第五十九話【放たれる白百合のプリンセス、そして手にした新たな…。】
更新お待たせしましてすみません。
美鈴は待ちきれなくなったのか白百合のプリンセス解放に向けて動きます。
そして、事態は一本の線で繋がっていたのです。
謎の敵が何故に白百合のプリンセスを欲したのかも…。
美鈴は月夜の部屋の前に立った。
そして彼女の周りには明花と側仕えコンビも付いて来ていた。
その10分前。
「…もう待ってばかりもいられませんわ。」
午前の時間、その日の特訓はお休みしてリビングで魔法学の本を読みながらお茶していた美鈴は芽友から受け取ったお茶を一口飲んでカップを皿に返すと、そう語った。
「…芽友さん?」
美鈴がそれだけ言うと芽友はコクリと頷き、主人である明花を呼びに行った。
「愛麗、その魔法学の本はちゃんと読みましたか?」
愛麗は美鈴に付き合って一緒に魔法学の本を読んでいた。
「は、はい美鈴お嬢様。」
「よろしい。ならば付いてらして。」
美鈴は席を立ち、遅れて愛麗も後に続いた。
「あのー、今から何か始まるんですか?」
「ええ。ちょっとしたイベントが、ね?」
フフッ。
美鈴のその笑顔に愛麗は思った。
(これは絶対悪巧みしてる時の顔ですね?)
途中、部屋で若汐に付き添っていた明花を引き連れて芽友も合流した。
「美鈴様、ウチのスカポンタン令嬢を連れて参りました。」
「え、ええ…。」
自分の主人の事をかなり辛辣な呼び方でディスッている芽友に対し美鈴は若干腰が引けた。
(…まあ、多少は想像がつきますけれどね…。)
そんな芽友の後から頭を擦りながら明花が話しかけてきた。
「あの、一体何があるんですか?」
「それは…着いてきてからのお楽しみ、ですわ。」
美鈴は振り向かずに喋った。
一瞬だけジロッと冷たい目で芽友から睨まれた為、明花もそれ以上は聞かなかった。
コンコン。
…ノックしても返事が無い。
「月夜先輩、お話しがございます。開けていただけませんか?」
…………シ~ン…………。
「無駄ですよ美鈴お嬢様、結界が張られているのでしょう?」
「ああ、そう言えばそうでしたわね愛麗。」
知っててわざと言ってるな。
「どうされたんですか?急に先輩と話しをされるだなんて。」
「明花さん、実は重大な事がわかりましたの。」
「重大?」
「ええ。芽友さんにも少しばかり協力いただきましたわ。」
「え?いつの間に?」
「申し訳ございませんお嬢様、かなり重要事だとお聞きしまして内密に動いておりました。」
ペコリと悪びれもせずお辞儀する芽友。
だが機嫌が治ったのか少し当たりは柔らかくなった。
「………おや、そういえば若汐さんは一緒じゃありませんでしたのね明花さん?」
少し刺を含んだトーンで美鈴が明花に尋ねた。
「か、彼女は既にベッドでグッスリ寝ておりますが。」
美鈴は明花の指先を見てから一言。
「さようでございましたか…。」
少しため息を吐く美鈴。
遅れて美鈴の視線に気がついた明花は無意識になのか指先を軽くスカートで拭った。
その二人の様子を見た芽友は頭を押さえていた。
「…さて。」
美鈴がドアに手を翳した。
「…破界…。」
ドオン!!
周囲の空気が震えた。
「…さて。」
「何々?何なの一体?」
明花が驚く。
芽友は感嘆としながらも冷静に尋ねた。
「今のは、結界を壊されたのでございますね?」
「ええ、本当はここまでしたくなかったのですけどこのままでは埒があきませんから。」
「そ、それにしても、美鈴さんはこんな事まで出来たんですね…?」
「それは…」
チラッと愛麗を見る美鈴。
上手くフォローしろと目で合図を送ってる。
少しテンパりながらもその指示に従う愛麗。
「は、はい、これはですね明花様。」
「実はこれこそ、うちのお嬢様に隠された秘密の能力の一つなのです!」
パカーン!と愛麗の頭を叩く音がした。
(そのまんまじゃないですか!)
