第十八話【月光に照らされて…白百合のプリンセス降臨】
途中シリアスな会話が続きます。
それはこの世界を語る上で避けては通れない事。
魔族との勢力争い、そして王国で暗躍する陰謀。
物騒な会話が中断した後で呑気なイベントがあるのですが、月夜を魔の手が襲います。
そこに現れるのは…。
食事からお茶会へと移行したところで月夜先輩のご両親が挨拶に現れた。
「みなさん初めまして、父役母の安冦です。」
「母親の安祝です。」
「この度は皆さんに不出来な娘を助けていただきありがとうございました。」
深く一礼するご両親から今後も娘を頼むと言われて恐縮する三人だった。
「お二人共、明日は朝が早いのでしょう?」
月夜は不出来な娘呼ばわりされて面白くなかったらしい。
娘の機嫌が悪くなった事に気が付いた両親は足早に去っていった。
「先輩のご両親は明日朝早くからお出かけなんですか?」
明花が何気なく尋ねると
「ええ。少し先で魔物退治に行かれるのよ。」
「魔物?!」
美鈴が警戒する。
「大丈夫。まだ五百キロメートル先にある根城が発見されただけだから。」
「そ、それは少し先とは言わないんじゃないかな?」
范先生が安堵する。
「いいえ先生。ポータルを発生させる魔術の使い手がいれば、それは数キロメートル先と変わりませんわ。」
「ポータル…?」
「美鈴さん、それは何ですか?」
「初めて聞く魔術ね…?」
(あ、しまった。やらかしてしまいましたわ。)
この世界にはまだポータル等という便利なワームホール的な物は存在しなかったのだ。
「か、簡単に言えば間の距離をすっ飛ばして入り口と出口を近付けてしまうような魔法ですわ?!」
「美鈴さんは、そんな魔法が使えるんですか?」
「………まだ知識だけで、実用化までは…。」
「あービックリしました。ならまだ魔物が近づいて来ることはありませんね?」
「………いや、そうとも言い切れないんじゃないかな?」
「と、言いますと?先生?」
「もしかしたら、月夜君のご両親はそれを使えるんじゃないのかな?」
「いや、正確にはご両親の宿す霊獣の中に使える存在がいるのかも知れない。」
「正直、私は存じかねます。」
「でも、朝早くから五百キロメートルもの先へ向かわれるとなるとその可能性は高いですわね?」
「或いは転移魔法で移動距離を短縮されるのかも知れませんわね?」
「だが個人の魔力量で移動できる距離などたかが知れてる。」
「何やら魔力装置のようなモノを利用すれば可能かも知れないがね。」
「装置…もしそんなのが魔物達の手に渡ったら大変な事になりませんか?」
「神代遺跡…まだ世界が一つの神の国だった頃の神の遺した古代の遺物の中には人知の及ばない魔法の道具や装置、魔法陣等があるという噂を耳にした事はある。」
「ですが未だにそのような物は発見されていませんでしたよね?」
「…黒い噂では権力者達が極秘に調査してその成果を秘匿している、なんて話しもあるけどね。」
「まさか、何処かと戦争でもするため?」
「………或いは国家転覆、なんて可能性も。」
「そんなバカな?!」
美鈴がテーブルをバン!と叩いた。
「そんな事して何になります?世界支配でもしたいのですか?アタマがおかしくありません?そんな連中は?!」
「あ、あくまでも噂、可能性の話しだよ。」
あまりの美鈴の剣幕に范先生が驚いている。
「どうしたんですか、美鈴さん?」
「あ、…す、すみません。」
(何を熱くなってしまいましたの私は?)
