第五十八話【私達の間に染み渡る炭酸水のような刺激 】
美鈴の特訓に付き合う度に明花に介抱される若汐を見ていたら、美鈴が何故か不機嫌になり…?
最後の方で美鈴は白百合のプリンセスと精神世界での再会を果たします。
「若汐さん、本当に無理はしないで下さいね?」
「はい、体調が悪くなってきたら早目に部屋に戻ります。」
「私もちゃんと付き添って介抱するので安心してください美鈴さん。」
今日も美鈴は学院代表戦を前にしての特訓を続けていた。
午前中は体力作り。
若汐は体力的に美鈴に付いて行くのは無理があると「やっと」わかったので、
彼女は午後からの実技練習に付き合うことになった。
それでも精々二時間が限度らしい。
特にその日は疲れが溜まっていたのか一時間でフラフラとなり、明花に付き添われて部屋に戻って行くという毎日。
まだ中等部生徒だし、戦弓部の彼女が加減されてるとはいえ絶えず動き回り続ける美鈴の剣の動きに付いて行くのは大変だろう。
明花は夕食準備までの時間を若汐に付きっきりとなるので美鈴は一人で特訓することになる。
今までずっと一人でしてきたことだから別に不満はない。
むしろ二時間だけとはいえ相手のいる練習が出来るのはかなり有意義だ。
その点に関しては正直、若汐には感謝している美鈴だったのだが。
「………ふう。どうやら今日はここまでですね。」
「………す、すみませえん~…。」
美鈴と対峙していた若汐がふらっ、と膝から崩れ落ちた。
「大丈夫?」
明花が駆け寄り、若汐に肩を貸す。
「若汐さん、協力は嬉しいのですけどその調子では明日くらいお休みされても…。」
「いえ、夏休みはもう残り僅かですから1日たりとも…。」
「いえ若汐、私もやっぱり明日は休んだ方がいいと思うわ。」
「そ、そんなあ。」
「ちゃんと私がついててあげるから、明日は大人しくしてなさい?」
「………明花様が、そう言われるのなら…。」
照れながらエヘッと笑う若汐。
「さ、行きましょう?」
「では美鈴さん、これで失礼しますね。」
「は、はい…。」
「ちゃんと歩ける?私に掴まりなさい…。」
「は、はい…掴まっちゃいました…。」
キャッ、キャッ♪と楽しそうな若汐の声が遠くから聞こえる。
美鈴はそんな二人の後ろ姿をぼーっと見送るのだった。
………………。
「何だか、モヤモヤしますわ…。」
【何がモヤモヤするんだ?】
「…名尾君でしたか、驚かせないで下さいな。」
「何だかあの二人、最初険悪でしたのにすっかり仲良くなられてしまわれて…。」
【良いことじゃないか、おかげでお前の心労も減ったじゃないか。】
「いえ、その…少し仲良くなり過ぎな気も…?」
【なんだ、妬いてんのか?】
「や、妬いてなどおりませんわ!」
「べ、別に若汐さんばかり明花さんに構ってもらえて羨ましいなんてちっとも思っておりませんから!」
【おもいっきり思ってるじゃねーか。】
「こ、これは…あ、貴方の思考を先読みしただけですわよ!」
【はいはい、そういう事にしとこう。】
【あまり明花と仲良くなり過ぎると、今度は白百合のプリンセスに焼き餅妬かれちゃうもんな?】
「…な、なな…?」
美鈴の顔が真っ赤だ。
「…な…名尾君、の…。」
「大バカアア~ッ!!」
【お、大バカ?】
「何時も以上にデリカシーの無い名尾君だから大バカですわよっ!!」
【はいはい、悪うござんした。】
俺は降参した。
そこまで怒るとは、やはり白百合のプリンセスとも結構脈が有りって事なんだろうなあ。
「…まったく…。」
プンプンしながら鉛入り木刀で基本技を繰り出す美鈴。
(…人の、気も、知らない、で…!)
