第四十九話【長いモノにはこっちが逆に撒いて食ってやる気概が大事ですわっ!】
楽しい水泳授業。
しかし先乗りして泳いでいた美鈴が未知の存在と遭遇し…?
今回は海上、水中バトルです!
「何かしら?最近何か物足りないな、というか…。」
「何かこう、忘れてしまってる刺激があったような気がするのですけど…?」
「はて…?」
美鈴は午後の水泳授業の開始三十分前から浜辺のベンチに座っていたのだが、考え事をしているうちに最近何かをしてない事に気が付いてしまった。
が、それが何だったのか、一向に思い出せない。
「そのうち思い出しますよ。」
隣に座っている明花がそう言った。
「おじょうざまぁ~、あぢいでこざいまずうう~。」
「砂浜だから暑いに決まってますわよ。」
「いえ、なんで私が砂の中に埋もれでないどいげないんでずがああ?」
美鈴の足元には首から下が砂に埋まった愛麗が。
「昨晩せっかく明花さんが私のために取っておいてくださったパン、貴女が食べてしまったそうですわね?」
「ギクッ。」
「愛麗、もうバレてるのだから諦めましょう?」
芽友が愛麗を諭す。
「あ、あれはでございますね?夜中とはいえこのクソ暑い夏の日に冷蔵魔法庫にも入れずお食事を出しっぱなしにしていては腐ってしまうから勿体ない!と思いまして…。」
「あれは時折確認して傷んでましたら私が自分でお下げするつもりでしたのですけど…。」
明花が申し訳無さそうに言った。
「いえ、ですからね?そしたら結局捨てられてしまうのだから、これは勿体ない!そう思いませんか?」
「…いずれにしてもそのパンは腐って明花お嬢様に捨てられるか、愛麗の胃袋に収まるかのどちらかだったと思います、美鈴様?」
「し、しかし?私はせっかく明花さんが私の為に用意してくださったモノを食べないわけには…。」
「昨夜、四階の、窓。」
明花が涼しい笑顔で呟く。
「は?」
ぎこちなく明花の方を振り向く美鈴。
「カーテンの向こう、着替え中、下着姿の私…。」
ダラダラと滝のような汗を流す美鈴。
「え、エヘン、エヘン?」
わざとらしく咳払いする美鈴。
「四階から落ちた貴女を見た時、それはもう私の胸は、張り裂け…」
「わ、わーっ、わーっ?!」
美鈴は突如立ち上がると準備体操を始めた。
「み、みみ、皆さんが来られる前に、私、一泳ぎして参りますわーっ!!」
シュパパパーッ!と砂浜を駆けて海に飛び込む美鈴。
ものの数秒で沖合いに白波を起てて泳ぎまくる美鈴が目視出来た。
「ああ、監督者無しに勝手に泳いでしまわれて…先生に見つかったらまた怒られてしまいますよ、美鈴様は?」
「ほっときましょう、少し海で頭を冷やした方がいいんですよあの方は。」
ジッ、と明花を見つめる芽友。
「な、何?どうかしたの?」
「いえ、お嬢様の美鈴様への態度が…。」
「何時もと変わらないわよ?」
「いいえ、変わられました。」
「そう、それはまるで本妻みたいな…。」
「そ、そんな事は無いわよっ?!」
ベンチから立ち上がる明花。
「わ、わっ、私、ちょっとその辺を散歩してきますね?!」
慌ててその場を立ち去る明花。
「もーう、素直じゃありませんねウチのお嬢様も。」
「それに引き換え…。」
「アーン、早く出してくださーい!芽友ー?!」
「いいえ。貴女はウチのお嬢様と美鈴様の邪魔をしましたので、もう少し反省していただきます!」
「そんなあ、明花様のパンが美味しそうなのがいけないんだよお~。」
「はあ~…。」
深くため息をつく芽友。
「だいたい貴女は美鈴様の側仕えでしょう?ならばせっかく雰囲気の良くなってきた明花お嬢様と美鈴様の仲を取り持とうとは思わないのですか?」
「そ、そりゃお二人が仲良くされるのは側仕えとしては冥利に尽きますけど…。」
「でしょう?」
「…でも、私は側仕えとしてだけでなく、幼なじみとして美鈴お嬢様のお側にいたいんです!」
