第六十三話【大会前夜…作戦会議と振り回される友人達】
いよいよ大会も翌日と迫って来ました。
最後の詰めというか、万が一にも美鈴が試合で離れられない場面の為について彼女らは話し合いの場を設けます。
そして夕食の準備とその後に軽く一悶着が…?
「はあ〜。」
美鈴は久しぶりに湯船に全身を浸してリラックスしていた。
「遂に明日は待ちに待った学院対抗戦代表選抜大会の日ですわね。」
「決して負けは無い、そう自負しておりますが…。」
しかし臨海学校からの一件があったばかりなだけに全く油断はならない、そう自戒する美鈴。
(…そうですわ。)
(もし大会期間中、それも私の試合中や私の目の届かない時と場所で何か起きた場合…一体誰が皆の事を守れますの?)
(これは…何か対策が必要ですわね…。)
ザバッとお湯をかき分け美鈴は風呂からあがった。
タオルを身体に巻いて部屋に戻ると、そこには白百合のプリンセスがソファーで寛いでいた。
「あ、美鈴さんお邪魔させていただいております。」
白百合のプリンセスがペコリとお辞儀した。
「これはこれはプリンセスさん、遊びにいらしたのですか?」
「ええ。…あの、私外で待っていましょうか?」
白百合のプリンセスはチラチラ美鈴を恥ずかしそうに見ながら尋ねた。
「…あ。」
美鈴も自分の格好にようやく気が付いた。
と、ここで愛麗が登場。
「それには及びません!」
彼女の手には重ねられた二本フラフープのような輪っかが握られていた。
愛麗がその輪っかを美鈴の頭上に持ってきた。
「な、何ですのこれは?」
「これを、こうするとですね…?」
愛麗の手から輪っかの内の一つが下に落とされた。
すると上の輪っかと下の輪っかとの間はカーテンで繋がれており、これで美鈴の姿はガードされて見えなくなった。
「なるほど…携帯の簡易更衣室ですわね?」
「ではお嬢様、お着替えなさって下さい!」
脱いだバスタオルを輪っかに引っ掛ける美鈴たが…。
「あの…愛麗?」
「何でございましょう?」
「私の、替えの下着やお洋服は…?」
「…ああっ!すみません、忘れておりました!」
慌てて美鈴の着るものを取りに行こうとする愛麗。
「あっ、バカ?!」
衣服を取りに行く事で頭がいっぱいになったせいか、愛麗はうっかり輪っかから手を離し、部屋の中を移動した。
一瞬でそれに気が付いた美鈴が咄嗟に身体を隠しながらしゃがんだ。
日頃の鍛錬がこんな時にも役に立った。
その様子を見ていた白百合はプリンセスの目には美鈴の手足と肩以外、素肌は見えなかった。
それでもつい、思わずガン見してしまう白百合のプリンセス。
ゆっくりと顔を手で覆うも、その手の指は開かれていた。
「…み、見ないで下さいな…?」
ジロジロと白百合のプリンセスから送られる視線を感じて赤面する美鈴。
彼女は愛麗が着るものを取って来るまでこの羞恥にひたすら耐えた。
(…まあある意味、これはこれで精神の鍛錬に繋がったと言えなくもありませんけど…?)
そう考えながらも羞恥と怒りにピクピクと震える美鈴だった。
そしてどうにか美鈴が衣服を着用した後、元凶である愛麗がどうなったかと言うと…。
【月に向かってお仕置きですわーっ!!】
ドゴオオーン!!
いつかどこかで聞いたような台詞とともに美鈴の拳から渾身の一撃が放たれた。
大気を、そして寮全体を震わせ放たれたアッパーカットを食らった愛麗は一瞬で窓からその姿が消えた。
そしてドッブラー効果で遅れて聴こえてくる彼女の悲鳴が部屋まで到達してきたかと思うと、夜空の月が【ボコッ】と音を立てて小さなクレーターが新たに一個増えたのであった…。
「えと…、あれって生きて帰れるのですか…?」
タラア〜…と冷や汗をかく白百合のプリンセス。
一歩間違えば自分もああなったのでは?そう思うと冷や汗が止まらない白百合のプリンセスだった。
「ああ大丈夫ですわ、あの子はあのくらいじゃ死にませんもの。」
というか、ギャグだし。
【こら愛麗、プリンセスさんが心配するからさっさと戻ってらっしゃいな?!】
美鈴が月に向かってこう叫ぶと。
【わっかりましたー!】
何故返事が帰ってきたのか、何故月と地球とで会話出来たのかは謎だ。
理由があるとすれば、それはギャグだからだ。
月が震えた。
キランと何かが光った。
「…来ますわ。」
「え?」
白百合のプリンセスが呆然としてると美鈴が彼女の前に立ち、結界を張る。
更には光のバリアーを形成し、衝撃に備える。
【たーだーいーまー…もーどーりー…ましたー!】
ズドオオオーン!!
