第七十一話【伝えたい気持ち…心と現実の乖離】
サブタイトル自体は間違いないのですが…。
主人公がコメディーを地で行くキャラなので、今回もそんな真剣な話ではございません。
「…姫さん、姫さん…?」
(…?…ん、んん…?)
夢うつつで眠りから覚めきれてない白百合のプリンセスこと闘姫。
誰かが彼女の肩に触れて揺り動かしているが、それを煩そうに手で払う事も出来ない。
辛うじて身体をちょっと揺するくらいがやっと、だった。
声の主は諦めたのか、気配が消えた。
代わりに肩から何か薄い物をかけられ、耳元で机の上に何か置かれた音がした。
コト、コトと音がした後でその気配は部屋から出て行ったのが感じられると、闘姫はまた深い眠りに入った。
………………。
翌朝。
彼女は小鳥のさえずりに目を覚ます。
「…ん…。」
うっすらと瞼が開く。
カーテンから光が漏れて彼女の顔を照らしていた。
「………あ、いつの間にか寝てしまいましたか…。」
キョロキョロすると、乱雑に積み上げていたはずの本が丁寧に積み重ねられ整頓されていた。
そして身体には薄いタオル生地のブランケットをかけら
れており、顔の真横には切れ込みか入ったパンが皿に置いてあった。
そのパンは切れ込みの中に炒めたハムと目玉焼き、レタスが挟んであった。
「まさか、明花さんが…?」
こういうパンの調理が出来るのは彼女の知る限り明花くらいのものだった。
「後でお礼を申し上げなければ。」
闘姫は夕食を食べ忘れていた事を思い出してそのパンにパクついた。
その頃、美鈴達は食堂で朝食を食べていた。
「さて、今日はお休みなのでのんびり過ごすと致しましょうか。」
「意外です…美鈴さんの事だからてっきり決勝戦に備えて特訓三昧されるかとばかり思ってました。」
「あの…私はそこまで格闘バカではございませんから…。」
「それより依然さんのお見舞いのやり直しをしておきませんか?」
「芽友さん、それはごもっともなのですけど…なんかあの月夜先輩とのイチャイチャを見せつけられた後ですと…。」
ハハハ…と皆から力の抜けた笑いが洩れた。
「わかりました。私が皆を代表して月夜生徒会長へ花束と皆からのお見舞いの言葉を言付けしておきますね。」
「頼んだわ、芽友。」
「はい、明花お嬢様。」
「それなら私も付いていきますよ、芽友?」
「ありがとう、愛麗。」
「それはそうと、白百合…闘姫さんはまだお目覚になられないのですわね…。」
「昨夜調べ物をされてらしたようですし…ゆっくり休んでもらいましょうよ。」
「ですわね…ところで…。」
「明花さん、今日はこれから時間は空いておりますの?」
「え?ええ…美鈴さんが特訓すると言いだされるかと思いまして、夕方までしっかり空けておきましたが…?」
「なら話は早いですわ。」
美鈴はガッ!と明花の両手を掴んだ。
「あの…………………私と、………………、付き合っていただけませんか…。」
ほにかみながら、照れ臭そうに明花を見つめて言う美鈴。
明花はその美鈴の仕草と表情に胸がドキン☆とした。
更にはその美鈴の言葉に食堂内は一瞬遅れてから騒然とした。
『ええええ〜〜〜ッッッ??????』
その場にいた寮の生徒全員がそう叫んだ。
「な、何ですの皆さん?急に大声を出されて…。」
渦中の美鈴は驚きで思わず握っていた手を離し、周りをキョロキョロとしていたが。
「で、明花さん…アレッ?」
美鈴の目の前の明花は顔を真っ赤にしていた。
「…ま、まさかこんな日が…」
「一日千秋の思いで待ち侘びた日が今突然、私の目の前に…?」
そうブツブツ呟く明花は瞳をウルウルと潤ませていた。
「あ、あの…えと…?」
急に明花の態度がおかしくなったので扱いに困る美鈴だった。
ああ…これは多分、自分の言い方に問題があったなんて夢にも思ってないと思うぞこの女め。
「ついに!遂に!やっと決心して下さったのですね美鈴様!」
芽友が感激のあまり美鈴の両手を握った。
「お嬢様、お嬢様もとうとう大人への階段を登られるのですね…。」
万感の思いからそのふくよかな胸に手をやり涙をハンカチで拭う愛麗であった。
「なな、何を言ってらっしゃるのですか、貴女達は?!」