いつの間にか美鈴の手には丸めたノートが握られていた。
「コホン。魔法学を勉強してたらたまたまこの魔法を見つけまして、試しにやってみましたの。」
「我ながら初挑戦の割に上手く行きましたわ。」
等と話していると。
部屋の奥の方からドタドタと音がした。
ガチャッ。
ドアが開いた。
「な、何事なの今の音は?!」
ネグリジェ姿の月夜と依然が揃ってドアの隙間から顔を出した。
「おはようございます先輩、それに依然さん。」
「お二人そろって【仲良くお昼寝中】でしたの?お邪魔してごめん遊ばせ。」
オホホホ、と高笑いする美鈴。
「そ、それより何があったのかしら?」
「あ、そうでしたわ。」
「実は先輩とお話ししたかったのになかなか会ってくれないものでしたので、ちょっと邪魔な結界を壊させていただきましたの。」
「け…結界を…?」
事も無げに言い切ってしまう美鈴の言葉に、唖然とする依然。
「…壊した、ですってぇ…?!」
勝手に結界を壊されて怒った気持ちもあるが、それ以上に自慢のあの結界を壊してしまう美鈴の能力に震撼する月夜だった。
と、依然は美鈴から漂う気配を感じて焦った。
(お、お嬢様?その能力もさることながら、美鈴さんは実はかなり激オコ、なのでは?)
(へ?)
間の抜けた表情の月夜が美鈴を見る。
と、彼女は顔ではニコニコ笑っているものの、全身からはとんでもない圧を込めて威嚇する雰囲気がビシビシと伝わって来ていた。
本来、これは武人としてはよろしくなかった。
格下の相手を萎縮させるなら効果覿面なのだが、同等かそれ以上の相手にはこちらの意図を掴ませぬ為にも表情だけでなくあらゆる所作や気配から意図や感情を読み取らせてはならない。
それは命のやり取りにおいては致命的なミスとなる。
…が、すっかり白百合のプリンセス相手に色ボケしている月夜が本来の意中の後輩である美鈴と事を構えるなどあり得ないのだから、美鈴はこれ幸いと存分に月夜を威嚇しまくった。
「そそそ…そ、それで?私に話しとは?」
「どのようなご用件、なのかしら?」
少し歯をカタカタ鳴らしながら月夜は慎重に言葉を選んだ。
その隙に依然は部屋の奥に戻っていた。
部屋の奥でごそごそ音がし、少し話し声も聴こえた。
「取り敢えず、部屋の中に入ってもよろしいでしょうか?」
「部屋の…中…?」
恐る恐る月夜が振り返る。
二、三秒してから僅かに月夜が頷いた。
「よ、よろしくて、よ?」
月夜も部屋の中へと引っ込む。
「では失礼いたしますわ。」
美鈴を先頭にゾロゾロと部屋の中に入る一年生達四人。
「………うわあ。広いですね…。」
明花が感嘆とした声を挙げた。
「シャ、シャンデリアがございますお嬢様!」
まだ成り上がりの下級貴族の屋敷にしか仕えていない芽友にとってあらゆる家具が別次元のように目に映ったようだ。
「テーブルといいベッドといい、調度品の全てが高級でございますわね。」
「同じ上級貴族でありながら、ここまで差別されてるのですねえ…。」
「愛麗、四大名家と言えばほぼ貴族の頂点に近い存在。所謂高級貴族。」
「私達八大武家よりも扱いとしてその高みは一段上ですわ。」
「月夜先輩の存在って私から見れば正に雲の上、だったのですね美鈴さん…。」
明花にとってはそれこそ雲を掴むような話らしい。
そんな先輩と気軽に話せる自分は一体?と少し悩む。
「気にする事ないですわ皆さん、どうせ学院内では同じ生徒同士に過ぎませんもの。」
萎縮しかけた友人達の卑屈な感情を軽く笑い飛ばす美鈴だった。
「貴族の階級云々はともかく。」
「貴女にはもう少し先輩としてくらい私を敬って欲しいものね、美鈴さん?」
普段着に着替えた月夜が、同じく普段着の依然を伴って別の部屋から出てきた。
「白百合のプリンセスはご一緒ではありませんでしたの?」
「彼女なら、もうすぐ来られます。」
依然がそう言って直ぐに白百合のプリンセスは現れた。
「「「「うわあああ………。」」」」
皆の目が釘付けになった。
白百合のプリンセスは何時もの戦装束である、あの純白のドレスを身に纏って現れてのだから。
「そ、その衣装は…。」
「月夜さん達が私の身体の細部まで測って修復して下さったのです。」
「白百合のプリンセス…。」
美鈴は精神世界ではなく現実世界での白百合のプリンセスに会えて感動していた。
それは白百合のプリンセスとて同じだった。
「………お会いしたかった…!」
白百合のプリンセスは思わず美鈴に抱き付いた。
「やっと、やっと、…美鈴さんに…。」
そこまで言って嗚咽を洩らす白百合のプリンセス。