「ほうほう、美鈴様の側にいればあの方にセクハラ三昧出来ますものね?」
「ギクッ(汗)…。」
「…というか貴女は美少女だったら誰でも構わずセクハラしたいのではありませんか?愛麗!」
「そ…そんな事は無いですよ?いくら美少女でも良く知らない相手にはセクハラしません!」
と、そこへ。
「あら、愛麗さんのセクハラ相手は専ら美鈴様に限られてなくて?」
「そうなんですよ!私はお嬢様専門の…て?」
「おや、たしか愛麗さん、でしたか?砂に埋もれて何の余興ですか?」
「あ、貴女方は…安月夜様と依然さんではありませんか?」
月夜と依然の二人は黒と紺色のセパレート水着で現れた。
ただ、セパレートとはいえ腰と胸以外の側面は紐で結ばれているだけで肌が露出していたし、背中も腰までが顕になっていた。
普段からは想像できないその大胆な水着姿に恥ずかしくなったのか、思わず芽友は顔を背けた。
「どうしたの芽友さん、私達がここに来るのがそんなに意外かしら?」
「い、いいえ?」
水着姿にドキドキしながらも心の中では二人に対して悪態をつく芽友。
(せっかく愛麗と二人きりになれたのに!)」
「…ふーん。そっか、私とした事が気が利かなかったかしら?」
月夜が含み笑いする。
「な、何をおっしゃられますか?」
「愛麗さん、手の届かない相手を追いかけるより身近にいる大切な思い人を大事にしてあげなさい?」
「はあ…、良くわかりませんがありがとうございますね?」
愛麗は本当に言葉の意味が良くわからなかったようだ。
「あれ?そのお言葉、愛麗におっしゃられたと言うよりもご自分に向けて言われたのかと思いましたけど?月夜様。」
「ど、どういう意味かしら?」
カチンときたのか、それとも図星だったのか?ドギマギする月夜。
一部思い当たる節があったのだろうか。
「そのままの意味です…ちょっとお節介でしたか?ねえ、依然さん?」
「な、何故私に振るのですか?!」
今度は依然が冷静さを欠いた態度で返事をする。
彼女にも若干心当たりがあるのかも知れない?
「まあ、それよりお二人に少しお願いがあるのです。」
「この愛麗を砂の中から出すのを手伝っていただけませんか?」
「「えっ?!」」
「実は、かくかくしかじか………。」
…………。
「ええ~~。」
事情を聞いて、月夜達二人はうえええ…と面倒そうな顔をした。
「わ、私はてっきり芽友さんが埋めたか、愛麗さんが自分から埋めて貰ったのかと思いましたわ。」
「好き好んでこんな暑い砂になんか埋まりませんよ!」
月夜の魔法で無事砂の中から救出された愛麗は自由の素晴らしさに感動した。
「では、私は海の家でヤキソバ食べてきまーす!」
トタターッ!と愛麗は海の家へと駆けていった。
「こら愛麗?もう少しで水泳実習が…」
芽友が呼び掛けるも、既に愛麗の姿は店の中に消えていた。
「…速いですね。」
「普段はドンクサイのに食い気と色気になった途端、俊敏になるのですよあの子は。」
残念なモノを見るような視線で海の家の方を見続ける芽友。
「ある意味、それも魔法ね…。」
それはフォローになってないぞ月夜。
「お嬢様の周りは見事なまでに個性的な能力者が集ってるのですね。」
依然だけが一人感慨深げに「ウンウン。」と納得していた。
「ところで、美鈴さんは?」
「明花さんも姿が見えないようですが。」
月夜と依然がキョロキョロと辺りを見回す。
「ああ、それでしたら。」
芽友は浜辺から奥に見える岩礁の辺りを指差す。
「確か明花お嬢様はお散歩すると言ってあちらに向かわれました。」
「そうですか、美鈴さんとは別行動なんですね?」
ホッと胸を撫で下ろす月夜と依然。
「その美鈴様なら既に海水浴の真っ最中でございます。」
「あら、先生の指示を待ちきれなかったのかしら?」
「おや、沖の方で白波が…。」
依然が手で日差しを作りながら海の遠くへ目線を向けていた。
そこには海と言う青いキャンバスに白い波の航跡が何本も描かれていた。