周りの寮生だけでなく友人達まで変な反応をしてくるので美鈴は慌てふためいた。
「恥ずかしがる事はありませんよ美鈴様?」
「お嬢様、冷やかしたりはしませんから存分にごゆるりと明花様と楽しいひとときをお過ごしください!」
愛麗が主人をテーブルから立たせると芽友も「ささ、明花お嬢様?」と明花を椅子から立たせて美鈴の側に誘導した。
そして二人の側仕え達は自分達の主人の間を取り持つように美鈴と明花の手を繋がせた。
「さあ、いってらっしゃーい!」
そのまま二人は食堂から廊下へと送り出された。
「ヒューヒュー♪」
「お幸せにー!」
「結婚式には呼んで下さいな〜?」
後ろから囃し立てられながら釈然としない顔をして美鈴は明花と一緒に食堂を出ざるおえない雰囲気に追い立てられるように廊下を歩くのだった。
……………………。
「あの?ですね…明花さん、先程の私が何を言いたかったか、という事でございますけど…。」
暫く歩いて外に出ると、おもむろに美鈴はどういうつもりであんな台詞を言ったのか喋り始めた。
「あの時私は『ご都合がよろしければですけど』私と『ちょっとそこまで』付き合っていただけませんか、と言ったつもりなのですけど…もしや正しく伝わってませんでしましたでしょうか?」
これには明花も驚いた。
「は?はああ〜?!」
彼女の大きく開いた口が顎が外れたみたいに中々閉じられない…。
「……はあ〜、そんな事だったんですかあ?」
下を向いてガックリする明花。
そして密かに顎をガクッと入れ直していた。
「そ!その…良く考えたら私の言い方が紛らわしかったのかも知れませんですわね…あ、アハハハ…(汗)。」
気不味い。
美鈴は誤魔化すように乾いた笑い声を出すしかなかった。
「………すみませんでしたわ、誤解を招くような話し方をしてしまったようで…。」
ふうーっ…と一息吐くと、顔を上げて薄く笑みを浮かべる明花。
(仕方ないか、これが美鈴さんだったし。)
(これくらいの事でメゲてたらとてもこの人と一緒になんかなれないものね。)
明花はそう結露付けることで気分を持ち直した。
「…で、私は何処にお付き合いすればよろしいんですか美鈴さん?」
ぱあっ!と明るい表情になる美鈴。
「あ、それなんですけど…!」
……………。
学院校舎の階段を上がった二人は前にも見た事のあるその部屋の入口前に立っていた。
「…あ…ここ、でしたか…。」
「ええ、ここですの。」
結局、美鈴達は魔法研究部の部室へと向かった。
特に変わった行き先でもないし、ましてや遊び場でも無かった。
何の事は無い、久しぶりに魔法研究部を覗いて見ないか?と美鈴は明花に持ちかけたかっただけだったのだ。
「久しく部室に顔を出してなかったので、部長のお顔でも拝見しに行こうかと思いまして…それにやりかけのまま放ったらかしだった研究もこざいますし。」
「まあ、確かに…何も活動しないと幽霊部員扱いになりますものね。」
(そう言えば私もあのやりかけだった案件…研究もあることですし、いい機会かも知れませんね。)
すっかり放り投げたまま忘れていた研究がある事を明花は思い出した。
それは美鈴も同じで、実は彼女の場合それが本当の目的だったと言える。
(各部門の決勝が終われば直ぐに学院代表戦が始まりますもの、準備を怠ってる暇はありませんわ。)
思わせぶりな美鈴の台詞に翻弄された明花はこれもデートみたいなものだと思い直すことにした。
一方、紛らわしい台詞を発した美鈴の方はというと。
(後で皆さんに何と言いワケしたら良いのやら…。)
寮に戻りにくいと感じるのはこれが初めてとなる美鈴だった。
部屋に入ると王部長が一人でスイカを食べていた。
「ムグッ?!き、キミ達?!」
「御無沙汰しておりましたわ、部長。」
「夏休みは有意義でしたか部長?」
「や、やらないぞ!これは実家から持って帰った貴重なスイカなんだからな?」
王部長は机の上のスイカの前に立ち塞がり、二人からスイカを守ろうとする。
だがスイカを実家から持って帰ったというのは嘘だろう。
何故なら王部長は年中部部室に一人籠もりきりで研究開発に没頭する毎日だし、実家だって農家でもなければ商人でもない…等という事は美鈴達も知っていた。
