第二十六話【不機嫌なお嬢様が病みを抜けて復活する時、真の恋愛(戦い)は始まる?!】
美鈴は攻略対象三人のあわや衝突に出くわし、すっかり塞ぎこんでしまいます。
そんな彼女はある人のお見舞いを経て復活。
白百合祭へも意欲的になります。
「…お嬢様ー、いい加減起きてくださいな?」
「私は具合が悪いので今日は休みたいのです。」
「仮病ですか?」
「仮病違います、病気です。」
「じゃ、お顔を見せてくださいな。」
「嫌です。私は貝になりたいのです。」
「何ですかそれ?」
三大怪獣激突(?)未遂から明けた翌朝、珍しく登校を嫌がる美鈴に手を焼く愛麗。
「まあ今日1日くらいなら別にいいと思いますけど、明日はちゃんと起きてくださいな?」
愛麗は普段の様子での寝坊なら襲って起こす気にもなれたのだが、どうも昨晩から美鈴の様子がおかしかったので茶化すのは止めることにした。
それに全くの仮病でも無さそうで、機嫌だけでなく気分が優れないのも本当に感じられた。
「お嬢様、何かお悩みで気分が晴れないのでしたら相談して下さいね?」
「………別に相談する程の事はありません。」
「ならいいんですけど。それでは。」
愛麗は学院へと出かけた。
(…………もう、疲れましたわ…。)
美鈴は前世は男だった。
ただ、それはあくまでも数年前に蘇った記憶であって、現在の彼女は「普通の女子」だった。
当たり前の世界であるなら年頃の男子に恋をする、そんな年齢にあった。
それが何故かこの世界では男性が存在せず、代わりに女子同士で恋愛、結婚するという前世ではあまり考えられない現実があった。
前世においてそれは百合と呼ばれるほぼ空想世界の、それも主に男性から好まれる関係だった。
しかし今世の美鈴は身も心も「普通の」女子として成長した。
前世で百合好きな男子として過ごしたとはいえ、それはあくまでも前世での話。
今世の美鈴にとって同性である女子は友情の対象でこそあれ、恋愛や性の対象とはなり得なかった。
しかしこの世界の女子たちは美鈴の事を放ってはおかず、恋と性の対象として見るのだった。
美鈴にとってそれはクレイジーでしかなかった。
「せめて、普通の男子もいる世界なら……いえいえ、それも無しですわっ!」
そう。
仮に男子もいて男女の恋愛も成立する世界であったとしても、それはそれで前世の元男子としての記憶と感覚がそれを邪魔する。
前世の記憶と感覚からすれば男子とのそれもまた隠避すべき同性とのそれになってしまうのだった。
(何とも難儀な………)
こればかりは誰にもわかって貰えない。
だから恋愛どころか結婚など自分には無縁だとずっと思ってきた。
なのに今年に入ってからというもの、百合ゲーの世界がスタートしたのが原因なのだが既に三人もの百合ゲー攻略対象キャラに該当する女子達から思いを寄せられてしまった。
そして遂に昨日、その三人が自分を巡りあわや衝突!という事態に陥ってしまった。
「もう、どうしてよいのかわかりません…。」
この世界の元となる百合ゲーやラノベにもこんな展開があったのだろうか?
何故か思い出せない。
しかもこんな時こそ役にたって欲しい仮面の聖霊こと前世の親友「名尾君」からの声は、ずっと途絶えたままだ。
「もしかして、あれも選択肢の場面だったのでしょうか?」
「それでは逃げる選択肢を選んでしまった私は、まさかのゲームオーバー?!」
「も、もしや名尾君との会話が出来ないのはそれが原因…?」
段々不安になってくる美鈴。
(あああ~~~!こ、このままでは不安で夜も眠れませんわあ~?)
ガチガチ歯を鳴らしながらブルブル震える美鈴。
…その数十分後。
「すうー、すうう~…………。」
静かな寝息を立てている美鈴だった。
……………………。
(…………さん、美鈴さん……?)
(……?、んん~………だ、誰?)
「………美鈴さん、具合はいかがですか?」
「………だ、誰、です………んぎっ?」
頭を動かした美鈴だったが頭痛に襲われうめき声が出た。
「………あ、熱が出てますね。」
美鈴のオデコに柔らかな手が乗る。
「………あ………。」
(…………気持ち、………いい………。)
手のひらからうっすらと優しい光が当たっているのが感じられた。
(この、光は…魔力?)
