第七十四話【魔法使いの杖と槍】
月夜と【X】の試合は始まってしまいました。
美鈴は実況を任された多彩蜂の指名で何故か解説者に。
試合会場では魔法部門代表「安月夜」と槍部門代表「X」…偽名と思われる…が、対峙していた。
これからクジにより既に決勝進出が決定している剣部門代表の黎美鈴との対戦相手を決める為の準決勝に該当する戦いが行われようとしていた。
「両者、所定の位置へ。」
グラウンドの中央付近に立っていた両者がそれぞれ印の付けられた立ち位置へと歩いて行く。
そして向かい合う。
互いに冷めたような視線を向け合っている。
そして美鈴は観客席に設けられた本来アナウンスの為の司会席に解説者として招かれていた。
『さあさあ、いよいよ始まります、学院代表選抜戦の四大部門決勝戦!』
『これから始まるのは魔法部門優勝者と槍部門優勝者の戦いです!』
『実況は二年の私、多彩蜂です!』
あれ?確かこの女は月夜に負けて思わせぶりに姿を消した新血脈同盟のメンバーじゃなかったっけ?
てっきりこの学院からも消えたと思ってたのにな。
結構図々しい性格かも知れない。
『…本来の実況担当が不在となったため、緊急の依頼での実況担当となりましたので拙い部分はご容赦下さい!』
…面倒事を押し付けられる性格なのかも知れない。
『残念ながら弓部門は決勝戦が引き分けに終わってしまったため両者失格となり、弓部門は優勝者無しとなってしまいました!』
『その為現在お暇となられている剣部門優勝者の黎美鈴選手に解説者としてお越しいただきました!』
『どうも皆さんこんにちは、黎美鈴でございますわ。』
『て、いいますか、お暇じゃありませんことよ?ちゃんと本試合を観戦して自分の戦いに活かしたいと考えておりますから?』
『まあどっちにしても観戦する事に変わりはないわけじゃないですか〜♪』
『まあ…結果的にはそうですけど?』
『じゃ問題無いですねー?』
『それでまだ一年生とはいえ推薦により出場された黎さんとしてはこれから戦う上級生二人に付いてどのように思われますか?』
『そうですわね…あの、まずは私の事は美鈴とお呼び下さいな?』
『了解しました美鈴さん!』
『では私の事は彩蜂とお呼び下さい!』
『で、では…彩蜂、さん…?』
美鈴が言われた通りそう呼んだ。
少しモジモジしてる。
(何か、特に親しい間柄でもないのに下の名前で呼ぶのは恥ずかしいですわね…。)
美鈴はともかく、何つうかコイツ…多彩蜂ってこんなキャラだったっけ?
も少し好戦的でヤバメだったような気がするんだが…。
もしかして美鈴の前でネコかぶりしてる?
『フフフ、美鈴さんと、お互いが下の名前で…(ポーッ)………♡』
…あ、また一人陥落…。
けど多彩蜂て新血脈同盟のメンバーだったよな?
いいんかそんなんで…(汗)。
『そう言えば彩蜂さん、新血脈…』
『…わーっ?!…そ、そう言えば試合開始前の実況しなければなりませんでしたー♪』
話逸らしたなコイツ。
美鈴も新血脈同盟メンバーである彼女に少し問い掛けてみたい気持ちがあったようだが思い切りはぐらかされた。
『ささ、て?…これから両者が向かい合って審判からの注意説明とボディーチェックが行われるところで〜す。』
『因みに美鈴さんは生徒会長でもある魔法部門代表の安月夜選手とは顔馴染だそうですね?』
『ええ、会長には色々と良くしていただいておりますわ。』
『噂によれば月夜会長さんから次期生徒会役員のお誘いを受けていらっしゃるとか?』
『ど、どっから仕入れましたのそんな噂?!』
『どっからと言いますか、当の生徒会長本人がアチラコチラで言いふらしてるそうですよ?』
『は、はあ?!』
『これは生徒会長、外堀を埋めにきてますね〜♪』
『あの方とは試合後少し話し合う必要がありますわね…。』
『お嫌なんですか?』
『…鍛錬に費やす時間を取られるならその気にはなれませんわね。』
『なるほど~、確かに生徒会長と良く相談された方が良さそうですね〜?』
『まあ、そんな解説者の事情はほっとくとして…。』
『ほっとくんですの?!』
なら何で話を振ったんだ!という顔をしてるぞ美鈴は。
結構気ままな実況を楽しんでるな彩蜂め。
『現在、審判によるボディチェックは終わり、最小限のルール説明をされてます。』
『因みに試合に持って入れるのは武器として認められている得物が一つと、選手の生命を守るアミュレットの二つだけ。』
