第七十五話【四柱三槍、翼竜顕現!だが【X】は一槍でコレを迎え撃つ!】
月夜は七属性の魔法を放つ大盤振る舞い。
しかしそれはしたたかな【X】の思う壺。
そして遂に月夜はあの霊獣を…。
安月夜の仕掛けた四属性の柱。
それが【X】を取り囲んでいる。
(まさか…この柱は?)
(…エレメントタワー…!)
絶大な魔力量がヒシヒシ感じられるその四つの柱の位置を戦で結ぶと、丁度その線が交差する位置に自分が立っていることを【X】は今更ながらに気付いた。
「しまっ…」
彼女は脱出を図るも既に遅かった。
いつの間にか見えない結界に閉じ込められていたのだ。
脱出を図った【X】の身体はその見えない壁にぶつかり、反動で後ろに尻もちを着いた。
「こ!これは…!」
それぞれの柱からは各属性の結界による障壁が阻んでいた。
そしてこれを今破るには四属性全ての魔法が必要になる。
つまり四属性以上の使い手でも無い限り脱出不可能なのだ。
「やっと気が付いた?でももう遅いわよ!」
振り上げた杖を下ろそうとする月夜。
が、彼女は一端その動きを止めた。
「あ、あの…その…」
「み…見えてる…わよ…?」
月夜が顔を逸らして頬を染めた。
その月夜の様子にさっきまでの緊張感が解けてポカンとする【X】。
が、やっとスカートが捲れて露出した下着に気が付いた。
「…わ、わわわっ…?」
慌てて立ち上がりスカートを下ろす【X】。
さっきまでの不敵な雰囲気はどこへやら、すっかり年頃の少女らしい恥じらいに揺れていた。
「…み、見たわね…?」
少し涙ぐんでる【X】。
この学院のスカート丈は動き易い夏用でも膝まではある。
けどあまり激しく動いてしまうとやはりチラリは発生するし、転んで捲れてしまう事もあるのだ。
「ふ、不可抗力よ!…ていうか貴女が勝手に転んだんでしょ?」
「貴女が見えない壁なんか作るからだもん!」
【X】は駄々をこねだした。
「ああ〜っ!とにかく攻撃するから構えなさい!」
月夜は振り上げた腕がダルくなってきたので早く振り下ろしたくなった。
【X】は気を取り直して槍を構えた。
「よし…じゃ、行くわよ?」
月夜が杖を【X】に向けて突き出す様に振り下ろした。
「三属性、三連撃!」
『おおーっ、地面に刺さっていた三本の槍?が宙に浮いたあー?』
実況を忘れて見入っていた彩蜂が思い出したように実況を再開した。
【X】を囲う四属性の柱とは別にそれより離れた位置の地面に突き刺さっていた三つの槍状のエネルギー体が順番に地を離れて【X】の真上から襲いかかった。
この時【X】はやっと気が付いた。
(しまった、頭上は閉じられていなかったのか!)
『まずは一の槍です!』
槍部門代表の【X】に合わせてなのか、或いは依然の得物に合わせてなのか。
はたまた、たまたま槍形状だったのかはわからない。
槍使いには魔法の槍で。
それが月夜の選んだ攻撃だった。
そして最初に【X】へ襲いかかって来た槍。
「闇属性の槍!」
これを咄嗟に躱す【X】。
ズウン!と闇の槍が彼女の足元に突き刺さる。
するとモワッとした霧状となり消えてしまった。
「あら、ご自慢のカウンター魔法で防がなかったのね?」
「…フフ、まだまだ使いどころではないと判断したもので。」
とは言え【X】は内心ビビっているようだ。
こめかみ辺りからツツッ…と小さな汗の雫が伝っているのが見えたからな。
闇エネルギーは魔物召喚のイメージが強いが、その本質は奪う、吸収する事にある。
物理的、精神的、エネルギー体として。
それに触れれば魔力や精神力、果ては筋力までか奪われてしまう。
下手をすれば肉体をゴソッと抉る場合すらある。
とても厄介で危険な魔法なのだ。
だがこの試合では防御用アミュレットが被害を最小限に留めてくれるから月夜も安心してこれを放てた。
勿論加減もしている事だろうな。
だから攻撃後であっさり消えたんだろう。
『続いて二の槍が【X】選手を襲ったあ〜!』
「光属性の槍!」
光属性は主に聖霊を呼んだり浄化、回復、治癒、復元に用いられる。
だが攻撃に用いればそれは圧倒的熱量と破壊力を誇る。
跳び上がりこれを回避する【X】。
光の槍に穿たれた地面の部分が熱量を帯びて赤く発光した。
槍を発光してない地面に突き刺しコレをやり過ごす【X】。
発光は直ぐ収まるも、煙がシュウシュウと立ち昇り、【X】はむせた。
「ケホッ、ケホッ…。」
【X】は氷魔法で地面を冷やしてから着地する。
『まだまだ、【X】に休む間を与えず三の槍だ!』
「まだあったんだよね…。」
【X】はゲンナリしながらも三の槍に備えた。
「こ、これは?」
三の槍は透明なクリスタル状だった。
が、それは【X】の頭上で空間の歪みへと変わった。
「…そうか、これは…!」
【X】は瞬時にコレを空間魔法だと判断した。
この時彼女はまだ気が付かなかった。
ある二つの魔法だけが月夜から放たれていない事に。
そんな事を考えている余裕すら今の【X】には無かったのだが。
「コレは流石に躱せないでしょう?」
この月夜の声にも【X】は怯まなかった。
「まさか、コレが貴女の最大の攻撃だとでも?」
【X】は恐れるどころか寧ろ堂々と立ち向かった。
「決めワザを…使うまでも無い!」
【X】は槍の穂先を頭上から飛んで来るクリスタルのように見える槍に向けた。
【X】の槍の先の空間もまた、ボール状のクリスタルが発生する。
だがこれもクリスタルのように見える空間の歪みだろう。
空間魔法には空間魔法で立ち向かう、【X】はそう判断したのだった。
『透明な槍同士がぶつかり合う!』
グイイイインンン…!!!