上段、中段、下段、突き、凪ぎ払い…。
心の乱れなど感じさせない流麗な剣裁き。
だがその剣筋が磨かれれば磨かれれる程に、対称的に美鈴の瞳は悲しみと憂いの色を帯びていくのだった。
一方、明花の部屋では。
「ありがとうございました明花様。」
若汐は部屋に到着すると、明花から離れて椅子に腰掛けた。
「濡れた服は私が洗濯するわ。」
「さあ、脱いで。」
「は、はい………。」
消え入りそうな声で、素直にスルスルと練習着を脱ぎ始める若汐。
「あ、脱ぎにくい…。」
「汗でへばりついてるものね、やっぱり私も手伝うわ。」
若汐に近寄り彼女の衣服に手をかける明花。
「いえ、平気で…。」
恥ずかしいのか、軽く身を捩りそれを拒否する若汐。
すると。
「あっ…。」
「キャッ?」
二人は縺れ合ってベッドに倒れて重なりあった。
ドスン。
「ご、ごめんなさい明花様…。」
「き、気にしないで…。」
二人の顔が近い。
「あ…。」
「ごくっ。」
若汐はユックリと瞼を閉じた。
彼女の顔を見つめる明花の顔が重力に引きつられて徐々に近付いてゆく…。
「明花様あ、ちょっと教えて欲しい所があるんですけどぉ…。」
そこへ何も知らない愛麗が現れた。
部屋のドアに鍵がかかってなかったのでノックもせずドアを開けた愛麗の身体が固まった。
「「!!」」
更にそれを見られた二人も。
「しし、失礼しましたー?!」
恐る恐る後ずさる愛麗。
「ま、待って?貴方誤解してない?!」
明花が焦って愛麗を止めに行った。
そして必死に弁解し、何とか事なきを得るのだった。
「美鈴お嬢様には内緒にしときますから!」
誤解と分かり安心して帰って行く愛麗。
だが天然の入った娘なだけに油断はならない、と明花は正直不安だった。
「行ったみたいですね?」
若汐もホッとしていた。
既に彼女は自力で下着姿になっていた。
「そうね。」
「それじゃ続き、しましょうか…?」
カチャリとドアをロックする明花。
「タオルと洗面器用意するから貴方は早く脱いでね。」
「………はい………。」
真っ赤な顔になる若汐。
恐る恐る彼女はスポーツブラに手をかけた。
彼女の心臓がドキドキしてるのは端から見ても分かった。
「そうだ、さっきみたいに変な誤解を招かないように結界を張っておかないと、ね…。」
クスリと笑う明花。
だがその表情がどこか怪しい雰囲気を漂わせてるように見えたのは気のせいだろうか。
若汐の足下に彼女のスポーツブラがポトリと落ちた。
彼女は腰のパンティーにも手をかけた。
そのタイミングで明花が結界を張った。
これでもう外から部屋の中の様子はわからなくなった………。
………………………………。
結界が解かれた時には既に若汐はシーツにくるまって眠っていた。
顔が赤い。
熱でも出てるのだろうか。
「じゃあね若汐、夜中にお粥でも用意するわね。」
そう言って明花は彼女のオデコにキスをした。
「…ホント、可愛いんだから♪」
明花が部屋を出てパタンとドアを閉める。
「…はうう、明花様あ~☆」
まだ寝付いていなかった若汐は先ほどのオデコへのキスにすっかりメロメロになっていた。
「フンフンフン~♪」
ご機嫌な明花が台所へ夕飯の支度のために入室する。
と。
「あ、明花さん…?」
「あら美鈴さん、今日は早目に切り上げられたのですか?」
「え、ええ。今日は何か気分が乗らなくて…。」
「ふーん。」
そんな日もあるか、と明花は思った。
「そうだ美鈴さん、そこの冷蔵魔法庫開けて下さいますか?」
「はあ?」
「何か、瓶が何本か入ってますわね?」
「それ、一本差し上げます。」
「この瓶、何が入ってますの?」
「実は、コッソリ配達して頂いてるモノがございまして…。」
明花が瓶の栓を開けると。
キュポン!
シュワワーッ!
瓶の口からシュワシュワな炭酸水が溢れ出した。
「な、何ですのコレーッ?!」
「これ、王都のお店の新商品だそうです。」
「新商品?」
「はい、その名もスイート・ドラゴンウォーター!」
「ドラゴン?」
「正しくは地下から湧き出る炭酸水で、これにハチミツや濃縮果汁、ビネガー等を混ぜてあるそうです。」
「冷たくて美味しいし、何より疲労回復にピッタリなんだそうですよ?」
「これ、私が飲んでよろしいんですの?」
「はい、どうぞ。」
「毎日の特訓でお疲れ気味の美鈴さんに是非飲んでいただきたくて取り寄せたんです。」
「で、では…。」
(~ぜ、前世以来の炭酸飲料じゃございませんかコレーッ?)
ごくっ。
ごくごく…。
ん?
