第三話【メイリンの記憶・TS転生前とTS転生後】
美鈴のTS転生前から現在にかけてが夢の中という形で本人の口から語られます。
そして騒がしい朝の一幕。
美鈴、良く朝からこんな騒々しい時間を過ごせるなと感心してしまいます。
というよりは、愛麗の変態っぷりにドンドン磨きがかかっていきます。
『僕は何でここに生まれ変わったのだろう。』
久々に自分の事を「僕」と呼んだ私。
こういう時は、大概昔の…前世の夢を見た時だ。
前世の私…僕は、とても大人しくクラスでも目立たない男の子だった。
身体も弱くて、小学校では苛められっ子な僕は中学に上がる頃には何かが変わるかも知れないと、特に当ても無いのに期待してた。
勿論、期待は裏切られた。
中学に上がったところで自分が何一つ変わらなければ、周りの反応は小学校の時のままだという事実を、この時僕は初めて知った。
友達も楽しみも生き甲斐も無い僕は、いつしかアニメやゲームにのめり込むようになった。
所謂オタクだ。
学校や家では何もいいことは無かった。
だけどアニメやゲーム等の二次元世界だけは僕の心の渇きを潤してくれるオアシスだった。
ただひたすら学校では攻略を考えたりスマホでゲーム情報やアニメ情報を検索、家ではゲームをやり込み、休憩がてらアニメを見る毎日。
そんなある日、たまたま発売日に購入したゲームを鞄に入れたまま忘れていた僕は、それをクラスNo.1のお調子者に見つかってしまった。
最初は根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だったのだが、彼はどうやらパッケージに描かれた美少女キャラクターに一目惚れしたらしく、熱心に攻略方法を聞いて来たり、一緒にこのゲームの内容やキャラクターへの愛情について共に熱く語り合う仲になった。
そんな日々が始まり暫くした頃、
「あーあ、現実にこんな彼女いねえよなあ。」
そう呟く彼に、コスプレイヤーの事を紹介した。
そしてゲーム声優の事も。
因みに僕はこのゲームのヒロインの演技の声真似をしたりテーマソングを歌手の女性に似せて歌ったりも出来た。
調子に乗ってそれを披露して見せると、彼の顔が尊敬の眼差しに変わった。
僕らのゲーム愛…いや、ヒロインへの愛情がピークとなったその時。
僕は短い人生を終える事になってしまった。
実につまらない事が原因だった。
その日の深夜もついゲームをやり込み過ぎて、うっかりジュースを溢してしまった。
それがコンセントにかかったので慌ててコンセントを抜くと、ジュースを拭き取った。
すっかり安心しきった僕は、まだ少しジュースで濡れているその手で、うっかりコンセントに触れてしまった。
そして差込み口に差込んだ瞬間、
感じた事のない衝撃を全身に感じた。
良く死ぬときには過去の記憶が走馬灯のように流れると言われるのを何かで読んだ。
…走馬灯って何なのか見たことも無いのだけど。
僕の場合、その見たことも無い走馬灯の流れるような記憶すら見る事も無く、気が付いたら一切の記憶を忘れて赤ん坊になっていた。
そして転生後、私は小学校に通う事となる。
この世界では貴族と言えど平民とは別々ではあるものの、学校に通う。
私は何の因果か、小学校入学を翌日に控えた夜、転生前の前世の記憶を思い出した。
最初は夢だった。
夢に前世の記憶を見るようになった。
それが前世の記憶だと言うことに気が付いたのは、前世でともにゲームを楽しんだあの友人が夢の中に現れて、「これはゲームの中の世界だ」と、告げたからだ。
最初は信じられなかった。
というか信じなかった。
でも徐々に夢に見た前世の記憶がはっきり思い出として甦るようになると否定出来なくなった。
ただ、ここがゲームの世界とは言われたものの、完全にそうとも言えない。
二次元と三次元の違いもあるし、登場人物も少し違う。
恐らくだが、私が予想するにここは、ゲームと同じ世界観を共有するだけの別世界なのではないか?という事だ。
もっともゲームが始まり終わるのは高校生になってからの三年間。
私はまだ前世で死んだ時と同じ年齢の中学生だ。
事の真偽を確かめるには高校生にならなくては何もわからない。
この先何があっても良いようにそれなりの準備はしてきたつもりだ。
ヒロイン能力カンストはその為の必要最低条件と言える。
だが、能力は本人の努力やヒロイン周囲の恵まれた環境によって最大を目指す事は十分可能だったと言えるのだが、問題はアイテムだ。
このヒロインが本来ゲームで大活躍するにはあるアイテムがどうしても必要だった。
それは「仮面」だ。
彼女は仮にも貴族の令嬢。
正義の目的があったとしても、素顔で暴れまわるのは何かと聞こえが悪くなる。
現に無礼者達を人間飛ばしにして遊んでただけで不評な噂が流れるくらいなのだから。
………え?そこは自業自得だ?
