第四十七話【刃を砕く『鋼の女』が『あの得物』で敵を叩きますわ!!】
【鋼の女】、とはこれ如何に?
いよいよ若汐が仲間の救出に。
美鈴もそれに加わるのですが、彼女はここで今まで見せなかった力を見せます。
そして敵に対して意外な得物を用いるのですが…(苦笑)。
ルンルン笑顔の若汐だったが扉の取っ手に手をかけた瞬間、彼女の表情がキリッと引き締まった。
「みんな待ってて、今から助ける…。」
若汐は扉にかけた手に目一杯力を込めて、開いた。
「みんな、お待たせしました!!」
…と、普通ここで漫画やアニメなら観音開きの両扉を「バアン!!」と勢い良く開けて囚われた生徒らの前に若汐が颯爽と登場するシーンなのだが…。
ガラガラ…。
「よいしょ、よいしょ。」
残念ながら横開きの両扉となっていたので、若汐は両側の扉を一枚ずつ丁寧に開けていくしかなかった。
「ぐ、ぐぐぐ………。」
しかもこの扉、結構重かったらしい。
若汐は歯を食い縛って引き戸を片方ずつ、トボトボと押して開いていた。
その様子をポカーンと眺める囚われの生徒らと犯人の兵士達。
ようやく扉を大きく開ききると、若汐は荒くなった息を整えるため深呼吸を繰り返す有様だった。
ザワザワ…。
「若汐さん…。」
「やっと、やっと帰ってきてくれたのね…?」
「これでもう私達、解放されるのよね?」
生徒らは口々に安堵の言葉を口にした。
「遅かったな、李若汐。」
犯人らしき兵士が語りかけてきた。
「ちょ、ちょっとだけ手こずりましたからね。」
「その上その扉を開くのにも、そんなに手こずるとはな?」
「………うぐっ………。」
幾ら強いとはいえまだ中等部の二年生、成人の筋力目線で評価するのは酷と言うものだろう。
「ふん。まあいい。」
「それで、討ち取って来たという証拠は?」
「は?」
「だから、安月夜を討ち取って来たという証拠だ!」
「…あ、と…え?何?」
若汐はこの兵士の言ってる事が理解出来なかった。
彼女は「約束守ったのに(実は守ってないのだが)何が不満なのだろう?」とでも言いたげな顔だ。
何故か自分の言ってる事が理解してもらえず、その兵士は苛立って少し頭を掻いた。
「証拠となるモノだよ。暗殺任務を達成した証明になる物を何か持って来たのか?」
「ええー?証拠~?!」
「当たり前だ!何の証拠も無しに仲間を解放すると思うか?」
「で、でも証拠って…一体何を持ってくれば良いの?」
当の若汐は全くそんな事を考えてはいなかったのだから、今頃当然任務を果たした証拠と言われても困ってしまった。
「私に命令した時にはそんな事言ってなかったじゃないの!」
それは事実だった。
だが若汐に命令した兵士もそれくらい当然わかってると思い込んでいたので意外そうな顔をしていた。
が、相手はまだ中等部二年で軍属ではないし、そもそも暗殺任務の経験やその為の教育などされてない。
だからこれは明らかに兵士の方の不手際だ。
しかし今さらそんな事を認めてもしょうがない、と兵士は居直った。
「口答えはいい!証拠になるモノが何かあるのか無いのか?」
「その…そんなモノがいるなんて知らなかったから…。」
「ならもう今日は遅いから仲間に明日確認させる、それまでお前は仲間と一緒にそこへ固まってろ!」
「むうっ…。」
不満たらたらな顔で兵士の横を通り過ぎる若汐。
「…待て。」
兵士の言葉にピクッと反応する若汐。
「何?」
振り向かずに答える若汐。
「お前に渡した暗殺用の長弓はどうした?」
「あ、向こうに置いてきた…。」
さもウッカリしてたかのように話す若汐。
「あ、あれを置いて来たのか?!」
ザワッ…。
「ワザワザあの方が直々に貸してくださったと言うのに…!」
「これだからガキは…。」
他の兵士達も恐れおののいている。
「何よ、明日ついでに取りに行けばいいじゃない。」
「そ、それはそうだが…。」
「で、そのあのお方とやらはどこに?」
「あの方は別件で戻られた。もうここにはいない。」
「…そう。」
若汐は仲間達の元まで歩き、彼女らを背にしてから呟いた。
(敵のナンバーワンが存在しないのなら、これはチャンスかも知れない。)
後は仕掛けるタイミングだけだ。
と、唐突にそのタイミングはやって来た。
外に出ていた兵士の一人が青ざめた顔で中に入って来たのだ。
「おい、こんなとこで何をやってんだ?外は今、大変なんだぞ!」
「どうした、何があった?」
「そう言えばアンタさっき外であった爆発音を確かめに行ったんじゃなかったのか?」
兵士達は外から戻って来た兵士を囲んでザワザワし始めた。
「わからない…突然翼竜を使役する魔術師と槍使いがここを襲撃してきて…。」
話を聞いていた兵士が「まさか…」と若汐の方を振り返ろうとしたその瞬間。
ズドズドズドッ!!!