『魔法部門代表の安月夜さんは魔法の杖、槍部門代表の…ええと、…【X】さんは当然の如く槍一本だけを携えております。』
『因みに月夜生徒会長さんは私との対戦の時には杖を使用してませんでした、魔法でいつでも武器を作り出せるし専用の武器を持たないからだと思われます。』
『私も杖は持たず手ぶらでした、魔法で武器を作り出せるから却って邪魔だと判断したからです。』
『なるほど、魔法部門の方は杖を持たずに試合に臨まれる方が多いのですわね?』
『それは人それぞれですねー、魔法を使用する上で杖が有る方が良いと考える人もいれば私や生徒会長のように杖は却って邪魔という人もいますから。』
『…なのに、今回の生徒会長は杖を持って試合に臨まれたわね…。』
『さて、そこにどんな作戦があるのでしょう?これは注目ですね!』
『一方、対戦相手の【X】さんとやらは前回同様に槍を持っておられます。』
『…その【X】さんとやらは、何年生なのでございましょうか?』
『う〜ん…それがプロフィールを消されてるらしくてわかりませんねー。』
『そんな方が出場してよろしいのですか?』
『一回戦目の時は普通に名前やプロフィールがあったらしいんですよ、ただし髪の毛は黒髪だったそうですね。』
『誰も全然注目してなくて一回戦の勝利もマグレと思われたとか…二回戦から現在の姿で登場して名前も【X】に変更されてたそうです。』
『その一回戦のプロフィールは誰か覚えて無かったのですか?』
『………一時期生徒会役員だったという事は確認出来たんですけど…みんな【地味子】や【眼鏡の子】とか呼んでて本名まで覚えて無かったそうですね。』
『名簿とかの名前も消されてたそうですよ、怪しいですね!』
『何故そこまで正体を隠されるのでしょう…?』
等と美鈴と彩蜂の二人が実況席で語っていると。
ギロッ。
なんか、試合開始前で気が立ってたのだろうか。
月夜と【X】の二人から思い切り実況席の二人が睨まれていた。
月夜は思った。
(世間話し過ぎでしょ?ちゃんと実況解説してくださいな!)
そして【X】も。
(折角正体隠してるんだから試合終わるまで種明かししないでよ?頼むから!)
色々有る事無い事?美鈴と彩蜂から公の場で洩らされたので面白くなかったんだろうか。
しかし審判から
『今から試合開始の合図を鳴らします、集中しなさい!』
…等と注意されたので二人は眼の前の敵との睨み合いに戻った。
(いけないいけない、今は眼の前のコイツを…!)
(依然をあんな目に会わせたコイツをブチのめす…それだけを考えなければ!)
(…そうそう、そうして私を憎みなさい?)
(それこそ私の思う壺…ウフフフ…。)
それぞれの思いを胸に、
『では…試合開始!』
ピーッ!
ホイッスルが鳴らされた。
杖を【X】へと向ける月夜。
そして槍の穂先を月夜に向けて突き出す【X】。
二人は互いの目を睨んだ。
と同時に、相手の身体全体の動きも視界に入れていた。
『さあ〜、いよいよ試合が始まりました!』
『解説の美鈴さん、試合序盤はどの様な展開になると予想されますか?』
『そうですわね、最初はお互い慎重に探り合いながら様子を見ると思いますわ。』
『相手の出方、作戦を予想しながら可能性を吟味してゆく…つまり、取捨選択してもっとも可能性の高い相手の戦略を割り出すものと思われますわ。』
『ほお〜、つまり序盤は静かな展開となるわけですね?』
『まあ、戦い方のセオリーとしては基本そうなりますけわね…ただ…。』
『ただ?』
『行き当たりばったりを信条とする選手はその限りでは御座いませんわ。』
『なるほど。』
美鈴、それは自分の事を言ってるんじゃないか?
『おっ、両者に動きが見られました!』
グルグルとグラウンドを周るように歩き出す両者。
(もしかして…また何処かにあの反射魔法が仕掛けられているのかも…?)
月夜は眼の前の対戦相手もだが、前回の試合で仕掛けられていた反射魔法による背後からの攻撃にも用心しなければならなかった。
あの多彩蜂との試合の時にその存在が分かった魔法陣は試合後教員達が調べたところ、壁に刻まれた紋様が横断幕で巧妙に隠されていたそうだ。
当初、彩蜂がそれを仕掛けたと疑われたが本人の否定と周囲の証言からそれは濡れ衣とわかった。
何しろ彩蜂はその仕掛け自体知らなかったのだ。
と、なると別人が他の意図を持って仕掛けた事となり、謎は深まるばかりだった。
或いはそれも【X】の仕業なのだろうか?
