第五話【宿命と宿題の天秤】後編
美鈴と炎龍の勝負、決着。
二人の対決に文字通り埋もれてしまう愛麗は、今回は出番が少ないです。
「おっせーなー。」
高い山の麓にある平原でただ一人、佇む少女がいた。
赤い制服を身に纏うその少女こそ、美鈴との勝負を待つ炎獄の炎龍だった。
右手には長刀を携え、左手には手甲を装着していた。
「早く来んかい!何時まで待たせとんねん?」
時計を見ながらぶつぶつ言ってると。
(おーまーたーせーしーまーしーたーわー。)
遠くから声がした。
「あん?」
「中央貴族学院中等部代表、美鈴只今参上!ですわっ!!」
その声はあっと言う間に近づいて来た。
そして炎龍の手前10メートル手前に着地した。
「すみません、大変お待たせしましたわ!早速始めましょう!」
「あ、いや…始めるのはいいんだけどさ?」
炎龍は美鈴の姿と状況に戸惑った。
「………何?その腕の中でノビてる人。」
炎龍は美鈴の有翼飛翔魔術の急上昇によるブラックアウト現象で気絶している愛麗を指差して言った。
「あ。ああコレですね?」
「コラ起きなさい愛麗、もう着きましたわよ!?」
「う、う~ん?」
「さあ、早く穴掘って埋まるなり防空壕作って隠れるなりしてそこで宿題やってなさい!」
「わからない所は質問しても良いですかあ?」
「時と場合によりますが、基本はOKです。」
「はあい。それじゃ私は向こうの谷に隠れて宿題片付けまーす。」
たったった。と愛麗が谷に向かって駆けてゆく。
「な、何しに来たんや、アイツ?」
先程の二人のやり取りに炎龍が脱力する。
「あ、アハハ。気にしないで下さいな。」
「あ、ええと、あとその姿は何や?」
「え?普通に中央学院中等部の制服でございますが?」
「そうやない、その背中の光る翼はなんや?それに今、飛んで来たんか?」
「あ!………こ、これはですね?」
「さ、流石にもう間に合わないと考え、覚え立ての飛翔魔術を一か八かで試してみたんですわ。」
目線をあちらこちらに変えながら説明する美鈴。
「………い、一か八かとかで出来るような魔術ちゃうやろ、それ。」
「ま、まあ!出来たのだからラッキーですわ、結果オーライというヤツです!」
(…本当は得意な魔法なのですけど、話がややこしくなるから話を作りました、ゴメンなさい炎龍!)
「と、取り敢えず確認するけど、救命防壁は忘れず持って来たんやろうな?」
炎龍は首にペンダントのように付けたアミュレットを指差す。
「あ、はい。この通り…。」
首に手をやる美鈴だが。
「…………………ん?」
「…おい、今更忘れたとか言わんよな?」
「い、いえ?そんな事…………あれ?」
今度は制服のポケットを探す、が、やっぱり無いのか美鈴の顔から血の気が引いていく。
「忘れたんかいっ?!」
「あ。…………あっれー?!」
タハハと笑って誤魔化す美鈴。
「あっれー。…や、ないやろ!」
絶叫する炎龍。
「どうすんねん!これじゃ試合なんて出来へんやないか!」
散々待たされた挙げ句に試合出来ないなんてたまったものじゃない!と、言わんばかりの顔の炎龍。
彼女は自分を送り出してくれた西の中等部の仲間に対して顔向けが出来ずに、泣きそうになっていた。
「大丈夫ですわ。私の防御魔法はそんじょそこらの攻撃は通しませんから。」
どこまでもマイペースな美鈴だが、彼女の防御魔法はいかに相手が中等部代表と言えど学生レベルの攻撃など全く通さないのは既に周知されていた。
「いや、だから認可された救命防壁を無力化させて勝敗が決まるんやろが!」
「じゃ、そのレベルに合わせますわよ。これで問題ございませんね?」
美鈴が救命防壁を自身の前に展開して見せた。
「ちゃんと同じ程度のダメージで綻ぶようにしておきましたわ。試しに一発撃ってごらんなさいな。」
無言で火球を放つ炎龍。
確かに火球の当たった箇所の救命防壁は欠損していた。
「いかが?これで文句はありませんね?」
美鈴が欠損箇所に手を当て、修復する。
「………まあええやろ。ほな、始めるでえ!」
「いつでもいらっしゃいな!」
互いに得物を構える。
「「始め!」」
ガキッ!!