いきなり飛んできた数本の弓矢に背中や横腹を射たれて倒れていく兵士達。
射たれた兵士達は急所こそ絶妙に外されているものの、うずくまったり横になったりでもはや立ち上がる事が出来ない。
辛うじて矢を逃れた数人の兵士らが監禁していた生徒らと向かい合う。
「き、キサマら…!」
苦々しく顔を歪める、犯人のリーダー格と思われる兵士。
「お生憎様ね。今あんたらの仲間を襲っているのはあんた達が暗殺対象としていた安月夜さん本人よ!」
戦弓を構えて矢を引き絞る若汐。
彼女の後ろの生徒達もいつの間にか戦弓を手にして立ち上がっていた。
そして監禁されてた生徒達の背後から凛とした声が響く。
「この状況は貴女達には不利…大人しく投降する事をオススメいたしますわ。」
生徒達の集団が二つ別れて道を作ると、そこからユックリと近づいてくる一人のご令嬢がいた。
そのやや高級そうな夏服はすでに所々がほつれたりしていたが、それでもそれを着ている少女は強い意志を宿した表情で真っ直ぐ犯人達を見据えていた。
「お初にお目にかかりますわ。」
その令嬢は若汐の側を通り過ぎて彼女より前に立った。
その背中に対して若汐は深くお辞儀した。
「私は、八代武家の黎家が長女。」
「黎美鈴と申しますわ。」
ザワッ!
合宿所はざわめいた。
「ま、まさか、あの貴族学院中等部無双と謳われた?」
「疾風の…美鈴…!」
その場はますますザワザワし始める。
「あら、私って結構有名人ですのね?」
「美鈴さん?それは流石に白々しいかと…。」
若汐が恐る恐る苦言を呈するも。
「?別に楽しい芸を見せるワケでもないのに何で注目浴びてるのかと思いまして…変でした?」
このご令嬢、脳筋なだけに人気者になる事や有名人になる事への拘りはあまり無いようだ。
「で、そちらにいらっしゃる貴女が主犯ですの?」
「…い、一応現場を任されてはいるが…今回の作戦における責任者というワケではない。」
「美鈴さん、この人は小物です。今はたまたま責任を押し付けられてるだけでここを攻めてきた主犯は何処かに行ってしまいました。」
「何と?ではこの方を倒しても解決とはならないのですか?」
これはビックリ、と目をパチクリさせる美鈴。
「こ、小物とか私をバカにしおって!」
バカにされた犯人の兵士が剣を持って美鈴に近づく。
「あの…お止めになった方が…。」
美鈴が僅かに後退する。
「何を抜かす?今更ビビりおったか!」
剣を振り翳す兵士。
「仕方ありませんわね。」
美鈴の右手が僅かにピクッと動いたのを見て剣を振り下ろす兵士。
ズバッ。
かなりの速さで振り下ろされたその剣は、決して下級兵士では実現出来ない剣速だった。
また、その剣筋も鮮やかな軌道を描いており技においても中々の腕前と見えた。
しかしそれでも。
「あー、その前に。」
美鈴が足下を見るため屈んだ。
彼女の右手は靴の紐を摘まんでいた。
そして彼女が「ちょっと待て」と言わんばかりに左手を翳すと、あろうことかその左手の平にまるで吸い付くかのように兵士の剣がピタリと止められていた。
「…ん?んん?!」
兵士はその剣を美鈴の手の平から離そうとするが、ビクともしない。
「…失礼、少し靴の紐が弛んでおりましたわ。」
「道理で歩きにくいワケですわね、暫しお待ちを。」
「あ、私が直します!」
若汐が甲斐甲斐しく美鈴の靴紐を結び直す。
「…、終わりました美鈴さん。」
彼女は美鈴の靴にチュッと口づけしてから離れた。
「どうもありがとう。…で、何でしたっけ?」
美鈴が「そう言えば何かしてましたかしら?」とでも言わんばかりに剣を振り下ろしてきた兵士の方を見た。
そのまま片手でグググッと剣を横に押す美鈴。
「ぐ、おおおっ?」
ツン!