「ええ。よくぞここまで耐えられましたわ…。」
自然と二人は抱き合った。
(何でしょう…不思議と怒る気が失せてしまいます…。)
明花は嫉妬が無いワケではないものの、この光景を全く邪魔する気になれなかった。
むしろそっとしてあげたくなった。
それにむしろ自分にはそんな資格も無いのでは?とさえ感じてしまう。
「…………どうやら、もう白百合のプリンセス様をお返しするしかなさそうね美鈴さん。」
残念そうではあるが、それでも月夜は微笑していた。
「返すも何も、プリンセス様は物ではありません事よ?」
「…そうね、失言だったわ。」
「………それで美鈴さん、これでもう用は済んだのかしら?」
「いえ。」
「むしろ、これからが本番ですわ。」
美鈴が白百合のプリンセスを背後に下がらせる。
「私が本当に用があるのは」
「ここにいる、あの墓場で会った淫魔ですもの!」
ビシッと月夜を指差す美鈴。
「…はあ?」
「ほ、本気でそんな事をおっしゃってるのですか、美鈴さん?」
呆ける月夜、そして戸惑いを見せる依然。
「月夜先輩を内から操り、更にはこの寮全体に淫靡な気を張り巡らせていたのはもうわかってますのよ!」
と、指差してる美鈴の指先が僅かに揺れた。
ニヤリと笑う美鈴。
指差す指には人差し指に中指がもう一本加わる。
すると、その二本の指先からまるで手品のごとくシュパッ!と1枚の護符が現れた。
「さあ、この護符を貼られたくなければ観念して出てお行きなさいな!」
それは范先生特注の護符だった。
「そ、そんな物いつの間に?」
「学院にいる范先生にお願いしてしましたの。」
「先生達との連絡は私が承っておりました。」
芽友がペコリと頭を下げた。
彼女の胸元のアミュレットがキラリと光る。
すると。
「遅れたかな?それとも出番かな?」
「い、言っておくけど私は戦闘なんてできなからね?届け物を届けに来ただけなんだからな!」
范先生と、そして魔法研究部の王部長が部屋の中の芽友達の側へと瞬間的に現れた。
「いえ、丁度良いタイミングでした。」
「それと、魔法研究部の部長さんでしたっけ?貴女はもうお帰りになられても結構でございます。」
そう言いながらしれっと部長から届け物の荷物を預かる芽友だった。
「わ、私への態度悪過ぎないかこの召し使い?」
「召し使いでは御座いません、私はれっきとした文明花様の側仕えに御座います。」
「すみません、ウチの側仕えは印象が悪い相手に対して容赦ないところがございまして…。」
明花が王部長に頭を下げた。
「まあまあ。…それで、敵は?」
その場を宥めながらも范先生が美鈴に状況確認を行う。
「ご覧の通り、未だに先輩の中に籠ったまましらばっくれておりますわ。」
「美鈴さん、さっきから何の根拠があって言いがかりしてるの?」
月夜の方はそんな実感はまるでないのか機嫌が悪くなりつつある。
「全く自覚はございませんの?」
「無いわよ!」
「ふむ。ならばまず推理を一つ述べますわ。」
「あの時敵は白百合のプリンセスを奪ってみせると言ってたそうですわよね?」
「は、はい。確かに私自身もしっかり耳にしました。」
白百合のプリンセスが前にいる美鈴に話した。
「でも、いつまで経っても一向にその気配すら無い…これは何故なのでしょうね?」
「…確かにそれは私も不思議に感じてたけど…。」
月夜も気にはしていたようだ。
「先輩、先輩と依然さんの二人はただ白百合のプリンセスを独占してイチャイチャしたかっただけではない、と私は考えておりますわ。」
「あら、そこは理解してくれてたのね?」
「その通りよ、厳重に結界を張ったのは白百合のプリンセス様にあの存在が近付くのを妨害するため。」
「更に、実は白百合のプリンセスの胎内に何か施された事を知り、もしや彼女の中に分魂を入れられた?とも考えるに至った…そうですわよね?」
「ええ。だから精神や肉体両方に堪える様々な方法を用いて白百合のプリンセスを言葉責めしたり…ちょっと言いにくい事をしたり…してたのよ。」
「………はあ~、その言いにくい事をしてご自分達が楽しんでおられたのもまた事実ですわよね?」
美鈴は心から呆れた。
「…でままあ、これだけ素敵なお方を前にして何も欲望が湧かないのも異常でしょうし、ここでは遇えて問いませんけど。」
むしろここで問うたら話が盛大に逸れるだけだと思う。
…と言うか、精神世界でとはいえ白百合のプリンセスと二人きりの時間を過ごした美鈴と白百合のプリンセスとの間には間違いは起こらなかったのだろうか?