愛麗が結界を破って窓から突入してきた!
そして美鈴の光のバリアーに激突した!!
ぐしゃあああっ!!!
凄絶な音が鳴る。
バリアーの向こうではさぞかし悲惨な光景が広がっていると思いきや…。
「…ぷひゃあああ〜…。」
ズルリと落ちて床に倒れ伏す愛麗は奇跡的にも五体満足だった。
よく肉片となって飛び散らなかったモノだと言えよう。
…てか、そもそもギャグだし。
「…彼女、生きてるんですか?」
「…多分。」
だってギャグだし。
「コラ愛麗、寝るんならベッドに行きなさいな?」
少し間を置いて。
「あ、そうでした。」
愛麗がガバッと起き上がる。
その顔には傷一つ無かった。
「…う、ウソでしょう?」
この展開にはさすがの白百合のプリンセスも驚愕する。
…だから、ギャグなんだってば。
「美鈴さん、この子が出場してたら本選も危うかったかも知れないですね…。」
しみじみそう語る白百合のプリンセスだが。
「…多分私が命令しなければ半日くらいは(これ幸いと仕事や勉強をサボる為に)くたばってると思いますけど?」
だってギャグだもん。
みんな、深く考えないよーに(笑)!
…そんないつものドタバタをルーティーンとしてこなすと。
バン!
美鈴の部屋の入口ドアに張り紙が。
そこには
【作戦会議中】
と記されていた。
テーブルを前に美鈴かベッドに腰掛け、左右のソファーにはそれぞれ愛麗、白百合のプリンセスが着席していた。
困惑の表情の愛麗が美鈴に尋ねた。
「…お嬢様、どのような作戦会議なのでしょう?」
それに対し美鈴は自信満々に答えた。
「決まってますわ、大会期間中の防衛です!」
キョトンと質問する白百合のプリンセス。
「防衛、ですか?」
「はい。以前にも学院内の催物の最中にそのような事がござしましたから念のため何時でも動ける戦士が最低一人は必要かと思いますの。」
「ああ、そう言えばそんな事がありましたねー。」
「芽友がキメラに変えられた時はどうなることかと思いましたよー。」
と、愛麗が染み染みと語った。
「思い出しました、確か…カップルコンテストでしたね?」
仮面の剣豪の一人、【不可視擬】が初めて登場した日でもある。
これでまだ登場してない仮面の剣豪は【真面狩】一人だけとなった。
「そうそう…確かあの日の美鈴さんは明花さんとカップル出場されたんでしたね?」
(な、何故でしょう?白百合のプリンセスが爽やかな笑顔で放った言葉なのに、どこか棘を感じるのは気のせいでしょうか…?)
「全校生徒の前でカップル出場、オマケに優勝までされたのだから、さぞや嬉しかったんでしょう?ね、美鈴さん?」
ニコニコ話す白百合のプリンセスだが、彼女の背後から凄まじい圧を感じる美鈴。
(これは、気のせいじゃないような気がしますわ…。)
美鈴の頬を冷や汗がタラア〜ッ…と伝い落ちる。
「た、確かに優勝しましたけど、それは愛麗達も優勝でしたものね、そのオマケみたいなモノですわ!」
この美鈴の言葉に思わずニンマリする愛麗。
しかし。
「…そうですね。恋人同士の愛麗さんと芽友さんのお二方と同じくらいのカップルと認められたんでしたよね…ウ、ウフフ…。」
(な、何故そこで笑いが出ますの?)
今日のプリンセスは何処か怖いと感じる美鈴だった。
「あ〜、でもあの時に美鈴お嬢様は明花様の事を真友と宣言されてましたねー?」
「…あ、そうでしたね…。」
白百合のプリンセスからの圧が一気に減少した。
(ナイスフォローですわ、愛麗!)
