第十七話【安月夜(アン・ユーイー)からの告白】
安月夜先輩の自宅での意外な姿。
それはフレイムドラゴン騒ぎの事と無関係ではありませんでした。
彼女の家系に与えられた宿命。
それが事件の真相だったようです。
馬車は貴族の居住区画の更に奥へと進み、そのうち人通りの少ない開けた場所にやって来た。
そこは城壁の一部と壁が繋がっており広大な敷地となっていた。
壁の向こうには高い建物が見えた。
「あそこに、何だか西洋風な宮殿らしき建物が見えますね。」
「ええ。大陸は西洋寄りと東洋寄りの文明に大別されますが、安家は西洋から東洋に移住して名家となった数少ない事例だと聞いております。」
「我が国はその中でも更に中華風な文化が根付いておりますからそれは目立ちますわねえ。」
「神の国の創造から二大文明、そして中華的文化の派生、更に混ざり会い…歴史の中でも人間同士での争いが少なく文化的交流が広まった結果文化も流転する…その象徴とも言えるようだな、安家の存在は。」
「しかし時折表れる魔物やその軍勢との小競合い。その為に人類は武器も攻撃魔法も捨て去る事は出来ない…悲しい事ですわね。」
「安先輩のような名家の方でもそのような責務を背負われておられるのでしょうか?」
「名家だからこそ、そうなのだろうな。」
「しかしドラゴンを宿らせる程の修行を行う必要があるのでしょうか?そこだけはどうにも腑に落ちませんわ。」
「それはもうすぐお分かりになるでしょう。」
執事が皆に語りかけた。
「安家に託された役割。その重さからお嬢様様を救っていただく存在を、我々は長らく待望しておりましたのです。」
「さあ、着きました。ここが安家の外の間にてございます。」
場所が門をくぐるとそこに中華風の建物が建っていた。
「我が家のこの国に対する平和的意志を示す為、この出迎えの間は中華風建造物としてあります。」
執事に促されて馬車から降りる三人は、先ずはここに通されて休憩をした。
伝令の者が走って更に奥の間の建物へと走って出て行ったのが窓から見えた。
それから数分後、今度は中の間に通される三人。
そこで持ち物に危険な物や不審物等を持っていないかチェックされた。
美鈴はいつもなら懐刀くらいは忍ばせているのだが、今回は失礼の無いよう寸鉄も身に付けずに訪れていた。
実は魔法を使えば何でも剣に出来るのだが。
美鈴、実は剣仙の称号を戴く程の仙魔術を会得している。
単に剣の腕前だけでこの称号は獲られない。
仙術…この世界での仙魔法や気学にも高いレベルに達していてこそ剣仙の称号を与えられるのだ。
この世界は仙術、魔法、魔術、霊術が混ざり合う独特の魔法体系を構築しているが、中でもこの国は仙術の占めるウェイトが比較的若干多めと言える。
仙術の中でも特に「気」を用いる気学、それによる医療や工学もあるが美鈴はその中でも武術として応用できるものを身につけていた。
これまで彼女の用いて来た魔法や技は主にこの「気」を操作する仙術寄りと言えよう。
紐や紙でも剣に出来る彼女の魔法はその流れを汲む物だ。
(こんな普通の検査だと私のような魔法の使い手ならスルー同然ですわ。)
それでもまだ自分の知らない何かがあるのかも知れない、と美鈴は若干の警戒をしていた。
何故なら、高度な魔法が用いられれば聖霊の仮面の事がバレてしまう危険があるかも知れないからだ。
(今回はさすがにポケットには入れられませんから…………断腸の思いである場所に隠しましたけど…………な、名尾君からの反応を後で聞くのが怖いですわ…。)
危うく顔が真っ赤になりそうな所をギリギリで気持ちを切り替える美鈴だった。
「お待たせ致しました、皆様どうぞ此方へ。」
執事の案内で、漸く出迎えの間に通される三人。
「皆様ようこそいらっしゃいませ。お待ちしておりましたわ。」
そこには両手を広げて歓迎の意を表す安月夜がいた。
歓待の意を込めてか、彼女もチャイナドレス姿だった。
「これはどうもご丁寧に。」
「この度はお招きいただき感謝致しますわ。」
美鈴の所作を見て真似をする范先生と明花。
「そんな畏まらないで下さいな。今日はお礼がしたくて私のワガママでお呼び立てしたのですから。」
