第六十八話【ユーイーは「何時でも」眠れる美女だった?魔法部門決勝戦開始!】
魔法部門決勝開始。
…なのですが、月夜が終始マイペースなせいなのか、中々試合が始まりません…。
会場が沸いた。
過去2回行われたこの選抜大会、これまで優勝候補と言われながら決勝進出を待たずして途中退場してきたその生徒が魔法部門としての決勝とはいえ進出してきたのだ。
その生徒こそ、生徒会長であり四大名家のご令嬢でもある安月夜その人だ。
少し物憂げな表情ながら微笑みを観客席の生徒らに向け、小さく手を振る月夜。
その彼女の美貌に虜となっている生徒、とりわけ後輩らは黄色い悲鳴を上げた。
「キャーッ!!今、私の方を見て手を振って下さったわ!」
「違うわよ!私の方を見ながら手を振って下さったのよ!」
「ああ、あのアンニュイなお顔、さぞやお悩みを抱えていらっしゃるのね?」
「私がその憂いから守って差し上げたい…!」
瞳にハートマークや星を浮かべながら次々と思い込みを述べる観客の後輩達。
その様子を一瞥しながら月夜は思った。
(ああ〜、かったるい…早くお昼寝したいからさっさと終わらせたいわ…。)
別に面倒くさがりなのでは無い。
月夜は安家の家人だからその家系の魔法である「霊獣、モンスターの取り込みと使役」を会得している。
そしてその霊獣、モンスターは普段は霊体化されていて月夜の体内に飼われているのだ。
彼女の意志でその霊獣やモンスターは使役出来るのだが、
問題はそれらの霊体を維持し、事ある時には物質化させるためには莫大な霊力とエクトプラズムを必要とする。
普段は瞑想や自宅である館にて儀式を執り行いそれを補充しているのだが、体内に留める霊獣達の数やレベルか増えていくに連れてどうしても不足がちとなる。
それらを普段彼女は大量の食事によって補っているのだが、それも限界が近い。
彼女が両親からも「出来損ない」と心無い言葉を投げかけられる事もあるのはそこが原因だった。
食事に頼らず月夜の倍以上の、更に高レベルの霊獣、モンスターを体内に宿しそして使役出来る両親の目から見れば月夜は年頃になったにも関わらず未だ半人前としか映らないのだろう。
それでも月夜の霊獣使役は中央貴族学院のトップをいつでも張れる程の実力ではある。
それなのに月夜は前回、前々回の大会でもいいところまで勝ち進むのに、途中で棄権したり戦いを放棄したりして決勝まで進出した事が無かった。
彼女の従者である依然はそれが歯痒かった。
依然はフレイムドラゴンの一件ではまだ従者への昇格が間に合わなかったため主人である月夜の窮地に駆け付ける事が出来なかった。
修行を積んで武術の流派の奥義を会得した事により、ようやく依然は月夜の側に並ぶ事が出来た。
その彼女の苦労と思いを月夜は知っていた。
依然からは「共に四部門決勝で相まみえましょう。」と約束を取り付けられていた。
(別に、あの子と戦いたいワケじゃないんだけど…。)
正直、月夜は疲れていた。
というか、ぼちぼちエネルギーを補充したくなっていた。
四部門決勝は一つ休日を挟んで行われるのが救いだが、
それでも二部門決勝が同時に行われるため二連戦になる。
(取り敢えずこの試合だけでも…。)
月夜は霊力補充の為のポーションを申請していた。
別にこれは能力強化ではないので違反とはならない。
月夜は審判から預けておいたポーションを受け取ると、コクコク…と少しずつ飲み干す。
その仕草が観客の目には愛らしく映ったらしい。
「キャア〜ッ!ユーイー様、カワイイ〜♡」
「あどけないその表情、そしてキュートな唇、もうたまりませんわあ…!」
またしても自身のファンを増やした月夜、それも無自覚で。
今や美鈴と中央貴族学院での人気を二分するとまで言われる月夜だが、当の本人は人気に関して無自覚だった。