愛麗のGJにグッと親指を立てる美鈴だった。
こうして取り敢えずの難を逃れた美鈴。
「で、話を戻しますと…。」
「私が大会の試合に出場中もしもの事態に陥っても誰かがその収拾に駆けつけられる必要がありますの。」
「ふうむ、そうですね…それに一番相応しい条件として、まずは試合に出場しない人間でしょうか。」
白百合のプリンセスが唇の上に人差し指を丸めて推し当てながら考える。
「…試合に出ない人でえ…。」
愛麗の視線が動く。
「私と同等以上の戦力となる人…。」
美鈴の視線も動く。
二人の視線が一点に集まった。
「…??…どうかしましたか?」
白百合のプリンセスが二人にじっと見つめられキョロキョロと二人を見る。
「美鈴お嬢様、私の目の前に該当者発見しました!」
「あら奇遇ですわね愛麗、私も同じ事を考えておりましたの。」
愛麗と美鈴がニヤニヤと笑う。
「あ、あのー…?」
そんな二人の態度にただ一人困惑する白百合のプリンセスだった。
その頃。
「うっ。」
「…芽友?」
「だ、大丈夫です…。」
ここは学院寮の厨房。
もう夏休みも終わり帰省中の生徒達も寮に戻っているため寮母を始めとする僅かな職員…特に厨房の調理士達も戻っていた。
ただ夏休み期間中ずっと食事の用意をしてきた習慣からか、夕食の下ごしらえを進んで手伝っていた明花と芽友の二人だった…が。
「おや、指切っちゃったのかい?」
三人いる調理士のうち一人のおばちゃんが話しかけてきた。
「だ、大丈夫ですこのくらい。」
「ダメよ、衛生管理上良くないわ。見せなさい?」
芽友の手を取り傷を確認する明花。
「…傷は浅いから綺麗な水で洗ってから綿を当てて、その上から包帯を巻けば大丈夫ね。」
「そ、そうします。」
「お部屋の救急箱に止血道具があるから探して来るわね。」
「あ、大丈夫です。いつものお嬢様が持ち歩いてたアレですよね?わかりますから。」
「一人で包帯巻ける?」
「だ、大丈夫です!ちょっとした簡単な魔法なら使えますので。」
芽友は少し狼狽えながら厨房を出た。
「今日はもう家事手伝いしなくていいわよー?」
芽友の後姿にそう呼びかける明花だった。
「あ…治癒魔法で治してあげれば良かったんだっけ。」
最近魔法自体が授業の実習でしか使わないし、滅多に誰も怪我しないのでウッカリ忘れていた明花だった。
彼女の治癒魔法や回復魔法を始めとする魔法の発現は中等部に入ってから、と比較的遅かった。
だからつい、それ以前から覚えていて身に付いていた知識や習慣から来る行動を取ってしまったのだ。
しかしその後の成長が凄まじく、今では治癒回復以外にも様々な魔法が使えるようになっていた。
(まあ、ワザワザ治癒魔法使わなくてもたいした傷でも無いし応急手当だけで十分よね?)
ふと目を床に下ろすと小さな赤い点が続いていた。
(芽友の傷から落ちたのかしら?)
それにしてはその数が多い。
そんな出血が多くなるような傷の深さでは無かったハズだが。
取り敢えず下ごしらえの皮剥きを中断して床に落ちた赤い点を一つずつ雑巾で拭う明花。
「…あ。」
たまたま床に付いた手にもその赤い液が付着した。
それを指同士で擦る明花。
「………?」
(あれ?)