「あら、これはこれで芸術的な眺めね…。」
「そうですね、いつまでも眺めていたくなります。」
「先生達が来るまではいいですけど、どうやって知らせます?」
「…さあ?そもそも誰があの子の泳ぎに追い付けるのかしら?」
「それもそうですね。」
「…ていうか、先輩の使い魔を飛ばせば知らせられるんじゃありませんか?」
「あらバレました?」
茶目っ気たっふりに笑う月夜。
「まあ、それは先生や生徒の皆さんが来てからでもよろしいのでは?」
「それもそうですね、依然さん。」
こうして三人はボンヤリと沖に広がる白い航跡を眺めるのだった。
しかし、この三人はまだこの時気が付かなかった。
実はこの航跡を描いている美鈴はそんなに優雅な気分に浸るどころでは無かった、という事に。
「…はあ、全くしつこい海蛇(?)ですこと!」
彼女は謎の巨大水棲生物に追われていた。
それこそ生身でありながらモーターボートを凌駕する程の高速で海上を泳ぎ続ける美鈴をひたすら追い続ける巨大水棲生物。
その姿は海蛇なのか海竜なのかそれら以外なのかは不明だ。
ただわかるのは、全長は悠に50メーター近くはあるのではないかと思える長い巨体をくねらせながら猛スピードで追いかけてくる事だ。
明らかに捕食狙いだろう。
美鈴は鍛練の為に敢えて魔法を使わず筋力のみで泳いでいた。
水着が大変な事にならないように水着だけには魔法で強化と防護を施してあるが、身体能力強化や高速移動の為の魔法は一切使用してはいない。
「そろそろ本気で千切らないと水泳の授業が始まってしまいますわねえ。」
(最初は鍛練ついでに丁度いいかと放置していましたけど、このままコイツを放置していては水泳授業そのものが中止になりかねないですわね。)
「仕方ありません、退治させて貰いますわ。」
途中で海の中へと潜る美鈴。
敢えて相手の得意な水中で勝負する。
「ゴボゴボ、ゴボボ、ゴボ。」
(これも鍛練ですわ。手加減では、ありせんことよ?)
【空中に上がって一本釣りという手もあったが、それではここまで追いかけ回された気が収まらない!…というのが本音だと思うぞ。】
(あら名尾君にはバレてまして?)
【いいからさっさと片付けろっつうの!】
(では。)
突進してくる巨大水棲生物と向かい合う美鈴。
「コボゴボッ!」
(超加速魔術っ!)
コンマ00秒の刹那に美鈴の身体が巨大水棲生物の突進を避けた。
この海中という負荷の大き過ぎる状況では、さすがに通常の身体能力だけでは避けきれないと踏んだ美鈴。
彼女の両手にはいつの間にか透明な刃が握られていた。
美鈴が名前を呼ばなかった為にその刃の構造、材質は現時点では不明。
その刃は巨大水棲生物の口から入り、向こうから突進してきたスピードそのままに一つの突進物を上下へと両断し続けた。
てっきり目標を捕食したと思い込んでいる巨大水棲生物はそのまま遠くへと泳ぎ去っていく。
…そしてその途中、水圧によって巨大水棲生物は徐々に上下二つへと身体が裂けていき、やがて完全に二つへと別れて海中を漂う。
その様子を見届けた美鈴が「やれやれ」とばかりに陸の方に戻ろうとする。
が、今度は二つに裂かれた巨大水棲生物の残骸へと無数の影が群がってきた。
それらはさっき美鈴が切り裂いた巨大水棲生物と同じ姿をしていた。
おそらく仲間だろう。
あろうことか、そいつらは仲間だった死骸へと我先に食い付き始めた。
「あららあ、なんてお下劣な…。」
美鈴は口を手で押さえて「うっぷ」と吐き気を堪えた。
すっかり巨大水棲生物達の大群が集まり、大きな黒い団子状態に見える。
「こ、この海にあんな巨大水棲生物の大群が?」
恐ろしくてゾーッとする美鈴。
「こ、このまま連中を放置してしまえば…。」
そう、漁業はもちろん人々にまで被害が…。
「これを理由に臨海学校が中止になるじゃありませんかあ~?!」
て、そっちかよっ?!