(おそらくあの横断幕には魔法陣の存在をわからせない細工が施されていたのでしょうね…。)
(問題はそれを誰が仕掛けたのか?この会場にもそれが仕掛けられているのか?犯人は今も何処かでこの試合を見ているの…?)
月夜の注意は対戦相手と試合会場全体に向けられていた。
それが彼女の精神に大きな負担を与えていた。
月夜はそういう意味では冷静さを欠いてる。
そもそもが依然を負かしただけでなく大怪我させた相手との試合で冷静でいられるハズも無いだろう。
つまり精神面において今の月夜は圧倒的に不利だと言えた。
でも月夜、せめて会場の仕掛けに関してくらいは周りを頼れよ。
………まあ、あの一件から今回の試合会場は前日に教員総出で調べられて問題無しとなってる。
しかし一夜明けた現在、誰かが新たな仕掛けを施している可能性は否定出来ない。
俺も気にはなって一応は闘姫と愛麗にそれとなく伝えてはいる。
………そんな心配をしてる間に試合は動き始めた。
『まずは月夜選手、光の矢を放ちました!』
『すかさず【X】選手も同じ光の矢を放ってこれに対抗!』
『これはおそらく牽制ですわね。』
有効な攻撃に繋げるための布石となれば良し、とにかくきっかけを掴むため何でもしてみるといったところか。
徐々に、徐々にではあるが互いに距離を縮めて行く。
『ほう。次は接近戦に持ち込むつもりかしら?』
美鈴の想像した通り近づいた二人は互いにその片手の得物を相手に繰り出した。
【X】は槍を、月夜は杖の先から刃物を出してこれを迎え打つ。
ガキッ!
両者の刃が噛み合う。
そして鍔迫り合いを演じた。
『いや〜、鍔迫り合い!これは燃えますねー?』
『…そうでしょうか?』
『と、言いますと?』
『この場合は技量差よりも、単純に地力に勝る方が有利ですわね。』
『身体にかけた身体強化魔法が互角なら、つまり元からの筋力や運動能力、そして武技がそのまま結果に表れますもの。』
美鈴の言葉を裏付けるように、徐々に月夜は圧されていった。
『つまり槍部門優勝者たる【X】を相手にこの展開は、月夜先輩には不利ですわ。』
と、その解説の声が聞こえたのか?
月夜は無理せず【X】の槍を受け流しつつ後退する。
一方の【X】も深追いはせずその場で槍を構えて警戒した。
一瞬、チラッと月夜の視線が美鈴に向いた。
その目は少し笑っていたように見えた。
視線を向けられた美鈴もまた微笑んでいた。
もしかしたらさっきのは試合実況を利用した美鈴なりのアドバイスのやり方だったのかも知れないな。
そして月夜もそれに気が付いたんだろうか?
すると月夜は杖を用いて魔力を練る。
今度は魔法による攻撃に切り替えたようだ。
(それで良いのですわ、月夜先輩。)
美鈴が安堵した。
一方で月夜と対戦している【X】の顔は険しくなった。
明らかに月夜の魔法を警戒している。
元々、月夜は霊獣使いとして有名だからな。
それを恐れているのか?
………月夜が霊獣を出して本気で戦えば勝負は見えたも同然かな。
それにどうやら俺の作った最高傑作も順調に役目を果たしているようだし取り敢えずは一安心、といったところか。
試合は月夜が全属性魔法を順次繰り出し【X】を攻めていた。
彼女って全属性使えたんだな。
学院に全属性使える事を申請してたっけ?
でもまあ、申請しなかった魔法を使ってはいけないというルールは無いからな。
美鈴の場合は手の内を出来るだけ明かさないようにという教えを律義に守ってるけどな。
…で、その結果として【X】の四方が火、雷、水、岩の柱で囲まれていた。
「さあ、少し本気を出させてもらうわよ?」
月夜が獲物を追い込んだ猛獣を思わせる様に舌なめずりしてる。
「え?まだ本気じゃなかったの?」
狼狽える【X】。
月夜が輝く杖を振り上げた。
『おおっ?これは大技かあーっ?!』
「「「「「「ウオオオ~ッ?!」」」」」
観客席もどよめいた。
「喰らいなさい!」
するとガタッ、と美鈴が椅子から立ち上がった。
『先輩、気をつけて?!』
美鈴の叫びに月夜の唇がこう動いた。
『ダ、イ、ジ、ョ、ウ、ブ………♪』
と。
月夜が大技を放つようです。
果たして【X】はこれにどう立ち向かうのか。
この試合の行方は?
…あと、仮面の聖霊こと名尾君の言うところの最高傑作って何でしょう?
あまり話の内容からして重要じゃないのかも知れませんけど…。