うっとりとその手のひらからの優しい感覚、に身を任せる美鈴(メイリン。)
「そのまま聞いて下さい。」
「昨日はごめんなさい、貴女の気持ちも考えずに私達が一方的過ぎました。」
「貴女が誰を好きであろうと、誰にも恋してなくても、それでも、構いません。」
「私、は…私は、ずっと貴女の事を…お慕い申し上げております。」
美鈴の額からそっと手が離れていく。
「…………それでは、お大事に。」
パタンと戸が閉まる音がする。
やがて廊下で愛麗とのやり取りが聞こえた。
二人の声が止むと、そのまま意識が遠退いた。
…………………………。
チュンチュン。
小鳥の鳴き声がする。
「あ、あらぁ?」
ボンヤリ目覚める美鈴。
「………朝、かしら……。」
寝起きで鏡を見ると、髪の毛が大変な状態になっていた。
「愛麗、髪の毛を解いて………。」
魔力時計を見ると、まだ時刻は午前5時。
隣の部屋からは愛麗のイビキが聞こえていた。
「…………仕方ありませんね。」
魔法道具で浴室の浴槽の湯を沸かして身体と髪の毛を洗うと魔法の温風で髪の毛を乾かした。
身支度を整えると自分でパンを焼き、湯を沸かすと簡単なスープを作って食事した。
ついでに愛麗の分のパンとスープも用意しておくと、紅茶を淹れてゆったり過ごした。
「さて、あのお三方と今後はどのように接しましょうか。」
「……………………………………………。」
「……………………らしくありませんね。」
(行き当たりばったり、なるようにしかならない。)
(今世のこれまでと変わりない、正直に全力でぶつかっていくだけだ、何事にも……ですわ。)
フッ、と息を吐くと不意に口元が緩んだ。
【吹っ切れたようだな、美鈴?】
(な、名尾君?今まで何してたんですかっ?!)
【これも選択肢だったんだよ。】
【あの三人との修羅場の場面、下手に誰かを選らばずに誤魔化したのが実は大正解だったのさ。】
(ええ?あの卑怯ともとれる選択が、ですか?)
【あの時一人だけを選んでいたら、そのままその相手とのエンディングまで一直線だったんだ。】
(そ、そーだったのですかぁっ?!)
【更にさっきの今後の方針を決める時。実はあれも選択肢。】
【特に何も決めない。これこそがトゥルーエンドへのルートに続いてる選択肢だった。】
「そ、そんなところまで選択肢にされてたのですか?それならそうと何故ならアドバイスしてくれなかったのです!」
【いや、あれから俺も考えてたんだ。】
【色々口煩く言って来たけど、やっぱりこれはお前の問題、お前の人生、そしてお前自身がプレイするゲームなんだ。】
【俺はあくまでもアドバイザーでナビゲーターに過ぎない。】
【だから、お前の意思を尊重してお前自身が悔いのない選択をするべきだったんだって思った。】
(じゃあもう、アドバイスとか手助けしてくれないんですか?)
【そうは言ってないよ、お前の今後に危機が待ち受けてるなら、選択を誤りそうなら勿論助言する。】
【誰と恋してもいいし、しなくてもいい。だからどれだけ言い寄られたところで、無理して相手に合わせて選んであげたりしなくてもいい。】
(………名尾くんは、私の悩みをお見通しだったんですね。)
【他ならぬ美鈴だからな。】
その言葉にドキッとする美鈴。
【まあ、女の子相手が嫌だってんなら、男の俺ならいつでも大歓迎だぜ?】
(…その一言が余計なんですのよ、貴方は!)
