第二十二話【誰が為にハリセンは鳴る】
いざ学院へ帰還!
…………と、なるはずでしたが、
余計な一言を言ったヤツがおりまして、一悶着あります。
今晩も安月夜先輩の屋敷に宿泊することになった美鈴達。
…正確には宿泊する「羽目に」なった、の間違いだが。
「個室毎にシャワーが完備されてるなんて、凄いお屋敷ですよね。」
シャワー室から出て来た明花が柔らかい笑顔で語った。
「これは魔法石を沢山採掘、保存、更には加工や使用も出来る我が国の中でも、四大名家だからこそ許される贅沢ですわね。」
ソファーに座っている美鈴の隣に明花が腰掛ける。
「美鈴さんもシャワー浴びられます?」
明花が美鈴の方へと身を乗り出す。
「わ、私は、…自分の部屋で浴びて来ましたわ。」
バスローブの前が少しはだけていて、明花の胸の谷間が見えている。
美鈴は恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
(お、落ち着け!落ち着くのですよ美鈴!)
(お、同じ女の、同じ身体じゃありませんか?なな、何を恥ずかしがる必要なんか…が…。)
と、美鈴の顔の方へと明花の顔がどんどん近づいて来る。
明花は既に目を閉じている。
「美鈴…さん………」
美鈴はゴクッと唾を呑みこみ、唇と唇が触れあう寸前で硬く瞼を閉じるのであった…………。
…………(…み、明花、…さん………。)
ジリリリリリッ!!!
『お嬢様ー、朝でこざいまーすーっ!!!』
中華鍋をオタマでガンガン叩きながら愛麗が美鈴を起こす。
(………はれ?夢………?)
ボーッと寝ボケながら明花とのあわやのシーンを思い出し物思いに耽る美鈴だった。
まだ外は薄暗い。
馬車で学院に向かわなければならないので少し早目に起床しようと前夜に皆で約束していたからなのだ。
朝ご飯は何故か炒飯だった。
それで愛麗が中華鍋を叩いてたのか、と一人納得する美鈴だった。
さて、登校までまだ少し時間がある。
美鈴は制服に着替えると部屋を出た。
(この頃気を抜くと前世で男だった時の感覚が甦って来るようです。)
(あんな夢を見たのもそれが原因に違いありませんわ?!)
かくなる上は、と美鈴は月夜先輩の部屋を訪ねた。
「あら美鈴さん、お早うございます。」
月夜先輩は既に制服姿で紅茶を飲みながら寛いでいた。
「お早うございます。あの先輩、学院に登校する前に少しお願いしておきたい事が…。」
……………………………。
「あら、そんな事を気にしてらしたの?」
「はい、どうもこの頃の私は女性らしさというか、女性としての自覚にかけてるような気がしまして…。」
「フフフ。別におかしくなんかないわ。」
「そ、そうでしょうか?」
「だって美鈴さんは次期当主になられるのでしょ?でしたら寧ろ喜ばしい事ですよ。」
「当主足るものは父役母親としてグイグイ周りを引っ張って行かねばならない立場になります、だから女性らしくあるべきなのは寧ろそのお相手となる方なのですよ?」
月夜が「しな」をつくりながら美鈴に近寄る。
「なんならそのお相手に、私が立候補してもよろしくてよ?」
「そ、そうですか?そのように言われたらその相手の生徒はさぞ幸福でしょうねー?」
タハハ、と乾いた愛想笑いをしながら後ずさる美鈴。
「美鈴さんもイケズなお人…。」
アッサリとその場は諦める月夜。
「変なお願いして申し訳ありませんでした、忘れてくださいませ~♪」
そそくさと月夜の部屋を後にする美鈴だった。
美鈴が月夜の部屋を出ると、執事さんと出会し、互いに会釈した。
「あ、執事さん。少し訪ねたい事があるのですが。」
「何でございましょうか。」
「昨夜は月夜先輩を襲った賊は現れませんでしたか?」
「………いえ、私はそのような話しはとんと聞いておりせん。」
「そうですか、…執事さん、私はてっきり………いえ、何でもありません。」
「?」
「すみません呼び止めてしまって。」
「ご用がお済みなら、これで。」
そう言って立ち去ろうとする執事さん。
「あ、もう1つありましたわ。」
ピタッと止まる執事さん。
「…………月夜さんをここの名家の重圧から救って下さる存在は、見つかりましたか?」
執事は振り向かずに答えた。
「はい。お嬢様はそれはもう、素晴らしいお方と巡り会われました。」
「そうですか、執事さん達も一芝居打った甲斐がありましたわね。…おっと、これは独り言ですわ。」
「独り言は、周りに聴かれないようにお喋りなされた方が宜しいと思います。」
執事さんは、軽く振り向いてにこやかに会釈をすると再び歩き出した。
(………ふむ。やはり。………とりあえず今回のこの人はシロ、という事ですわね。)
(正直、屋敷の中の人間全員が怪しい…かと言って毎日泊まり込むワケにもいかず。)
(だがさしあたって今回の事件は私達を試すためなのではないのだろうか?)