辺りの空間までが軋みを上げたような感覚を美鈴は覚えた。
(コレだけの魔法を相手にしても【X】さんはカウンター魔法を発動しない?)
美鈴は違和感を覚える。
そして空間魔法同士の衝突は引き分けに終わる。
『槍が…両方砕けた?』
捻れた空間のクリスタルは両方とも失せたのだ。
もっとも【X】の槍は穂先より手前にクリスタルが発生しておりそれが砕けたのでノーダメージだ。
と、同時に【X】を囲っていた四属性の柱もまた消えた。
「さ、さすがは四大名家の安家の長女…。」
ハァハァと息をする【X】。
「貴女こそ…中々やりますね…。」
と、ここで月夜がガタッと片膝を着いた。
『どうしたことか安月夜選手?ダメージは無かったハズですが…。』
『いえ…これはおそらく…』
おそらく月夜が選抜戦を最後まで勝ち抜け無かった理由がコレだろう、と美鈴は思った。
(ふ、ふふ…いい、感じね…。)
月夜は杖を付いて立ち上がる。
「会長どうなさいました?もう魔力切れですか?」
月夜を挑発する【X】。
イヤでも月夜最大の魔法、霊獣顕現をさせるつもりだ。
「御冗談を…まだまだ、これからですっ!」
(先輩、強がってられる場合じゃありませんことよ?)
美鈴は月夜がさっきの七属性魔法の使用でかなりの魔力を消耗している事に気が付いていた。
つまり、月夜はペース配分に難があるのだ。
軽い魔力消費の技だけで勝てれば良いのだが、なまじ強力な魔法を使えるばかりにどんどん試合で魔力を消耗してしまう。
もっとわかりやすく言えば戦い方が下手なのだ。
ここまで傍目…観客席目線なら月夜が圧倒的に押しているように見える。
だがその実は【X】にどのワザからも上手くダメージを逃れられてしまった。
更に【X】はまだ必要以上に魔力を消耗してはいない。
つまり実質的には【X】有利のペースとなってしまっているのだ。
『安月夜選手まだまだ大丈夫そうですね、流石は四大名家…』
『いえ、さっきまでは月夜選手が攻勢に出ておられましたが、ここからは寧ろ互角に近くなるでしょう。』
『お?それはどのような理由です?』
『月夜先輩は先程までの魔法でかなりの魔力量を消耗されましたわ。』
『対して【X】選手はまださほど魔力を消耗していない。』
『あ、なるほど!』
『これから両者がどのような魔法を使うにしても込められる魔力量がほぼ同じであれば…。』
『そう言うことですわ。』
『コレはますます目が離せませんねえー!』
(おそらく、月夜先輩は切り札である体内に宿した霊獣顕現を使う気でしょう…。)
(となると【X】も対抗してアレを使う気ですわね?)
と、ここで美鈴の頭で先程までの月夜の攻撃と【X】の行動が他の幾つかの線と繋がった。
(まさか…そういう事でしたの?)
グラウンドでは再び月夜が杖から刃を出して構えていた。
そして同時に彼女の背後から炎の翼が。
「…やっと、その気になられましたね…!」
【X】はゾクゾクしながら歓喜した。
「お望み通りに出してあげるわよ…」
「私の…一番の相棒!」
月夜が杖を前に振り翳す。
【いでよ,ワイバーン!!】
『ギャシャアアアッ!!』
月夜の背中から獰猛そうな雄叫びが響いた。
すると月夜の背中から火の粉を撒き散らしながらそれは飛び出した。
月夜の頭上の上空に焰の翼竜が顕現したのだ。
『こ、これは…噂に聞くワイバーン…ですか?!』
彩蜂は初見だったらしい。
驚く彩蜂を横目に美鈴はこう解説するのだった。
『そう見えますよね…先輩、とうとう出しちゃいましたか…。』
(これで終わらせられるのか、いよいよ勝負の時がきましたわね月夜先輩…。)
『こ、コレがワイバーン…つまり【X】選手はコレを出すに相応しい相手という事ですね!』
(いえ、というよりコレを出さざるを得なくなった…といったところですわね。)
すると、途端に凄まじい闘気が頭上のワイバーンと月夜から【X】に向けて発せられた。
「面白いです。」
【X】は萎縮するどころか、逆にこの時を待ってたとばかりに不敵な笑みを浮かべるのだった。
一番信頼する霊獣、ワイバーンを繰り出した月夜。
未だカウンター魔法を隠したままの【X】。
果たして勝者はどちらか?