「はい。あの、それで先輩、その後は家庭教師からは何と言われてますか?」
「あら心配して下さるの?明花さん?」
「それに関しては私も心配だ。どうかな安君、またあのような危険な修行とやらを強制されたりしてないだろうね?」
「そのお話しは後で致しましょう?」
「それに私、あなた方と楽しい時間を過ごすためにお呼び致しましたのよ?」
「そ、そうか。それは済まない。」
「では、此方へどうぞ。」
三人は安月夜に案内されて大きな広間のテーブル席に着いた。
「取り敢えずはお食事に致しましょう?」
月夜が言うなり、メイド姿の…いや、メイドそのもの達が料理を運んで四人の眼の前に運んで置いていく。
「とても美味しそう…ですけど…。」
「こ、こんなに沢山?誰が食べるんですか?」
「み、見てるだけで胸焼けが…。」
普段ならまず目にする事は無いような豪華な料理の、その数と量のあまりの多さに三人は見るだけで既にお腹いっぱいになった。
「遠慮なさらず、どんどんとお食べになられて良いのですよ?」
そう言いつつ、静かに、そしてお淑やかに粛々と。
安月夜は空になったお皿の山を築き上げて行くのだった。
しかもその皿はメイドによって片付けられたのに再び山が出来上がっていく。
更には無くなった料理の所にまた新たな料理が配膳されてしまう。
そしてそれを唖然と眺めるばかりで食事の手がすっかり止まってしまう三人だった。
「あ、そうですわね…。」
食事の手を止めた月夜。
「皆さん、私が見た目と反した大食漢である事に驚いて食事が進まないのですね?」
ブンブン、と首を縦に振る美鈴達。
「無理もありません、私とて好きでこうなったワケでは無いのですから…。」
恐る恐る明花が月夜に尋ねてみた。
「学院では先輩が大食漢という噂は耳にした事はございませんけど、そこまで食べられるのは自宅だけなのですか?」
「そしていつ頃からそこまでに食事の量が増えたのでしょうか?」
「外ではさすがに悪評を立ててしまいますから控えております。その分余計に夕食で食べてしまいますのよ。」
「それから、いつから私がこうなったのか、ですが…。」
范先生が確信めいた表情で眼鏡を押さえて語る。
「それは、前回聞かされた家庭教師の指導を受けてから、だね?」
キラリと范先生の眼鏡のレンズが光った。
「………そう、思われる根拠は何ですか?」
「美鈴君も疑問に思った事だが、そもそも修行と称してフレイムドラゴン等という強大な霊獣を宿す事自体が既に異常過ぎる。」
「そもそもそのような危険な事、どのような理由があろうと学院側はそういう生徒の登校を許可しない。現に学院側は今もその事で議論している。」
「月夜君、下手をすれば君自身が停学どころでは済まなくなる。」
「なら、生徒会長の座も誰かに譲らねばなりませんわね?」
「そう言えば先輩、生徒会長だったんですよね。」
「だから学院側も頭を痛めてるんだ。オマケに彼女は学年主席だからな。」
「どうせもう少ししたら後任に任せるのですから単なるお飾りみたいなものですよ。」
コロコロと他人事のように笑う月夜。
「ああ、そうでしたわ?私が何故大食漢になったのか、でしたわよね。」
ふと思い出すように話しを切り替える安月夜。
「私、実はフレイムドラゴン以外にもあと10体の霊獣を宿しておりますの。」
「「「はああ~~~???」」」
そんな驚かなくても…とでも言うような顔の安月夜。
「そ、そ!それだけの数の霊獣を宿した上で更にフレイムドラゴンまで宿していたのですか、貴女は?!」
さすがの美鈴も、これには驚きすら通り越して呆れた。
「あら、私の両親の20体に比べればまだ半分ですよ?」
ケロッと事も無げにそう語る月夜。
「せ、先輩とそのご家族は、一体どうしてそんな事を?!」
明花が心底心配そうに聞いた。
「それについてはご家族に代わって私がお伝えいたしましょう。」
執事さんが説明役をかってでた。
「そもそも安家の成り立ちは西洋の国の平民から始まります。」
「貧乏な農家でしかなかったアン家にある日突然天から啓示が下ったのです。」
「天からの、啓示…?」
美鈴は思った。
(ゲームシステムによるNPCへの介入か?)
