第四十一話【臨海学校へ出発!臨戦体勢を整えよ!?】
夏休みも三分の一が過ぎ、いよいよ夏合宿の始まり。
美鈴は仲間達と共に臨海学校に参加すべく沿岸地帯へと馬車で向かうのですが…。
結局、あれから月夜が何かと理由をかこつけて美鈴たちの部屋へ毎日入り浸ってしまったせいか月夜を狙った刺客達は暗殺のチャンスを得られなかった。
そして彼女の護衛のため美鈴も帰省出来なかったし、彼女の変身のチャンスも来なかった。
美鈴が心配な明花も帰省出来ず、美鈴に手を出す機会を伺っていた范先生も帰省せず不純交友監視の名目で美鈴の部屋に入り浸ってしまった。
そしていつの間にか、臨海学校の日がやって来た。
「さあー今日からお待ちかねの臨海学校ですわよ!」
「はい!宿題も研究も終わったし気持ち良く出発出来ますね!」
爽やかな笑顔いっぱいの美鈴と明花。
「私はまだ半分…。」
ズーンと重い表情の愛麗、その側で苦笑いの芽友。
「まあまあ、まだ夏休みは三分の二は残ってるから大丈夫よ?」
「…何だか知らないが、私が君たちを臨海学校に引率する事になっていた。何でだ?」
首を傾げる范先生。
「生徒寮に入り浸ってるのがバレたからじゃありませんの?」
月夜が涼しい顔で釘を刺す。
「あれ?月夜先輩、そのバッグは何ですの?」
「あら、言わなかったかしら?私も今年は臨海学校の方に行くのよ。」
「珍しいな、確か君は毎年高原の乗馬合宿の方では?」
范先生も不思議がる。
「いつもお高くとまっている上流階級の貴族に囲まれての乗馬合宿も飽き飽きしてまして、今年くらいは新しい体験もいいかな、と。」
「ふーん。」
明花が月夜を軽く横目で睨む。
「つまり、庶民的な下級貴族である私達なら気楽で良い、と?」
明花は皮肉を混じらせながら月夜に尋ねてみた。
「あら明花さん?貴女少し誤解していらっしゃるわ。」
「ここにいる下級貴族は貴女だけ。隣にいる美鈴さんは立派な上級貴族ですのよ?」
それを聞いてハッと隣の美鈴を見る明花。
そしてみるみるうちに元気を無くしてしまった彼女を見た美鈴はフォローにまわった。
「月夜先輩、そう仰られる貴女もこれから下級貴族だらけの臨海学校に向かわれるのでしょう?無用な争いの火種になりかねないその様な物言いは控えた方が懸命かと。」
「あらごめんなさい、私個人は差別意識は無いのだけどそうとられたかしら?」
「すみません明花さん、別に貴女を侮蔑したワケではありませんので誤解無いように。」
「はい、私は元々貴族でもなんでもない庶民でしたから、こんなのは慣れっこです…。」
そう言い返しながらも少し元気の無い明花だった。
「あ、あら、そう?」
月夜は少し焦った。
何時ものようにやり返してくるだろう、くらいに思っていたのが何だか様子がおかしい。
(ま、まさかこのくらいの事でこんなに?)
(私が少しやり過ぎたのですか?)