そして突進、剣と剣がぶつかり合う。
「火炎掌底打!」
炎龍の左手から炎の手形が美鈴目掛けて至近距離から飛んでくる。
「凍結光線、指突!」
対する美鈴は、剣を握ったままの両手のうち右手の指先を炎龍の放った火炎掌底打へと向けて冷凍光線を発射し、これを迎え打つ。
炎の手形は即座に氷の手形へと変わり、砕け散る。
「くっ、相変わらず強い魔力やな!」
「炎龍、今のが貴女の実力?まだこんな物では無いのでしょう?」
「当たり前や、今のはほんの挨拶代りや。」
今度は剣同士での斬り合いへとシフトする。
二人は跳んだり跳ねたりしながらそれぞれの魔法を飛ばし合い、接近しては剣と剣とを塹り結び、時折空いてる方の手や足での徒手空拳も交えながら戦った。
美鈴は魔法の種類を限定した上で威力をセーブして互角に見せていた。
決して相手を見下してるのではない。
真の実力がバレてしまうと、何かと厄介だからだ。
剣の腕も美鈴の方が圧倒していた。
だが徒手空拳となると炎龍の方がやや優勢だった。
「相変わらず、殴る蹴るの野蛮な攻撃は得意なようですね!」
「そっちこそ、剣を鞘に差したまま斬り合うのは相変わらずやな!」
「これは私のポリシーでございますわ!」
美鈴の防壁に炎龍から燃える拳の一撃がヒットし破損する。
その隙に美鈴の鞘付きの剣が炎龍の救命防壁を貫く。
救命防壁は盾のように身体の前に現れるのではない。
身体の表面のラインを覆うように結構ギリギリに発生する。
そのため防壁が破損すれば武器や魔法による攻撃が直撃しかねない。
故に首や心臓を狙わない規定が存在していた。
身体強化魔法でどれだけ守りきれるかは不明、そのための保険でもある。
双方ギリギリ身体に当たるか当たらぬかというところで引く。
そして一旦離れる。
「あら、当てても良かったのですわよ?」
「ワイかてちゃんと弁えとるんや。おまいこそチャンとワイに当てとかんで良かったんか?」
「あら、それはつまりお互い心配無用という意味に取ればよろしくて?」
「念のための身体強化もしっかりかけとるし自信がある。おまいもそうなんやな。」
そして魔法の撃ち合いへと転じる。
「そろそろマジになるでえ。」
炎龍の背後に炎の帯が発生し、それはやがて龍の形となる。
「あら、やっと出しましたのね。ご自慢の火龍を。」
「火龍やない、更に高威力の豪火龍や!」
その豪火龍が二体、そして三体に増えた。
「あらあ?あれからパワーアップされてたのですわね?」
「そうや!この三つ首の豪火龍の攻撃からは逃れられへんでえ!」
三体の豪火龍が美鈴に向かって襲いかかった。
豪火龍が火炎放射しながら美鈴を食らいつくそうと迫る。
「防護氷壁展開!」
美鈴の前に大きな氷の壁が現れ、豪火龍の吐いた火炎が防がれる。
その氷の壁に三体の首がぶつかって来た。
ズズウン。
一撃ではビクともしない。
だが火龍は諦めず二撃、三撃と豪火龍の体当たりを繰り返す。
そして七撃目、徐々に氷壁にヒビが入りだし、九撃目にして、遂に決定的な亀裂が入る。
「豪火龍の勝ちや!」
「いや、しつこ過ぎですわよ貴女。」
炎龍の執念に呆れた美鈴。
豪火龍が氷壁を打ち砕き、美鈴を襲う。
「思ったより、やりますわね。」
美鈴が少しムカついた表情を見せる。
「風刃!」
美鈴が右手を翳すと彼女の前方の空気が無数の刃となって豪火龍に飛び掛かる。
豪火龍の胴体にまとわりつくように切り刻む刃。
豪火龍が首だけを残して胴体が飛び散った。
ように見えた。
「え?そんな!」
豪火龍の母体となる炎龍の身体から三方に伸びた火炎が豪火龍の首と繋がり、豪火龍は復活した。
「こんなの、ありですか?」
「ワイの魔力も強うなっとるゆう事や、美鈴!」
「ああ、そうでございますか!」
美鈴が剣を上段に構える。
「ほう、その構え…かなりの本気出すつもりやな?」
「ええ。これでそろそろ終わらせますわよ。」
「行くでえ!」
三体の豪火龍が火を吹き、巨大な火球を作りあげる。
「食らえ!大火炎球!」
巨大な火球が美鈴に向かって発射された。
スウッと息を吸い大火炎球を見据える美鈴。
「刃あああっ!」
「竜巻斬!!」
振り下ろされた美鈴の剣の切っ先から空気が高速回転を始めると、瞬時に巨大竜巻へと変わる。
「火の龍と風の竜、どちらが強いか勝負ですわ!」
「行けええ!!」
「負けるか、こっちは三体、向こうは一体。こっちが数で有利やああ!」
ドッカアアアン!!