「美鈴さん、お疲れのようね。今日は早くお休みになられた方が良ろしいわ。」
「は、はい。」
何故か後味の悪い会話となってしまったお茶会。
その夜、月は怪しいまでにオレンジ色の輝きで地上を照らしていた。
何かが起こりそうなその夜。
…………………。
「…………転移魔法は成功です。」
「…ほ、本当に転移しちゃいましたね?」
馬車の荷台に蠢く怪しい影が二人。
「さ、次はこの隠れ蓑でコッソリ侵入しますよ?」
「な、何だかドッキドキしますですねえ~!」
(フフフお嬢様達、貴女方の美味しいシーンを見届けるのも私の使命…………ウフフフッ。)
(~私達も美味しい食事や飲み物を一口貰いに参上です!うぷぷぷっ。)
畏れ多くも四大名家の屋敷に潜入するとは、身の程知らずな図太い二人組である。
だがこの二人組、怪しいながらもどう見ても悪人には見えないのだが。
そして寝室。
美鈴達三人の客間はそれぞれが別室を与えられていた。
先生と美鈴は既にグッスリと寝入っていた。
なのに明花だけは爛々と冴える目を敢えて閉じ、気配を探っていた。
(ここは寝た振りをしておきませんと。)
絶対あの月夜先輩は美鈴に夜這いを仕掛けるに違い無いと明花の直感が告げていた。
(この『幻影香』で私の寝ている姿をここに残してコッソリ部屋を出ましょう。)
懐に忍ばせた小瓶を身体に塗りたくると、ぼんやりとした光が明花の身体を包み込む。
そして光の繭から脱皮するように本体の明花が抜け出した。
影のようになった明花は魔法の力で姿が一時的に見えなくなっている。
(後は美鈴さんの部屋に入り、彼女が先輩に襲われないよう警護るだけです!)
明花の身体は今は影となっているので美鈴の部屋のドアをすり抜けて侵入する。
そして美鈴の寝顔を眺める明花。
(あああ~~~♪なんて、なんて可愛らしい寝顔なのかしら?)
思わず抱き付きそうになるが、今は自分の身体が影状態であることを思い出す。
(い、いけません!本来の目的を忘れては!)
キリッと真剣な表情に戻ると周囲を警戒する明花。
「………………。」
しかし、どんなに取り繕ってもやはり美鈴の寝顔の方に目が行ってしまう明花だった。
(………た、耐えるのよ、明花!)
(ここで美鈴さんに手を出したりしたら、それこそ月夜先輩と同じになってしまいます!)
明花は必死に己の欲望と戦っていた。
さて、美鈴と先生がグッスリ深い眠りに着いたのはズバリ月夜先輩のお茶に睡眠薬が入っていたせいだ。
先輩は邪魔そうな二人と対象としている美鈴をまず眠らせてしまう事にした。
そして眠っている美鈴と既成事実を作ってしまうつもりだった。
が、ここで誤算が生じた。
一つは明花だ。
彼女は美鈴を招待して泊まらせた先輩を警戒していた。
「絶対何かしでかすに違い無い!」
「自分だったら確実に寝込みを襲うはず、先輩もそうに違い無い!」
「美鈴さんが危ない、守らねば!」
明花はそう確信していた。
…………それはつまり、一歩間違えば明花も美鈴を夜這いしかねないという事になるのだが………。
それはともかく、明花は警戒心からお茶や食事への薬物混入の可能性を考え解毒魔法を用いていたため、彼女に睡眠薬は効かなかったのだ。
そしてもう一つの誤算。
それは。
「ZZZ………。」
「もう、もうさすがに………食べられませんわあ………。」
口を開けてヨダレを垂らしながらベッドでうつ伏せに寝ているのは………。
「グフフフ………美鈴さあん……。」
なんと、月夜その人ではないか。
彼女、うっかり自分も睡眠薬入りのお茶を飲んでしまっていたのだ。
意外にポンコツなのかも知れないな、この先輩。
と、彼女の枕元に賊が。
それは全身黒ずくめの三人組。
(とても名家のお嬢様とは思えない寝姿。)
(しかしこの女に違いない。)
(覚悟!)
月夜の頭に短剣が突き刺さろうとしたその瞬間。
『お待ちなさい。』
(誰だ!)