まあ、それを今ここで論じても仕方ないが。
何せ精神世界での事だし。
「結論から言うと、確かにその分魂は白百合のプリンセスの胎内に宿らされてた、そう考えてべきでしたわね。」
白百合のプリンセスは思わず自身の腹部に触れてみた。
「…それで疼いていたのですね…。」
「しかし何故敵はそのような事を?」
「白百合のプリンセスの精神を貶めたり操ったりといった理由でしょう。それで頃合いを見て連れ去れば貴女は抵抗しなくなっている、そんな処ではありませんか?」
美鈴が月夜の方を見て言う。
「ならその分魂とやらが宿っている白百合のプリンセスこそが件の淫魔を宿してるのではなくて?」
月夜の指摘はもっともだった。
「いえ、既にその分魂はプリンセス様の肉体にはございませんわ。」
「何故なら、貴女が彼女の腹部に触れた時に移動してしまいましたものね。」
「そう、貴女の身体にですわ月夜先輩!」
「…悪いけど、それはあり得ないわ。」
「皆も知っての通り、私は体内に何体もの霊獣達を宿しているのよ?そんな異物たちまち排斥されて出て行くか消滅するしかないもの。」
「そ、そうでございます!お嬢様が淫魔ごときに支配されるなんてそんなハズは…?」
「ええ、私もそう思いますわ。」
あっけらかんとそう言う美鈴。
そしてツカツカと月夜に近付きてを引っ張る。
「な、何をするの?」
そして彼女の身柄を范先生へと手渡した。
「………芽友さん、例のモノを。」
「はい、お渡しします。」
恭しく長い包みを美鈴へと手渡す芽友。
美鈴はそれを受け取り、シュルシュルと包みを解く。
すると、手に握られていたのは一振りの刀。
「愛用の剣をフレイムドラゴンとの戦いで失った後、家人に頼んで特注してもらったこの剣。」
「ようやく手元に届きましたわ。」
スラッと刀を鞘から抜く。
その剥き身の刀身からは神聖な気が立ち上っていた。
「ご安心を。刃は潰してありますから肉体は斬れたりしませんわ。」
そう言いながら美鈴が切っ先を向けた相手とは。
「皆さんもうお分かりですわね?私の目の前にいるのは一人だけです。」
「………えっ?!」
ギョッとする月夜。
「そ、それでは…?」
白百合のプリンセスもまた、その「彼女」の方を注視する。
「………そうか、そう言う事だったのか…。」
范先生もまた彼女の方を凝視した。
明花と側仕えコンビは黙ってこの状況を見ていた。
「…フフ。」
「貴女は分魂の方ですの?」
「それとも既に本体が転移してますの?」
『…あーあ、もう少しプリンセスと遊びたかったんだけどねえ?』
声がブレた。
『ご推察どおり、分魂をマーカーにして本体がここまで空間跳躍したのよ。』
「ネタバレもいいけど、いい加減に依然さんの身体を解放して下さらないかしら?」
『しかし正体がバレるの早かったねえ、意外に頭が切れるじゃない美鈴さんとやら。』
「…依然さんから出て行かないのですか?」
白百合のプリンセスが手にレイピアを顕現させる。
『…ふん、私の事なんか覚えちゃいなかった癖に偉そうに…!』
「何の事です…?」