明花の元気の無さが腑に落ちないながらも少し反省する月夜。
それを見た范先生と美鈴は顔を見合せ、ヤレヤレと目を伏せた。
すると門の方から声がした。
「美鈴お嬢様、明花お嬢様ー!安家からの馬車が到着しましたー!」
愛麗が賑やかに迎えの馬車の到着を告げた。
これからまる1日かけて一番近くの沿岸地帯へ出かけ、現地集合となる。
この日は夕方宿に泊まり、翌日から二日間の合宿、四日目の朝に解散となる。
そして三日目の夜には夏合宿恒例の、アレがある。
「そう言えば月夜先輩は生徒会長でしたよね?」
「ええ。私の実質的なお仕事はこの合宿まで。秋には後任を決める選挙と引き継ぎ…だったのだけど。」
「例の代表選抜戦、ですか。」
「そう、その流れで今年いっぱいは生徒会から離れられなくなりそうなのよ。」
「ちなみに生徒会選挙はいつに?」
「二学期が終わるまでには次期生徒会メンバーを決めたいところだけど…中々いい次期候補が見つからなくて。」
「そうですか、大変ですわね。」
「ええ。…出来れば貴女達と側仕えさん達がなってくれれば解決するんだけどね?」
「単に頭数が揃ってるからではありませんかそれ?」
「バレたかしら?」
クスクス笑う月夜と美鈴。
今の会話に微笑みながらゆっくり明花の方を見る范先生だったが。
「ふ、ふふふ。」
ぎこちなく乾いた笑いを周りに合わせるように振り撒く明花。
(ヤレヤレ、これは重症かな。)
それとなく美鈴に目配せをする范先生。
その視線に気付いた月夜。
「…美鈴さん…。」
「わかってますわ。」
コクリと首肯く美鈴。
それから何度となく休憩で馬車を止めた時、美鈴は側仕えコンビの乗るもう一台の馬車の方に明花を誘って乗り換えた。
入れ替りに月夜の馬車の方には月夜の屋敷から来ていた彼女の従者が移る事に。
美鈴はその従者とすれ違った時、ほんの僅かに何かが頭をよぎった。
だが明花の事に気を取られていたと見える美鈴は特に気に止める素振りもないまま側仕え達の乗る馬車へと乗り換えた。
「ここは少し我慢だよ、月夜君。」
「…わかってます、私の失態ですから。」
「君らしくも無かったよね。」
「どうかしてました。あの子が羨ましくてつい焦ってしまい…。」
「気持ちはわかるよ。」
「先生は平気なんですか?」
「平気?とんでもない。」
「私は君達ほど器用じゃないからね。」
「それに結局はすべて美鈴君次第なんだから焦ってもしょうがないだろう?」
「それは頭では理解しております。」
「君は私に比べればまだ恵まれた立場なんだから、明花君にあまり気を取られずに自分の出来る事をすればいい。」
「そう仰られる先生も、私よりあと二年も美鈴さんといられるじゃありませんか?」
「私は一応教師だよ?大っぴらに彼女にアプローチかけられないよ。」
「…まあ、それはともかく明花君には後でちゃんと謝罪した方がいい。美鈴君に近付く以上、彼女との付き合いもまだ続くワケなんだから。」
「…少し面白くありませんけど、そういたします…。」
ややムクレ顔ながらも本当は明花が心配な月夜だった。
(フフン、素直じゃないな月夜君も。)
月夜に気付かれないように口元を僅かに吊り上げる范先生だった。
そして従者も主人である月夜の横顔を黙って見つめていた。
その頃、美鈴はまだ少し元気の無い明花に付き添い、側仕え達と同じ馬車に乗っていた。
「お加減が優れませんの?」
美鈴が労るように明花を気遣う。
「いえ。何でもありません、気になさらないで美鈴さん。」
薄く笑みを浮かべる明花。
その主人の様子に、芽友も何かあったと気が付いた。
「お嬢様、お疲れでしたら私は御者の隣に座り、愛麗を美鈴様の隣に座らせますので横に…」
「そ、それいいですね!」
思わず興奮する愛麗。
自分が美鈴の横に座れるのが嬉しいらしい。
「だ、大丈夫よ?」
明花はせっかくの芽友からの申し出をやんわり断る。
すると直ぐに残念そうな顔になる、わかりやすい愛麗だった。
「明花さん、何か心に引っ掛かるものがあるのなら、ここで吐き出してしまった方が楽になりますよ?」