「ぐぱっ?!」
「げ、ゲホッ?ゲホッ、ゲホゲホ…!」
「む、むせましたか?」
ハンカチを差し出す明花。
「な、なんか刺激が無茶苦茶強いんですのねコレ?」
(あまりに久しぶり過ぎて炭酸が口の中で痛いくらいでしたわ?)
「ゲプッ!」
「し、失礼…?」
「ああ、飲み込んだ炭酸水の炭酸がお腹から戻って来たんですね?良くある事ですよ。」
「知り合いの前では飲み辛いですわね…。」
「でもおいしいですわ、ありがとうございます明花さん。」
「気に入っていただけて、嬉しいです!」
美鈴も明花も本当に嬉しそうだ。
「で、では私はこれで。」
「はい、瓶はまた明日返していただければいいですから。」
狭い台所の通路を二人がすれ違う。
と、
「美鈴さん…。」
いきなり明花が美鈴にしがみついた。
「み、明花…さん?」
「お願い、あと少しだけこうさせて下さい…。」
「は、はあ。急がないので構いません…。」
何故急に彼女がこんな行動をしたのか美鈴にはわからなかった。
「…………美鈴さん……………。」
「何でございましょう?」
「…………いえ。」
「すみません、お邪魔な事しちゃって!」
にこやかにパッと離れる明花。
意味が良くわからずに、首を傾げながら台所から出て行く美鈴だった。
食堂から離れたところで美鈴の、
「あー、美味いですわー。」
という声が聞こえた。
先ほどの炭酸水を飲み歩きしてるのだろう。
「………美鈴、さん…私………。…………?」
胸に手を当てて切なそうな表情になる明花だった。
それからは何事もなく穏やかに時間が過ぎた。
結局その日も月夜と依然、そして白百合のプリンセスは部屋から出てこなかった。
「…眠れませんわ。」
夜中に目が冴えた美鈴、気晴らしに庭を歩こうと玄関を出た。
すると。
「………本当に、これっきりにしてください…。」
白百合のプリンセスの声だ。
彼女が森の中から姿を見せた。
いつの間にか部屋から抜け出していたらしい。
そして月夜も当然のように隣に付き添っていた。
「…あらあら、ご機嫌斜めかしら…?」
「…お嬢様に歯向かったりなどをしてはなりませんよ…。」
依然もいた。
この二人は黒いラバー製の衣服を身に付けてるようだ。
対して白百合のプリンセスはダボッとしたロングコートのような服を着ていた。
「…余興はあまり気に入っていただけなかったようだから、やはり部屋でちゃんとした続きと参りましょうかしら…?」
「…腕がなりますね、お嬢様…。」
「…あの、…………お手柔らかに…………。」
俯いた白百合のプリンセスを両脇からガッチリ押さえる月夜と依然と(イーラン)。
この時の白百合のプリンセスはまるで連行されてるみたいだった。
そのまま三人で寮の中へ戻っていった。
(…………一体何をされてたのでしょう。)
かといって夜中に森の中へ一人で入って調べる気にもなれず、美鈴も部屋に戻って寝る事にした。
………夢の中で、再び美鈴は白百合のプリンセスと再会した。
「美鈴さん?」
振り返った白百合のプリンセスが心底嬉しそうに名前を読んでくれた。
その事にいたく感動した美鈴。
感動のあまりか視界がボヤけてきた。
何故、自分はこんなに彼女からの声に感動してしまっているのだろう?
美鈴は自身のこの反応に戸惑っていた。
だが白百合のプリンセスに精神世界の中での出来事とはいえ抱き着かれると、堪らない充実感を得られた。
「嬉しいです、またお会い出来ました!」
「わ、私も嬉しいですわ…。」
自然と互いの背中に手を伸ばしあった。
「それで、あれからどうです?」
「…はい。あまり貴女に語るには抵抗があるのですが…。」
その日も明け方まで美鈴は白百合のプリンセスと精神世界での事とは言え、二人だけの時間を過ごすのだった。
まるで心の中の、満たされぬ何を埋めるかのように。
…そして白百合のプリンセスの存在は美鈴の心の隙間をピッタリと満たす事に成功するのだった。
明花の言動がどこかおかしいですね?
果たして彼女は何を思い、何を考えているのか?
今後の彼女の動向にも目が離せませんね。
そして月夜もまた白百合のプリンセスを何時まで手元に置きっ放しにするつもりなのか…?