頬を膨らませてプンプンする美鈴だった。
【おお、怖い怖い(笑)。まあこれだけは忘れるな?俺はいつでもお前の味方だ。それと今からこの部屋に来るヤツもな?】
「お嬢様~、さっきから何を一人でブツブツ仰られてるんですかあ?」
寝ボケ眼で髪の毛をピンピン跳ねさせながら、パジャマが着崩れた愛麗が現れた。
「愛麗。ちゃんと着替えてらっしゃいな?お顔も洗いなさい!」
「ふぁぁ~い…。」
そのあと着替えて顔も髪の毛もシャッキリとして目覚めた愛麗が、テーブルに美鈴の用意したパンとスープを食べていた。
「お嬢様、熱は下がったのですか?」
「ええ、おかげさまで。心配かけましたね。」
「そう言えば昨日、お見舞いに来られましたよ?」
「ああ、知ってます。多分あの方ですね?」
「お顔見られたのですか?」
「…見なくても、わかりますわ…。」
美鈴の頬が上気し、微笑んだ。
「お嬢様~?」
愛麗が訝しげな顔で美鈴の表情を覗き込んだ。
「な、何ですの?愛麗。」
「………いえ、まだ無自覚のようなので安心致しました。」
ツン!としながらパンを頬張る愛麗。
「…………?」
きょとんとする美鈴。
少し日も高くなり、学院へと向かう美鈴と愛麗。
と、玄関で見慣れた二人に出くわした。
「あら、おはようございます…明花さん。芽友さん。」
「………め、美鈴さん?もう起きても大丈夫なんですか?」
「はい、もうこの通り!」
袖を捲って力こぶを見せる美鈴。
「くすっ。その分ならすっかりお元気そうですね。」
「ええ、お嬢様はすっかりいつもの調子です芽友さん。」
やれやれ、という表情の愛麗。
「それは良かったです、愛麗さん。」
苦笑いする芽友。
「それにしてもお早いですね、明花さん何かご予定でも?」
「はい、今日は私、日直なので。」
「はあ…え?」
「思い出されましたか?美鈴さんもですよ。今日もお休みされるかも知れなかったし、まだ病み上がりだからお誘いしませんでしたけど。」
「いえいえ、そうは参りませんわ。せっかく復活した上に早起き出来たのだから、私も参ります!」
腕捲りした右腕をブンブン振り回しながら気合いを入れる美鈴。
「そ、そんな…戦に出向くワケじゃありませんから…。」
困り顔で笑う明花。
「それじゃ、みんなで行きましょうか?」
愛麗の一言で四人揃っての登校が始まる。
「ねえ美鈴さん?」
「ん?何ですか明花さん。」
「…やっぱり、私は貴女とカップルコンテストに出たいです。」
「貴女がお嫌でしたら仕方ないですけど。」
明花がやや俯きながら話す。
「そうですね…。」
「いいですわ、出ましょう。」
「ふえっ?」
美鈴からのOKに顔を上げて美鈴を見る明花。
「仲が悪い者同士なら嫌ですけど、他ならぬ明花さんからのお誘いですからね。」
「私達は、親友なのですから!」
「し…親友、ですか…。」
少しガックリする明花。
「でも私が親友と宣言できるのは幼なじみで側使えやってる愛麗か、貴女くらいしかいませんよ?」
「そうですよ明花さん、これは凄く光栄な事なのです!」
愛麗が胸を張って自慢する。
「そ、それもそうですね…。」
微笑む明花。
(そうですね、焦る事はありません。)
(今はまだ親友。………でもきっと、何時かは。)
「やるからには全力で楽しまないとですわね、明花さん?こうなったらミスコンテストにも二人で応募しましょうっ!!」
「エエエ?!み、ミスコンテストにも出るのですか、それも私までえ?」
明花はこの誘いは考えていなかった。
「お嬢様?ヤケに積極的になられましたね?」
「恥はかき捨て!楽しんだもの勝ちですわ!」
「………お嬢様、御愁傷様です。」
芽友が合掌する。
「………わかりました、カップルコンテストに誘ったのは私の方ですものね。」
「出る気になりましたか!こうなったら二人で両方優勝をかっさらいましょう!」
「いえ…ミスコンテストの方は片方一人しか優勝出来ないんですけど?」
「…………なら、狙うはワンツーフィニッシュですわ!!」
「………めげない人(笑)。」
「愛麗さん、私達も出ますか?カップルコンテスト。」
「えっえええー?!」
突然の芽友からの申し出にドキドキする愛麗。
「愛麗、芽友さんが外堀埋めに来ましたわね。」
「お、お嬢様あ。」
「これは意外な私達のライバルですね、美鈴さん?」
四人はクスクス笑いながら学院の門をくぐるのだった。
まだ今の時点では誰も選ばず、恋愛無視ともならないようですが…本人が自覚してないだけなのかもしれません。
名尾君は何も言いませんけどトゥルーエンドへの舵はブレてはいない模様。
しかしもうひとつの現実、魔物達の侵攻は今後どんな影響をもたらすのでしょう。