「は、はあ…別に取らないのでご安心下さいな…?」
美鈴は呆気に取られていた。
明花はそれよりも何故部長が部室でスイカを食べていたのかが気になったようだ。
「そんなに大事な物をなんで校舎でお食べになられてたんですか?」
「じ、実は、だね…。」
王部長はまだ手を付けていないスイカを持って部室の奥からへと行く。
そこには魔法冷蔵庫が。
「ああ、魔法冷蔵庫じゃありませんか?」
魔法冷蔵庫は冷気の魔石効果で中の物を冷やす冷蔵庫だ。
ただ、結構効果なので庶民の手には渡りにくい上に冷気の魔石を定期的に交換しなければならない。
ところがこの冷気の魔石が中々手に入りにくい。
火の魔石なら火山近辺を発掘したりサラマンダー辺りの魔獣の体内から取り出せば良いのだが、冷気の魔石となると残雪が見られる高山か、雪や氷の精霊達と交渉しなければ手に入れられない。
「王部長、良く冷気の魔石が手に入りましたわね?」
「そうですよ、通常は公共施設や大型店舗とか、後は上流階級に優先して納められる貴重な魔石なのに…。」
「部長、どう見てもこれは魔法研究部で個人的に所有している魔法冷蔵庫でございませんか?」
残りのスイカを魔法冷蔵庫収めた王部長は振り返るや不機嫌そうに言う。
「失敬だなキミ達は。」
「折角ここで冷やしておいたスイーツドラゴンウォーターを分けてあげようかと思ったのに今気が変わった。」
彼女の手には瓶の形状をした三本の金属容器が握られていた。
その金属瓶には小さな水滴が着いており、みるからにキンキンに冷えているのが分かる。
「さ、先程の言葉、撤回致しますわっ!こんな素敵な備品を部室に置かれるなんて流石は部室!ですわ!」
美鈴が節操無く王部長に擦り寄る。
「わ、私も、部室に魔法冷蔵庫を置かれた王部長の慧眼にはおみそれ致しますっ!!」
負けじと明花まで王部長に擦り寄り始めた。
「よしたまえキミ達、暑苦しい…。」
ポーカーフェイスを装う王部長。
だが学院内でも一、二を争う程の美少女後輩達にベタベタされてその内面はニヤケてデレでいた。
「まあそこまで言うなら分けてあげないでもないぞ?」
王部長が机の上に金属瓶を置くや、二人はかっぱらうかのように電光石火で金属瓶を手にした。
「「あざーっす部長!!」」
声を揃えて礼を言うや、キュポン!と音を立てて瓶からコルク栓を引き抜きゴクゴク飲み始める二人だった。
「ああ…私はまだ上げるとは一言も言ってなかったのだがな?」
この二人にとって、最早都合の悪いその言葉は耳には入らなかった。
「あーっ、良く冷えてて美味しいでございますわっ♪」
「ぷはぁ〜♪…はああ、やっぱりコレは美味しいですねっ♡………げぷぅ…。」
「アハハハ、明花さんたら可愛らしいゲップですこと♪」
「いやん、恥ずかしいですう〜(汗)。」
……………。
王部長は死んだ魚の目でこの光景を見せられていた。
「私はなんでキミ達のイチャイチャを見せつけられているのだろう?」
「あら部長、美味しゅうございましたわ。」
「ありがとうございました♪………ところで。」
「スイーツドラゴンウォーターってそこまで値段が高ワケではないけど王都まで行かないと手に入らないのはさっきのスイカと同じなのでは?」
「ふ、ふ〜ん♪いいトコに気が付いたね文明花クン?」
王部長は勿体つけながら喋った。
「実はこの魔法冷蔵庫は学院で新たに購入するのに何通りかのモデルの試作品を試験運用中なんだ。」
「ああ、それでにも試験運用として置いてあるのですわね。…で、何故にスイカとスイーツドラゴンウォーターが?」
「…で、知っての通り我が部は魔道具の研究開発がメインの活動。それを学院長代理に必死でアピールしてみてらスンナリとこの試作品の運用を任されてね!」
「グッジョブです、王部長!…で、何故スイカとスイーツドラゴンウォーターが…。」
「…そこで問題の冷気の魔石の補充の件について美鈴クンに頼みたい事が…。」
「ハイハイ、何時でも冷たい飲み物や食べ物がいただけるなら頼み事も大歓迎ですわ!…それであのスイカとスイーツドラゴンウォーターの入手経路について…。」
「…そうか、引き受けてくれるかい?実は魔石は高山か冬の雪山で…。」
お、明花の表情が…?