賊は振り返った。
『そのお方を害する事は私が許しませんことよ?』
「…………う………ん?」
月夜が覚醒した。
「な、何ですか貴女達は?!」
突然の寝床への訪問者達に気が動転する月夜。
「誰か、誰かおりませんか?私の部屋に賊が侵入しました!」
騒ぎ出す月夜だが、反応は無い。
「無駄だ、家人は全て薬で眠らせた。」
「そこの影に隠れているお前!この娘を殺されたくなければ我々に近づくな!」
賊の一人が短剣を月夜の首元に突き当てる。
「この短剣の刃には毒が塗ってある。小さな切傷でも命取りよ。」
「あ…………ああ…………。」
青ざめた顔で怯える月夜。
『それで私を止められるとお思いですか?』
「うるせい!姿を見せやがれ!」
ユックリ近づく声の主。
その彼女の姿が徐々に月明かりに照らされる。
やがて真っ白な露出多めのドレスに身を包んだその女性の姿が現れた。
眩い輝きを放つプラチナブロンドのロングヘアにエメラルドをあしらった黄金のティアラ。
そしてルビーが煌めく黄金の仮面。
「………あ、貴女は………?」
「そのティアラ、…もしや貴女は王族のお方であらせられますか?」
その気高き姿に冷静さを取り戻した月夜が思わず仮面の女性に尋ねた。
「…私は、仮面の剣豪です。」
「し、しかしそのお姿はまるで王族の………。」
「そう、プリンセスと呼ぶに相応しいです。」
「なれば、私の事は『白百合のプリンセス』、とでもお呼び下さいな。」
白百合のプリンセスは右手でレイピアを正眼に、左手を剣の手前に当てて構えた。
「警告します。そのお方から離れなさい。さもなくば少々痛い目にあわせますわよ?」
「ちっ、痛い目にあうのはどっちかな?」
短剣を月夜に突き付けたままの賊の一人が左右の仲間に合図を送ると、その二人が白百合のプリンセスに一斉に襲いかかった。
白百合のプリンセスの眼光が一瞬光るとレイピアに月光が跳ねて返る。
月光は幾重の光る筋となってその残像を賊二人の眼に映した。
「う…?」
一瞬何が起きたかわからない二人だったが、彼女らの衣服はバラバラに切り裂かれ肌着姿となった。
「次に切り裂かれるのは肌着だけでは済まないと知りなさい?」
ピッとレイピアの切っ先を賊二人に突き付ける白百合のプリンセス。
(さあ、もう諦めなさい。)
(頼むから、もう諦めなさい!)
(お願いだから、怪我させないで!)
(怪我させたら、ち、血が出ちゃうじゃありませんの~!!)
………そう、白百合のプリンセスは美鈴だった。
月夜の睡眠薬など八大武家なら耐性を会得していて当たり前。
因みに今寝室で明花が警護しながら寝顔を愛でているのは魔法で作り出したダミーの人形。
これは高等部での寮生活をするにあたり、愛麗からの夜這い対策として用意するのが日々習慣となっていたのでこの日も当たり前のように作っていたのだ。
本人はベッドの下で就寝時でもフル稼働するバリアを使用。寝るまでにフル充電完了しておくのもすっかり日課となってしまっていた。
皮肉な事に、愛麗対策がこのような時に役に立ってしまっていた。
偉いぞ愛麗!
…………て、褒めてどうする!
…と、まあそんな事よりも、四大名家の警護も八大武家の任務でもあるのだが。
しかし人間相手の実戦はこれが初めてとなる美鈴にとって、最大の危機が訪れていた。
それは、血を見ると力が抜けて、最悪気絶してしまうという美鈴の欠点。
「さあ、大人しく引き下がりなさい!」
「くっ…!」
押しているハズの白百合のプリンセスだが、中身は血を見れない美鈴なので実は内心焦りまくりなのだった。
皆さんご存知の通り、『白百合のプリンセス』は別名「超速星」、ゲーム原作本来のヒーロー名です。
この先『仮面の剣豪』の形態毎に名前を使い分ける事になるのかも知れません。
それはそうと、美鈴は相手の血を流さずにこの場を切り抜けられるのでしょうか?