一瞬白百合のプリンセスが棒立ちになった隙を狙って依然の口から黒い塊が放たれた。
「愛麗!」
美鈴が叫ぶと愛麗が手に光を翳しながら前に出た。
「させません!」
愛麗の手から伸びた光が盾となって黒い塊を消滅させた。
「ふむ。」
続いて范先生が小瓶を開けてそれを依然目掛けて投げつける。
『こんなもの!』
片手で飛んできた小瓶を叩き割る依然の身体に憑依している淫魔。
だが。
シュワワワ~ッ。
「ぐあっ?!?な、何だこの水は?!」
モロにその小瓶の中の水…スイート・ドラゴンウォーターを被る依然の身体。
途端に淫魔は苦しみ出した。
「済まないね明花君、丁度君が保存してると聞いたので使わせて貰ったよ。」
「あーっ、先生たら酷いです!」
「わかったわかった、…後で王都に買いに行くから。」
と、言いつつ更に何本か投げつける范先生。
おかげで淫魔は弱まってゆく。
が、すっかり明花は涙目だ。
「…か、買い置き全部使われてしまいました~(涙)。」
「ど、どういう事ですか一体?」
愛麗が尋ねた。
これに芽友が説明する。
「愛麗、ドラゴンウォーターとは炭酸水の事なんだけど、それは霊山という神聖なる高山から湧き出す霊水とも呼ばれているのよ。」
「へえ~。」
「そんな言われがあったの?」
購入した明花もそこまで詳しくは無かったようだ。
「そうですわ。故にそれだけでも霊的パワーに充ちているのに加えて果実やハチミツ、更にはビネガーの生命力まで加えられている。」
「つまりこれは聖水と呼ぶに相応しい、そう思い范先生に伝えましたの。」
「メ、美鈴さんの仕業でしたの~?!」
ポカポカと美鈴の背中を叩く明花。
「ご、ごめんなさい、後で買って差し上げますから!」
「そんな事より、早く依然を解放してあげて?」
月夜は、じゃれ会う美鈴と明花に呆れながらも従者の箕を案じていた。
「そ、そうでしたわね。」
と、美鈴を横目に白百合のプリンセスが苦しがる依然の側に歩み寄って行った。
「貴女は先ほど、私が貴女を知ってるように申されましたね?」
『…忘れて、るんなら、もう…いいっ…!』
「いえ、今思い出しました。」
「貴女は私が聖霊になる前…人として魔王と戦っていたときに出会ってましたね。」
「娼館にいた、小さな少女、確かそれが貴女でした…。」
『………。』
「私は少しだけ貴女と話しをしました。必ず魔王を倒すと約束して別れました。」
「…しかし私が戦いを終えて再び通りがかった時にはもう、貴女の住む街は壊滅して…。」
話しながら瞳から涙を溢す白百合のプリンセス。
「…ごめんなさい、貴女を守れなくて、ごめんなさい…。」
白百合のプリンセスはレイピアを地面に落とし、座り込んでしまった。
『…やっと。』
『…やっと、思い出して、くれた…?』
依然の身体から分離して見える霊体。
その姿は既に成熟した女性のもの。
しかし顔だけは幼い少女のそれだった。
そして満足そうに微笑み、霊体は消えていった。
「…終わったの、かい?」
ドアの外から覗いていた王部長がこう話しかけた。
その時。
シュビッ!