双方の龍と竜が激突し、爆風が周囲を包み込んだ。
煙と埃で視界は全く効かない。
「な、なんや。一体どうなったんや?」
炎龍が鼻と口をハンカチで覆いながら目を凝らす。
キョロキョロする炎龍のその頭上からそれは降ってきた。
「もらいましたっ!」
ゴンッ!
背後から鞘付きの剣で頭をぶっ叩かれ、杭のように炎龍の膝下が地中に埋まった。
「救命防壁、消去!」
美鈴が生徒手帳を炎龍の制服の校章に当てると、炎龍の体表から5センチ辺りを薄く覆う光の膜のような物がボンヤリ見え、消えた。
「これで私の全勝ですわね?」
美鈴が炎龍の顔を覗き込むと、彼女は先ほどの頭への一撃で気を失っていた。
「あらあら、…まあいいですわ。」
美鈴は剣を置いて炎龍を地面から引っ張り出すとその場に放置する。
「さて、後は愛麗を探して帰るだけですわね。」
そして美鈴は上空で光る物体を指差す。
『試合を見て下さっていらした全貴族学院生と教師の皆様方!』
『ご覧になられましたか?私は正々堂々勝負に勝ちましたわ!』
そのまま手を振りながら走り去る。
その様子は上空の立方体の鷹の目を通して各地学院の講堂に設置されたスクリーン、そして学院長室壁のスクリーンに写し出されていた。
暫くして、中央学院講堂から歓喜の大歓声が上がった。
「愛麗、愛麗!」
「終わりましたわよ、帰りましょう!」
「何処にいますのー?」
そう言えば谷の方へと向かっていた事を思い出し、谷の方へと進むと。
「こ、これは?!」
谷の手前の崖が崩れていた。
いや、高熱で抉られたように、表面が溶けていた。
「まさか………。」
豪火龍の火炎放射を避けた時か、或いは大火炎球を竜巻斬で砕いた一部が当たったのか。
「あ、愛麗…?!」
美鈴は崖をかけ降りた。
辺りは崩れた岩ばかり。
『愛麗、聴こえるなら返事なさい!』
念話で話し掛けるが反応しない。
「愛麗、愛麗っ!!」
美鈴は必死になって岩を掴んでは退ける。
だが岩が時々上から崩れてくるので危険だ。
「一つずつ片付けていては時間がかかり過ぎますわね!」
剣を構える美鈴。
「竜巻斬!」
崖の横方向から岩を一気に吹き飛ばす。
すると今まで岩で隠れていた小さな洞穴が見えた。
そこを覗くと。
「ぐがあーっ、すぴいーっ…………。」
何と、勉強しながら途中で眠ってしまっていた愛麗がそこにいた。
「良かった。…て、何で貴女寝てますの?」
愛麗に近寄ると。
「え、ええ?まさかこれ!」
愛麗の首には何処かで見たようなアミュレットが。
「あ、貴女が持っていましたのねえ?!」
ワナワナと震える美鈴。
美鈴はグーで愛麗を殴ろうとしたが。
「………で、でもそのお陰で貴女が助かったのなら、仕方ない…ですわね。」
複雑な表情で愛麗を見つめる美鈴だった。
その後、学園までゆっくり空を飛ぶ美鈴。
「いい加減起きなさい、愛麗!」
「え?お嬢様………ふぇっ?と、飛んでるうう!」
「それより貴女ずっと寝てましたわね!これなら置いてきても変わりませんでしたわ!」
「す、すみませえん。」
「明日こそはしっかり片付けなさいな。」
「今日はもういいんですか?」
「流石にもう夜中ですから。」
「…………と。帰宅するその前に、あの教師に謝りに行きましょうね愛麗。」
「あ、あれはお嬢様の指示だったので…。」
「シャアーラップッ!!」
二人はこの後、あの強面教師(♀)にコッテリと説教を食らった。
お説教の内容は、別に強面教師の愛犬をディスッた事ではなかった。
危険な決闘場所に幾ら本人たっての希望とはいえ美鈴が愛麗を連れて行った事、そして無理やり付いて行った愛麗に対するものだった。
二人が説教を食らっている頃。
「ふ、ふえーっくしょん!」
「あれ?ワタイ何でこんなとこで寝とったんやろ?」
夜の戸張が降りる頃、やっと気が付いた炎龍だった。
「くそっ、また負けてもうたわ。」
「でも見とれ美鈴、来年こそはー…………。」
「ら、来年は無理かな?上級生二年三年おることやし。」
二年三年の先輩方を想像するだけで完全にびびっている炎龍だった。
これで中等部時代の物語は終わり。
次回は屋敷の中のお話になりますが、その後から高等部時代の話となり、美鈴はタイトルにもある仮面の剣豪に変身します。
どうしてそうなるのか、その経緯も含めてお楽しみください。