剣を横に弾き飛ばすように美鈴の手の平から剣が離れる。
危うく剣と共に倒れそうになる兵士が踏ん張って堪えた。
「おい、何見てる?お前らも加われ!」
「「お、おう。」」
仲間の兵士らも加わり、今度は三人がかりで美鈴に斬りかかってきた。
「美鈴さん!」
慌てて矢を弓につがえる若汐達。
が、それを右手で制する美鈴。
その刹那、兵士達の剣が美鈴へと叩きつけられた。
ガツウン!
かなりの衝撃音が鳴った。
思わず目を瞑る若汐。
「な、何だとぉ?」
兵士らは想像しなかった手の痛みとし痺れに困惑した。
「あーあ。これ、立派な殺人行為ですわね?」
そう言ってニヤリと笑う美鈴。
彼女の左腕、頭、胴体にはそれぞれ三本の剣が突き立てられていた。
が、それだけだった。
剣の刃は僅かに美鈴の皮膚に食い込んで沈んでいる。
しかしそれもパッと見で精々1㎜から2㎜もあればいいところだった。
頭は髪の毛一本すら斬られておらず、胴体に至っては辛うじて服が剣の刃で切れてはいるものの、本来その下から滲んでいるはずの血潮は全く確認出来なかった。
「ま、まさかこれは…硬気功?」
「ご名答。少し色んな意味で手抜きをしておりますが。」
「まあ、私の場合は硬気功を魔法で更に強化しておりますけどね。」
美鈴がそう言うと、兵士らが斬りつけている剣がピキキ…とひび割れ始める。
そして呆気なく剣は砕けて散った。
「鋼の気を放つ硬気功、差し詰め【鋼気功】とでも呼んで下さいな?」
刃のほとんどが砕け散り柄の部分だけとなった剣を手から落とし、ゾゾ~ッと青褪める兵士達。
彼女らは口々に言った。
「ば、化け物だ…。」
「鋼鉄の化け物女…。」
………………………。
「!…な、なな…」
「何ですっててえ~?!」
これらの言葉にだけは美鈴もカチンと来たようだ。
美鈴が懐に手を入れた。
「こうなれば、もうあの得物を使うしかありませんわね…!」
ごくッと唾を飲み込む兵士達。
一体どんな武器が?
美鈴の取り出す武器を興味津々に見守る敵兵士達、そして若汐を始めとする戦弓部員達。
「貴女方は少し折檻する必要がありますわね?!」
そう言って美鈴が懐から取り出したモノは。
バシイイン!!
「いったあああ~~~???」
バシバシ、パシイン!!!
「や、やめっ、やめてええ?!」
戦弓部員達の目に映ったのは悲鳴をあげて美鈴から逃げ回る兵士達。
そしてそれを追いかける美鈴の姿だった。
「待ちなさいコラア!!」
逃げ回る敵兵士らを追いかけ回す美鈴。
彼女の手にはハリセンがあった。
………その三分後に戦弓部員達が見たモノは。
ボロボロになったハリセン片手に勝利の雄叫びをあげる美鈴。
そしてその彼女の足下で、ボロ雑巾のように横たわっている敵兵士らの死屍累々とした姿だった………。
「うわあ…。」
ここまで一方的にハリセンの折檻でボロボロにされてしまうと何故か犯人の敵兵士達に同情したくなる戦弓部員達であった。
美鈴は悪人達を懲らしめたり叩き直す(文字通りに)けど、命の取り合いは考えに無いのです。
勿論ハリセンでぶっ叩いたところで相手は滅多に死なないでしょうけどね。
若汐も仲間の命が懸かってなければ相手を殺すつもりは無いようです。
彼女も年齢的には普通の中学生ですからね。
ともあれ、監禁事件はこれで終わりを迎えそうです。