「超凍結!!」
美鈴が叫ぶと団子状の巨大水棲生物の大群はあっという間に氷山に閉じ込められた。
「有翼飛翔魔術!」
海から空へと飛び上がる美鈴。
「雷撃破!!」
雲一つ無い天上からナゾの稲光が轟き、氷山へと突き刺さった。
一瞬にして氷山は粉々に。
海上だけでなく海中の氷山もまるでアイスダストのようにキラキラ輝く塵と化した。
氷山に向けて放たれたそれは唯の稲光では無かったのだ。
いわゆる魔力の塊でもあったので氷山に閉じ込められ凍ってしまった巨大水棲生物の大群はひと溜まりもなく粉々に散ったのだった。
「はあー、これでしばらくこの海も安泰でしょう。」
そのまま飛んで浜辺に帰る美鈴。
と、既にそこには先生を初めいつもの面々、そして臨海学校参加中の生徒が揃っていた。
「あら、もう集合時間でしたか?遅れてスミマセンでしたわ。」
「…色々言いたい事はあるんだが、それはまあいいとして。」
「美鈴君?さっきキミは海で何をしていたんだい?」
「?何の事でしょうか?」
「海にいきなり氷山が現れたり、雷がその氷山を砕いたり…アレはキミがやった事なんだろう?」
「あらー?そう思われましたの?」
「美鈴さん、しらばっくれても、もうわかってるんですよ?」
申し訳無さそうに明花が言う。
「ごめんなさい、貴女の様子は私が鷹の目を使って見学してましたの。」
月夜が頭上を指差す。
するとそこには先ほどまでの美鈴と巨大水棲生物との激闘の様子が延々と映し出されているのだった。
「あ、あはは、はぁ~。」
力無く笑いながらその画像を見上げる美鈴。
「キミが未然に私達の水泳授業で遭遇するはずだった危険を退治してくれた事はとても感謝すべき事だ、ありがとう。」
「ありがとうね、美鈴さん。」
生徒達から口々に感謝されて照れる美鈴。
「い、いえ?当然の事をしてまでで…。」
「だが私としては一生徒を危険に晒したくなかった。出来れば戦わず撤退して私に教えて欲しかったかな?」
范先生のいう事は引率者として当然だった。
「ご、ご心配おかけしましたわ。」
正直に謝る美鈴。
「有無。それと…あの稲光は、まさかキミの魔法では無いよね?」
「はあ?何の事でしょう?」
「キミが学院に登録しているのは風魔法と凍結魔法の二つ、そして最近身に付けたと分かっているその有翼飛翔魔術だけ…。」
「まさか他にも使える魔法を隠していないよね?」
実はこの質問は質問者自身にも場合によっては諸刃の剣なのだ。
下手にここで隠していると認めてしまえばそれなりの処分を下される事になる。
だが質問者もまた魔法を隠していれば魔法を隠すその意味は良く知っている。
それを公の場でしかも大衆に周知させる事は貴族の、それも国を守護する八大武家への裏切りにも等しく取られてしまうのだ。
彼女らには確実に国や国民、王族を守護するために秘匿すべき魔法や魔術、秘技、秘術などの一手や二手どころか三手までが在ることは当たり前。
よってこの場での范先生の言葉の真意とは、
「ええ。もちろん登録済みの魔法以外は有しておりませんわ。」
「なのであの稲光は全くの偶然。」
「おそらくは天が私に味方してくださったのでしょう。」
「有無、宜しい。その言葉を信じるよ。」
ポンポン、と軽く美鈴の頭に手をやる范先生。
(上出来だぞ、美鈴君。)
…このように公然の場でその場にいた全員を前にキッパリと否定させる事なのだ。
それを質問した范先生自らが認める事で皆の疑念を払拭する狙いがあったのだ。
【今回は仮面の剣豪にならずに乗り切れたな、美鈴。】
(ああ、あの場は周りに誰もいないと思ってましたから。)
【逆にあの鷹の目のせいで危うく仮面の剣豪の正体がバレるとこだった。】
(まあ、ちょっと私の実力を出せばこんなもんですわ?)