(う〜ん、もう少しバニラビーンズの香り付けした方が飲み易かったわね…。)
ポーションはまずまずの飲み口で月夜はそこそこ満足したようだった。
そして対戦相手の入場口を見据える月夜。
そこからは二年生が現れた。
「前回は私と同級生が勝ち進んでたけど…今年はあの子かあ…。」
自信満々な表情でグランドに立ったその二年生。
「こうして対戦するのは初めてですね、生徒会長。」
「四部門のうち魔法部門ということは貴女もかなりの魔法使いなのね?」
「私は魔法もですけどあらゆる武技もこなせます。」
「よってここで貴女を倒し、学院のトップになってみせます!」
ビシッと武術の構えを見せる二年生。
「あらあら、血気盛んだこと。」
ふああぁぁ〜っ、と欠伸を一つ。
「私は今とても眠いんですよ。」
「頼むから三分程度で終わらせて下さいね?」
「三分で貴女に勝てと…?それも面白いですね。」
と、ここで月夜の周辺の空気が変わった。
「貴女、お耳が少し悪いようですね?」
「三分で勝つのはこの私でしてよ?」
ゴゴゴ…と月夜の背後から霊気が立ち昇る。
「ほう…伊達に毎年優勝候補と謳われてはおりませんね。」
対する二年生も全身から燃えるような青いオーラを迸らせた。
睨み合う両者。
と、ここで審判から。
「ちょっとちょっとキミ達?まだ選手紹介のアナウンスと私の試合開始宣言がまだなんだけどね?」
「あ、すみません。」
「ど、どうぞ。」
二人は気を付けの姿勢に戻った。
当然身体から迸らせていたオーラも引っ込めていた。
「では…。」
コホン、と審判が咳払いして合図を送る。
いつ喋っていいのか困っていたアナウンス嬢がここでやっとアナウンスする。
『では魔法部門決勝戦を行います!』
『青コーナー、フェンシング部所属二年生。』
『多彩蜂!』
ウオオオ〜!!
会場からどよめくような歓声。
「蜂…?これはまた危なさそうなお名前ですのね。」
「私も自分の名前の意味を知った時は最初はどうかと思ったけど…。」
多彩蜂が剣を構え、突き出す。ビシュッ!
「フェンシングを覚えてから悪く無いと思えるようになったわ。」
ニコッと笑う彩蜂。
「ソレは何よりですこと。」
欠伸を噛み殺しながら月夜は適当に答えた。
『続いて赤コーナー!』
皆の目が赤コーナーと称されたグランドの一角、月夜の立っている場所に集まる。
赤コーナーだの青コーナーだの、まるで今から殴り合いや取っ組み合いの格闘技でも始まりそうな勢いではあるが、この試合は列記とした貴族令嬢達の魔法部門による選抜大会。
徒手格闘も試合の流れとしてはあるものの、それはあくまでも攻撃手段の一つに過ぎない。
赤や青のコーナーというのは単に選手達の立ち位置をわかりやすくするための区別である。
『三年生にして今もなお現役生徒会長の〜…。』
「好きでやってるんじゃないわよっ!」
月夜は思わず叫んだ。
「下級生の皆様〜?只今生徒会は後継者を絶賛募集中でございますー!!」
月夜が四方へと頭をペコペコ下げ始めた。
これに観客席の生徒達からドッ!と笑いが洩れた。
「せ、生徒会長も大変だねえ〜(笑)。」
「応援してますよ!…私は入んないけど(笑)?」
「誰か入ってあげて〜、可哀想〜!」
(は、ははは…つまんない事言っちゃったわ…。)
月夜はこの生徒らの反応に苦笑するしかなかった。
『コホン…アナウンスを続けても、よろしいかしら?』
「あ、どーもすみませんでした。」
ペコリと拡声器を手に持っているアナウンス嬢に頭を下げる月夜だった。
『…え〜、で、その絶賛新生徒会役員募集中の安月夜さぁ〜ん!!』
アナウンス嬢は少し皮肉を込めて月夜を紹介
するのだった。
すると、
オオオ〜〜ッ!!