何か腑に落ちないといった顔をしている明花。
おばちゃんがそんな明花に話しかける。
「お嬢様、後で私らが掃除するから気にしないでいいよ?」
「あ、はい。すみません。」
厨房で働くおばちゃん達は平民なので一応貴族である生徒らには気を使って「お嬢様」と呼ぶが、それ以外はかなり砕けた口調だった。
だがその方が却って気兼ねしなくていい、と生徒らには評判が良かった。
明花は元が平民で最近貴族の仲間入りしたばかりか腰が低く、貴族相手よりも平民の方が正直気が休まる。
おばちゃん達も貴族と平民を分け隔てなく接し、娘のような生徒達に対しても平等に可愛く思っていた。
そんなおばちゃん達だが、こうして時々厨房の手伝いをしてくれる明花とその従者の芽友
は平民ライクな姿勢だからかお気に入りだった。
当の明花からしてみれば時々趣味の料理やお菓子作り二厨房を使わせて貰ってるのでそのついででありお礼も兼ねてるといったスタンスだ。
それが結果的にWin-Winな関係を両者の間に成立しており、おかげで美鈴達は毎日のように美味しい料理やお菓子をたらふく食べられてるワケである。
その後も慌ただしく準備を済ませる間に芽友の傷の事などすっかり忘れていた明花だったが。
「いつもありがとね、後は私らでやるからお食事楽しんで来な。」
おばちゃんタチカラ労いの言葉を貰った明花は笑顔で会釈すると美鈴達を呼びに行った。
「…作戦会議?」
美鈴の部屋のドアに書かれた文字を見てギョッとする明花。
そしてドアを開いて部屋を覗くと美鈴達三人が寛いでいてた。
「あのー、ドアの張り紙の作戦会議とやらは終わったんですか?」
「あら明花さん?何かご用かしら。」
「ええ、お食事の準備が終わりましたので。」
「まあ!それはどうも。」
「お腹ペコペコですう〜。」
「それでは参りましょうか?」
三人が立ち上がり、ゾロゾロと部屋から出て来る。
「あ、私は芽友を呼んで来ますね。」
明花がそう言って自分の部屋へ向かおうとするが。
「ちょっとお待ち下さいな。」
と、美鈴が呼び止めた。
「どうしたんですか美鈴さん?」
白百合のプリンセスが不思議に思って聞いてみた。
「愛麗?こういう時は恋人である貴女が迎えに行かなくてはダメじゃありませんこと?」
「ふえっ?」
「そういうさり気ない気遣いの積み重ねこそが恋人に好印象を与え、二人の仲はより深まるのですわ。」
うっとり語る美鈴。
(((なんでこんな時だけそんな思いやりに気がつくんですかこの人は??)))
この場にいる美鈴以外の三人が同時にそう思った。
一番女心がわかって無さそうな美鈴からは言われたくない、そんな共通認識が彼女らにあったのは間違い無いな。
「おっしゃることはわかりましたけどぉ…。」
「愛麗、ちゃんとお食事は貴女達が来るまで待っててあげますわ。」
「本当ですかあ〜?」
「武士…もとい、剣士に二言はありませんわ!」
グウウ~ッ!
…言ってるそばから美鈴のお腹が大きく鳴るのであった…。
というか今コイツ武士って言わなかったか?!
転生者にバレたらどうするツモリだろうか(汗)。
…………三人からの痛い視線を浴びて冷や汗を垂らしながら顔が真っ赤になる美鈴。
「う、疑うなら私を抑えてて下さいな!」
その後、愛麗が芽友を美鈴の部屋の前まで連れて来たら、腕を無理矢理解かれたのか明花と白百合伸プリンセスが両脇の壁に凭れ掛かっていた。
更に床には美鈴の上着が落ちていた。
「ど、どうされました?」
「メ…美鈴さんたら…急に「超加速!」とか叫ばれて…。」
フラッと壁から離れる明花。
「…不覚でした…まさかあそこまで腕力があるとは…。」
悔しそうに白百合のプリンセスが語る。
彼女の力を持ってしても食欲魔神と化した美鈴は抑えきれなかったのだろう。
更には追い付かれないようにまさかの超加速魔法だ。
ヤレヤレ、と四人が階段を降りて食堂に入ると。
「皆さ〜ん、遅いですわよお!」
地団駄踏みながらも律儀に友人達の到着を待ち侘びる美鈴がそこにいた。
「美鈴さん、列に並ばず私達の事を待ってらしたんですか?」
明花が唖然とした。
「…貴女という方は…。」
呆れなからもプッと吹き出す白百合のプリンセス。
「なら何で逃げたんですか、この人は…。」
愛麗からも呆れられる有様だった。
「でも良かったじゃないですか、ちゃんと理性がお有りのようですよ?」
クス…と芽友の顔が綻んだ。
その彼女の手にあるハズの包帯が巻かれていない事について、誰一人として気が付かなかった。
明花もまた、すっかり彼女の傷の事など忘れていたのだ。
…こうして大会前日の夜は更けていくのだった。
会場の警護は白百合のプリンセスに任される事になりそうです。
そして芽友の指の傷。
何やら不可解な様子でした。
今後話の本筋に何か影響があるのでしょうか?
何はともあれ、泣いても笑ってもいよいよ試合が始まります!