それくらいわかっていますわ!
なので、彼女…つまり私は正体を隠しながら戦いをこなす為にもその仮面を探さねばならないのだ!
…………………………。
「むにゃむにゃ…………。」
ベッドで寝息をたてながら寝言を呟いている美鈴。
「お嬢様、お嬢様?」
彼女の枕元には彼女を起こそうと数人の召し使い達が立っていた。
「…よぉっしゃぁぁ、アイテム、げぇっとぉ………。ぐふふふ…。」
「また何か冒険の夢でも見ておられるのですね…。」
「…冒険の夢?なら暫くは中々起きられそうにございませんね。」
「仕方ありません。…愛麗?」
「はい、ここにおりますが。」
「ここは貴女の出番です。存分におやりなさい。」
「え?そんな、いいんですか、朝からいきなり!」
「苦渋の決断です。皆が羨むこの大役、しかしながら貴女にしか出来ないので仕方なく任せるのです!」
「で、でへへへへえ。」
愛麗は任された仕事を前にして口から溢れでるヨダレを拭った。
「ああ~、お嬢様、今から側仕えのアイリー、貴女のお側に参りますねえ~…ニヒヒヒ。」
愛麗は使用人の服を脱ぎ出すと肌着姿となって美鈴のベッドへと潜り込んだ。
「ん、んんん…。」
寝苦しそうな表情の美鈴。
「あはああー、お嬢様ー。」
ベッドの中で愛麗がモゾモゾと動いている。
「………ば、化け物が、私の、は、肌を………?」
美鈴の寝言がハッキリと発声されるようになった。
「…!…!…え?」
パッチリと目が開いた美鈴と、布団の中の愛麗の目。
その二人の目が、バッチリと合う。
「ふえ、えっ?」
ヒクッと引く美鈴。
「おはようございます、美鈴お嬢様あ。」
至福の時を堪能中ですっかりスケベ面となっている愛麗。
「あ、ああ…愛麗?」
美鈴が、ワナワナと震えだす。
「はい、貴女の忠実なる愛の下僕、愛麗です!」
ニヘラアッと笑う愛麗。
いつもなら可愛い美少女なのだが、この時ばかりは完全な変質者の気持ち悪い笑い顔となっていた。
「キッ………?」
「き?キスですか?お嬢様っ!」
愛麗が勘違いして自分の唇を美鈴に向かって突き出す。
「…キッ、キャアアアア~~ッ!!!」
悲鳴をあげながらプッツンする美鈴。
【昇!激!波ああっ!!】
ズドーン!!!
閃光が屋敷の屋根を突き破った。
「お嬢様あああ~~~~っ?!」
そして愛麗は美鈴の昇激波によって天高くへと打ち上げられた。
……………。
昇激波を放った後でようやく正気に戻り、目も覚めた美鈴だった。
「はあっ、はあっ、はあ~……………………な、何だったの、今のは?」
「おはようございます、美鈴お嬢様。」
「あらおはよう皆さん。」
「………あら?愛麗が居ないわね?」
「もうじき帰ってくると思います。」
「そう、空から…。」
「空?」
召し使い主任と子供の召し使いの返答に、思わず空を見上げる美鈴。
と、
ヒュ~~~~~ッ。
身の危険を感じた召し使い達が全員、部屋から退避する。
そして美鈴は咄嗟に防御光壁を展開した。
(ま、まさか?)
ゆっくりと、目覚める前に起きた出来事を思い起こす美鈴。
「………ぉーじょーぉーさーまぁあああーーー。」
少しずつ大きくなる声の元を見上げる美鈴。
「あ、愛麗?!」
「受け止めてくださあああい!!」
猛烈な勢いで落下してくる愛麗。
その脅威的な殺傷力を伴う落下物を前に、当然美鈴の答えは
「イヤア~ッ!!!」
【障壁掌底打!!】
展開したままの防御光壁を叩き付けるようにして愛麗の落下から身を守る美鈴。
グシャアアッ!!!