突然、依然に纏わりついてきた黒い靄が数本の触手となって白百合のプリンセス、そして倒れた依然の身体を捕縛した。
「しまった!」
「あ、あの子の霊体は…依り代だった、というワケでしたか…。」
白百合のプリンセスが口惜しそうに分析内容を語った。
「美鈴さん、コイツの本体はこの靄そのもの、つまり暗黒のエネルギー体でした!」
「と、いう事は?」
美鈴が次の言葉を待つ。
白百合のプリンセスが強い光を宿した瞳でこう叫ぶ。
「迷わず斬ってください!」
「ダメよ、白百合のプリンセスや依然まで斬るつもり?」
月夜が美鈴を制止した。
だが。
「月夜先輩、美鈴さんを信じましょう。」
明花が月夜を説得した。
月夜が周りを見ると、皆も頷いていた。
もう月夜からは何も言えなかった。
再び白百合のプリンセスとアイコンタクトする美鈴。
二人は信じ合っていた。
そして。
「霊斬剣、浄霊斬ー!」
気合いの一刀を靄に浴びせる美鈴。
瞬間、辺りに光の粒子が満ちた。
………………………。
靄だけが消えた。
無事に解放された依然に駆け寄る月夜と、白百合のプリンセスを抱き上げる美鈴。
「凄いわ美鈴さん、本当に何とかしちゃうなんて…?」
月夜は驚きを隠せなかった。
「その霊斬剣は邪気や悪鬼魔獣といった存在を斬る為の剣だからね。」
「心根の美しい人間や霊までは斬る事は無い。」
王部長が自慢気に語った。
「それに私も言ってませんでしたっけ?」
「この刀、刃は潰してありますもの、最初から人どころか豆腐すら切れませんわ。」
「…あ?」
「そう言えば…」
「そんな事、おっしゃられてたような…?」
皆、一様にポカーンとした。
そして。
プッ。
ククク…。
アハハ…。
ハハハハ。
次々と笑いが伝染して、皆が大笑いした。
……………かくして皆を悩ませた事件は解決した。
不思議な事に、あれほど妙に親密になっていた若汐と明花との怪しい雰囲気はその日を境に全く無くなった。
その代わり、依然と月夜が以前よりも親密になった。
その月夜は。
「私の完敗だわ。やっぱり白百合のプリンセスの事は美鈴さんにお任せするわ。」
白百合のプリンセスが月夜の手で美鈴の身体に押し付けられた。
「キャッ?」
「へ?」
すると今度は。
「美鈴さん、私はやっぱり美鈴さん一筋です!」
明花自ら美鈴に抱き着く。
「あ、あの?」
「皆さーん、今日は若汐さんのお見送りじゃなかったんですかー?」
愛麗と芽友が呆れていた。
「それじゃ皆さん、お世話になりました!」
「美鈴さん、中等部を卒業したら…必ず中央学院の方へ転校してきますね!」
「はい、お待ちしてますわ。」
「明花さん、貴女には色々お世話になりましたけど…。」
「え、ええ…。」
「でもやっぱり私は美鈴さんの事を諦めてませんから!」
「ええ、私もよ。」
少しバチバチと火花を散らすも。
「…お元気で。」
「貴女も無理しないようにね?」
握手を交わす二人だった。
「また来年、遊びに来ますねー?」
若汐は腕をブンブ振りながら帰っていった。
「さて部屋に戻るか。」
范先生達が去ろうとすると。
「美鈴さーん、トレーニングならやはり医療知識豊富な私と一緒の方が安心出来ますよねー?」
「わ、私なら剣を扱えるから剣の特訓相手にはピッタリですよ?」
互いに長所を美鈴にアピールして譲らない明花と白百合のプリンセス。
「やれやれ、今度はこの二人がライバル関係ですか…。」
「芽友としては明花様を応援ですか?」
「…もう私としては美鈴様の方を応援したくなってきましたよ、愛麗?」
「良くわかりませんが、お嬢様を応援してくれる仲間が出来て嬉しいです!」
愛麗は当然深く考えてない。
やいのやいの、とじゃれている美鈴達三人を見ながらそれぞれがそれぞれの感想を持った。
「フフフ…頑張りなさいね、三人とも?」
依然は感謝を込めてそう言った。
彼女の手は月夜と固く繋がれていた。
既に秋の気配が漂う中、寮の中庭で剣を打ち合う美鈴と白百合のプリンセス、そして傍らでタオルと飲料水、救急箱を用意して見守る明花がいた。
もうすっかり心身共に問題なく気力と魔力が充実した白百合のプリンセスは正に訓練相手としてうってつけ。
明花も細かく休憩の指示や世話を焼いてくれた。
「…そう言えば、白百合のプリンセスってちょっと長過ぎですわね?」
「そうですね、なら…。」
「闘姫、でどうでしょうか?」
「…ヂェンさんって、…何か違和感が(笑)。」
そして二学期、美鈴達のクラスには一人の転入生がやって来た。
彼女は顔に着けていた仮面を外して自己紹介した。
「初めてまして、闘姫と申します。」
金髪碧眼の彼女は美鈴の方
に柔らかく微笑みかけた。
第二章「一年生の夏休み編」…完
敵の一人はいなくなりました。
そして二学期、白百合のプリンセスが編入してきました。
これから美鈴は学院代表戦を戦って行きます。