「そ、そんな事は別にありません。」
少し狼狽える明花。
「なら、なぜそんなに寂しそうなお顔をされているのですか?」
「えっ?!」
思わず両手で頬を挟む明花。
「…もしかして明花さんは貴族間の上級下級という分け方に壁や疎外感を感じてらっしゃるのですか?」
「ちょ、直球ですね美鈴さん。」
「…直球という意味はわかりませんけど、当たっているという解釈でよろしいですか?」
もちろん直球の意味くらい美鈴もわかっている。
だがそれを認めてしまうと転生者であることがバレてしまう。
他にも転生者がいないとも限らないし、それが味方である保証も無いので、明花には悪いがここで前世の知識によるやり取りをするワケにはいかなかったのだ。
「明花さん、私は貴女が凄い人だと思ってるんですのよ。」
「私が…凄い?」
「庶民から貴族になれるだけでも既に充分に凄いのに、加えて魔法医学にかけての優秀さは誰もが貴女を認めてくださってますわ。」
「でも、それでも私はやっと下級貴族になったばかりの成り上がり者なんです。」
「いえ、そんな事気にする必要は…」
「でも、私が下級貴族では美鈴さんと…」
「貴女と、釣り合わないじゃありませんか!」
「あ…。」
ハッと口を押さえる明花。
「そ、そういう事、でしたの?」
美鈴が照れていた。
「明花お嬢様?そんなにご自分を卑下する事をお考えになられていたのですか?」
芽友が悲しそうに言った。
「私は明花様はとても素敵なお方だと思います。悔しいけど私よりよっぽど美鈴お嬢様の隣に相応しいお方だと思いますよ?」
少しぎこちない表情の愛麗。
若干無理して喋っているのは芽友を意識してる事もあるが、素直な愛麗の気持ちでもあった。
愛麗もまた明花の友人の一人として彼女に自信を持って欲しい気持ちだったのだ。
「少なくとも私達は全員が、上級下級や主人の側仕えの関係であっても壁を作らず付き合える友人同士だと思っておりますわ。」
「美鈴様がここまで仰って下さったのです、ここはご厚意に甘えましょう明花お嬢様?」
「芽友…。」
「あのー、お二人は一度喧嘩されてましたよね?あれ以来お二人は互いに遠慮なく付き合える仲になったと私は思っていたのですけど、違ったんですか?」
愛麗がまともな正論を述べた。
あの変態の愛麗が。
「上級とか下級とか、そういう見方は確かにあります。だけど上級と下級が付き合ってはいけないのですか?」
「い、いえ?そんな事は…!」
「でしたらいいじゃないですか。私は明花さんを誰よりも大切な友人として選んだのです、これからもずっとそうであって欲しいのです、ダメですか?」
「そ、そんな…ダメなワケは…!」
「じゃあ、決まりですわね!私達はこれからもずっと一緒です!」
美鈴が明花をギュッとハグした。
「め、美鈴さん?!」
明花の目が真ん丸になる。
「おおおーっ?!」
どよめく芽友。
そして
「あああー!?」
悲鳴を上げる愛麗。
「………もう、悩んでた私がバカみたいじゃないですか…。」
美鈴に抱き締められた明花の頬に紅が差し、そっと美鈴の背中に両手を伸ばして、添えた。
(あ、何だかドキドキしてきましたわ…これはヤバいですね?)
やってしまってから、このままでは明花とのエンディングへと一直線になるのでは?とようやくこの状況を危惧する美鈴。
しかし今この状況で無理矢理に明花を振り解けばせっかく立ち直った明花がまたドンヨリしてしまう危険性がある、と美鈴は考えた。
どうしたものか、と美鈴が悩んでいると。
キキィーッ!
前方を走っていた月夜の馬車が急に止まった。
遅れて美鈴達の馬車も停車した。
「何かあったのかしら?」
芽友が後ろを振り返り御者に声をかけた。
「どうかされましたか?」
「分かりません。前の馬車で何かあったのかも。」
その言葉にハッとした美鈴。
「明花さん、もしかして月夜先輩に何かが?」
「先輩が?」
「降りましょう!」
二人は馬車を降り、月夜と范先生の乗る馬車へと向かった。
月夜の乗る馬車で何が起きたのか。
彼女は無事なのか。
そして臨海学校は無事迎えられるのか。