凄絶な音と共に愛麗が顔から防御光壁に突っ込み、玉砕した。
反動で5メートル程度後方へと転がる美鈴。
そしてゆるりと起き上がる。
「骨………うん、大丈夫。」
自身の身体の無事を確認し、ホッとする美鈴。
そしてその刹那、漸く思い出したかのように
「愛麗、生きてる?」
「…………。」
返事が無い。
「あ、愛麗?」
「そ、その………スプラッタ、とかは…イヤよ?」
恐る恐るうつ伏せの愛麗を裏返す美鈴。
ゴロンと仰向けになった、その愛麗の顔は。
「ンフフフ~。お嬢様ぁ、回復のためのキッスを~。」
ブチュウッ!という擬音が聴こえてきそうな勢いのタコみたいな唇で、美鈴からのキスを今か今かと待ち構えている愛麗がそこにいた。
美鈴は黙ったまま、サッカーボールを蹴り上げるように愛麗の後頭部を思いっ切り蹴り上げた…。
その様子を遠くから倒壊した瓦礫に隠れながら召し使いの主任が他の召し使い達に講義をする。
「ご覧なさい、皆さん。」
「あのダメ召し使いの愛麗が恐れ多くも美鈴様の側仕えになれた理由がアレです。」
「あの、気持ち悪い変態っぷりが理由なんですかぁ?」
「違います!どこ見てんですか、貴女は?」
主任はその能天気な回答をした召し使いの頭をハリセンでパアン!と叩いた。
「………私、わかりました。」
「あの奇跡的な頑丈さですね?主任。」
子供の召し使いの方が、よっぽどマシな回答をした。
「惜しいですね。確かに異常なまでの頑丈さですけど、それだけではあのお嬢様の攻撃魔法を二度も受けたのに原型を留めたままで、しかも生きて無事なワケがありません。」
「あの子はああ見えて、お嬢様に匹敵するほどの防御魔法と回復魔法を兼ね備えてるのです。」
「エエエ?!あ、あの変態がですかあ?!」
皆が一斉に驚いた。
「そう。惜しむらくはその変態だという部分ですけどね。」
「とても、そんな魔法の才能の持ち主とは思えませんが。」
「ええ。あの子は魔法を習ったことなど今まで一度も無いのに、本能だけでお嬢様から向けられたあらゆる攻撃をほぼほぼ無力化させられるのです。」
「攻撃魔法と攻撃剣の権化と言えるお嬢様。」
「その側にいられる者こそ、それらの攻撃が誤って向けられたとしても耐えうる者なのです。」
「そ、壮絶な理由で選ばれてるのですね、お嬢様の側仕えとは。」
唖然としながら主任からの説明を聞く召し使い達だった。
一方、幾ら無意識にお嬢様からの自身への攻撃を無力化できるとはいえさすがに限度があるようで。
「アハ、エヘ…。」
ピクピクと引き付けを起こしながら気絶する愛麗は全身蹴られながらも何故か嬉しそうだった。
「やっと大人しくなりましたか、この変態召し使い!」
ハアハア肩で息をしながら気絶する愛麗を漸く振り払った美鈴であった。
そんな彼女らだが。
…………………。
「早く来なさい、愛麗!」
「ああん、お嬢様、お待ちくださーい!」
「貴女のせいで遅くなったのですよ?」
「では、置いていってくださいまし?」
「どうせ置いていったら後でぶつぶつ恨み節を聴かせる気でしょう?」
「そんな事しません!しくしくメソメソ泣くだけです!」
「やめなさい!置いていかないから兎に角、急ぎなさい!」
「も、もう無理…は、走れませぇん、おぶっていって…欲しいなあ~。」
ハアハアと息を切らす愛麗。
怪物じみた美鈴の走りにマトモに着いてこいと言うのが土台無理な話しなのだが。
「…む、胸やお尻、…触ったりしないでしょうね?」
「え?いいんですかあ?」
言ってみただけだったのに思わぬ反応が帰ってきたので喜ぶ愛麗。
「は、早く乗りなさい!」
美鈴がテレる。
「置いていくワケにもいかなそうですからね、仕方なくですよ?仕方なく!」
「お邪魔します!」
美鈴に飛びかかるように背中に抱き付く愛麗。
「ぶっ飛ばしますわよ!」
愛麗をおぶった美鈴が急加速すると、その強烈な加速Gに一瞬で気を失う愛麗だった。
ギリギリのタイミングで校門をジャンプして飛び越え、無事着地する美鈴。
「ふう!今日も何とか間に合って良かったわね愛麗?」
背中を振り返って尋ねる美鈴だが、背中におぶった愛麗はまだ気を失ったままだった。
「あ、愛麗?しっかりして、愛麗!?」
オロオロする美鈴。
それを他の生徒達が横目で通り過ぎていく。
「本当に、仲いいよね、あの二人。」
クスクスと微笑みながら眺める生徒達の、生暖かい目に晒されている美鈴と愛麗の二人だった。
…………………そんな微笑ましい朝の一幕の後。
「愛麗、今夜も折檻ですからね!」
「はうう、お嬢様ぁ。(キター、ご褒美ー!)」
こんな二人が、もうじき高校生となる。
愛麗、最初はこんな変質者ではなかったのですが…。
美鈴が陥落すれば収まるのでしょうか?
勿論、美鈴にそんな気はないのですが。
そしてもうすぐゲーム世界が始まる高校生へと進学する二人にどのような展開が待ち受けているのでしょうか。