【だが今後は気をつけろ、無闇に人前で実力を出さないためにも。】
(ええ。仮面の剣豪はそのためでもあるのですから。)
「…で、残念な知らせとなるが、今日の水泳授業は中止とする。」
『えええ~?!』
「そんなあ?せっかく巨大水棲生物の群れを葬ったのに?!」
「まだ近海に他の連中がウヨウヨしてるとも限らんし、卵があってそれが孵化してたらどうする?」
「そうなると手に負えませんものね。」
淡々と語る月夜だが、彼女も残念そうだ。
「仕方ないわ美鈴さん、また来年調査結果が無事な海での開催に期待しましょう?」
美鈴の肩に手をやる明花。
「そうよ、それにまだ美鈴さんは泳げてるからまだいいじゃありません?」
「私達なんてせっかく新調してきた水着着たのに足にすら海に浸かれてないんですよ?」
そーよそーよ?!
と、周りの生徒が騒ぎ始めた。
「わかったわかった!」
「せっかくだから水着コンテストでもやろうか?」
「全員で投票して獲得票数の多かった人が優勝、それでどうだい?」
范先生が急遽思い付きで提案したこの催し、皆はイベントに飢えていてのかあっさり賛成した。
「せ、先生!優勝商品は何ですの?」
「え?あー、そうだな…。」
ふと范先生の目に鰻屋さんが止まった。
「…よし、私の驕りだ!」
「あそこの鰻屋さんの鰻の蒲焼き丼の大盛りを優勝者に食べてもらう!どうだ?!」
「準優勝は?」
「それの普通盛りってとこでいいかな?」
『わあ~っ☆☆☆』
思春期の女子達は色気よりも食い気に流行っていた。
だが。
「こ、これが…鰻…?!」
「そうだよ、息がいいのを近くの川から釣ってるんだ。」
店の主人が威勢良くそう言った。
大きな水槽の中を勢い良く泳ぎ回る沢山の鰻達。
そう。
美鈴はそれを先ほどまでの光景とダブらせてしまった。
それはまるで、あの巨大水棲生物と同じ姿のように見えなくもなかったから。
「うっぷ。」
思わず口に手をやる美鈴。
自分が両断した巨大水棲生物と、それに群がる仲間の巨大水棲生物達…思い出すだけで美鈴は吐き気が…!
「どうしました、美鈴さん?」
不思議そうに美鈴の顔を覗き込む明花。
「あの、私…。」
目がクルクル回り始めた美鈴。
「美味しそうな蒲焼きですよね、早く食べたいですかお嬢様?」
愛麗が蒲焼きの匂いにうっとりしながら炭火に焼かれる鰻の蒲焼きに見入っていた。
「私…こ、今回は棄権いたしますわああ~っ!!」
脱兎のごとく一目散に走り出す美鈴。
「えっ?どうしたんですか、美鈴さーん?」
思わず後を追うも当然追い付けず、途中で立ち止まる明花。
「一体どうしちゃったのかしら?」
はてな?と首をかしげる明花。
「はあ~、こんなに美味しそうな優勝商品を要らないなんて、お嬢様も変わってますねえ?」
愛麗は一旦目で美鈴を追うも、再び蒲焼きに目が釘付けとなるのだった。
結果、唐突な水着コンテスト優勝は月夜、準優勝は明花に輝いた。
その夜。
「はい、美鈴さん。」
そう言って彼女が美鈴に差し出したのは焼きたてのパンだった。
「これは…?」
「ここの厨房をお借りしてさっき私が焼いてきました。」
「美鈴さん昨夜どころか今朝もお食事されなかったし物足りないだろうと思いまして。」
「それに私だけ鰻丼食べて申し訳無かったし、昨夜のパンの事も…それで…。」
「ふむ。そういう事でしたら。」
一口噛る美鈴。
モグモグ。
「うん、美味しいですわ♪」
「…良かったぁ。」
「私には鰻丼より明花さんの焼いてくれたパンの方がご馳走でしたわね?」
「お上手なんだから、美鈴さんてば。」
二人は微笑み合いながらまったり夏の夜を過ごすのだった。
…この後で恒例の夏のイベントが待っている事を側仕え達に教えられるまでは。
無事、海の平和を守りきった美鈴。
その代償に水泳授業が無くなってしまいましたが…。
水着コンテストも鰻丼も投げ捨てた美鈴でしたが、最後は明花のパンでほっこりタイムを味わえました。
しかし冒頭にあった
「忘れてしまってるような刺激」とは何だったのでしょう?
何れ思い出すのかも知れませんが、そのまま忘却しそうな気も…(汗)。