(お嬢様の力となり、彼女の側で共に歩んでくれる存在かどうかの見極め…。)
(それはつまり、伴侶候補探し。)
(………私の考えが飛躍しているのかも知れませんが。)
(今回の件、そう考えれば全て納得が行きます。)
(あえて月夜先輩に直に聞いてもはぐらかされるか開き直られるかのどちらかだから、私が納得出来れば良いのです。)
(そう。)
(この家の外からの侵入など普通に考えればあり得ない事なのですから。)
「空でも飛ばない限りは。」
美鈴は窓からコッソリ屋根に上がり、念のためにその痕跡を探す。
しかし、やはりそれらしい跡などは当然無かった。)
オマケに。
「こらー、美鈴君!勝手に人様の家の屋根に上がって何をやってるんだい?!」
(先生に見つかって叱られてしまいましたわ。)
(これも月夜先輩と安家の無事を確認するためなら安い出費みたいなモノですわ。)
「お嬢様ー、恥ずかしいから早く降りてきて下さいよー?!」
愛麗が喚いている。
(コイツにだけは言われたく無いですわ!
おかげで、まるで小銭とはいえドブに捨ててしまったかのような何とも言えない気分になりましたわ…!)
ひきつった笑顔を顔に貼りつけながら三階の屋根から飛び降りる美鈴。
「キャアア~!」
「美鈴さん?!」
屋敷の庭から悲鳴が聴こえる。
が、そっと着地した美鈴が涼しい顔で事も無げに言う。
「あら皆さん、どうされましたか?」
「ぶ、無事なのですか?」
明花が駆け寄って来て美鈴の全身をジロジロと観察する。
「明花さん、私は風魔法を使えるのですから高所から飛び降りてもノーダメージですわ。」
(本当は身体の作りが常人離れしてるから100メートル上から落ちても足から無事に着地出来るんですけどね。)
心の中でペロッと舌を出す美鈴だった。
美鈴の家系は普通の人間では無い。
更に言えば八大武家の当主と後継ぎに指名された人間は王家に伝わる神代からの儀式によって強化される。
四大名家も当主と後継ぎに任命された人間は王家直々による秘伝の伝授が行われるらしい。
(私も秘伝の伝授受けたいものですわ。)
自身が聖霊の仮面という至高の宝物を与えられてる事を忘れてとんでもない事を頭の中で抜かす美鈴だった。
「とにかく、ビックリするからあんな事はやらないように!」
范先生から再び注意された。
「では皆さん揃いましたところで、学院へ戻りましょう。」
執事さんが合図すると馬車がやって来た。
「愛麗、芽友さん、転移の方は大丈夫ですか?」
「はーい!魔法パワーも満タンですっ!」
芽友がアミュレットを目の前に翳す。
アミュレットの外周に埋め込まれている魔法石がピカピカと光っているのが見えた。
「じゃあ、とっとと転移しちゃって下さいな。私達はそれを見届けてから出発致します。」
「そ、それですけどお嬢様~。」
「何ですか愛麗?まさかこの期に及んでお土産買って帰りたいとか抜かすんじゃないですよね?」
美鈴は何時ものように軽口で冗談を言った。
勿論、この時点では美鈴も皆も冗談として捉えていたのだが。
「エエエ~ッ?!な、何でわかっちゃったんですかああ~~?!」
…………一瞬の空白の後。
「て、冗談じゃないんかいい~~~っ?!」
パシーン!!