「あの、部長さん?さっきから私達からの質問はぐらかされてませんか?」
ちょっとだけプンスカしている明花。
「きき、気のせいじゃないかなあ?」
目が泳いでるぞ、王部長。
「ほーう。私達には教えたくないと?」
美鈴の瞼が下りてきて半眼になった。
ジー…と視線で威圧する美鈴と明花。
「……………わかったよ。」
王部長は降参したようだ。
「断っておくけど、外部には他言無用だぞ?」
王部長の話によると、それは最近出来た大型店舗が原因らしい。
店は魔法で開閉する自動扉を、王部長はこの部室で時間制御扉の実験をしてたらしい。
「奥の物置の中の壁に取り付けた扉がそれなんたけど、それがたまたまその大型店舗の自動魔法扉と一時的に繋がっちゃってね。」
本来は過去か未来の何処かに繋がるハズの扉だったが時間のズレは全く発生はせず、空間だけが別の場所へ繋がったらしい。
もっともこれは本当に一時的なトラブルだったらしく、彼女が取り敢えずその大型店舗で買い物した後でまた扉の先は壁に戻ってしまったそうだ。
「条件さえ分かればまた王都の大型店で買い物出来るんだけどなあ〜。」
スイカとスイーツドラゴンウォーターはその時たまたま持ち合わせがあったので買ってきたらしい。
「王部長、是非今後もその時間制御扉の研究を!」
「そうですよ、これ1度きりなんて勿体無さ過ぎです!」
二人の顔には早くまた飲みたい!と書いてあった。
「勿論研究や開発は続けるよ!」
「…で、さっきの話し方だけど美鈴クン、高山で冷気の魔石、取りに行ってくれないかな?」
「まだ暫く持ちますわよね?暇が出来たら行くとしますわ。」
「おお、ありがとう!流石は美鈴クン!」
「報酬はこれより定期的にスイーツドラゴンウォーターを奢っていただく、という事で手を打つと致しましょう。」
「…さ、流石は美鈴クン…(抜け目ないところが)。」
こうして次のスイーツドラゴンウォーターが楽しみとなり、ルンルン気分でそれぞれの研究にとりかかる美鈴と明花だった。
「ま、たまには身体休めて頭を使うのも悪くはありせんわ?」
独り言を言う美鈴。
彼女は霊力のより効率的な用い方を、明花は死者を生き返らせるうえでの霊力の充填に関する研究
そして王部長は時間制御。
「お邪魔いたします、ここに美鈴さんか…。」
そこへ現れたのは白百合のプリンセスこと闘姫だった。
何の因果か、彼女が手にしていたのは昨夜読みながら寝てしまった「レア魔術本」であった。
せっかくの学院選抜戦の中休みの日だというのに色々とアレな人達が一箇所に集合して魔法にかかりきりになってしまった。
さて、決勝戦ではコレがどんな影響を持たらすのやら?
四人の研究の成果は何時どう交わるのでしょうか?