「この世の数多の霊獣を宿し力へと変える異能を授ける故に、大陸中央の王国の守護者となれ、と。」
(…あ、思い出しましたわ。)
(これは共通ルートでも語られてましたわね。)
「それ以降、大陸中央のここ、『中華王国』に移住したアン家は対魔物軍との防衛において数多の武勲を上げてめきめき頭角を表し、今では四大名家の一つと数えられるまでに至ったのでございますね?」
美鈴が前世ゲームの共通ルートで得た知識を語った。
この国は前世の現実世界の中華人民共和国とは歴史や成り立ち、何もかもが違う全く別の国だ。
それゆえ名前も微妙に違う。
「仰有る通りでございます。」
執事が降参ポーズで肯定した。
「…………なるほど、これで合点がいった。」
「つまりそれだけの異能の素質があるからこそ
二桁を超える数の霊獣を身体に宿すなんて事が出来るのか。」
「そしてそれは四大名家の一つとして求められる必須要素だからこそ彼女も家庭教師もそれを受け入れるしかない、学院側も問題にこそすれど彼女を辞めさせる事も出来ない、そういうワケか。」
范先生が難しい顔で納得する。
「し、しかしそれでは霊獣達から要求される膨大な魔力、または霊力や生命力を彼らに捧げなくてはならないハズですよ?」
明花が不安そうに言う。
「それだけの魔力量を、一体どうやって…」
そこまで言って明花はハッとする。
「…ま、まさかその為の?」
メイドがまた一つ、お皿の山を片付けた。
そう。尋常ではない食事の量もその為のもの。
「そしてそれだけの食事をもってしても捧げきれない分をご自分の魔力を削られていた。だからあの時、食堂で倒れられたんですね?」
「休憩時間中のお茶も精神安定の為だけではなくて、お茶に入れる砂糖や蜂蜜などで少しでも身体への栄養を補給しなければならなかったからではありませんか?」
「ウフフ。皆さんとても聡明でいらっしゃるのね?」
「その通りよ。…だけど、両親は私の倍の霊獣を宿していられるのに、それが私にはまだ出来ないの。」
「今のままではとてもこの家を次代へと繋ぐ事が出来ない、だから…。」
「フレイムドラゴン、あれは荒療治だったのですわね?」
「逆にあのフレイムドラゴン程度に魔力を食い尽くされるようではとても安家を継ぐ事は出来ないというワケですか…………何とも難儀な家柄に生まれてこられましたわね。」
「あら、貴女程じゃないわよ美鈴さん?」
「私の家は単なる武家でございますわよ?」
「フフフ。そうね、そう言う事にしておきましょうか。」
チラッの明花の方を見る月夜。
「でないと彼女を心配させちゃいますものね?」
「えっ?」
ドキッとする明花。
「へ、へえー。彼女、ねえ…。」
カチンとする范先生。
そして、
「………はあ。………え?」
(な、何故に明花さんが?)
安月夜の言葉の意味がよくわからず、ポカンとする美鈴であった。
そしてそんな言葉を自分から発したというのに少しイラつく月夜。
「…そ、それでは皆さん食事があまり進まないようなのでお茶にしましょうか?」
気分を取り繕うように話す月夜。
(さて…どうやって美鈴さんと二人きりになろうかしら?)
月夜は虎視眈々と美鈴との仲を深める機会を伺っていた。
まだまだ安家のお話は続きます。
そして安月夜が口を滑らせかけた美鈴の境遇。
それについて彼女はどこまで知っているのか。
そして他ならぬ美鈴自身はどうなのか。
明花を不安にさせる程のその内容、それはいつ明かされるのでしょう。