気持ちいいくらいに良い音で愛麗の後頭部をハリセンで叩く美鈴。
「な、何を考えてるんですか愛麗さん?」
「まさか芽友、貴女まで?」
ワナワナと震えながら明花が自分の側仕えに問うた。
「な、何でわかっちゃったんですかあー?」
惚けたように愛麗の真似をする芽友。
と、やはり美鈴と同じように芽友の後頭部をハリセンでぶっ叩く明花であった。
「芽友さん、お互いご褒美のお揃いですね☆」
「はい、ついでにお嬢様方もお揃いのハリセンでございます!」
ニヤニヤしながら二人が美鈴と明花を見る。
「あ、これですか?」
美鈴と明花が互いのハリセンを皆の目の前に突き出す。
「これは昨日、屋台を二人で見て歩いてる時にたまたま目に入りまして。」
明范が自分のハリセンを自分の顔の前に持って来て、それを見ながら説明する。
「色ちがいの同じハリセンがあったので一緒に購入したのですわ。…それが、何か?」
キョトンとする美鈴。
「私は美鈴さんと同じ物を持ってる事がとても嬉しいです。」
明花はニッコリ笑った。
…………お揃いにする物なら、何もハリセンを選ばなくても良かったのに。
月夜先輩と范先生はロマンの欠片も無いお揃いの品選びに心の中でツッコミを入れるのだった。
「王都のお土産なんてまた来た時でいいではありませんか?」
「お嬢様方はお揃いのハリセン買われてるからいいですよ、私達もお揃いの何かをお土産に買いたいんです。」
「そーです、そーです!」
芽友と愛麗が揃って駄々をこね始めた。
「困りましたね、どうしましょう?」
美鈴を見る明花。
「そうですわね…ここは一つ、年長者の意見を…。」
美鈴が月夜先輩を見ると。
「いーなあー。明花さんばっかり。」
月夜先輩は地面を人差し指で弄くりながら拗ねていた。
「あ、アハハ…。」
助けを求めるように范先生の方を見る美鈴。
「ん?何かな、コッソリ二人だけでお揃いの品物を買っていた美鈴君?」
ニッコリ笑いながら、さりげなく毒を吐く范先生だった。
この時、美鈴と明花は自分達が友軍のいない孤立無縁状態であることに漸く気が付くのだった。
「………わっかりましたわ!」
「私が一人で残りの全員分、ハリセンを買って来て差し上げます!それで宜しくて?」
「私はハリセンなんて要りませんことよ?」
月夜先輩からダメ出しを食らった。
「私も…出来れば本がいいかなあ。」
范先生からはリクエストが。
「あ、私達は自分で選びますから。」
芽友からも拒否られた。
「私はハリセン使う方じゃなくて使われる方ですからねー。」
愛麗の言う事は至極もっともだった。
「美鈴さん、もうこうなったら次の機会の約束するしかありませんよ。」
諦め顔の明花が、ため息をつきながら提案してきた。
「それしか無いですわね。」
「わかりました!また次回街に皆で来た時にはお揃いのお土産を買いましょう!」
「そのお言葉、覚えましたからね?」
「先生との約束だからな、美鈴君!」
「はああ~~~。せっかくの美鈴さんとの二人だけのお揃いだったのにい。」
ショボンとする明花。
「ま、また新しいの買いましょう?」
「じゃあ、今度はハリセンじゃなくて、もっと別な物を買いましょうね?」
グイグイ迫る明花。
「そ、そう、ですわね…。」
押される美鈴。
「あらあら。大変な事になりましたねえ、明花お嬢様?」
「これも美鈴お嬢様の日頃の行いのせい………。」
その二人の声に美鈴と明花が素早く反応した。
『『全部、あんた達のせいでしょうが~っ!!』』
ズバアアーンッ!!!
豪快なハリセンの音が安家の庭に鳴り響いた。
【て言うか、いい加減学院に行けよ?】
アクビを噛み殺しながら下らなさそうに呟く仮面の聖霊こと名尾君であった。
また王都の城下町へと皆で遊びに行く事が決定しました。
これも愛麗のお陰ですね(笑)。
昨夜に月夜先輩を襲った刺客はお芝居だったようです。
これで暫くは安穏とした日々が続くのでしょうか。




