用意されていてそこまではこのまま運ぶのだ。
そして明花もそれに同行していった。
「月夜さーん、良く頑張ったわー!」
「惜しかった〜、あと一歩だったよー!」
「お疲れさま、しっかり休んで下さいねー?」
「生徒会長ー!」
「安月夜最高ー!」
観客席からは労いの言葉や健闘を称える声が。
惜しみない称賛と拍手に月夜も小さく手を振りこれに答えた。
こうして月夜は明花に付き添われながら美鈴に見送られた。
更には少し遅れて合流してきた闘姫、更にアミュレットで転移して合流してきた愛麗、芽友の側仕えコンビに見守られながら退場した。
「美鈴さん、私はてっきりカウンター魔法で勝負を決めに来るとばかり思っていました。」
「私もでしたわ…正直あの【X】を甘く見ておりました。」
「次はいよいよ美鈴様ですね。」
「お嬢様、あんなヤツいつも私にやるみたいに地平線の彼方までぶっ飛ばしちゃって下さい!」
「いつ私が地平線の彼方までぶっ飛ばしましたか?」
最大、月までぶっ飛ばした事を忘れてるな…。
まあ、あれはギャグだったけど?
「どちらにしろ、相手にとって不足無し、という事ですわね。」
「さて…私にはカウンター魔法とやら、使って下さいますかしら?」
最初は月夜の仇討ち気分があったが、時間が経つにつれ徐々に「早く戦ってみたい相手」に美鈴の意識は変わりつつあった。
【安月夜選手の魔力切れにより勝者、【X】選手ー!】
【X】は片手を挙げて勝ち名乗りを受けた。
だが観客席からはブーイングが飛び交った。
「バカー!アンタなんか次で負けちまえー!」
「オマエなんかが美鈴に勝てるもんかー!」
「美鈴さーん、絶対こんなヤツやっつけるのよー?!」
折角勝ったというのに【X】も散々な言われようだ。
しかし、会場から休憩室へ向かう途中。
「…く…。」
通路の壁にもたれかかった【X】はそのまましゃがみ込んでしまった。
「【X】さん…?」
美鈴が駆け寄ると【X】の表情は疲労困憊の色が濃かった。
「姫さん、【X】さんも容態が!」
近づいて様子を見る姫。
「なるほど…この方もかなり消耗されてますね。」
「【X】さんも医務室にお願い致します、私は審判に事情を説明致しますわ。」
…………………。
幸い月夜は単なる魔力不足。
明花が魔力補充してあげたおかげで数日養生すれば良いとの事だった。
相手の戦略にまんまと載せられた結果とも言えるが…。
【X】の方はというと、魔力不足は月夜程では無かったものの精神的ストレスや疲労で心身ともに参っているそうだ。
彼女にも明花が少しばかり魔力を補充してあげる事に。
ただ、明花としても月夜を負かして依然を負傷させた相手だけに正直面白くは無かっただろうけどな。
結果として一時間後で行われるハズの決勝戦は翌々日に延期となった。
…………………。
「ただいま〜…。」
看病…もとい魔力補充疲れでフラフラの明花が寮に戻って来た。
「明花さん?大丈夫ですの?」
「あはあ、美鈴さあ〜ん…。」
そのまま美鈴の腕の中に倒れ込む明花。
「ま、また貴女は頑張り過ぎたのですか?」
「いやあ、月夜会長だけかと思ってたらもう一人患者が増えてしまって…。」
(あ…そうですわ、結果的に明花さん一人で二人分に魔力補充する事になるんでしたわ。)
まさかあの時、月夜以外に敵の【X】まで明花の力の世話になるとは誰も思いつかなかった。
愛麗と芽友に先導されて明花の部屋へと彼女を運んだ美鈴だが。
「あ、あら?」
明花をベッドに寝かしつけた美鈴が部屋から出ようとするも、外から鍵が掛けられ出られない。
「ではお嬢様方、あとはごゆっくりい〜♪」
「二人だけのお熱い夜をお過ごし下さい〜♪」
側仕えコンビによる悪ふざけだった。
「熱い夜?もなにも相手は寝ているのですが…。」
寝ている相手をどうしろと?
などと真面目に考えてしまう美鈴だった。
しかし。
髪が乱れて色っぽい唇を見せる明花の寝顔を見てると、どうにも胸がトクンとしてしまう美鈴であった。
(い、いけませんわ!)
(こんな時は…そう、鍛錬ですわ!)
「六根清浄〜、六根清浄〜♪」
言葉の意味はわからないがとにかくそう叫び続ける美鈴。
せっかくの庶民的美少女、明花と二人きりで部屋に閉じ込められてるというのにこの女ときたら…
ヒンズースクワットに始まり腕立て、腹筋、更には太極拳やヨガまでやり始める始末だった。
【本当、色気の欠片もないなオマエって。】
(で、ですが…こうしてないと、明花さんの放つ百合パワーに抗えないんですもの〜!)
…あ、そう。
まあいい、コイツとは気長に付き合わないとコッチが参ってしまう。
で、その頃。
「仇を取れなくてごめんなさい、依然。」
ベッドに横たわる月夜を看病する依然。
「いいえ、お嬢様が無事でいられればそれで十分です。」
そこには更に闘姫もいた。
「ところで…私から依然さんにお聞きしたい事がございます。」
「何でしょう。」
「【X】のカウンター魔法を浴びる前に仕掛けた貴女の決め技についてですが…。」
「その件について私は教師にも説明しました。」
「私は決して相手を殺傷するつもりはなく、重傷を負わすつもりもなかったんです。」
「…では、それが事実として。」
「技の威力はちゃんとセーブできたとします。」
「しかし、攻撃をしかける上で害意とまでは言わなくてもそれに近い感情は湧きませんでしたか?」
依然の表情が硬くなった。
次の決勝戦まで少し日にちが空くことになりました。
さて、側仕え達の悪ノリで同じ部屋に閉じ込められた美鈴と明花。
これで二人の関係は一気に加速してしまうのでしょうか?
そして闘姫からの質問に対する依然の答えは。
そこから新たなカウンター魔法の情報が何か得られるのでしょうか?