会場全体から拍手がパチパチと巻き起こるのであった。
『…静粛に!!』
キレたようにアナウンス嬢が拡声器に向けて叫ぶとその声は風魔法で一気に会場全体の観客全員の耳に突き刺さった。
そのため直ぐに観客席は静かになった。
アナウンス嬢は観客達の反応のせいで進行が遅れて試合蛾始められないのでイラつき初めていたのだ。
『では、これより審判による選手へのルール説明とチェックが行われた上で試合開始が宣言されます。』
ここまで言ってようやく試合終了までの仕事が終わったアナウンス嬢はホッと安堵するのだった。
「…………以上がルール。再三の説明だから大丈夫だね?」
「はい、問題ありません。」
「私もちゃんと覚えてます。」
「続いて簡単なチェックをします、先ずはアミュレットを確認するので取り出して提出してください…。」
簡単とは言ったが延々と入念チェックが行われる。
特に防護アミュレットは選手の生死にすら関わるので疎かには出来ない。
そして簡易的なボディチェックが両選手に行われる。
ポツポツと観客席から「まだかよ…」という声と舌打ちが聴こえ始める。
どの試合前にも行われる通例の儀式みたいなものだが、流石にここまで何試合も見てきた生徒らには正直焦れったい時間ではあった。
「よし、問題無し。」
審判からそう判断する声が聴こえ、観客達はホッとした。
これでやっと試合が見れる、と。
だが試合直前迄の間には行われるべきチェックがもう一つ存在していた。
それは観客席の防御結界だ。
各防御結界を発生させる支柱の簡易的な確認。
そのほとんどが終わったのだが。
「ちょっと、そこの応援用の横断幕を退けて貰えるかしら?」
防御結界を確認していた教師が観客席手前にある小さな壁にかけられている横断幕を取るように生徒へ声をかけたのだが。
「何よ、結界の確認とは関係ないでしょ?」
「しかし壁に破損があっては防御結界を破って入る攻撃があった時…。」
「そんな攻撃、壁があっても無くても同じでしょ?」
「横断幕掛ける前に見たけどここの壁に破損は無かったわ!」
「でも万が一があるから、ちょっとゴメン。」
その教師は強引に横断幕を撥ね退けて破損箇所が無いか確認した。
側に座っていた生徒らからはブーブー言われたが。
「…うん、問題無い。ゴメンね疑うような事して。」
教師はその場にいた生徒らにペコリと頭を下げるとそそくさ戸立ち去る。
「…ふう。」
「…全く…。」
そして確認に来ていた教師が居なくなるとその生徒はニヤリと嗤った。
………。
「確認終了!二人とも、各自のコーナーまで一旦下がって。」
これが剣などの武具による戦いであればグランドのほぼ中央に選手同士が対峙して試合が始まる。
徒手格闘、剣、槍、そして弓。
各種の戦いにおいての間合いの距離によってその両選手の試合開始時の間隔は違った。
そして今回は魔法部門の試合。
両選手の距離はかなり遠目に取られていた。
魔法とあれば遠距離からの魔法による攻撃の発射も多い事からこのような間隔となる。
これが四部門決勝となればそれぞれの間合いの「間を取り」、グランドの三分の一の間隔で両選手が対峙する事が決められている。
「では…魔法部門決勝戦、始め!!」
審判が高らかに試合開始の宣言をする。
同時に審判もまた流れ弾に当たらぬように二重、三重の結界を自身に張る。
まだ両選手は動かない。
「では…御手柔らかに、安月夜生徒会長?」
その気も無い癖にそう言うと、二年生の多彩蜂は駆け出した。
「では、行きますわよ?」
対する月夜もまた両腕を広げて魔法を発動させる。
かくして、やっとの事で安月夜初の決勝戦(魔法部門の、ではあるが)は始まるのであった。
…………試合が始まるまでが長い道のりだったなあ…。
俺、つまり仮面の聖霊「名尾」君は今、この試合の様子を映像と音声で記録した魔法の額縁を見ながら一人感慨にふけっていた。
勿論既に試合の結果は出ている。
だが美鈴の試合を彼女に付き添うように観ていた俺としては月夜生徒会長の決勝試合の過程も気になったのでこうして跡追いながら確認してるのだ。
(さあ、どんな試合展開だったのかな?)
この時の俺はまだ、依然が重傷を負って準決勝を敗退した事など知らなかった。
そして、この大会の裏で動いていたある存在達の事も…。
色々あったけど、やっと魔法部門決勝戦が始まります。
次回、名尾君はどんな試合を目撃する事になるのやら…?




